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令和2年(行ケ)第10029号「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」事件

名称:「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和2年(行ケ)第10029号 判決日:令和3年2月18日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号、特許法36条6項2号
キーワード:サポート要件違反、明確性要件
判決文: https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/090040_hanrei.pdf
[概要]
 本件発明の特定事項は、各特定事項の間に矛盾、欠落、不整合等が生じていて、本件出願時の技術常識を踏まえても、当業者において発明の内容を理解できず、第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確ではないとして、明確性を満たすと判断した事例。
[事件の経緯]
 被告は、特許第4708059号の特許権者である。
 原告は、本件特許について特許を無効とする無効審判(無効2015-800173号)を請求し、被告は、訂正請求を請求したところ、特許庁は訂正を認めたうえで、本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする、請求項2ないし3に係る発明についての特許を維持する審決をしたため、被告は、請求項1に係る部分の取消を求める審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成29年(行ケ)第10083号)を提起し、審決を取り消す旨の判決がされた。
 その後原告は、本件特許について特許を無効とする無効審判(無効2019-800036号)を請求したところ、本件特許を維持する審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
 外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、
 前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、摩擦式精米機により搗精され、表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており、且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており、
 更に無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなることを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。
[本件発明2]
【請求項2】
 外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、
 該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、摩擦式精米機を全行程の終末寄りから少なくとも3分の2以上の行程に用いることによって、前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、精米機による搗精により、表層部から糊粉細胞層(4)までを除去し、該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ、且つ搗精後の米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り、残された基底部である胚盤(9)』を残した、白度35~38の精白米に仕上げ、前記白度35~38の精白米を、更に無洗米機(21)により『肌ヌカ』のみを除去する無洗米処理をして、『肌ヌカ』のみが除去された、白度41以上となるように仕上げることを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造方法。
[取消事由]
1 サポート要件に関する判断の誤り(取消事由1)
2 明確性要件に関する判断の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 取消事由1(サポート要件に関する判断の誤り)の有無について
『(2)サポート要件の充足について
 前記(1)の記載からすると、白米でありながら旨み成分と栄養成分を保持した無洗米とその製造方法を提供するという本件発明の課題を解決するために、本件明細書には、玄米粒において、精米機による搗精により、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層を米粒の表面に露出させ、また、胚芽及び胚盤を残せばよいこと、そのためには「むら剥離」をなくすことと亜糊粉細胞層が露出した時に搗精を終わらせることが必要であること、「むら剥離」をなくすためには摩擦式精米機を全行程の3分の2以上で用いる、負荷配分を均等にする、除糠網筒の内面を滑面状にする、ロールの回転数を高速化するとの精米行程、精米装置の条件を提示し、亜糊粉細胞層が露出した時に搗精を終わらせるためには精白米と無洗米の白度や黄色度に着目すればよいこと、その条件は試験搗精をして事前に条件を確認しておけばよいこと、肌ヌカを除去するには無洗米機を用いればよいことを開示するものであり、これによると、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、かつ、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。
