審決取消請求事件 » 令和元年(行ケ)第10095号「多結晶質シリコン断片及び多結晶質シリコンロッドの粉砕方法」事件

名称:「多結晶質シリコン断片及び多結晶質シリコンロッドの粉砕方法」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:令和元年(行ケ)第10095号 判決日:令和2年3月12日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号
キーワード:明確性要件
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/298/089298_hanrei.pdf

[概要]
 本件明細書の記載を考慮し、出願当時の技術常識を基礎としても、本件発明の粉砕工具の工具表面に含有される炭化タングステン粒子の「質量により秤量したメジアン粒径」の意義を理解することはできず、本件発明の技術的範囲は不明確といわざるを得ないとして、明確性要件を充足しないとした特許取消決定が維持された事例。

[事件の経緯]
 原告は、特許第6154074号の特許権者である。
 当該特許について特許異議の申立て(異議2017-701223号事件)がされた。
 原告は、特許請求の範囲について訂正請求をしたところ、特許庁は、訂正を認めた上、当該特許の請求項1~4、8、11に係る特許を取り消し、当該特許の請求項5~7、9、10に係る特許に対する特許異議の申立てを却下する決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
 【請求項1】
 炭化タングステンを含んでなる表面を有する少なくとも二個の粉砕工具により、多結晶質シリコンロッドをチャンクに粉砕する方法であって、前記少なくとも二個の粉砕工具が、前記工具表面の炭化タングステン含有量が95重量%以下であり、かつ炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径が1.3μm以上である第1の粉砕工具と、前記工具表面の炭化タングステン含有量が80重量%以上であり、かつ前記炭化タングステン粒子の前記メジアン粒径が0.5μm以下である第2の粉砕工具とを含んでなり、前記方法が少なくとも2つの粉砕工程を含んでなり、前記少なくとも2つの粉砕工程が、前記第1の粉砕工具による粉砕工程と、前記第2の粉砕工具による粉砕工程とを含んでなる、方法。

[取消事由]
 明確性要件に係る判断の誤り(取消理由1)

