審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10170号「フルオロスルホン酸リチウム、非水系電解液、及び非水系電解液二次電池」事件

名称:「フルオロスルホン酸リチウム、非水系電解液、及び非水系電解液二次電池」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10170号 判決日:令和2年1月29日
判決:決定取消
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/214/089214_hanrei.pdf

[概要]
 特許請求の範囲の記載に具体的な数値範囲の記載がないか、数値範囲内の実施例の点数が少ない場合でも、発明の詳細な説明や出願時の技術常識を参照すると発明の課題を解決できると認識できると認められるとして、サポート要件を否定した審決を覆した事例。

[事件の経緯]
 原告は、特許第5987431号の特許権者である。
 当該特許について特許異議の申立て(異議2017-700208号事件)がされた。
 原告は取消理由通知を受けたため、請求項1、2、4、6ないし22を訂正し、請求項3及び5を削除する旨の訂正請求をしたところ、特許庁が、訂正請求を認めた上で、当該特許の請求項1、2、4、6~22に係る特許を取り消し、当該特許の請求項3、5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を認容した。

[本件訂正発明]
【請求項4】(下線は訂正箇所)
 リチウムイオンを吸蔵放出可能な負極及び正極を備えた非水系電解液電池に用いられる非水系電解液であって、
 該非水系電解液は、フルオロスルホン酸リチウム、LiPF、及び非水系溶媒を含有し、
該非水系電解液中のフルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が、0.0005mol/L以上0.5mol/L以下であり、該非水系電解液中の硫酸イオン分のモル含有量が1.0×10-7mol/L以上1.0×10-2mol/L以下であり、該非水系電解液中のLiPFの含有量が0.7mol/L以上1.5mol/L以下であり、かつ、
 該非水系溶媒として炭素数2~4のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート及び炭素数3~7の鎖状カーボネートを含む非水系電解液。

[決定の理由の要旨]
 その要旨は、①「本発明」は、「初期放電容量が改善され、容量維持率および/またはガス発生量が改善された非水系電解液二次電池をもたらすことができる非水系電解液を提供すること」・・・(略)・・・を発明が解決しようとする課題にしている、②「本発明」の上記課題について、発明の詳細な説明の記載に基づき出願時(本件出願の優先日当時)の技術常識に照らして当業者が当該課題を解決できると認識できる範囲・・・(略)・・・は、実施例に記載された「エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)にLiPFを1mol/Lの割合となるように溶解して調整した基本電解液にフルオロスルホン酸リチウムを2.98×10-3mol/L以上0.596mol/L以下の範囲内で含有している非水系電解液であって、・・・(略)・・・硫酸イオンの含有量が1.00×10-7 mol/L以上1.00×10-2mol/L以下である、非水系電解液」であり、また、「非水系電解液二次電池」としては、その非水系電解液を備えるものである、③本件訂正発明1、2及び4の特許請求の範囲の記載には、「発明の詳細な説明の記載に基づく発明の範囲」以外の非水系電解液も包含されているが、発明の詳細な説明には、本件出願の優先日当時の技術常識に照らしても、「本発明」の上記課題を、本件訂正発明1、2及び4によって、解決し得るまでの開示がされているとはいえないから、本件訂正発明1、2及び4は、発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、・・・(略)・・・特許法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)を満たしていない。

[取消事由]
 取消事由1(本件訂正発明4、6ないし22のサポート要件の判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
『2 取消事由1(本件訂正発明4、6ないし22のサポート要件の判断の誤り)について
 (1) 本件訂正発明4の課題の認定の誤りの有無について
・・・(略)・・・
 ア(ア) 前記1の本件明細書の記載事項によれば、本件明細書には、本件訂正発明4に関し、・・・(略)・・・「本発明」の課題は、「初期の電池特性と耐久性」、「耐久後も高い入出力特性およびインピーダンス特性」が維持される非水系電解液二次電池をもたらすことができる「非水系電解液用の添加剤ならびに非水系電解液」を提供することにあることを示したものと理解できる。
・・・(略)・・・
  (イ) 一方で、本件明細書には、従来技術における具体的な問題点を指摘した記載はなく、【0007】記載の「初期の電池特性と耐久性」、「耐久後も高い入出力特性およびインピーダンス特性」といった項目についても、従来技術に具体的な問題点があることを指摘する記載はない。
・・・(略)・・・本件明細書全体をみても、【0007】の「耐久後も高い入出力特性およびインピーダンス特性」について評価試験を行ったことについての記載はない。
  (ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば、本件明細書の【0007】の「本発明」の課題は、「初期の電池特性と耐久性」、「耐久後も高い入出力特性およびインピーダンス特性」が維持される非水系電解液二次電池をもたらすことができる「非水系電解液用の添加剤ならびに非水系電解液」を提供することにあるとの記載は、従来技術においてこれらの電池特性の項目に具体的な問題点があることを踏まえて、それらを解決することを課題とし、あるいはこれらの項目のすべてを向上又は改善することを課題とすることを開示したものではなく、少なくともこれらの項目のいずれかを向上又は改善することにより、電池特性を向上させることを課題として開示したものと理解できる。
 イ 次に、本件明細書には、本件訂正発明4に関し、「発明の効果」として、・・・(略)・・・「特定量の硫酸イオン分を含有するフルオロスルホン酸リチウムを、非水系電解液中に含有させることにより」、「優れた特徴が発現されることを見出し」、「本発明」を完成させたこと・・・(略)・・・を理解できる。
・・・(略)・・・本件明細書には、電池特性を改善する従来技術の例として、「電解質」に「LiPF」を用いた技術が記載されていること(【0005】)に照らすと、本件訂正発明4の「非水系電解液」において、「LiPF」は「電解質」として用いられ、「フルオロスルホン酸リチウム」及び「硫酸イオン分」(硫酸イオン分を含むフルオロスルホン酸リチウム)は添加剤として用いられているとみるのが自然である。
 ウ 以上によれば、本件明細書には、本件訂正発明4の課題は、フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として含有しない非水系電解液に対して、初期放電容量等の電池特性を改善する非水系電解液を提供することにあることが開示されているものと認められる。
 したがって、本件決定における本件訂正発明4の課題の認定に誤りがある。』