(3)原告の主張について
ア 原告は、本件発明の実施品として市販されている「金芽米」の電子顕微鏡写真(甲28)によると、本件発明の「摩擦式精米機により亜糊紛細胞層が表面に露出するように搗精された米粒」、「無洗米機により、亜糊紛細胞層が表面に露出するように搗精された米粒に付着している肌ヌカを除去された無洗米」は、本件明細書に記載する方法では得られない旨を主張する。
 しかしながら、上記電子顕微鏡写真の対象である「金芽米」が本件発明の実施品であるとの立証は全くないから、上記原告の主張は前提を欠くものであって、これを採用する余地はない。
イ 原告は、「亜糊紛細胞層が表面に露出した」ことを確認する方法が何ら記載されておらず、したがって、「亜糊紛細胞層が表面に露出した際の白度を確認」することもできない旨を主張する。
 しかしながら、精米行程の最終行程を経た白度35~38に仕上げられた精白米は、亜糊粉細胞層がほとんど残存しているとされ(【0032】)また、そのためには、「装置のミニチュア機と、白度計と、炊飯器と、黄色度計を用い、そのロットの米はどの白度に仕上げれば良いかを事前に確認して」(【0035】)おけばよいから、「亜糊紛細胞層が表面に露出した」ことを確認することができないとはいえない。
 したがって、原告の上記主張を採用することはできない。』
『エ 原告は、本件明細書の段落【0031】には、肌ヌカを除去できるならばどのような無洗米機でもよいと記載されているが、実施例が1例だけでは、どのような無洗米機を用いたものか分からない旨を主張する。
 しかしながら、本件明細書において無洗米機の構成が限定されていないのであれば、当業者としては適宜の無洗米機を選択すればよいのであり、構成が限定されていないことをもって、本件発明が本件明細書によってサポートされていないという関係には立たない。また、原告からは、肌ヌカを除去できない無洗米機があることを示す具体的な主張、立証はされていない。
 したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
オ 原告は、本件発明の無洗米の表面状態は肉眼では判別不可能であるにもかかわらず、本件明細書には図面代用写真等が示されていない旨主張する。
 しかしながら、図面(その代用としての写真を含む。)は、発明の内容を理解しやすくするために明細書の補助として使用されるものであるところ、前記(2)のとおり、本件発明の内容は原告が上記に主張するような図面代用写真等がなくても当業者において理解可能であるから、原告の上記主張を採用することはできない。』
2 取消事由2(明確性要件に関する判断の誤り)の有無について
『(1)明確性要件の充足について
 本件発明は、前記第2の2のとおりに特定されるものであるところ、それ自体として、用語の内容に不明瞭、あいまい等の明確でない部分は見出し難い。
(2)原告の主張について
ア 原告は、本件明細書の段落【0036】、【0029】、【0031】、【0033】、【0035】及び【0038】の記載事項は、本件発明の必須の構成であり、発明を特定するため特許請求の範囲に掲げなければならないのにその記載がないから、本件発明は明確性を欠くとする。
 しかしながら、本件発明の特定事項だけでは、各特定事項の間に矛盾、欠落、不整合等が生じていて、本件出願時の技術常識を踏まえても、当業者において発明の内容を理解できず、第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確であるとは認め難いから、上記各段落の各内容を発明特定事項とする必要はない。
 したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
 イ 原告は、「無洗米機」だけではどのような無洗米機か分からないから、この用語が明確ではない旨を主張する。
 しかしながら、本件明細書の段落【0031】には、肌ヌカを除去できるならばどのような無洗米機でもよいと記載されており、また、本件出願時の技術常識(甲2ないし8)を踏まえても、当業者において「無洗米機」を理解できないとはいえないから、当業者としては適宜の無洗米機を用いればよいと理解できるのであって、「無洗米機」が明確ではないとはいえない。
 したがって、原告の上記主張を採用することはできない。』
[コメント]
 明確性要件に関して、「各特定事項の間に矛盾、欠落、不整合等が生じていて、本件出願時の技術常識を踏まえても、当業者において発明の内容を理解できず、第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確である」か否かとの規範に基づき判断されている。
 「無洗米機」との用語は、請求項において具体的な構成は限定されていないが、明細書の記載から適宜の無洗米機を用いることが可能であるため、不明確とは判断されなかった。
 サポート要件について、被告の市販品「金芽米」を分析して「摩擦式精米機により亜糊紛細胞層が表面に露出するように搗精された米粒」ではないことを主張しているが、市販品「金芽米」が本件発明の実施品であるとの立証がなされていないため、当該主張は採用されていない。
 市販品の商品説明において特許番号等で特許表示がなされていない場合は、どの商品が特許発明の実施品であるかの判断ができず、証拠として用いることは困難な場合がある。

以上
(担当弁理士:春名真徳)

令和2年(行ケ)第10029号「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」事件

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