[原告の主張]
(1)本件明細書には、炭化タングステン粒子の代表径の定義ないし測定方法の明示的な記載はないが、技術常識(甲19~22)を踏まえれば、沈降法によって測定されるストークス径と理解するほかない。よって、本件発明における炭化タングステン粒子のメジアン粒径における粒径の定義は、沈降法により測定されるストークス径ということで、一義的に明確である。
(2)ストークス径は、ストークスの式により明確に定義される(甲22)から、本件明細書に接した当業者であれば、本件発明は、ストークス径を基にした質量分布におけるメジアン径が「1.3μm以上」ないし「0.5μm以下」である炭化タングステン粒子が、それぞれ工具表面に存在する粉砕工具を規定していると容易に理解できる。
(3)焼結によって炭化タングステン粒子の粒径が変化するか否か、変化するとしてどの程度変化するかは、焼結条件との兼ね合いで理論的にも実験的にも予測可能であり、その変化分を加味した上で炭化タングステン粒子の粒径を調整し、その材料として用い、必要に応じて焼結条件を調整すればよく、また、焼結の前後それぞれの炭化タングステン粒子の粒径を画像で確認し、その変化の有無や程度を確認することで、ストークス径の粒度分布の変化を予測することも可能である。また、本件発明におけるメジアン粒径は、「1.3μm以上」ないし「0.5μm以下」という広い範囲を規定するものであるから、焼結の有無はそれらの数値範囲の充足性にほとんど影響を及ぼさないと考えられる。よって、工具表面に存在する炭化タングステン粒子の粒子径を直接測定するまでもなく、本件発明の規定する、第1の粉砕工具において炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径を1.3μm以上とし、更には第2の粉砕工具において炭化タングステン粒子の前記メジアン粒径を0.5μm以下とすることは当然に可能である。
(4)焼結後の炭化タングステン粒子の粒子径を直接測定する必要があるとしても、バインダー樹脂を溶かすなどして炭化タングステン粒子を取り出し、沈降法で測定することは可能である。本件発明において主に想定されているバインダーは、コバルト結合剤であるところ、コバルトの融点は1495℃であるから、焼結の工程で焼失することはない上、炭化タングステンの融点は2870℃とコバルトのそれよりも遥かに高いのであるから、バインダーであるコバルトを溶かすなどして除去し、炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定することは可能である。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由1(明確性要件に係る判断の誤り)について
(1)明確性要件の判断基準
 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)本件発明の明確性について
 ア 特許請求の範囲の記載及び技術常識
 請求項1には、・・・(略)・・・粒径はメジアン粒径であること、炭化タングステン粒子のメジアン粒径が1.3μm以上あるいは0.5μm以下であることは、炭化タングステン粒子を「質量により秤量」して測定するものであることが理解できる。
 しかしながら、請求項1の記載からは、粉砕工具の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義が明らかであるとはいえない。
 また、本件特許の出願当時において、炭化タングステンを含んでなる表面を有する粉砕工具の工具表面に含有される炭化タングステン粒子につき、質量により秤量したメジアン粒径を得ることができたとする当業者の技術常識を認めるに足りる証拠はない。
 イ 本件明細書の記載
 本件明細書には、・・・(略)・・・「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表面」の炭化タングステン粒子が、コバルトである結合剤と焼結により一体化していることが開示されている。そして、本件明細書には、コバルト結合剤と焼結により一体化した「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径について、定義や測定方法の記載はない。
 ウ 以上によれば、本件明細書の記載を考慮し、出願当時の技術常識を基礎としても、本件発明の「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子の「質量により秤量」したメジアン粒径の意義を理解することはできず、本件発明の技術的範囲は不明確といわざるを得ないから、本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、明確性要件を充足しないというべきである。
(3)原告の主張について
 ア 原告は、「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の定義は、沈降法により測定されるストークス径について、質量を基準に粒子径を表した質量分布におけるメジアン粒径ということで、一義的に明確であり、ストークス径はストークスの式により明確に定義されるものである旨主張する。
 そこで検討するに、甲18(神保元二ら編「微粒子ハンドブック」初版第1刷、1991年9月1日)には、ストークス径は、最も広く用いられる代表径であり、静止流体中を重力で落下する粒子の沈降速度vと同じ沈降速度をもち、また同じ密度をもつ球形粒子の直径であり、流体中で運動する粒子の諸現象を考える場合に有用な代表径であることの記載があり、本件出願当時、粒子の大きさを測定する方法として、ストークス径を得る沈降法があることは、周知であったことが認められる。
 ・・・(略)・・・これらによれば、沈降法は、重量(質量)基準に基づく粒度分布が得られるものであること、液相中の粒子の沈降速度から粒径を求めるものであり、分離して沈降可能な粒子を測定対象としていることが認められる。
