IP case studies判例研究

令和2年(行ケ)第10032号「撮像装置」事件

名称:「撮像装置」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10032号 判決日:令和3年3月30日
判決:決定取消
特許法29条2項
キーワード:一致点・相違点の認定
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/205/090205_hanrei.pdf
[概要]
甲1発明における、第1軸と水平面とが成す角度である第1傾斜度および第2軸水平面とが成す角度である第2傾斜度を測定する傾斜測定部が、本件発明における、ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部とは認められず、一致点・相違点の認定に誤りがあるとして、特許取消決定が取り消された事例。
[事件の経緯]
原告は、特許第6191928号の特許権者である。
当該特許について、特許異議の申立て(異議2018-700196号)がされ、原告は、訂正請求を請求したところ、特許庁は訂正請求を認めた上で、請求項1、3、4、6、7に係る特許を取り消したため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、取消決定を取り消した。
[本件発明]
【請求項1】(分説は異議決定・判決文の記載をそのまま採用している。)
(1A)撮像素子と、
(1B)前記撮像素子により撮像された画像を表示する画像表示部と、
(1C)ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部と、
(1D-1)前記画像表示部に前記傾き検出部により検出されたロール方向の傾き情報を表示し、
(1D-2)撮像装置のロール方向の傾きに応じてロール方向の傾き情報の表示位置を前記画像表示部の長手方向または短手方向の端辺部に沿った位置に切り替える
(1D)表示制御手段と、
(1E)を有する撮像装置において、
(1F)前記表示制御手段は、前記傾き検出部により検出されたピッチ方向の傾きが所定の範囲内のときは、ロール方向の傾き情報の表示位置を切り替え、
(1G)ピッチ方向の傾きが所定の範囲を超えたときは、ロール方向の傾き情報の表示位置を切り替えないこと
(1H)を特徴とする撮像装置。
[決定の理由]
本件発明と甲1発明の一致点及び相違点は、以下の通りである。
(一致点)
撮像素子と、
前記撮像素子により撮像された画像を表示する画像表示部と、
ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部と、
前記画像表示部に前記傾き検出部により検出されたロール方向の傾き情報を表示する表示制御手段と、
を有する撮像装置。
(相違点1)
表示制御手段が、本件発明1においては、「撮像装置のロール方向の傾きに応じてロール方向の傾き情報の表示位置を前記画像表示部の長手方向または短手方向の端辺部に沿った位置に切り替える」ものであるのに対し、甲1発明においては、「撮像装置のロール方向の傾きに応じてロール方向の傾き情報の表示位置を前記画像表示部の長手方向または短手方向の端辺部に沿った位置に切り替える」ものではない点
(相違点2)
表示制御手段が、本件発明1においては、「前記傾き検出部により検出されたピッチ方向の傾きが所定の範囲内のときは、ロール方向の傾き情報の表示位置を切り替え、ピッチ方向の傾きが所定の範囲を超えたときは、ロール方向の傾き情報の表示位置を切り替えない」ものであるのに対し、甲1発明においては、「前記傾き検出部により検出されたピッチ方向の傾きが所定の範囲内のときは、ロール方向の傾き情報の表示位置を切り替え、ピッチ方向の傾きが所定の範囲を超えたときは、ロール方向の傾き情報の表示位置を切り替えない」ものでない点
相違点1及び2の容易想到性の判断は、以下の通りである。
相違点1について:甲1発明は、「ロール方向の傾き情報」である「天地方向の情報」を表示するものであり、甲2発明もロール方向の傾き情報を表示するものであって、ロール方向の傾き情報を表示するという技術分野の発明であるから、甲1発明に甲2発明を適用して、甲1発明のロール方向の傾き情報の表示を甲2発明のようなロール方向の傾き情報の表示にすることは、当業者が容易に想到することである。
相違点2について:甲1発明において、表示制御手段が「撮像装置のロール方向の傾きに応じてロール方向の傾き情報の表示位置を前記画像表示部の長手方向または短手方向の端辺部に沿った位置に切り替える」ようにすることは当業者が容易に想到し得ることである。
[取消事由]
取消事由1(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)
取消事由2(本件発明3、4、6及び7の容易想到性の判断の誤り)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『・・・(略)・・・、甲1発明は、本件決定が認定した前記第2の3(2)イのとおりの発明であると認められる。
・・・(略)・・・
(1)本件発明1は、「ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する検出部と、前記画像表示部に前記傾き検出部により検出されたロール方向の傾きを表示」(構成要件1C、1D-1)する「表示制御手段」(構成要件1D)との発明特定事項を有する。
本件決定は、甲1発明の構成1c、1d、1g1ないし1iの「傾斜測定部」及び「制御部」は、本件発明1の構成要件1Cの「ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部」と一致し、構成要件1D、1D-1と構成1g-1ないし1g-3とは「前記画像表示部に前記傾き検出部により検出されたロール方向の傾きを表示する制御手段」として一致する旨判断するので、以下検討する。
ア(ア)撮像装置の技術分野における技術常識としての「ロール方向」とは、撮像装置を光軸まわりに回転させる方向であることは当事者間に争いがない。
