審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10150号「空気分離方法」事件

名称:「空気分離方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10150号 判決日:令和2年9月15日
判決:審決取消
特許法29条1項3号、29条2項、36条4項1号、36条6項1号
キーワード:本件発明の認定
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/707/089707_hanrei.pdf

[概要]
 引用文献の図1に示された、低純度酸素を液体として抜き出すことは、あくまで、好ましい実施形態にすぎず、引用文献の「記載A」又は技術常識に照らせば、低純度酸素を液体として抜き出すのみならず、気体として抜き出すことは、引用文献に記載されているに等しいというべきである、という理由により、審決における引用発明の認定が誤りだとして、相違点のうちの一つについて、審決の認定が取り消された事例。

[事件の経緯]
 被告は、特許第5997105号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2019-800009号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許の訂正を認めた上で、無効審判の請求を不成立とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1(訂正後)】(下線は、訂正箇所)
 原料空気を圧縮する空気圧縮機と、
 前記原料空気を用いて熱交換を行う主熱交換器と、
 前記原料空気を酸素及び窒素に分離する高圧精留塔及び低圧精留塔と
を有する空気分離装置を用いて原料空気から酸素を回収する空気分離方法であって、
 前記空気分離装置に備えられた前記高圧精留塔は1塔であり、
 前記空気分離装置は、
 前記低圧精留塔から液体酸素が導入されかつ熱交換部が設けられた容器、
 前記容器内の熱交換部に昇圧空気を供給する空気供給ライン、
 前記熱交換部で前記液体酸素と熱交換した空気を前記高圧精留塔に導入するラインを備え、
 前記熱交換部は前記液体酸素を用いて熱交換を行うことによりガス酸素を生成し、前記容器内の前記液体酸素と前記ガス酸素とを前記主熱交換器にそれぞれ供給する液体酸素供給ライン及びガス酸素供給ラインをさらに備え、
 前記容器内から取り出す前記液体酸素及び前記ガス酸素の量比率は、前記液体酸素の比率を10%以上80%以下とし、前記ガス酸素の比率を20%以上90%以下とし、
 前記液体酸素供給ラインを介して高純度酸素を回収し、
 前記ガス酸素供給ラインを介して前記高純度酸素よりも相対的に純度の低い低純度酸素を回収する
ことを特徴とする空気分離方法。

[審決]
 審決では、引用例1の、「Either or both of the lower purity oxygen and the higher purity oxygen may be withdrawn from side column 11 as liquid or vapor for recovery.」との記載(記載A)について、引用例1の他の箇所における“withdrawn”及び“recover”の用語の使用法からすると、“as liquid or vapor for recovery”は、最終的な製品としての低純度酸素や高純度酸素が液体や気体であることを意味しているのであって、最終的な製品になる前の低純度酸素及び高純度酸素を、液体又は気体として取り出すことをいうものとはいえないと認定した。
 そのうえで、引用発明1は、本件発明の「前記容器内の前記液体酸素を前記主熱交換器に供給する液体酸素供給ライン」と、「前記液体酸素供給ラインを介して高純度酸素を回収」する構成とを備えているものの、引用発明1は、本件発明の「前記容器内のガス酸素を前記主熱交換器に供給するガス酸素供給ライン」と、「前記ガス酸素供給ラインを介して高純度酸素を回収」する構成を備えておらず、この点を相違点1と認定した

[取消事由]
1.引用発明1に基づく新規性の判断の誤り
2.引用発明1に基づく進歩性の判断の誤り
3.実施可能要件の判断の誤り
4.サポート要件の判断の誤り
※以下、取消事由1、2についてのみ記載する。

[原告の主張]
1.取消事由1(特に、引用発明1の認定の誤り)について
 「引用例1には、「Either or both of the lower purity oxygen and the higher purity oxygen may be withdrawn from side column 11 as liquid or vapor for recovery”」との記載(記載A)があり、「低純度酸素及び高純度酸素のいずれか又は両方は、液体又は蒸気として側塔11から抜き出され、最終製品として回収される。」と訳すことができる。記載Aによれば、引用発明1は、低純度酸素の生成に関し、気体として抜き出す方法を排除していない。」
「本件審決が、引用発明1につき、低純度酸素については専ら液体として抜き出されるように認定した部分は、引用発明の認定を誤るものであり、この点を正しく認定すれば、引用例1には、低純度酸素が気体で回収されるという構成も開示されていることになる。
 したがって、本件審決が、相違点1を認定した上、それが実質的な相違点であると判断したことは誤りである。」