 しかし、前記(2)イのとおり、本件明細書には、「炭化タングステンを含んでなる表面を有する」「粉砕工具」の「工具表面」の炭化タングステン粒子が、コバルトである結合剤と焼結により一体化していることが開示されている一方、炭化タングステン粒子が工具表面から分離可能であることの記載や示唆はない。また、ストークスの式によりストークス径を算出するためには、ストークスの式に沈降距離h、沈降時間t等のパラメータを代入することが必要であるところ、本件明細書を見ても、ストークスの式のパラメータの値としてどのような値を採用するかについての記載はない。
 そうすると、粒子の大きさを測定する方法としてストークス径を得る沈降法があることが周知であり、沈降法により重量(質量)基準に基づく粒度分布が得られるとしても、「粉砕工具」の「工具表面」に「含有」される炭化タングステン粒子が、コバルトである結合剤と焼結により一体化している以上、沈降法により炭化タングステン粒子のストークス径を測定することは不可能であるから、本件発明の「炭化タングステン粒子の質量により秤量されたメジアン粒径」が、沈降法に基づいて得られるストークス径のメジアン粒径であると解することはできない。
 イ 原告は、焼結によって炭化タングステン粒子の粒径が変化するか否か、変化するとしてどの程度変化するかは、焼結条件との兼ね合いで理論的にも実験的にも十分に予測が可能であり、その変化分を加味した上で炭化タングステン粒子の粒径を調整し、必要に応じて焼結条件を調整すればよく、また、焼結の前後それぞれの炭化タングステン粒子の粒径を画像で確認し、その変化の有無や程度を確認することで、ストークス径の粒度分布の変化を予測することは可能であるから、工具表面に存在する炭化タングステン粒子自体を測定するまでもない、また、本件発明におけるメジアン粒径は、「1.3μm以上」ないし「0.5μm以下」という広い範囲を規定するものであるから、焼結の有無はそれらの数値範囲の充足性にほとんど影響を及ぼさないと考えられる旨主張する。
 しかし、本件明細書には、焼結条件との兼ね合いで焼結による粒径の変化を予測して炭化タングステン粒子の粒径を調整することや、焼結の前後それぞれの炭化タングステン粒子の粒径を画像で確認し、その変化の有無や程度を確認してストークス径の粒度分布の変化を予測することの記載や示唆はないから、本件発明の「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が、かかる予測や調整等を行うことを前提として沈降法により測定されるストークス径のメジアン粒径であるとは解されない。また、本件発明におけるメジアン粒径が、広い範囲を規定するものであるとしても、焼結の有無が数値範囲の充足性に影響を及ぼさないと解すべき根拠はないから、上記の判断を左右するものではない。
 ウ 原告は、焼結後の炭化タングステン粒子の粒子径を直接測定する必要があるとしても、コバルトの融点は1495℃、炭化タングステンの融点は2870℃であるから、バインダーであるコバルトを溶かすなどして除去し、炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定することは可能である旨主張する。
 しかし、本件明細書には、一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン粒子とを加熱し、バインダーであるコバルトを除去し、炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定することについては、記載も示唆もないから、本件発明の「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」が、コバルトを除去して取り出した炭化タングステン粒子を沈降法により測定したストークス径であるメジアン粒径であるとは解されない。
 仮に、上記測定方法により炭化タングステン粒子を取り出して沈降法で測定することができたとしても、一体化したコバルトマトリックスと炭化タングステン粒子とを加熱し、バインダーであるコバルトを除去し、炭化タングステン粒子を取り出すという過程において、炭化タングステン粒子の密度や形状が一切変化しないという根拠はないから、そのように取り出して測定した炭化タングステン粒子のストークス径が、そのまま、コバルトマトリックスと一体化した工具表面の炭化タングステン粒子のストークス径であるということもできない。
 エ 以上によれば、原告の主張は、いずれも採用できない。 
(4)小括
 よって、本件発明の「炭化タングステン粒子の質量により秤量したメジアン粒径」の意味するところは明確とはいえず、請求項1の記載は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるというべきであり、これを引用する請求項2~4、8、11も、いずれも、不明確であるというべきである。したがって、取消事由1は理由がない。』

[コメント]
 本件事件の他に、明細書中に「粒径」の定義や測定方法の記載がなく、またそれらを把握する手掛かりとなる記載もなく、出願当時の技術常識を基礎としても「粒径」の意義を理解することができないとして、明確性要件を充足しないと判断された裁判例としては、平成16年(行ケ)第290号「線状低密度ポリエチレン系複合フイルム事件」、平成20年(ネ)第10013号「遠赤外線放射体事件」が挙げられる。一方、明細書中に「粒径」の定義や測定方法の記載はないが、出願当時の技術常識を基礎として、明細書の記載に接した当業者であれば、「粒径」の意義を理解することができるとして、明確性要件を充足すると判断された裁判例としては、平成17年(行ケ)第10661号「オレフィン共重合体の製造方法」がある。
 「粒径」については、測定方法、定義径、及び分布基準がそれぞれ複数種あるため、明細書中に「粒径」の定義や測定方法を一義的に明確に記載しておく必要がある(実施例の欄に「粒径」の測定方法を具体的に記載しておけばよい。)。出願当時の技術常識を拠り所にするのは、明確性要件の充足性が認められ難いため避けるべきである。

以上
(担当弁理士:福井 賢一)