審決取消請求事件 » 平成31年(行ケ)第10025号「気体溶解装置及び気体溶解方法」事件

名称:「気体溶解装置及び気体溶解方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成31年(行ケ)第10025号 判決日:令和2年2月19日
判決:審決取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/245/089245_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲の数値規定に、実施例に記載されていない数値範囲が含まれる場合であっても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者が、本件特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるからサポート要件を満たすと判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第6116658号の特許権者である。
被告が、当該特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800116号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正を認めた上で、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
水に水素を溶解させて水素水を生成する気体溶解装置であって、
水槽と、
固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段と、
前記水素発生手段からの水素を水素バブルとして前記水槽からの水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段と、
前記加圧型気体溶解手段から水素水を導いて貯留する溶存槽と、
前記溶存槽に貯留された水素水を前記水槽中に導く、1.0mmより大きく3.0mm以下の内径の細管(但し、0.8m以下の長さのものを除く)からなる降圧移送手段としての管状路と、を含み、
前記水槽中の水を前記加圧型気体溶解手段、前記溶存槽、前記管状路、前記水槽へと送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともに、前記加圧型気体溶解手段から前記溶存槽へと送水される水の一部を前記水素発生手段に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置。

[審決]
本件明細書に記載の実施例、比較例を参照すると、降圧移送手段5はどちらも内径は2mm又は3mmであるものの、長さに着目すると、長さ1.4m以上の細管は実施例となるが、長さ0.8m以下の細管は過飽和の状態が維持できたとする実施例とされていないものと認められるから、「降圧移送手段」のうちでも、長さによっては発明の課題を解決することができないこととなる。
そうすると、過飽和の状態が安定に維持できると認めることができない数値範囲が含まれている本件特許発明1ないし4は、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものであり、サポート要件)に違反する。

[取消事由]
本件特許発明1ないし4のサポート要件の適合性の判断の誤り

[原告の主張]
1.本件明細書には、本件訂正前発明1及び本件特許発明1の技術的特徴を実現するための条件である「細管の径」(【0035】)、「加圧型気体溶解手段の圧力」(【0036】)及び「細管の径及び加圧型気体溶解手段の圧力の比率」(【0031】)について詳しい記載があり、これらの記載を参酌すれば、当業者は、本件訂正前発明1及び本件特許発明1の上記課題を解決できると認識できるから、本件特許発明1は、本件訂正の有無にかかわらず、サポート要件に適合する。
2.追加実験によっても効果の検証ができている。

