IP case studies判例研究

平成31年(行ケ)第10043号「高コントラストタイヤパターン及びその製作方法」事件

名称:「高コントラストタイヤパターン及びその製作方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成31年(行ケ)第10043号 判決日:令和2年2月20日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性(相違点の判断)、動機付け、阻害要因、臨界的意義
判決文:https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/248/089248_hanrei.pdf
[概要]
 副引例には、表示マークのコントラストを高めるという発想はないが、そうであっても、副引例の記載事項は、主引例のタイヤの外観を向上させるという目的に適した内容であるから、主引例に記載の発明に副引例の記載事項を組み合わせる十分な動機付けがあるという理由により、進歩性を肯定した審決が取り消された事例。
[事件の経緯]
 被告らは、特許第5642795号の特許権者である。原告が、当該特許の請求項1~7に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800115号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、訂正請求を認め、訂正後の請求項に対し請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件発明]
【請求項3(訂正後)】(以降、「本件発明3」という。) 可視面(11)を有するタイヤ(1)であって、前記可視面は、該可視面とコントラストをなすパターン(2)を有し、前記パターンは、互いに実質的に平行であり且つ0.5mm未満のピッチ(p)で配置された複数個のブレード(22)を有し、前記ブレード(22)は、前記ブレードのベースから前記ブレードの端に向かって減少した断面を有し、前記ブレード(22)は各ブレード間に空間が存在するように配置され、各ブレードは、0.1mm〜0.5mmの平均幅(d)を有する、タイヤにおいて、前記ブレード(22)の壁は、その面積の少なくとも1/4にわたり、5μm〜30μmの平均粗さRzを有し、この平均粗さを有する前記ブレードの前記壁は、前記ブレードの高さの下四分の一に位置している、タイヤ。
本件発明3と甲1発明の[一致点]と[相違点2]
[一致点]
 可視面を有するタイヤであって、前記可視面は、該可視面とコントラストをなすパターンを有し、前記パターンは、互いに実質的に平行であり且つ0.5mm未満のピッチ(p)で配置された複数個のブレードを有し、前記ブレードは、前記ブレードのベースから前記ブレードの端に向かって減少した断面を有し、前記ブレードは各ブレード間に空間が存在するように配置され、各ブレードは、0.1mm~0.5mmの平均幅(d)を有する、タイヤ。
[相違点2]
 本件発明3は「ブレードの壁は、その面積の少なくとも1/4にわたり、5μm~30μmの平均粗さRzを有し、この平均粗さを有するブレードの壁は、ブレードの高さの下四分の一に位置している」との事項を有しているのに対して、甲1発明は、多数の細溝4から形成される壁状の構造の平均粗さについて特定されていない点。
[審決]
 審決では、相違点2について、「甲1発明に、コントラストを得ることを目的として甲第2号証に記載された事項を適用する動機付けはなく、また、甲第2号証に記載された事項を適用しても、甲1発明のサイドウォール面及びパターンのすべてを粗面部とすることとなり、上述の本件発明の目的を達成するものとはいえず、さらに、甲第2号証に、十点平均粗さRzが5~100μmの表面粗さ、好ましくは15~35μmの表面粗さの粗面部とすることが示唆されているとしても、「5μm~30μmの平均粗さRz」の数値範囲を採用する合理的な理由もない。」との理由から、進歩性を欠くとは言えないと判断された。
[取消事由]
1:本件発明3に係る訂正要件についての判断の誤り
2:本件発明の明確性要件、サポート要件及び実施可能要件についての判断の誤り
3:本件発明3の進歩性判断の誤り
4:本件発明1、2、4ないし6の進歩性判断の誤り
※裁判所は、取消事由1について理由なしと判断した(訂正を認めた)。取消事由2について判断しなかった。取消事由3、4について理由ありと判断した。以下、取消事由3について示す。なお、取消事由4について記載を省略するが、取消事由3と同様の判断がされている。
[原告の主張](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.動機づけが存在すること
「甲1発明と甲2文献とは、タイヤのサイドウォール部の視認性を向上することを目的とする点で一致している。そして、外観の経時劣化を抑制するという甲2文献の課題は、どのタイヤでも起こり得る課題であり、甲1発明も例外ではない。すなわち、甲1発明に触れた当業者が、さらに外観の経時劣化を抑制しタイヤ外観を向上させる目的で、甲2文献の記載事項を適用する動機付けは十分にあるといえる。」
2.阻害事由が存在しないこと
「甲2文献の模様9は、サイドウォール部3の外表面3aと同じゴム材料で形成されているが、明暗差(コントラスト)が生じることによって識別されており、甲2文献において、サイドウォール部3に粗面部5を形成することは、模様9の視認性とも両立するものとして開示されている。よって、甲2文献の粗面部は、甲1発明のマークの視認性とも両立するものと認識されるのであり、阻害要因とはならない。」
3.本件発明3に臨界的意義がないこと
「本件明細書の段落【0011】、【0012】の記載からして、本件発明3における「5μm~30μmの平均粗さRz」に臨界的意義はない。」
