審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10148号「医薬品相互作用チェックシステム」事件

名称:「医薬品相互作用チェックシステム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10148号 判決日:令和2年10月7日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性、発明の要旨認定
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/749/089749_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲から発明を認定するに当たり、特許請求の範囲に記載された発明特定事項の意味内容や技術的意義を明らかにする必要がある場合に、技術常識を斟酌することは妨げられないというべきであり、リパーゼ事件判決もこのことを禁じるものであるとは解されず、その結果、本件発明における「一の医薬品」と「他の医薬品」は同一レベルの概念であると解釈して発明の要旨認定をした審決に誤りはないとして、進歩性を肯定した審決が維持された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第5253605号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~4、6、8及び9に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800118号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
ネットワーク接続されたいずれかの機器に、
一の医薬品から見た他の一の医薬品の場合と、前記他の一の医薬品から見た前記一の医薬品の場合の2通りの主従関係で、相互作用が発生する組み合わせを個別に格納する相互作用マスタを記憶する記憶手段と、
入力された新規処方データの各医薬品を自己医薬品及び相手医薬品とし、自己医薬品と相手医薬品の組み合わせが、前記相互作用マスタに登録した医薬品の組み合わせと合致するか否かを判断することにより、相互作用チェック処理を実行する制御手段と、
対象となる自己医薬品の名称と、相互作用チェック処理の対象となる相手医薬品の名称とをマトリックス形式の行又は列にそれぞれ表示し、前記制御手段による自己医薬品と相手医薬品の間の相互作用チェック処理の結果を、前記マトリックス形式の該当する各セルに表示する表示手段と、
を備えたことを特徴とする医薬品相互作用チェックシステム。

[審決]
審決では、本件発明における「一の医薬品」と「他の一の医薬品」は、同一のレベルの概念であることを要するものであり、薬効分類などの上位レベルの概念でないと解釈し、本件発明における「医薬品」の語は、販売名(商品名)、一般名あるいは、薬効、有効成分及び投与経路を特定できるコードを意味すると認定した。

[取消事由]
1.取消事由1(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)
2.取消理由2(本件発明9の容易想到性の判断の誤り)
3.取消理由3(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。

