審決取消請求事件 » 平成31年(行ケ)第10040号「リチウムイオン二次電池用正極およびリチウムイオン二次電池」事件

名称:「リチウムイオン二次電池用正極およびリチウムイオン二次電池」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成31年(行ケ)第10040号 判決日:令和2年7月2日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:動機付け、引用発明の認定、製造条件
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/587/089587_hanrei.pdf

[概要]
甲2と本願との製造条件が、記載されている限度において全く同じであるから、カーボンナノチューブの各種物性値が同じ値となると判断された審決に対して、甲2が公知文献と同じ物性値を示すとはいえず、甲2と本願明細書とで同一の製造条件に基づいて製造されているからといって、その物性値が同一となるとは限らない、と判断され、審決が取り消された事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2013-81957号)に係る拒絶査定不服審判(不服2018-000798号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[特許請求の範囲の記載]
【請求項1】
正極活物質、結着材および導電助剤を含む正極であって、
前記結着材は、α、β-エチレン性不飽和ニトリル単量体単位を有するヨウ素価が20mg/100mg以下である水素化ジエン系ポリマーを含み、
前記導電助剤は平均直径(Av)と直径分布(3σ)とが0.60>(3σ/Av)>0.50であり、比表面積が600㎡/g以上であり、高純度であり、平均直径(Av)が3~30nmであるカーボンナノチューブを含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極。

[取消事由]
取消事由2(相違点1の構成の容易想到性についての判断の誤り)
(1) 甲2実施例1CNTの3σ/Av値の認定の誤り
(2) 動機付けの不存在
(3) 阻害事由の存在(分散性)
(4) 阻害事由の存在(充填効率)
※取消事由1、3及び4は、省略

