審決取消請求事件 » 令和2年(行ケ)第10001号「(メタ)アクリル酸エステル共重合体」事件

名称:「(メタ)アクリル酸エステル共重合体」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10001号 判決日:令和3年2月8日
判決:決定取消
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/009/090009_hanrei.pdf

[概要]
 本件発明と引用例発明では、技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致せず、使用モノマーやその配合割合が相違するため、引用例発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しく、引用例発明における配合割合を本件発明の数値限定範囲内に調整することに技術的理由が見いだせないとして、相違点に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったとはいえないとして、特許取消決定を取り消した事例。

[事件の経緯]
 原告(特許権者)は、特許第6419863号の特許権者である。
 当該特許について、特許異議の申立て(異議2019-700313号)がされたところ、被告は、当該特許を取り消したため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、決定を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
(メタ)アクリル酸エステル共重合体であって、
(A-a)(メタ)アクリル酸エステル、
(A-b)カルボキシル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物、
(A-c)グリシジル基および炭素-炭素二重結合を有する重合性化合物、及び
(A-d)水酸基含有(メタ)アクリル酸エステルを構成モノマーとして含み、
(メタ)アクリル酸エステル共重合体(A)を構成するモノマーの全量を100質量%としたとき、上記(A-b)の配合量b(質量%)と上記(A-c)の配合量c(質量%)とが、下記式:10≦b+40c≦26(但し、4≦b≦14、0.05≦c≦0.45)を満たし、
化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用であることを特徴とする、(メタ)アクリル酸エステル共重合体。

[取消事由]
 取消事由1(引用例1発明に対する進歩性に関する判断の誤り)
 取消事由2(引用例2発明に対する進歩性に関する判断の誤り)
 取消事由3(引用例3発明に対する進歩性に関する判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『3 取消事由1(引用例1発明に対する進歩性に関する判断の誤り)
・・・(略)・・・
(2) 相違点1の容易想到性
 ア 検討
 (ア) 相違点1は、引用例1発明の共重合体が、本件発明とは異なり、d成分を構成モノマーとして含まないというものである・・・(略)・・・。
 (イ)・・・(略)・・・
 そうすると、化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用の化合物の発明である本件発明と引用例1発明とでは、技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから、もともと引用例1発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいというべきである。
 (ウ)・・・(略)・・・
 そして、証拠(甲7)によれば、甲7文献には、エポキシ基を有するモノマー(c成分)と水酸基を有するモノマー(d成分)を組み合わせた合成例は記載されておらず、また、d成分を構成モノマーとして含むことによる効果等に関する具体的な記載もされていないものと認められる。そうすると、甲7文献には、引用例1発明の技術思想として、複数の組合せの中からエポキシ基を有するモノマー及び水酸基を有するモノマーの2種を選択すべきである旨や、水酸基を有するモノマーを選択することによって特定の効果が得られる旨が開示されているものとはいえない。
・・・(略)・・・
 (エ) 以上のとおり、本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから、もともと引用例1発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいことに加え、甲7文献の記載内容からすると当業者が複数の組合せの中から敢えてエポキシ基を有するモノマー及び水酸基を有するモノマーの2種を選択する理由に乏しいことからすれば、甲7文献に接した当業者において、相違点1に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。
『(3) 相違点2の容易想到性
・・・(略)・・・
 ア 検討
 (ア) 相違点2は、(メタ)アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値が、本件発明は「10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)」であるのに対し、引用例1発明の共重合体においてはcが0.5、b+40cが26.8であるというものである。
・・・(略)・・・
 (ウ) また、上記(1)ア(イ)fのとおり、引用例1発明の実施例には、引用例1発明における第3成分を、N-メチロールアクリルアミドからアクリルアミドに量比を変えることなく置き換えた場合に、ピール(g/2cm)が「1025FA」から「675AF」になり(なお、「ピール」とは、剥離に要する力をいう(甲7)。)、凝集力が「ずれ0.6mm」から「ずれ16mm」になった例が示されている(表-8の実施例6、7)。このことからすれば、架橋性官能基であるエポキシ基、水酸基、アミド基及びN-メチロールアミド基は、その種類に応じて異なる粘着力や凝集力を示すものと考えられるから、各モノマーは、粘着力や凝集力の点で等価であるとはいえないというべきである・・・(略)・・・。
 そうすると、当業者において、各モノマーを同量の別のモノマーに置き換えたり、水酸基を有するモノマー(d成分)を導入した分だけグリシジルメタクリレート(c成分)の配合量を減少させて第3成分全体の配合量を維持したりすることが、自然なことであるとか、容易なことであるなどということはできない。
 (エ) さらに、上記(1)ア(ア)によれば、引用例1発明においては、第3成分(グリシジルメタクリレートはこれに当たる。)を第1成分及び第2成分の合計量100重量部に対して0.5~15重量部とするとされているから、第1成分ないし第3成分の合計量を100質量%としたときの第3成分の配合量は、0.5~13.0質量%となる(0.5/(100+0.5)×100~15/(100+15)×100)。
 そうすると、引用例1発明において、グリシジルメタクリレートの配合量を本件発明における数値範囲内である0.45質量%以下とするためには、第3成分の配合量の下限値とされている値である0.5質量%を下回る量まで減少させる必要があるところ、甲7文献の記載をみても、このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。
 (オ) 以上のとおり、本件発明と引用例1発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないこと、各モノマーは粘着力や凝集力の点で等価ではなく、当業者が各モノマーを置き換えたり配合量を維持したりすることは自然又は容易なことではないこと、当業者がグリシジルメタクリレートの配合量を第3成分の配合量の下限値未満に減少させる技術的理由は見いだされないことからすれば、甲7文献に接した当業者において、相違点2に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。
『4 取消事由2(引用例2発明に対する進歩性に関する判断の誤り)

