審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10175号「アクセスポートおよびその識別方法」事件

名称:「アクセスポートおよびその識別方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10175号 判決日:令和元年12月4日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、29条2項
キーワード:刊行物に記載された発明
判決文:https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/081/089081_hanrei.pdf

[概要]
「刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)の認定に当たり、特定の刊行物の記載事項と、これとは別個独立の刊行物の記載事項を組み合わせて認定することは、新規性の判断に進歩性の判断を持ち込むことに等しく、新規性と進歩性とを分けて判断する構造を採用している特許法の趣旨に反し、原則として許されないとして、改めて進歩性判断における主引用発明の認定を行い、裁判所において認定された主引用発明に基づいて、当業者が本件発明を容易に想到できたと判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第6018822号の特許権者である。
被告らが、当該特許の請求項1~6に係る発明(本件発明1~6)について特許を無効とする無効審判(無効2017-800070号)を請求したところ、特許庁が、当該特許の全部を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
以下、請求項1(本件発明1)のみ記載する。
【請求項1】
コンピュータ断層撮影走査プロセスに用いられる、患者への皮下アクセスを提供するための自動注入可能なアクセスポートであって、
隔膜を保持するよう構成される本体と、
皮下埋め込み後、前記自動注入可能なアクセスポートをX線を介して識別するように構築される、前記アクセスポートの少なくとも1つの、前記自動注入可能なアクセスポートの、自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能な情報と相関がありX線で可視の、識別可能な特徴とを具え、
前記自動注入可能なアクセスポートは、機械的補助によって注入され、かつ加圧されることができ、
前記隔膜は、前記本体内に画定された空洞内に、前記隔膜を通じて針を繰り返し挿入するための隔膜である自動注入可能なアクセスポート。

[取消事由]
1.サポート要件についての判断の誤り(取消事由1)
2.本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由2)
3.本件2ないし6の進歩性判断の誤り(取消事由3)
※以下、取消事由2についてのみ記載する。

[審決の概要](無効2017-800070号)
甲第9号証には、「造影CTに用いられる、静脈確保の目的で患者に留置される自動注入器によって造影剤イオパミドールを注入することができるTORAY製のP-UCELSITE PORT」が記載されているといえる。
甲第10-1号証に、以下の発明が記載されている。
「患者への皮下アクセスを提供するためのアクセスポートであって、
隔膜を保持するよう構成される本体を具え、
前記アクセスポートは、製品スペックに示される最大注入圧力以上の加圧をしないように使用され、
隔膜は、本体内に画定された空洞内に、前記隔膜を通じて針を繰り返し挿入するための隔膜であるアクセスポート」(以下、甲10発明という。)
甲第9号証に記載されたTORAY製のP-UCELSITE PORTは甲10発明であるから、甲10発明の構成を有する。
したがって、甲第9号証には以下の発明が記載されている(以下、甲9発明という。)。
「造影CTに用いられる、患者への皮下アクセスを提供するための、自動注入器によって造影剤を注入されることができるアクセスポートであって、
隔膜を保持するよう構成される本体を具え、
前記アクセスポートは、製品スペックに示される最大注入圧力以上の加圧をしないように使用され、
隔膜は、本体内に画定された空洞内に、前記隔膜を通じて針を繰り返し挿入するための隔膜であるアクセスポート。」

[原告の主張]
1 甲9発明の認定の誤り
(1) 引用例1(甲第9号証)には、TORAY製のP-UCELSITE PORT(以下「東レポート」という。)が「自動注入器による機械的補助によってヨード濃度300mgI/mlのイオパミドールを、最大加圧15kg/cm2を限度として、1.5ml/sec、3.0ml/sec、5.0ml/secの各注入速度で注入する実験のいずれにおいても破損が認められなかった」ことは開示されているものの、特定の条件下での実験結果にすぎず、臨床に完全に適応できるかは留保が付されており、機械的補助によって注入され、加圧されることができるという一般的特性を有することも、そのような特性を実現するための構造も開示していないから、甲9発明は、引用例1に記載された発明ではない。また、東レポートの構造が技術常識であったともいえないから、引用例1に記載されているに等しい事項ともいえない。
したがって、甲9発明は、引用例1に記載された発明とはいえない。
(2) 引用例1に記載されているのは実験結果であり、造影CTに用いられる、静脈確保の目的で患者に留置される自動注入器によって造影剤イオパミドールを注入されることができる東レポートが記載されているとはいえない。
また、仮に引用例2(甲第10-1~10-6号証)に基づいて東レポートの構造を認定することが可能であるとしても、かかる記載は引用例1の記載内容ではない。
本件審決は、引用例1と引用例2の双方を引用文献とし、両者に記載された発明を組み合わせることによって、甲9発明という単一の主引用発明を認定しているが、そのような認定手法が許されるならば、新規性と進歩性の区別が失われることになって、妥当ではない。
以上によれば、引用例1から甲9発明を認定することはできない。
(3) 引用例1に記載された発明を正しく認定すると、次のとおりである。
「造影CTに用いられる、患者への皮下アクセスを提供するためのアクセスポートであって、/自動注入器による機械的補助によってヨード濃度300mgI/mlのイオパミドールを、最大加圧15kg/cm2を限度として、1.5ml/sec、3.0ml/sec、5.0ml/sec の各注入速度で注入する実験のいずれにおいても破損が認められなかった/東レ製『P-UCELSITE PORT』。」(以下「甲9’発明」という。)
2 相違点の認定の誤り
本件発明1を甲9’発明と対比すると、一致点及び相違点は、次のとおりである。
(1) 一致点
コンピュータ断層撮影走査プロセスに用いられる、患者への皮下アクセスを提供するための自動注入可能なアクセスポートであって、自動注入可能なアクセスポート。

