審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10173号「両面粘着テープ、車載部品固定用両面粘着テープ、及び、車載用ヘッドアップディスプレイカバー固定用両面粘着テープ」事件

名称:「両面粘着テープ、車載部品固定用両面粘着テープ、及び、車載用ヘッドアップディスプレイカバー固定用両面粘着テープ」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10173号 判決日:令和2年9月3日
判決:決定取消
条文:特許法36条6項2号、36条6項1号、36条4項
キーワード:明確性、実施可能要件、サポート要件、第三者の利益、パラメータ
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/676/089676_hanrei.pdf

[概要]
 明確性要件について、示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上であるとは、示差走査熱量計による測定結果のグラフのピーク(頂点)が140℃以上に存在することを意味し、複数のピークがある場合のピークの大小は問わないものと解され、その記載について、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできないとし、また、実施可能要件、サポート要件を満足するとして、特許取消決定を取り消した事例。

[事件の経緯]
 原告(特許権者)は、特許第6370477号の特許権者である。
 原告は、特許取消決定(本件決定)に対して、取消決定取消請求訴訟を提起し、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、本件決定を取り消した。

[本願発明](筆者にて下線)
【請求項1】
 基材の両面にアクリル粘着剤層を有する両面粘着テープであって、
 前記基材は、発泡体からなり、
 前記基材の厚みが1500μm以下であり、
 前記発泡体は、示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上であり、発泡倍率が15cm/g以下であり、気泡のアスペクト比(MDの平均気泡径/TDの平均気泡径)が0.9~3であり、
 前記発泡体がポリプロピレン系樹脂を含有することを特徴とする両面粘着テープ。

[取消事由]
 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)
 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)
 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)について
(1) 明確性要件について
 特許法36条6項2号において・・・(略)・・・発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) 「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上である」の意義
 ア 本件発明1の特許請求の範囲には、「前記発泡体は、示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上であり」との記載があるが、それ以上に「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピーク」について特定する記載はない。
 ピークとは、「①山のいただき。②絶頂。最高潮」(広辞苑第6版)を意味することからすれば、「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上であり、」との記載は、示差走査熱量計による測定結果のグラフのピーク(頂点)が140℃以上に存在することを意味するものと解するのがまずは自然である。
 イ・・・(略)・・・結晶融解温度ピークの面積は、吸熱量を示すものであり、含まれる材料の結晶融解温度に応じて1個のピークが存在する場合と複数のピークが存在する場合があり、複数のピークが存在する場合に各ピークの面積(吸熱量)は、そのピークを発現する材料の含有量と相関することは、本件特許の出願時の技術常識であったと認められる。
 ウ 本件明細書には、「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピーク」とは、発泡体100mgを示差走査熱量計を用いて大気中において昇温速度10℃/分の条件下で測定された際のピーク温度を意味することが記載されている(【0020】)。そして、本件明細書の実施例1~7は、ポリプロピレン系樹脂(エチレン-プロピレンランダム共重合体:住友化学社製、商品名「AD571」)と直鎖状低密度ポリエチレン(東ソー社製、商品名「ZF231」)の混合物より構成される発泡体であり、その結晶融解温度ピークは、それぞれ141.5~147.4℃であることが記載されている。これに対し、比較例2、3は、直鎖状低密度ポリエチレン(東ソー社製、商品名「ZF231」)のみにより構成される発泡体であり、その結晶融解温度ピークは94℃、92℃であることが記載されている(以上につき、【0058】~【0067】、【0069】、【0070】、【表1】)。
 本件特許請求の範囲には、複数のピークが生じる場合に、特定のピークを選択する旨の記載や、全てのピークが140℃以上であることの記載が存在しないところ、上記のとおり、実施例1~7の発泡体は、比較例2、3と同じ直鎖状低密度ポリエチレンを20~60重量%で含有するから、【表1】に記載された141.5~147.4℃(140℃以上)の結晶融解温度ピーク以外に、140℃未満の結晶融解温度ピークを含むであろうことは、当業者であれば、上記イの技術常識により、容易に理解することができる。・・・(略)・・・
 そうすると、本件明細書(【表1】)の実施例1~7についての結晶融解温度ピークは、複数の結晶融解温度ピークのうち、ポリプロピレン系樹脂を含有させたことに基づく140℃以上のピークを1個記載したものであることが理解できるから、「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上」は、複数の結晶融解温度ピークが測定される場合があることを前提として、140℃以上にピークが存在することを意味するものと解され、このような解釈は、上記アの解釈に沿うものである。
 また、本件発明1は、ポリプロピレン系樹脂の含有量を規定するものではないから、ポリプロピレン系樹脂の含有量が、140℃未満のピークを示す直鎖状低密度ポリエチレンの含有量を下回る場合を含むことは、実施例7の記載から明らかである。そして、このような場合に、当業者であれば、140℃未満に一番大きいピーク(最大ピーク)が生じ得ることを理解することができるのであり、「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上である」について、複数のピークがある場合のピークの大小は問わないものと解するのが合理的である。
 エ 以上のとおり、本件発明1の「示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上である」とは、示差走査熱量計による測定結果のグラフのピーク(頂点)が140℃以上に存在することを意味し、複数のピークがある場合のピークの大小は問わないものと解され、その記載について、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。