[原告の主張]
最高裁平成3年3月8日判決(以下、「リパーゼ事件判決」という。)によると、発明の要旨認定は、特許請求の範囲の記載に基づかなければならないのであって、この記載を超えて、特許請求の範囲に記載のない構成(発明特定事項)を、発明の詳細な説明や図面の記載のみに基づいて付加してはならないのであり、発明の詳細な説明の記載を参酌することができるのは、例外的な場合に限られる。
本件特許の特許請求の範囲の記載によると、「医薬品」との文言が何らかのデータの概念・種類を表す語であると読み取ることは不可能であり、「医薬品」との文言は、そのまま「医薬品」の意であるものと一義的に明確に理解することができるのであるから、「医薬品」との文言解釈につきリパーゼ事件判決でいうところの「特段の事情」は認められず、本件明細書の参酌は許されない。したがって、本件審決の本件発明の要旨認定は誤りである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『ウ(ア) 本件特許の請求項1によると、本件発明1において「相互マスタ」には、「一の医薬品から見た他の一の医薬品と、前記他の一の医薬品から見た前記一の医薬品の場合の2通りの主従関係で、相互作用が発生する組み合わせ」が個別に格納される。そして、本件発明1において、「相互作用チェック処理」は、入力された新規処方データの各医薬品を自己医薬品及び相手医薬品とし、自己医薬品と相手医薬品の組み合わせが、前記相互作用マスタに登録した医薬品の組み合わせと合致するか否かを判断するものであるから、入力された新規処方データの「各医薬品」に当たる医薬品は「自己医薬品」にも「相手医薬品」にもなり、その組み合わせが「相互作用マスタに登録した医薬品」の組み合わせと合致するかが判断されることになる。
したがって、本件発明1において、「相互作用マスタに登録した医薬品」、すなわち、「一の医薬品」と「他の一の医薬品」は、相互作用の有無を判定しうるものとして登録されるものであると解される。そして、前記ア(ア)のとおり、薬効及び成分系統が特定された(薬価基準収載用薬品コードの左から4桁のコード)としても、具体的成分に起因する相互作用の違いは表現できないが、薬効、投与経路及び有効成分が特定される(薬価基準収載用薬品コードの左から7桁のコード)と具体的成分に起因する相互作用の違いが表現できるのであるから、相互作用の有無を判定するためには、少なくとも、薬効、投与経路及び有効成分が特定される(薬価基準収載用薬品コードの左から7桁のコード)ものが登録される必要があると解される。また、前記ア(ウ)のとおり、処方せんにおいては、販売名(商品名)又は一般名が用いられていたところ、これらが用いられていたのは、患者に処方する医薬品を特定することができ、他の医薬品との相互作用を確認することができるからであると解される。・・・(略)・・・
これらによると、本件発明1においては、「相互マスタ」には、「一の医薬品」及び「他の一の医薬品」として、「降圧剤」などといった単なる薬効を入力するだけでは足りず、販売名(商品名)又は一般名を記載するか、薬価基準収載用薬品コードであれば薬効、投与経路・有効成分(7桁のコード)以下の下位の番号によって特定されるものなど、具体的に当該医薬品の薬効、投与経路及び有効成分が特定できるレベルのものを登録する必要があると解される。・・・(略)・・・
したがって、本件発明1において相互作用マスタに格納される「一の医薬品」、「他の一の医薬品」とは、販売名(商品名)又は一般名、薬価基準収載用薬品コードであれば投与経路・有効成分(7桁のコード)以下の下位の番号によって特定されるものなど、具体的に当該医薬品の薬効、投与経路及び有効成分が特定できるレベルのものを意味すると認められる。本件審決が「薬効分類などの上位レベルの概念ではない」としているのは、このことを意味していると解される。
また、本件発明1が「一の医薬品」、「他の一の医薬品」の相互作用をチェックするものであることからすると、「相互作用マスタに登録した医薬品」、すなわち、「一の医薬品」と「他の一の医薬品」は、一方が前記「具体的に当該医薬品の薬効、投与経路及び有効成分が特定できるレベル」のものであり、他方が「他の降圧剤」などといった薬効を示すレベルであるとは考えられず、両者はいずれも「具体的に当該医薬品の薬効、投与経路及び有効成分が特定できるレベル」のものであると認められる。本件発明が「『一の医薬品』と『他の一の医薬品』は同一のレベルの概念であることを要する」としているのは、このことを意味していると解される。
・・・(略)・・・
エ(ア)・・・(略)・・・
前記ア(イ)のとおり、医薬品に付される添付文書の相互作用(併用禁忌、併用注意)の記載は、商品名を付して記載されているものもあるが、「他の降圧剤」など薬効のみで記載されているものもあることからすると、甲1発明の「医薬品相互作用チェックテーブル105」の「相手テーブル部402」に記憶される「医薬品間の相互作用の有無をチェックする情報」は、薬効のみの場合も含みうるものである。
・・・(略)・・・
(3)原告の主張に対する判断
ア 原告は、「医薬品」の語は、販売名(商品名)、一般名あるいは、薬効、有効成分及び投与経路を特定できるコードを意味するとの本件審決の認定は、リパーゼ事件判決に反していると主張する(前記第3の1(2)ア)。
特許請求の範囲から発明を認定するに当たり、特許請求の範囲に記載された発明特定事項の意味内容や技術的意義を明らかにする必要がある場合に、技術常識を斟酌することは妨げられないというべきであり、リパーゼ事件判決もこのことを禁じるものであるとは解されない。・・・(略)・・・
(4) 以上によると、本件審決の一致点及び相違点の認定に誤りはなく、それに基づく相違点1、2についての容易想到性の判断(前記第2の4(1)ウ)も誤りはないから、取消事由1は理由がない。』

[コメント]
原告は、審決のように「医薬品」を限定解釈することは、特許請求の範囲の記載に基づかないものであり、審決は「医薬品」の文言を誤って要旨認定し、その結果、容易想到性の判断を誤ったと主張した。これに対し、本判決は、特許請求の範囲の記載と技術常識に基づいて、本件発明の「医薬品」は、「相互作用の有無を判定しうるものとして登録されるもの」と解釈し、その上で、審決と同様に、本件発明の「医薬品」は、当該医薬品の薬効、投与経路及び有効成分が特定できるレベルのものを意味すると解釈した。
本件発明における「相互作用マスタに登録した医薬品」を仮に「降圧剤」などの薬効を示す上位レベルの概念として認定した場合、本件発明のような「2通りの主従関係で、相互作用が発生する組み合わせ」を実現できない。そのため、審決における「医薬品」の認定も審決を維持した本判決の判断も妥当であると感じた。
以上
(担当弁理士:小島 香奈子)