・・・(略)・・・
(2) 相違点4の容易想到性
 ア 検討
 (ア) 相違点4は、(メタ)アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量b及びc成分の配合量cの値が、本件発明は「10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)」であるのに対し、引用例2発明はcが4.8、b+40cが196.8であるというものである。
・・・(略)・・・
 (イ)・・・(略)・・・
 そうすると、化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用の化合物の発明である本件発明と引用例2発明とでは、技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから、もともと引用例2発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいというべきである。
 (ウ) また、前記第2の3(2)イのとおり、引用例2発明は、アクリル酸n-ブチル(a成分)80部、アクリロニトリル10部、アクリル酸(b成分)5部、アクリル酸2-ヒドロキシエチル(d成分)5部、アクリル酸グリシジル(c成分)5部が重合された(メタ)アクリル酸エステル共重合体であるところ、相違点4に係る本件発明の構成に至るためには、4.8質量%であるアクリル酸グリシジルの配合量を、10分の1以下である0.45質量%以下に変更する必要がある。
 しかしながら、上記(1)ア(ウ)のとおり、甲8文献には、架橋性官能基を有する共重合性モノマーとして、5種のモノマー(カルボキシル基含有モノマー、ヒドロキシ基含有モノマー、アミド基含有モノマー、エポキシ基含有モノマー及びアミノ基含有モノマー)が例示された上、これらのモノマーが、粘着剤のゲル分率や粘着力を調整するために用いられる旨や、一般には(メタ)アクリル酸アルキルエステル100重量部に対して0.1~30重量部、好ましくは2~10重量部の割合で用いられる旨は記載されているものの(段落【0022】)、アクリル酸グリシジルに着目した記載や、その配合量を10分の1以下にすることによって奏される特定の効果等に関する記載は存しない。
 そうすると、引用例2発明において、アクリル酸グリシジルの配合量を本件発明における数値範囲内に調整するためには、上記5種のモノマーの中からアクリル酸グリシジルに着目し、かつ、その配合量を10分の1以下とする調整を行う必要があるところ、甲8文献の記載をみても、このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。
 (エ) 以上のとおり、本件発明と引用例2発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから、もともと引用例2発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいことに加え、当業者が5種のモノマーの中からアクリル酸グリシジルに着目してその配合量を10分の1以下とする調整を行う技術的理由は見いだされないことからすれば、甲8文献に接した当業者において、相違点4に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。
『5 取消事由3(引用例3発明に対する進歩性に関する判断の誤り)

・・・(略)・・・
(2) 相違点6の容易想到性
 ア 検討
 (ア) 相違点6は、(メタ)アクリル酸エステル共重合体を構成するモノマーの全量を100質量%としたときのb成分の配合量であるb及びc成分の配合量であるcの値が、本件発明は「10≦b+40c≦26(但し0.05≦c≦0.45)」であるのに対し、引用例3発明はcが20、b+40cが810であるというものである。
・・・(略)・・・
 (イ)・・・(略)・・・
 そうすると、化粧シートの粘着剤層に用いる粘着剤組成物用の化合物の発明である本件発明と引用例3発明とでは、技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから、もともと引用例3発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいというべきである。
 (ウ)・・・(略)・・・
 そうすると、引用例3発明において、メタクリル酸グリシジルの配合量を本件発明における数値範囲内に調整するためには、a成分ないしd成分のモノマーの中からc成分の(メタ)アクリル酸グリシジルのみに着目し、かつ、その配合量を好ましいとされている範囲の下限値である5質量%の10分の1以下とする調整を行う必要があるところ、甲9文献の記載をみても、このような調整を行うべき技術的理由を見いだすことはできない。
 (エ) 以上のとおり、本件発明と引用例3発明とでは技術分野や発明が解決しようとする課題が必ずしも一致するものではないから、もともと引用例3発明に本件発明の課題を解決するための改良を加える動機付けが乏しいことに加え、当業者がメタクリル酸グリシジルのみに着目してその配合量を好ましいとされている範囲の下限値の10分の1以下とする調整を行うべき技術的理由は見いだされないことからすれば、甲9文献に接した当業者において、相違点6に係る本件発明の構成に至る動機付けがあったということはできない。

[コメント]
 特許異議申立では、主引用例である甲7~9文献の記載から、本件発明で使用するモノマーと同種のモノマーを選択し、その配合量を適宜設定して、本件発明と同程度の範囲に定めることは当業者であれば、容易になし得ると判断し、本件特許を取り消した。
 これに対して裁判所は、本件発明について、具体的な用途(技術分野)や課題についても検討し、引用例発明との技術分野や課題の相違を認定するとともに、これらが相違することから、本件発明の課題を解決するために、引用例発明に基づき、改良を加える必要性(動機付け)に乏しいとして、当業者であっても容易に想到し得るとまでは言えないとして、取消決定を取り消した。更に、本件発明の数値限定範囲と重複しない引用例発明における数値を、本件発明の数値限定範囲内に調整することは、引用例発明の課題解決や所望の効果を得るという観点から、技術的理由を見出すことができないとして、取消決定を取り消した。
 審査等の段階において、使用原料やその配合量などにつき、適宜選択できるとして、進歩性を否定されることは多分にあるが、このような指摘に対して、用途(技術分野)の違いや、用途の違いによる課題の違い、また、引用例発明の課題解決を困難にする数値範囲の選択(限定)に基づく指摘に対しては、動機付けを否定する主張を行う事が有用であり、今回の判断は参考になる。

以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)