審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10165号「保温シート」事件

名称:「保温シート」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10165号 判決日:令和2年11月5日
判決:審決取消
特許法第17条の2第3項
キーワード:新規事項の追加
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/825/089825_hanrei.pdf

[概要]
 特別な方法が採られていなければ不織布又は織布は透光性を有するものであると当業者は当然に理解するため、明細書に明示的に記載がない「透光性」を請求項に追加する補正は新規事項の追加には当たらないとして審決が取り消された事例。

[事件の経緯]
 原告が、特許出願(特願2014-252662号)に係る拒絶査定不服審判(不服2018-14256号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願補正発明]
【請求項1】
 人又はその他の動物である生体の表面の保温を行う保温シートであって、
 フレキシブルに変更可能なシート状の基材と、
 通気性及び通水性が確保され且つ透光性を有する不織布又は織布からなるカバー体とを備え、
 前記基材における生体側の面に断熱材を含浸又は塗布することにより断熱面を形成し、
 前記断熱材は、中空ビーズ構造であって且つ10~50μmの粒径を有するアルミノ珪酸ソーダガラスと、顔料としての二酸化チタンとを含み、
 前記アルミノ珪酸ソーダガラスの含有量は、前記断熱材の全重量の10~20重量%であり、
 前記カバー体によって基材の断熱面をカバーし、
 前記カバー体は、上記断熱面に面状に密着された状態で接着され、
 前記カバー体は、生体側からの輻射熱を通すことによって、前記アルミノ珪酸ソーダガラスが遠赤外線を放射する温度まで該アルミノ珪酸ソーダガラスを温めるとともに、該アルミノ珪酸ソーダガラスから放射された遠赤外線が生体側に達するように構成されたことを特徴とする保温シート。

