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令和元年(行ケ)第10136号「パロノセトロン液状医薬製剤」事件

名称:「パロノセトロン液状医薬製剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10136号 判決日:令和2年12月15日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件、具体的な裏付け、実験データ
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/906/089906_hanrei.pdf
[概要]
 具体的な裏付けをもって、具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない、という理由により、本件各発明がサポート要件を充足しない旨の本件審決の判断に誤りがないされた事例。
[事件の経緯]
 原告は、特許第5551658号の特許権者である。
 被告が、当該特許の請求項1~17に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800125号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をし、同審決はその後確定した。
 被告が、当該特許の請求項1~9、11~16、18に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800028号)を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
 a)0.01~0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
 b)薬学的に許容される担体
 を含む、嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液であって、
 当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む、前記溶液。
[取消事由]
1.サポート要件充足性に関する判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『ア 本件各発明の課題に関する記載
 背景技術及び発明の課題に関する本件明細書の【0001】~【0007】、【0012】~【0015】には、本件各発明の課題は、医薬安定性が向上し、長期間の保存を可能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供することである旨が記載されている。そして、これらの段落では「長期間」の具体的な長さに関する言及はないが、出願審査中の平成25年11月14日の手続補正(甲8)により各請求項に24ケ月要件が追加されたので、「長期間」は24ケ月以上を意味することになったといえる。』
『 上記(1)イ(イ)・(ウ)のとおり、本件明細書においては、パロノセトロン又はその塩を含む溶液は、pH及び/又は賦形剤濃度の調整並びにマンニトール及びキレート剤の適切な濃度での添加によって、安定性が向上することが記載され、実施例1~3において、製剤が最も安定するpHの値、クエン酸緩衝液及びEDTAの好適な濃度範囲、マンニトールの最適レベルが示され、実施例4、5に代表的な医薬製剤が示されているが、実施例4、5においては、実際に安定性試験が行われていないため、そこに記載された医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。また、その他の箇所をみても、安定化に資する要素は挙げられてはいるものの、それらが24ケ月の貯蔵安定性を実現するものであることについての直接的な言及はないし、どのような要素があればどの程度の貯蔵安定性を実現することができるのかを推論する根拠となるような具体的な指摘もなく、結局、具体的な裏付けをもって、具体的な医薬製剤が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することが記載されているとはいえない。
 なお、・・・(略)・・・。
 そうすると、本件明細書には、24ケ月要件を備えたパロノセトロン製剤が記載されているとはいえないし、本件出願時の技術常識に照らしても、当業者が、本件各発明につき、医薬安定性が向上し、24ケ月以上の保存を可能にするパロノセトロン製剤とその製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供するという本件各発明の課題(上記(1)ア)を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。』
『イ 上記第4の1(3)の主張について
(ア) サポート要件適合性は、明細書に記載された事項と出願時の技術常識に基づいて認定されるべきであるから、上記(3)のとおり、本件明細書と技術常識によっては24ケ月要件を備えた製剤が記載されていると認識することができないにもかかわらず、本件出願後に実験データ(甲36、33)を提出して明細書の上記不備を補うことは許されないというべきである。
(イ) また、原告は、甲36、33は、本件明細書の段落【0017】【0037】を補うものにすぎないから、新たな実験結果ではないという趣旨の主張をするが、本件明細書には、【0017】【0037】に記載された24ケ月の貯蔵安定性につき、いかなる方法及び条件の下での試験によってその貯蔵安定性を確認したのかが一切記載されていないため、甲36、33の試験が本件明細書と同一の方法及び条件によるものか否かは不明であり、原告の主張は失当である。
 この点につき、原告は、A)実験方法・条件が本件明細書記載のものと実質的に同じであること、B)得られた結果が本件明細書記載の内容と実質的に同じであること、C)実験の手法が原出願当時の技術常識の範囲内にあること、D)貯蔵安定性の測定の実験手法は極めて簡単であることを主張するが、上記のとおり、本件明細書には、24ケ月の貯蔵安定性につき、いかなる方法及び条件の下での試験によってその貯蔵安定性を確認したのかが一切記載されていない以上、甲36、33の実験方法・条件、得られた結果が明細書記載の内容と実質的に同じであるとはいえない。また、結果が同じであるからといって実験方法・条件が同一であるとは限らないし、貯蔵安定性を測定するための実験方法が一つに定まるというのであればともかく(そのような事情を認めるに足りる証拠はない。)、そうではない以上、たとえ実験の手法が技術常識の範囲内のものであり、また、実験手法が簡単なものであったとしても、そのことによって、本件明細書に記載された実験の方法・条件と、甲36、33の実験の方法・条件が同一であることが保障されるものではない。
(ウ) したがって、原告の上記第4の1(3)の主張は採用することができない。』
[コメント]
 本件明細書には、本件各発明に該当する実施例として、実施例4および5のペーパーイグザンプルが記載されているのみである。実施例6および7にはワーキングイグザンプルが記載されているものの、実施例6および7は、本件各発明に該当するかどうか不明であり、しかも16日間の安定性を確認したに過ぎない。
 このような本件明細書について、被告は、「24ケ月の貯蔵安定性を有するものであることを、当業者が技術常識に照らして理解できるような裏付けなどとともに具体的に示す記載を見出すことができない。」(判決文の15頁参照)と主張してサポート要件非充足を主張した。
 この主張に対して、原告は、実験データを提出するなどして反論したものの、裁判所は、被告の主張を認め、本件各発明がサポート要件を充足しないと判断した。
 この判断に至る過程において、裁判所は、「本件明細書と技術常識によっては24ケ月要件を備えた製剤が記載されていると認識することができない」という理由で、原告が提出した実験データを参酌しなかった。これには納得できる。
 ところで、本件明細書には、本件各発明の課題に関する段落0015に「長期間の保存を可能にする」と記載されているに過ぎないものの、裁判所は、手続補正で各請求項に24ケ月要件が追加されたため、「長期間」が24ケ月以上を意味することになった、と認定した。
 この認定は興味深い。なぜなら、この認定によれば、請求項への発明特定事項の追加によって、課題のレベル(具体的には、請求項に記載された発明が解決しようとする課題のレベル)が高まることがあり得るためである。

以上
(担当弁理士:森本 宜延)

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