前記のとおり、本件発明1は「ロール方向の傾き」を「検出する傾き検出部」を有する撮像装置(構成要件1C)との発明特定事項を有するものであるところ、ロール方向の傾きを検出する傾き検出部に関して、本件明細書には、・・・(略)・・・との記載があり、これらの記載によれば、「ロール方向の傾き」を「検出する傾き検出部」は、光軸Z軸に直交する2軸のX、Yのデータにより算出されるデータを基にロール方向の傾きを検出しているものということができ、こうした算出方法は、ロール方向が撮像装置を光軸まわりに回転させる方向であるとの技術常識を前提としたものであるといえる。
そうすると、本件発明1における「ロール方向の傾き」を「検出する傾き検出部」は、光軸まわりに回転させる方向の傾き度合いを検出する「傾き検出部」であると解することができる。
(イ)これに対し、甲1は、「2軸の重力加速度センサーであって、第1軸(方向D401)水平面とが成す角度である第1傾斜度および第2軸(方向D402)と水平面とが成す角度である第2傾斜度を測定する傾斜測定部と、」(構成1c)、「前記第1傾斜度および第2傾斜度に基づいて、前記画像撮像装置の天地方向の算出を行う制御部と、」(構成1d)を有する「画像撮像装置」(構成1f)であるところ、第1傾斜度及び第2傾斜度をそれぞれ測定する2軸の重力加速度センサーである第1軸(方向D401)と第2軸(D402)は、直交する軸であり(【0066】、【0076】、【0077】、【図5】)、画像撮像装置に内蔵された2軸の重力加速度センサーである傾斜測定部250は、【0072】の式(3)により求められる重力加速度センサーと水平面とが成す角度θ(D301、303と同じ軸上にある重力加速度センサーと水平面P302とが成す角度)の値を算出することによって傾斜度を測定する(【0067】ないし【0074】、【図4】)ものであるから、甲1で測定される第1傾斜度及び第2傾斜度は、光軸が水平面と平行である場合を除き、撮像装置を光軸まわりに回転させる方向の傾きの角度とは異なるものである。
そして、甲1発明における「天地方向の判定」をする天地方向算出手段222は、傾斜度測定部250が算出した重力加速度の方向および大きさに基づいて判定するものである(【0079】、【0087】、【0088】、【0107】)。
そうすると、甲1発明で測定される第1傾斜度及び第2傾斜度は、撮像装置の分野における技術常識であるところの「ロール方向の傾き」とは異なるものであり、第1傾斜度及び第2傾斜度に基づいて判定される「天地方向」は、本件発明1の「ロール方向の傾き」とは異なるものといえるから、甲1発明は、「ロール方向の傾き」を検出するものであるとも、表示するものであるともいえない。
イ(ア)また、撮像装置の技術分野における技術常識としての「ピッチ方向」とは、・・・(略)・・・、撮像装置の水平軸周りに前後に回転(変位)させる方向であると解される。
前記のとおり、本件発明1は、「ピッチ方向の傾き」を「検出する傾き検出部」を有する撮像装置(構成要件1C)との発明特定事項を有するものであるところ、ピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部に関して、本件明細書には、・・・(略)・・・との記載があり、これらの記載によれば、「ピッチ方向の傾き」を「検出する傾き検出部」は、光軸Z軸に直交する2軸のX、Yのデータにより算出されるデータを基にピッチ方向の傾きを検出しているものということができ、こうした算出方法は、ピッチ方向が撮像装置の水平軸周りの傾きであるとの技術常識を前提としたものであるといえる。
そうすると、本件発明1における「ピッチ方向の傾き」を「検出する傾き検出部」は、撮像装置の水平軸周りの傾き度合いを検出する「傾き検出部」であると解することができる。
(イ)これに対し、前記ア(イ)のとおり、甲1発明において、第1傾斜度及び第2傾斜度をそれぞれ測定する2軸の重力加速度センサーである第1軸(方向D401)と第2軸(D402)は、直交する軸であり、画像撮像装置に内蔵された2軸の重力加速度センサーである傾斜測定部250は、【0072】の式(3)により求められる重力加速度センサーと水平面とが成す角度θ(D301、303と同じ軸上にある重力加速度センサーと水平面P302とが成す角度)の値を算出することによって傾斜度を測定するものであるから、甲1で測定される第1傾斜度及び第2傾斜度は、撮像装置の水平軸が水平面と平行である場合を除き、撮像装置を水平軸周りの傾き度合いであるピッチ方向の傾きを算出するものではない。
ウ 以上によれば、甲1発明は、「ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部と、」(構成要件1C)、「前記画像表示部に前記傾き検出部により検出されたロール方向の傾き情報を表示」(構成要件D-1)する「表示制御手段」(構成要件1D)の構成を備えるものではないから、これらの点は本件発明1との一致点ではなく相違点である。
・・・(略)・・・
(3) 以上によれば、本件発明1においては、①「ロール方向の傾きとピッチ方向の傾きを検出する傾き検出部」を備えているのに対し、甲1発明はこうした構成を有しない点、②本件発明1においては、「前記傾き検出部により検出されたロール方向の傾き情報を表示する表示制御手段」を備えているのに対し、甲1発明はこうした構成を有しない点で相違するから、本件決定は、本件発明1と甲1発明の一致点の認定を誤り、相違点を看過している。そして、本件決定はこのように誤って認定した一致点及び相違点を前提として、本件発明1は、甲1発明及び甲2発明に基づいていずれも当業者であれば容易に想到し得たものと判断したのであるから、このような認定の誤りが本件発明1の容易相当性の判断の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
したがって、原告主張の取消事由1は理由があり、本件決定のうち、請求項1に係る部分は取り消されるべきである。』
[コメント]
特許庁において引用発明の技術認定を誤った事例である。本件は異議事件であり、異議申立書自体を確認できていないため定かではないが、特許庁の審判部において申立人の主張をある程度反映した形で異議決定がされたものと推察される。
異議申立において特許が取り消された場合、本件のように、申立人の主張内容の正確性を十分に検討せずに、異議決定書の文脈で採用されている可能性もあることから、特許庁の判断に納得できない場合には積極的に取消訴訟を提起することを提案する。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)

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