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由2(相違点1の構成の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) ・・・(略)・・・
(2) 甲2実施例1CNTは、本願発明の「平均直径(Av)と直径分布(3σ)とが0.60>(3σ/Av)>0.50であり、比表面積が600㎡/g以上であり、高純度であり、平均直径(Av)が3~30nmであるカーボンナノチューブ」に相当するものであるかについて
ア・・・(略)・・・
イ 甲2実施例1CNTの物性についての検討
上記アの(ア)及び(オ)の記載によれば、甲2実施例1CNTは、比表面積、純度及び平均直径については、本願発明の規定を満たす。
しかしながら、甲2のいずれの箇所にも、「3σ/Av」の値について記載も示唆もされておらず、ましてや「0.60>(3σ/Av)>0.50」であることについては何ら記載も示唆もされていない。むしろ、【図9】には、単層カーボンナノチューブのサイズ分布評価の一例が記載されているが、この例の「3σ/Av」は0.91であり、「0.60>(3σ/Av)>0.50」を満たさないのであって、これは、3σ/Av値の同一性を疑わせる方向に働く証拠である。
よって、甲2実施例1CNTは、本願発明の「平均直径(Av)と直径分布(3σ)とが0.60>(3σ/Av)>0.50であり、比表面積が600㎡/g以上であり、高純度であり、平均直径(Av)が3~30nmであるカーボンナノチューブ」に相当するものではない。
ウ 被告の主張について
(ア) 被告は、この点について次のとおり主張する。
・・・(略)・・・
b カーボンナノチューブを実際に製造するにあたって、その製造条件は、甲2、乙7及び8に記載されたもののみではないと解するのが自然であるところ、これらの記載されていない条件が甲2と乙7及び8とで一致するという根拠はない。むしろ、甲2実施例1CNTは、触媒の配置について、スパッタ蒸着装置を用い、厚さ1nmの鉄金属を蒸着することにより行ったものであるが、乙7及び8のいずれにも、スパッタ蒸着により触媒を配置したことについては記載されていないから、甲2実施例1CNTと、乙7及び8のカーボンナノチューブとが、全く同一の製造方法で製造されたものであるとはいえない。そして、甲2と乙7又は8との間で、製造方法が、記載された限りにおいて一致しさえすれば、得られるカーボンナノチューブの物性は同一になるということを示す証拠もないから、甲2実施例1CNTが、乙7及び乙8と同じ物性値を示すとはいえない。
c また、被告は、甲2実施例1CNTと本願明細書に記載のSGCNT-1とは、記載された限りにおいては同一の製造条件に基づいて製造されているから、その物性値(3σ/Avが0.60>(3σ/Av)>0.50であること。)は同一であると主張するものと考えられるが、この主張も、bと同一の理由により採用することはできない(なお、記載された製造条件が製造条件のすべてであるとはいえないことや、記載された製造条件さえ同一であれば記載されていない製造条件が違っていても、得られた物質の物性値が同一になるとはいえないことは、技術常識として、当然に想定し得る事柄なのであるから、これを明細書の記載に基づかないものであるということはできない。)。
(ウ) よって、被告の上記各主張はいずれも採用することができない。
エ 以上によれば、甲2実施例1CNTは、本願発明の「平均直径(Av)と直径分布(3σ)とが0.60>(3σ/Av)>0.50であり、比表面積が600㎡/g以上であり、高純度であり、平均直径(Av)が3~30nmであるカーボンナノチューブ」に相当するとはいえない。したがって、審決の理由中、上記(1)①の認定には誤りがある。
(3)・・・(略)・・・
イ 動機付けについて
・・・(略)・・・
甲20、21、23の上記各記載によれば、本願特許出願当時、単層カーボンナノチューブの直径や長さは製品によって様々であり、その中で、0.5~10nmの直径、10μm以上の長さは、単層カーボンナノチューブの直径や長さとしてごく一般的であったと認められる。そうすると、事項(a)のとおり、甲2実施例1CNTが引用発明の単層カーボンナノチューブの純度、直径、長さの規定を満たすことが開示されているからといって、そのことが、多数存在する単層カーボンナノチューブから甲2実施例1CNTを選択し、引用発明のカーボンナノチューブとして使用することを示唆するものとはいえない。
c 事項(b)について
甲2は、甲2に記載された発明の単層カーボンナノチューブが種々の技術分野や用途へ応用できることを開示しているが(上記(2)ア(イ))、電池の電極材料への応用としては、負極の材料として用いることが挙げられているのみであり(同(エ))、正極の導電助剤として用いることの記載又は示唆はない。また、導電性を生かした応用としては、電子部品の銅配線に代えて用いることの記載はあるものの(同(ウ))、これが電池の正極の導電助剤としての応用を示唆するものとはいえない。
d 以上によれば、事項(a)又は事項(b)が、引用発明の導電助剤の単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することの示唆となるとはいえない。そして、他に、甲1又は甲2に、引用発明の導電助剤の単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを使用することの示唆となる記載も見当たらない。
以上によれば、甲1及び2のいずれにも、引用発明の導電助剤の単層カーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを使用することの示唆はない。
(イ) 技術分野の関連性について
引用発明は、リチウムイオン二次電池正極用導電剤を用いたリチウムイオン二次電池の技術分野に属するものである【0001】。一方、甲2に開示された発明は、導電体、電極材料、電池等の技術分野に属するものである(上記(2)ア(イ)~(エ))。
そうすると、両発明は、導電体、電極材料または電池という限りにおいて、関連する技術分野に属するといえるにとどまる。
(ウ) 課題の共通性について
引用発明は、正極に混合する導電剤の量を低減して、リチウムイオン二次電池を大容量化し、かつ、高出力におけるリチウムイオン二次電池容量の劣化を抑制することを課題とする【0012】。一方、甲2に開示された発明は、従来にみられない高純度、高比表面積のカーボンナノチューブ(特に配向した単層カーボンナノチューブ・バルク構造体)を提供することを課題とする(上記(2)ア(ア))。
よって、両発明の課題は共通しない。
(エ) 作用・機能の共通性について
引用発明において、単層カーボンナノチューブは、リチウムイオン二次電池正極用の導電剤として用いられ、ここで、導電剤は、導電性の低い正極活物質に混合することにより電池の容量を大きくすることができるという作用・機能を有する【0003】。一方、甲2に開示された発明の単層カーボンナノチューブは、導電体、電極材料、電池等の用途に用いられるものであるところ(上記(2)ア(イ)及び(エ))、導電体として使用される際には、配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体として、電子部品の縦配線、横配線に代えることにより微細化、安定化を図るという作用・機能を有し(同(ウ))、電極材料として使用される際には、配向単層カーボンナノチューブ・バルク構造体として、リチウム二次電池の電極材料、燃料電池や空気電池等の電極(負極)材料という作用・機能を有するが(同(エ))、いずれの作用・機能も、導電性の低い正極活物質に混合することにより電池の容量を大きくすることができるという作用・機能には当たらない。
よって、両発明の作用・機能が共通しているとはいえない。
(オ) 以上のとおり、甲1及び甲2には、引用発明において、導電助剤として用いるカーボンナノチューブとして甲2実施例1CNTを適用することを動機付ける記載又は示唆を見出すことができない。
ウ 上記イのとおり、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に想到することを動機付ける記載又は示唆を見出せない以上、上記アに説示したところに照らして、かかる想到を阻害する事由の有無や、本願発明の効果の顕著性・格別性について検討するまでもなく、その想到が容易であるとした審決の判断には誤りがある。』

