IP case studies判例研究

平成25年(ワ)第34182号「グルコシルグリセロール」事件

名称:「グルコシルグリセロール」事件
特許を受ける権利確認等請求事件
東京地方裁判所:平成25年(ワ)第34182号 判決日:平成28年10月24日
判決:請求棄却
特許法29条1項柱書
キーワード:共同発明者性
[概要]
被告単独による特許出願について、発明の特徴的部分の認定、出願経緯を詳細に検討した結果、原告の従業者は共同発明者でないと認定されたため、原告は特許を受ける権利を有しないと判断された事例。
[事件の経緯]
被告は、特願2010-108592、特願2011-151813及び特願2013-266008(それぞれ本件出願1、2、3、総称して本件各出願)の出願人である。これらの出願は被告の従業者のみが発明者として記載されている。
原告の従業者は本件各出願の各発明の共同発明者の一人であり、原告は、職務発明を定める勤務規則により特許を受ける権利の共有持分を承継することに至った等主張して、特許を受ける権利の持分確認等を求めた。
東京地裁は、原告の請求を棄却した。
[本件出願1の補正後の請求項1]
下記式(1)で表される化合物(以下、α-GG)と下記式(2)で表される化合物(以下、β-GG)とを45~75:15~25の質量比で含み、当該糖組成物中に含まれる全糖の合計量に対する前記式(1)で表される化合物の割合が58.4~65.3質量%で、前記式(2)で表される化合物の割合が21.6~24.5質量%である糖組成物からなる保湿剤。
[争点]
(1)  特許を受ける権利の確認請求の成否について
ア  原告従業員Aⅰは本件各発明の共同発明者の一人か(争点(1)ア)
[裁判所の判断]
『2 争点(1)ア(原告従業員Aⅰは本件各発明の共同発明者の一人か)について
(1) 発明者の意義について
特許を受ける権利は、原始的には、発明をした者(発明者)に帰属するところ、特許出願された発明の発明者とは、特許請求の範囲に記載された発明について、その具体的な技術手段を完成させた者をいう。ある技術手段を着想し、完成させるための全過程に関与した者が一人だけであれば、その者のみが発明者となるが、その過程に複数の者が関与した場合には、当該過程において発明の特徴的部分の完成に技術的に寄与した者が発明者となり、そのような者が複数いる場合にはいずれの者も発明者(共同発明者)となる。ここで、発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分をいう。なぜなら、特許権は、従来の技術では解決することのできなかった課題を、新規かつ進歩性を備えた構成により解決することに成功した発明に対して付与されるものであり(特許法29条参照)、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術課題の解決を実現するための、従来技術には見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的構成をもって社会に開示した点にあるから、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分の完成に寄与した者でなければ、同保護に値する実質的な価値を創造した者とはいい難いからである(知財高裁平成18年(行ケ)第10048号同19年7月30日判決参照)。・・・(略)・・・
(ア) 本件発明1-1の特徴的部分について
本件出願1の願書に添付した特許請求の範囲(平成25年12月24日付け手続補正書〔乙1〕による補正後のもの)の請求項1の記載によれば、本件発明1-1は、①α-GGとβ-GGとを45~75:15~25の質量比で含むこと(以下「構成①」という。)、②当該糖組成物中に含まれる全糖の合計量に対するα-GGの割合が58.4~65.3質量%で、β-GGの割合が21.6~24.5質量%であること(以下「構成②」という。)を発明特定事項とするものである。
そして、上記アで説示した本件発明1の目的及び効果並びに従来技術との関係に照らすと、本件発明1-1は、糖組成物の一種であるGG組成物を保湿剤とするに当たり、構成①及び構成②をともに充足するところの、α-GGとβ-GGの混合物からなるGG組成物を用いることによって、α-GG単独の場合よりも保湿性の向上を図ったことを特徴とするものというべきである(本件明細書1の段落【0008】、【実施例】〔【0031】以下〕)。
そうすると、本件発明1-1は、構成①及び②が同発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分であって、これらの構成が同発明の特徴的部分に当たり、同発明のその余の発明特定事項は、同発明の特徴的部分とは認めらない。・・・(略)・・・
(イ) 本件発明1-1の発明者について
上記(ア)の本件発明1-1の特徴的部分を前提とし、原告従業員Aⅰが、当該特徴的部分における技術手段を着想し、かつ、特徴的部分の完成に至る過程に技術的関与した者といえるかについて検討する。