[取消事由]
 新規事項の追加の判断の誤り:本件カバー体が透光性を有することは、本件当初明細書等に明示的に記載されてはいないが、次のとおり、本件当初明細書等の記載から自明な事項であるから、これを特許請求の範囲に加えたからといって、新たな技術的事項が追加されるものではない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 本件補正の適否について
(1) 前記第2の2のとおり、本願発明に係る特許請求の範囲については、本件出願時には「通気性が確保された不織布又は織布からなるカバー体」と記載されていたものが、本件補正後には「通気性及び通水性が確保され且つ透光性を有する不織布又は織布からなるカバー体」へと記載が変更されたものであり、本件カバー体につき、「通水性」及び「透光性」を有する旨の記載が追加されたものといえる。
 そして、上記1のとおり、本件当初明細書等には、本件カバー体が通水性を有する旨の記載(【0035】)は存するものの、「透光性を有する」との事項に対応する明示的な記載は存しない。
 そこで、本件カバー体が「透光性を有する」との事項が、本件当初明細書等の記載から自明な事項であるといえるか否かについて、以下、検討する。
(2) 工業分野一般において、透光性とは、物質を光が透過して他面から出ることをいう(JIS工業用語大辞典第5版(乙1))ところ、本願発明の技術分野における「透光性」の用語が、これと異なる意味を有するものとみるべき事情は存しない。』
『(3) 次に、上記1のとおり、本件カバー体は織布又は不織布から構成されるところ、本件出願時における織布又は不織布の透光性に関する技術常識について検討する。』
『証拠(乙4、10)及び弁論の全趣旨によれば、本件出願よりも前の時点において、織布である樹木の萌芽抑制シートの遮光性を高めるために、糸材にカーボン粉末が練り込まれた黒色糸を使用する方法が採られたり、織布又は不織布である野生動物侵入防止用資材の遮光率を高めるために、繊維間又は糸条間の間隔を小さくして光を通しにくくする方法が採られたりしていたことが認められる。
 このように、本件出願よりも前の時点において、織布又は不織布に遮光性能を付与するために、特殊な製法又は素材を用いたり、特殊な加工を施したりするなどの方法が採られていたことからすれば、本件出願時において、織布又は不織布に遮光性を付与するためにはこのような特別な方法を採る必要があるということは技術常識であったといえる。そうすると、このような特別な方法が採られていない織布又は不織布は遮光性能を有しないということもまた、技術常識であったとみるのが相当である。』
『以上検討したところによれば、織布又は不織布について遮光性能を付与するための特別な方法が採られていなければ、当該織布又は不織布は透光性を有するということが、本件出願時における織布又は不織布の透光性に関する技術常識であったとみるのが相当である。』
『上記1のとおり、本件当初明細書等には、織布又は不織布から構成される本件カバー体につき、遮光性能を有する旨や遮光性能を付与するための特別な方法が採られている旨の明示的な記載は存せず、かえって、本件カバー体が通気性や通水性を有する旨の記載(【0035】)・・・(略)・・・が存するところである。
 このような本件当初明細書等の記載内容からすれば、当業者は、本件カバー体を構成する織布又は不織布について、特殊な製法又は素材を用いたり、特殊な加工が施されたりするなど、遮光性能を付与するための特別な方法は採られていないと理解するのが通常であるというべきである。
 そうすると、本件当初明細書等に接した当業者は、本件カバー体は透光性を有するものであると当然に理解するものといえるから、本件カバー体が「透光性を有する」という事項は、本件当初明細書等の記載内容から自明な事項であるというべきである。
(5) 以上によれば、本件補正は、本件当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものといえるから、特許法17条の2第3項の要件を満たすものと認められる。』
『3 被告の主張について
・・・(略)・・・
(1) 被告は、本願発明の技術的意義からすれば、これと何ら関係のない光に関する技術的事項である「透光性」を当業者が認識することはない旨主張する。
 しかしながら、本願発明の技術的意義に光に関する技術的事項が含まれないとしても、上記2(3)及び(4)で検討したとおり、本件当初明細書等の記載内容及び本件出願時における技術常識からすれば、本件当初明細書等に接した当業者は、本件カバー体は透光性を有するものであると当然に理解するものといえるから、当業者が「透光性」を認識することがないということはできない。
(2) 被告は、織布の組織や不織布の目付を変えたり、織布の素材を変えたりすることによっても遮光性能を付与することができることからすれば、織布や不織布が「透光性を有する」か否かは、特殊な処理がされているか否かだけで決まるものではないから、種々の特殊な処理がされていない布が透光性を有することは技術常識とまではいえないと主張する。
 しかしながら、上記2(3)で検討したとおり、織布又は不織布に遮光性能を付与するためには特別な方法を採る必要があり、このような特別な方法が採られていない織布又は不織布が遮光性能を有しないということは、本件出願時における技術常識であったといえる。そして、ここでいう特別な方法には、遮光性能を付与するための方法全般が含まれるのであって、被告が指摘するような種々の方法が除外されるものではなく、それらも含めて本件当初明細書等に何らの記載も存在しないために、本件当初明細書等に接した当業者は、本件カバー体は透光性を有するものであると当然に理解するものといえるのであるから、被告の指摘は当を得たものとはいえない。
(3) 被告は、特殊な処理がされていない布は透光性を有するとの原告の主張について、単に光が布を通りさえすれば「透光性を有する」とすることを前提とするものであるなどと主張する。
 しかしながら、上記2(2)のとおりの「透光性」の用語の意味からすれば、たとえわずかであっても光を透過させて他面から出す性質を有するのであれば、「透光性を有する」ということになるのであるから、被告の主張は当を得ないものといわざるを得ない。
(4) 被告は、本件カバー体について「透光性を有する」との特定をすることは、透光に関する何らかの技術的特徴に対応した限定であると通常理解されるから、このような特定を追加することは、本件当初明細書等に記載されていない新たな技術的事項を追加するものである旨主張する。また、被告は、この追加により、実質的に、基材の断熱面に光が到達する構成が追加され、本願発明は、この構成に対応する新たな技術的意義又は新たな作用・効果を有することとなった旨主張する。
 確かに、証拠(甲5)によれば、本件意見書には、本願発明における独自の作用効果の記載として、本件カバー体が透光性を有していることから、本件カバー体を透過して断熱面に照射された光が、断熱材に含まれた二酸化チタンを光触媒として作用させ、十分な消臭効果や臭いの発生を効率的に防止する効果が発生する旨の記載が存することが認められる。
 しかしながら、本件当初明細書等には、「顔料は光を反射する白色の二酸化チタンであり、」(【0031】)との記載が存するのみであって、二酸化チタンの光触媒作用や消臭効果等に関する記載は何ら存しない(甲1)。そして、その後の数次の補正を経た後の明細書、特許請求の範囲又は図面をみても、二酸化チタンの光触媒作用であるとか、それによる消臭効果等については、何らの記載も追加されていない(甲4、14、16)。
 このように、本件意見書に記載された上記の各事項については、本願発明に係る明細書等において何ら触れられていないのであるから、本願発明には、これらの事項に関する技術的意義や作用・効果が含まれるものではなく、また、本願発明に係る明細書等に接した当業者においても、本願発明にこのような技術的意義又は作用・効果が存すると理解することはないというべきである。なお、本願発明における二酸化チタンが、顔料として利用されるだけでなく、光触媒作用を発揮して消臭効果や臭いの発生を効率的に防止する効果を発生させるものと認めるに足りる証拠は存しない。
 以上によれば、本件補正により、本件カバー体について「透光性を有する」という事項が追加されたからといって、本願発明に上記のような技術的意義又は作用・効果が新たに導入されるものではないというべきである。』

[コメント]
 本判決で判断の対象になっている透光性に係る構成は、審査段階の第1回目の拒絶理由通知に対する応答時の補正で追加された。当該補正に係る補正書と同時に提出された意見書で、原告(出願人)は、不織布等が透光性を有することは自明であり、二酸化チタンが光触媒として作用することは図面等から客観的に理解可能と主張した。透光性や二酸化チタンが光触媒として作用することは本件当初明細書等には明示的には記載されていないが、その後の第2回目の拒絶理由通知では新規事項の追加は指摘されていないことから一旦は認められた補正といえる。
 本判決では透光性については技術常識から本件当初明細書等の記載から自明であるとされたが、審決では、二酸化チタンの光触媒作用については明細書等で触れられておらず、そのような技術常識もないため、原告が意見書で主張した二酸化チタンの光触媒の技術的意義等は本願発明には含まれないとされた。
 特許審査基準で引用されている知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)10563号)「ソルダーレジスト」大合議判決では、「付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合には、そのような訂正は、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入しないものであると認められ、」と判示された。これは構成が当初明細書等の記載から自明であればその技術的意義も自明であることが多いという意味に解釈できるが、本判決では透光性は当初明細書等から自明だが、その技術的意義については自明とは判断されていない点が特徴的である。

以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)