[コメント]
裁判所は、動機付けの判断要素である、技術分野、課題、作用・機能について検討し、甲1と甲2において、両者の課題および作用・機能が共通していないとし、動機付けがないものと判断した。これに対しては妥当であると考える。
しかし、本願発明のカーボンナノチューブとして、本願明細書には甲2のカーボンナノチューブを使用できることが記載されており、また、両者の実施例に記載されている製造条件は同じである。そのため、両者のカーボンナノチューブが同じ物性になるだろうと推測することは審査審判段階では普通になされているものと思われる。
これに対して裁判所は、以下の通り示した。
(1)甲2には「3σ/Av」および「0.60>(3σ/Av)>0.50」を記載も示唆もない。
(2)図9の例の「3σ/Av」は0.91であり「0.60>(3σ/Av)>0.50」を満たしていない。
(3)実際の製造条件は、甲2、乙7及び8に記載されたもののみではないと解するのが自然であり、記載されていない条件が甲2と、乙7及び8とで一致するという根拠はない。
(4)甲2は、触媒の配置をスパッタ蒸着で行い、一方、乙7及び8はスパッタ蒸着により触媒を配置したとの記載はなく、甲2と、乙7及び8のカーボンナノチューブとが、全く同一の製造方法で製造されたものであるとはいえない。
(5)甲2と、乙7又は8との間で、製造方法が、記載された限りにおいて一致しさえすれば、得られるカーボンナノチューブの物性は同一になるということを示す証拠もない。
(6)甲2が、乙7及び乙8と同じ物性値を示すとはいえず、甲2と本願明細書のカーボンナノチューブが記載された限りにおいては同一の製造条件に基づいて製造されているからといって、その物性値(3σ/Avが0.60>(3σ/Av)>0.50であること。)が同一となるとは限らない。
(7)なお、記載された製造条件が製造条件のすべてであるとはいえないことや、記載された製造条件さえ同一であれば記載されていない製造条件が違っていても、得られた物質の物性値が同一になるとはいえないことは、技術常識として、当然に想定し得る事柄なのであるから、これを明細書の記載に基づかないものであるということはできない。
裁判所の上記(3)から(7)で示したことはごく自然に受け入れられることではあるが、実務的には製造条件を過不足なく記載することが求められているところ、明細書作成実務においては少なくともサポート要件および明確性要件を満たすように記載することに留意する必要があることに変わりはないと考える。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)