そもそも、化学合成法によりGG組成物を製造することや化学合成法により得られるGG組成物について、原告従業員Aⅰが何らかの新規かつ具体的な知見を有していたことを裏付ける的確な証拠はない。・・・(略)・・・
他方、平成21年5月1日に被告従業員等に示された甲30のHPLC分析結果では、各ピークの裾野はつながっているものの、α-GGとβ-GGのピーク自体は区別できるが、HPLCの条件及び結果は、本件明細書1記載の実施例についてのHPLCとは異なるものである。また、そのα-GGとβ-GGの比率が示された分析結果(甲31のHPLC分析結果)は、本件訴訟において初めて被告に示されたもので、甲30のHPLC分析結果とともに示していないこと、その後、同年11月13日の時点においても、原告従業員Aⅰは、被告従業員Aⅳに対し、α-GGとβ-GGのHPLCによる分離確認方法を問い合わせていること(乙18)からみても、上記の原告従業員Aⅰの知見や原告による分析結果(甲30、31)により、原告従業員Aⅰが本件発明1-1の特徴的部分について技術的な関与をしたものとは認めがたい。
もともと、被告従業員Aⅱは、原告からGG製造の委託を受けた平成20年5月8日の時点においても、GG自体は製造したことはなかったものの、類似の物質の化学合成法によると、α-GGとβ-GGの比率については、概ね7:3になるであろうということを、それまでの被告における知見や経験から予想していたものであるし、実際に、その後の平成21年12月7日の打合せにおいて、「GCI見解として、液クロでは判断し難い。NMRで確認した結果、α:β=65:35となる。」とし、α-GGとβ-GGの比率については、概ね当初の予想どおりの結果をNMRで確認しているのである。
原告は、この時点でも、被告従業員等がHPLCによる分析は難しい旨を発言していることから、被告にHPLC分析を行う技術力はなく、原告のHPLCによる分析結果が本件発明1-1に寄与した旨も主張するが、そもそも、HPLCによって分析するという分析方法を単に示唆したというだけでは、本件発明1-1について、共同発明者の一人とみることができるような技術的関与があったとはいえないことは明らかであるし、上記のとおり、原告におけるHPLCによる分析も十分な結果とはいえない。
そうすると、被告従業員等において、上記経緯を踏まえ、その後も実験、分析を繰り返した結果、本件出願1に至る平成22年5月10日までの間に、本件明細書1に記載の実施例に掲げられたHPLC分析の条件及びその結果を見出し、出願に至ったものと認めるのが相当である。そして、仮に、その際、原告のHPLCによる分析を参考にしたとしても、そのことをもって評価試験の実施につきその内容の策定や具体的な条件や結果を獲得する過程に原告従業員Aⅰが具体的かつ実効的な貢献をしたものとは評価し難い。したがって、本件発明1-1の構成①及び構成②について、原告従業員Aⅰが技術的に寄与したものとは認められない。
さらに、その効果(保湿性)についても、原告従業員等は、第三者に委託してグリセリンに対するGGの優位性の評価試験を行っているものの(甲42)、その結果を被告に示しておらず、しかも、同評価試験結果は、α-GGとβ-GGの混合物のα-GG単独に対する優位性を評価したものではなく、その評価方法も、本件明細書1に記載の方法(段落【0044】)とは異なるものであって、本件発明1-1の効果を確認するデータとしては、明らかに不十分である。
なお、被告従業員Aⅱの陳述書(乙19)には、GGが優れた保湿性を発揮するためのα-GGとβ-GGの具体的割合については、実験により探索した結果、同年10月に、最適値の範囲を見出すことに成功した旨の記載があるが、最適値の範囲については、上記経過からすると、平成21年12月7日以降に見出したものと認めるのが相当である。
以上からすると、本件発明1-1について、原告従業員Aⅰの技術的関与があったとは言い難く、原告従業員Aⅰが、本件発明1-1について、被告従業員等と共同して発明した者であると認めることは困難であるというほかはない。』
[コメント]
裁判所は、共同発明者の認定に際し、従来の規範(知財高裁平成18年(行ケ)第10048号同19年7月30日判決)に則り、①発明の特徴的部分を認定したうえで、②この特徴的部分の完成に寄与したかどうかを認定することで、共同発明者であるか否かを判断した。
本判決においては、①本件発明1の目的及び効果並びに従来技術との関係を考慮して、本件発明1の全糖の合計量に対するα-GGとβ-GGとの割合が発明の特徴的部分であることを認定した。この割合の最適値の決定に対する、原告従業者の具体的かつ実効的な貢献は認められなかったため、原告従業者は共同発明者の一人であるとは判断されなかった。
最適化された数値範囲に特徴がある発明の場合、その具体的な数値範囲を導き出すための過程にどの程度関与しているか否かが、共同発明者の認定に大きな影響を及ぼすものと考えられる。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)

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