[被告の主張]
1.細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい範囲については、過飽和の状態が維持されるのか否かが記載されておらず、細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい範囲について本件特許発明の上記課題を解決できることの開示はない。
2.そもそも、サポート要件の判断基準時は特許出願時であり、特許出願後に実験データを提出して明細書の発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し、サポート要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反するものであるから、許されない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『前記アのとおり、本件明細書には、「上記発明において、前記管状路の内径及び長さをそれぞれX、Lとし、前記加圧型気体溶解手段に加えられている圧力をYとしたときに、前記管状路内の水素水に層流を形成させるようX、Y及びLの値が選択されていることを特徴としてもよい」(【0020】)との記載があるが、水素水に層流を形成させるようにするにはX、Y及びLの値をどのように選択されるのかについての明示的な記載はない。
そこで、本件明細書記載の実施例1ないし13及び比較例1及び2に基づいて、以下において検討する。』
『これらの実施例の比較の結果及び前記(ア)の実施例1ないし3の比較の結果と前記アの技術常識から、細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合に、水素濃度の値を高めるには、加圧型気体溶解手段の圧力Yの値の増加割合が細管の長さLの値の増加割合よりも大きくなるように各値を選択すればよいことを理解できる。
・・・(略)・・・比較例1及び2は、圧力Yの値が0.05又は0.08MPaであって、実施例1ないし13における圧力Yの値(0.20ないし0.60MPa)と比べて相当小さかったため、そもそも、加圧型気体溶解手段によって水素水生成時に過飽和の状態の水素水を得ることができなかったことによる可能性もあるものと理解できる。』
『ウ 前記ア及びイを総合すると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識から、本件特許発明1の気体溶解装置は、水に水素を溶解させて水素水を生成し、取出口から吐出させる装置であって、気体を発生させる気体発生手段と、この気体を加圧して液体に溶解させる加圧型気体溶解手段と、気体を溶解している液体を導いて溶存及び貯留する溶存槽と、この液体が細管からなる管状路を流れることで降圧する降圧移送手段とを備え、降圧移送手段により取出口からの水素水の吐出動作による管状路内の圧力変動を防止し、管状路内に層流を形成させることに特徴がある装置であり、一方、必ずしも厳密な数値的な制御を行うことに特徴があるものではないと理解し、例えば、細管の内径(X)が1.0mmより大きく3.0mm以下で、かつ、細管の長さ(L)の値が0.8mより大きく1.4mより小さい数値範囲のときであっても、「細管の内径X及び水素水の流量の各値が同じである場合に水素濃度の値を高めるには、加圧型気体溶解手段の圧力Yの値を大きくすればよく、この場合に加圧型気体溶解手段の圧力Y及び細管の長さLの値をいずれも大きくして、水素濃度の値を高めるには、加圧型気体溶解手段の圧力Yの値の増加割合が細管の長さLの値の増加割合よりも大きくなるように各値を選択すればよいこと」(前記イ)を勘案し、細管からなる管状路内の水素水に層流を形成させるようX、Y及びLの値を選択することにより、「気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ、かかる過飽和の状態を安定に維持」するという本件特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められる。』
『これに対し被告は、・・・(略)・・・本件特許発明1は、サポート要件に適合しない旨主張する。
しかしながら、前記ウ認定のとおり、本件特許発明1において細管の長さの値が0.8mより大きく1.4mより小さい場合においても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識に基づいて、当業者が、本件特許発明1の課題を解決できると認識できるものと認められるから、被告の上記主張は、いずれも理由がない。』

[コメント]
実施例として実際に数値規定がない値を請求項として記載したが、裁判所においてサポート要件を満たすと判断された事例である。本件は、発明の説明として、抽象的に「上記発明において、前記管状路の内径及び長さをそれぞれX、Lとし、前記加圧型気体溶解手段に加えられている圧力をYとしたときに、前記管状路内の水素水に層流を形成させるようX、Y及びLの値が選択されていることを特徴としてもよい」との記載をしていることから、あくまで数値自体は、この層流を形成させるために適宜当業者が設定すればよいと、裁判所が判断したことによるものである。
私見であるが、請求項1には、「層流を形成するように」との文言が記載されていないにも拘わらず、裁判所は、この内容があたかも記載されているかのように請求項を解釈したように思われる。確かに、明細書には「前記取出口からの水素水の吐出動作による前記管状路内の圧力変動を防止し層流を形成させる降圧移送手段と、を含むことを特徴とする」との記載はあるが(段落【0020】)、この記載はあくまで「課題を解決するための手段」の記載に過ぎない。
また、数値についての判断に際し、裁判所が明細書の記載を充分に参酌して請求項に係る発明を解釈したことも、サポート要件を充足すると判断したことにつながっていると思われる。特に、今回の判決では、各実施例・比較例の評価を、明細書に記載された内容を超えて細かく分析しているが、本来、このような内容は明細書に記載しておくべき事項であるともいえる。
発明の本質が数値以外の部分にある場合であっても、進歩性の拒絶理由を解消する目的で数値を限定する補正(訂正)を行いたくなることは往々にして発生する。このような補正は、出願当初はおよそ予定したものではないが、かといって、数値自体の記載が全くもしくはほとんどされていなければ、進歩性の拒絶を回避する観点でこのような補正を採用する道は閉ざされる。開示を最小限にしたいという出願人の思惑と、出願後の対応の選択肢を広げたいという代理人の思惑とが交差する領域であるが、拒絶理由が通知された際に権利化への道を見つけやすくするためにも、代理人としては、出願明細書の作成段階で「可能な範囲で」数値を開示して多くの実施例/比較例を掲載することを今一度出願人側に提案していきたい。
以上
(担当弁理士:佐伯 直人)