[被告の主張](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.動機付けが一切ないこと
「目的について、甲1発明においてはサイドウォール部の外表面(サイドウォール面2)に対するマークの視認性であるのに対し、甲2文献はサイドウォール部の外表面全体の見栄えであり、目的は全く異なる。」
2.阻害要因が存在すること
「甲1発明の表示マークを設けた領域以外のサイドウォール面にも、甲2文献の粗面部を適用した場合、サイドウォール面でタイヤに当たる光を乱反射し、黒っぽくなり(甲2段落【0004】参照)、したがって表示マークの識別性が低下する。これは、甲1発明の目的に反するものであり、甲1発明の表示マークを設けた領域以外のサイドウォール面にも、甲2文献の粗面部を適用することには阻害事由が存在する。」
3.本件発明3に臨界的意義があること
「本件発明の「5μm~30μmの平均粗さRz」は臨界的意義があり(段落【0035】、【0036】)、「光の最大補足状態に対応し、従って最大黒度に対応している」という顕著な効果を奏するものである。」
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1.動機付けについて
『甲1発明は、タイヤのサイドウォール面に設けた表示マークの識別性を向上させることを目的とするものであるから(甲1段落【0001】、【0006】)、当業者であれば、表示マークの識別性をさらに向上させることを検討すると考えられる。また、「近年は、特に乗用車用タイヤにおいて外観に優れたタイヤが好まれ、表示マークの見映えの向上も要望されるようになった」との記載(甲1段落【0002】)からすれば、表示マークの識別性向上は、タイヤの外観を優れたものとするための一手段であり、甲1発明のタイヤの外観をさらに向上させる手段があるのであれば、それが望ましいことといえる
 ここで、甲2文献は、空気入りタイヤを技術分野としているから(甲2段落【0001】)、本件発明と技術分野が共通しており、しかも甲2文献は外観を向上することを目的とするとされているから、甲1発明に接した当業者であれば、甲2文献に記載された内容を検討対象とすると考えられる。
 そして、甲2文献の記載を具体的に見ると、時間の経過によって、タイヤのゴムに添加されたワックス等の油分や老化防止剤などの添加剤がタイヤの外表面に移行して滲み出し、外観を損ねるという現象を課題として認識し、これを解決するための技術的事項が記載されたものであることがわかる(前記(2)イ)。このような現象は、甲1発明のタイヤ全体に生じうるものといえるが、そうなれば甲1発明のタイヤの外観を損なうことになる。また、このような現象は、甲1発明の表示マーク部分にも生じうるものであり、そうなれば表示マークの識別性の低下をもたらす
 よって、甲2文献の記載事項は、表示マーク部分を含む、甲1発明のタイヤの外観をさらに向上させるのに適した内容と考えられるから、当業者であれば、甲1発明に甲2文献の記載事項を組み合わせることを試みる十分な動機付けがあるといえる。
 甲2文献には、コントラストを高めるという発想はないが、そうであっても、別の理由から、甲1発明との組み合わせが試みられることは、以上に述べたところから明らかである。
2.阻害要因について
『甲2文献に記載の技術は、標章等の模様9と外表面3の双方に一定の表面粗さを設けるものであるが(甲2段落【0010】)、標章等が視認不能になってしまうならばこれを設ける意味がなくなってしまうから、このような構成としても、模様9が視認可能であることは、当然の前提となっていると解される。』
『以上のとおり、甲1発明に甲2文献の粗面部を適用しても、表示マークの識別性が低下するとは限らないから、被告らが指摘する点は、前記(ア)のとおり、十分な動機づけに基づく甲1発明と甲2文献とを組み合わせるとの試みを、阻害するまでの事由とは認められない。』
3.「5μm~30μmの平均粗さRz」の臨界的意義について
『本件発明3における5μmという下限は、これよりも小さいとタフト又はブレードの表面が「滑らか」になり、入射光を反射してしまうことを考慮して定められたものであるが(段落【0035】)、甲2文献の段落【0012】にも、5μm未満であると、光が良い加減に乱反射しないことが記載されているから、下限について、新たな臨界を発見したというものではない。
 また、上限は、タフトについてすら、成形中に引きちぎれるのを阻止する限度として、目安として与えられている(段落【0036】)にすぎないとされるにとどまり、ブレードについては特段の説明はないから、臨界的意義があるとはいえない。』
[コメント]
 動機付けに関して、主引例(甲1文献)における明示的な課題は、表示マークの識別性の向上であり、副引例(甲2文献)における明示的な課題は、タイヤの外表面における外観の向上であり、双方の課題は少し異なる。しかしながら、本判決では、主引例における明細書の記載に基づいて、「表示マークの識別性向上は、タイヤの外観を優れたものとするための一手段」との解釈を加えたうえで、外観の向上という共通の課題を導き、組み合わせの動機付けが可能であると判断された。本判決の進歩性を否定するロジックは理解できるものの、本判決において、上述したように解釈を加えて上位概念化した課題を使用して共通性を指摘している点や、主引例の表示マークの細溝内においても、外観の向上のために粗面化(副引例)を適用することの妥当性について説示されていない点をかんがみるに、本判決は、進歩性の論理付けを厳格に求める昨今の判決の傾向と異なるように感じる。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)

平成31年(行ケ)第10043号「高コントラストタイヤパターン及びその製作方法」事件

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