2.取消事由2について
 「仮に相違点1が実質的な相違点であるとしても、以下に述べるとおり、本件発明1は、引用発明1に基づいて容易に発明をすることができるから、進歩性を欠く。」
 「一般に、側塔のような蒸留塔から流体を抜き出す場合に、その状態を液体とするか気体とするかは、当業者にとって設計事項にすぎない。また、空気分離装置において、液体酸素に代えて気体酸素を選択することは、引用例2にみられるとおり、周知技術でもある。
 したがって、引用発明1に接した当業者は、側塔11から取り出される低純度酸素につき、需要家の要望に応じ、液体酸素に代えて気体酸素として抜き出すようにすることは、周知技術を適用することにより容易に想到できる。」

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.本件発明の認定について
『ウ ・・・(略)・・・。引用例1の他の箇所(例えば、5欄11行~22行、23行~32行、33行~39行)において、“recover”の用語が最終的な製品を得ることという意味で用いられていることからすると、記載A文末の“recovery”も最終製品の回収のことを意味し、他方で文中の“withdrawn”は、中間的な生成物の抜き出しのことを意味するものと解される(4欄40行の“withdrawn”、5欄43行の“withdrawal”も同様である。)。そうすると、記載Aは、前記ア(オ)gのとおり、低純度酸素及び高純度酸素のいずれか又は両方は、回収のために、液体又は気化ガスとして側塔11から抜き出されてもよいと訳すのが相当である。
 そうだとすると、記載Aからは、引用発明1が低純度酸素を専ら液体として抜き出すもので、気体としての抜き出しは排除されている、と理解するのは困難である。
 しかも、引用例1の全体をみると、引用発明1が解決しようとする課題は、低純度酸素及び高純度酸素の両方を高回収率で効果的に精製することができる極低温精留システムを提供することであり(前記ア(ウ))、課題を解決する手段は、空気成分の沸点の差、すなわち低沸点の成分は気化ガス相に濃縮する傾向があり、高沸点の成分は液相に濃縮する傾向があることを利用したものであると(前記ア(エ))認められ、図1に示されたのは、あくまで、好ましい実施形態にすぎない(同(オ)a)。図1の説明においては、低純度酸素を液体として抜き出し、それにより大量の高純度酸素を得られるとしても、それは、最も好ましい実施形態を示したものであって、引用例1に側塔11から低純度酸素を気体として抜き出すことが記載されていないとはいえない。
 エ また、証拠(甲2、3の1、4、7の1、8)によれば、本件発明1の出願当時、空気分離装置又は方法において、高純度酸素と区別して低純度酸素を回収することができ、その際に、精留塔から、低純度酸素を気体として抜き出す方法も液体として抜き出す方法もあることは、技術常識であったと認められる。上記認定の技術常識に照らしても、引用例1には、低純度酸素を液体として抜き出すことのみならず、気体として抜き出すことが記載されているに等しいというべきである。
 オ そうすると、本件審決が、引用発明1を、低純度酸素を専ら液体として抜き出すものと認定し、これを一致点とせずに相違点1と認定したことは、誤りといわざるを得ない。
 本件審決は、その余の相違点及び本件発明2~4と引用発明1との相違点について判断せず、原告被告ともにこれを主張立証していないから、これらの点に係る新規性及び進歩性については、再度の審判により審理判断が尽くされるべきである。』

[コメント]
 審決が相違点1とした構成に対して、判決が一致点であると認定した要因には、「Either or both of the lower purity oxygen and the higher purity oxygen may be withdrawn from side column 11 as liquid or vapor for recovery」との記載(記載A)に対する解釈の違いと、「精留塔から、低純度酸素を気体として抜き出す方法も液体として抜き出す方法もあることは、技術常識であった」という、技術常識の認定がある。
 この事件は、引用文献に記載された一文(記載A)が、技術常識の考慮の有無によってその解釈に大きな相違を与えた例と捉えられる。引用発明の認定の際には、技術常識の考慮の有無及びその技術常識の内容によって、引用文献の記載内容を様々に解釈され得ることに、注意を払う必要がある。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)