『3 取消事由2(実施可能要件の判断の誤り)について
(1) 実施可能要件について
 発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
・・・(略)・・・
(4) 被告の主張について
 ア 被告は、本件発明が明確ではないことを根拠に、実施可能要件に適合しないと主張するが、明確性要件に関する判断は前記2のとおりであり、被告の主張は採用できない。
 イ・・・(略)・・・
 また、被告は、発泡体の材料、発泡倍率及び厚みを独立に調整して、結晶融解温度ピーク及び気泡のアスペクト比をそれぞれ所望の値に調整することができないと主張する。しかし、本件発明1が規定する数値範囲は、上限や下限が規定されているだけ、あるいは、一定の幅のある数値範囲を規定したものであるから、本件発明1の基材を製造するには、ポリプロピレン系樹脂の含有量、発泡剤の含有量、厚み、延伸が、融解温度ピーク、発泡倍率、気泡のアスペクト比に与える一定の傾向を、当業者が理解できれば足り、本件明細書の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1を実施することができることは、前記(2)において説示したとおりである。
 ウ 被告は、【比較表2】のとおりに実施例及び比較例を評価し、これに基づいて、実施例及び比較例からは、材料、発泡倍率及び厚みが融解温度ピーク及び気泡のアスペクト比に与える影響に一定の規則性を読み取ることができないと主張する。しかし、【比較表2】は、結晶融解温度ピークの違い、気泡のアスペクト比の違いについて、その差の大小を考慮せず、また、その差が誤差範囲であるかなども検討せずに、定性的に、一方を高い又は低い、大きい又は小さいと評価したものであり、評価の手法が適切ではない。また、前記(2)エのとおり、気泡のアスペクト比は、特に厚みの調整が重要であり、また、延伸との関連が強いから、発泡体の材料及び発泡剤率との関連は相対的に弱いものと解されるが、被告の主張は、規則性を検討する過程でこうした関連の強弱を考慮に入れておらず、この点でも適切ではない。
・・・(略)・・・
(5) 小括
 以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しないとした本件決定の判断は誤りであり、取消事由2は理由がある。』

『4 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について
(1) サポート要件について
 特許請求の範囲の記載が、サポート要件を定めた特許法36条6項1号に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
・・・(略)・・・
(4) 被告の主張について
 ア 被告は、本件発明はいわゆるパラメータ発明であり、サポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明は、その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか、又は、特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式が示す範囲内であれば所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載することを要する(知財高裁平成17年(行ケ)10042号同年11月11日判決)と主張する。しかし、本件発明は、特性値を表す技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とする発明ではなく、被告が指摘する上記裁判例にいうパラメータ発明には当たらないから、被告の主張は前提を欠く。
 イ 被告は、本件発明の特許請求の範囲の記載が明確ではなく、また、実施可能要件を欠き本件発明1は製造することができない態様を含むものであるから、本件発明はサポート要件に適合しないと主張する。しかし、明確性要件及び実施可能要件についての判断は前記2及び3のとおりであり、被告の主張は採用できない。
・・・(略)・・・
(5) 小括
 以上によれば、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないとした本件決定の判断は誤りであり、取消事由3は理由がある。』

[コメント]
 本件発明1の「前記発泡体は,示差走査熱量計により測定される結晶融解温度ピークが140℃以上」に関して、複数の解釈が可能であり、その定義についても本件明細書に記載されておらず、一義的に解釈することができないとして、特許庁は、第三者に不測の不利益を及ぼすことになると判断し、本件特許を取り消した。一方、裁判所は、本件特許のクレーム解釈に当たり、本件明細書(特に実施例)の記載と共に、本件特許の出願時の技術常識も考慮し、第三者の利益が不当に害されるほど、不明確ではないと判断し、明確性要件違反を理由とする取消決定を取り消す判決を下した。ただ、本件発明のような、複数の数値範囲を限定して規定する発明においては、クレーム解釈に疑義が生じないように、数値限定範囲における定義などに関して、一義的に解釈できるよう、明細書中に明確に記載しておくことが必要であり、出願時の技術常識に頼ることは、避けるべきである。
 また、今回、被告は、パラメータ事件の大合議判決(知財高裁平成17年(行ケ)10042号)を引用して、サポート要件違反を主張したが、当裁判所は、本件発明は、いわゆる特殊パラメータで表現される発明ではなく、出願時の技術常識を考慮することで、理解できる発明であるとして、被告の主張を退けた。ただ、特殊パラメータに該当しない発明であっても、出願時の技術常識に照らす以前に、本件明細書を基に理解できるよう、十分に記載しておくことも重要である。

以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)