[被告らの主張]
1 甲9発明の認定の誤りについて
進歩性判断においては、主引用発明が一つであることは求められているが、主引用発明が一つの文献のみに開示されていることは求められていない。
引用例2は、引用例1に記載された東レポートの添付文書であるから、引用例1に記載された東レポートという発明の構成の内容を理解するために、引用例2を参照することは許容される。引用例1、引用例2は、同一の製品(東レポート)に関する2つの文献であり、1つの主引用発明を認定するものであって、「独立した2つの主引用発明」を認定するものではない。
本件審決は、引用例1と引用例2の関係を正しく理解した上で、単一の主引用発明を認定したのであるから、その認定に誤りはない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『被告らは、引用例1に記載された東レポートという発明の構成の内容を理解するために、東レポートの添付文書である引用例2を参照することは許容され、本件審決が引用例1と引用例2の2つから甲9発明を認定したことに、誤りはないと主張する。
しかし、「刊行物に記載された発明」(特許法29条1項3号)の認定に当たり、特定の刊行物の記載事項とこれとは別個独立の刊行物の記載事項を組み合わせて認定することは、新規性の判断に進歩性の判断を持ち込むことに等しく、新規性と進歩性とを分けて判断する構造を採用している特許法の趣旨に反し、原則として許されないというべきである。
よって、東レポートを用いた耐圧性能に関する実験結果を記載した論文である引用例1と、これと作成者も作成年月日も異なる、東レポートの仕様や使用条件を記載した添付文書である引用例2の記載から、甲9発明を認定することはできない。そして、引用例1には、東レポートの具体的な構成についての記載はなく、東レポートの具体的な構成が本件出願の優先日時点において技術常識であったとまでは認められないから、甲9発明が、引用例1に実質的に開示されているということもできない。
よって、被告らの上記主張は採用できない。
・・・(略)・・・
オ 以上のとおり、本件審決の甲9発明の認定は誤りである。進んで、正しく認定した引用発明に基づいて、本件発明1が容易に想到できるか否かについて判断する。
(2) 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
ア 一致点
コンピュータ断層撮影走査プロセスに用いられる、患者への皮下アクセスを提供するためのアクセスポートであって、自動注入器による機械的補助によって注入され、かつ加圧されることが可能なアクセスポート。
イ 相違点
(ア) 本件発明1と甲9発明との相違点1に同じ。
(イ) 本件発明1は、隔膜を保持するよう構成される本体を具え、前記隔膜は、前記本体内に画定された空洞内に、前記隔膜を通じて針を繰り返し挿入するための隔膜であるのに対し、引用発明は、そのような構成を有しているか不明な点(相違点X)。 ・・・(略)・・・
(3) 相違点Xの容易想到性
・・・(略)・・・
イ 上記アのとおり、引用例2には、東レポートが本体と、本体の空洞内に針を繰り返し挿入するための隔膜とを備えることが記載されている。
そして、引用例1に記載された東レポートに、東レポートの添付文書である引用例2の記載事項を組み合わせる動機付けがあり、相違点Xの構成は容易に想到できることは、原告も争っていない。
よって、相違点Xは、引用発明に引用例2の記載事項を組み合わせることにより、容易に想到できるものである。
・・・(略)・・・
(4) 相違点1の容易想到性
・・・(略)・・・
ウ 容易想到性の判断
(ア) 引用発明は、造影CTにおいて、造影剤を注入するために用いられる皮下埋込型のアクセスポートであって、人体に埋め込まれて使用される医療機器の分野における上記イの周知技術と同一の技術分野に属している。また、引用発明に上記周知技術を適用することについて、阻害要因があることは認められない。そうすると、引用発明に上記周知技術を適用し、人体に埋め込まれた後に当該装置を特定する情報を含む、X線で可視の識別可能な特徴を備えるようにすることは、当業者が適宜なし得ることであるというべきである。
そして、引用発明である「自動注入可能なアクセスポート」を特定する情報は、自動注入可能なアクセスポートを自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能な情報である。そうすると、引用発明を特定する情報を含む、X線で可視の識別可能な特徴によって、上記「情報」を識別することができるから、上記識別可能な特徴は、「前記アクセスポートの少なくとも一つの、前記自動注入可能なアクセスポートの、自動注入可能に定格されていないアクセスポートと区別可能な情報」と「相関」があるということができる。
よって、引用発明に上記周知技術を適用し、相違点1に係る構成とすることは、当業者が適宜なし得ることである。
・・・(略)・・・
(5) 小括
以上によれば、本件発明1は、引用発明に、引用例2の記載事項及び周知技術を適用することによって、容易に発明をすることができたものであるから、取消事由2は理由がない。』として、原告の請求を棄却した。

[コメント]
主引用発明の認定に当たり、別個独立の刊行物を採用することが許されない、ということが示されたが、結局のところは、一の刊行物によって認定された主引用発明に、別個独立の刊行物の記載事項や周知技術を組み合わせることで、当業者にとって容易想到という結論に至っている。
本判決は、特許性の判断における一つの基準を明確に示したという点では重要であり、新規性と進歩性の判断方法や関係性等を鑑みれば、妥当な判断であったと思われる。
以上
(担当弁理士:植田 亨)