『(2) 本件訂正発明4のサポート要件の適合性について
・・・(略)・・・
 ア 本件明細書記載の実施例について
  本件明細書には、実施例1ないし7に係る「試験例B」として、「エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)に乾燥したLiPFを1mol/Lの割合となるように溶解して」調整した「基本電解液」に、「硫酸イオンを含むフルオロスルホン酸リチウムを表2に記載の割合となるように混合」して電解液を製造し(【0253】)、表2記載の電解液を用いたシート状電池を作製して、「初期放電容量評価」及び「高温保存膨れ保存評価」(高温保存前後の体積変化から発生したガス発生量の評価)を行ったこと(【0254】、【0249】、【0250】)が記載されている。
・・・(略)・・・実施例2ないし7は、本件訂正発明4(フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が「0.0005mol/L以上0.5mol/L以下」、硫酸イオン分のモル含有量が「1.0×10-7mol/L以上1.0×10-2mol/L以下」)に含まれる電解液である。
・・・(略)・・・
 一方で、本件明細書には、本件訂正発明4に含まれる「フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/L以上2.98×10-3mol/L(0.00298mol/L未満)」の電解液については、実施例の記載がない。
 イ 実施例記載の基本電解液と他の電解液との互換性について
  (ア) 本件訂正発明4の特許請求の範囲(請求項4)には、・・・(略)・・・飽和環状カーボネートと鎖状カーボネートの具体的な組成及び混合割合を特定する記載はない。
・・・(略)・・・
 そうすると、本件明細書の上記記載から、「試験例B」で用いられた「エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)」以外の組成及び混合割合の「炭素数2~4のいずれか1種以上のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート」及び「炭素数3~7のいずれか1種以上の鎖状カーボネート」を含む混合物であっても、本件訂正発明の非水系溶媒として用いることができるものと理解できる。
  (イ) 本件訂正発明4の特許請求の範囲(請求項4)は、本件訂正発明4の非水系電解液中のLiPFの含有量は「0.7mol/L以上1.5mol/L以下」であることを規定している。
 次に、本件明細書には、・・・(略)・・・「LiPF」の含有量について一般的に述べた記載はなく、「試験例B」で用いられた基本電解液中のLiPFの含有量(1mol/L)以外であっても、本件訂正発明4に用いることができることについて述べた記載もない。
 一方で、①甲37(特開2000-195546号公報)には、・・・(略)・・・これら電解質は、前記の非水溶媒に通常0.1~3M、好ましくは0.5~1.5Mの濃度で溶解されて使用される。」(【0017】)、②甲13(特開2011-054503号公報)には、・・・(略)・・・「このリチウム塩の電解液中の濃度としては、0.5~1.5mol/lとすることが好ましく、0.9~1.25mol/lとすることがより好ましい。」(【0086】)との記載がある。上記記載によれば、本件出願の優先日当時、高誘電率溶媒と低粘度溶媒とからなる非水系溶媒に電解質として用いる「LiPF」の濃度は、0.5~1.5mol/Lの範囲とすることが好ましいことは技術常識であったものと認められる。
 そして、上記技術上常識に照らすと、本件訂正発明4の非水系電解液中のLiPFの含有量(「0.7mol/L以上1.5mol/L以下」)は、LiPFを「炭素数2~4のいずれか1種以上のアルキレン基を有する飽和環状カーボネート」及び「炭素数3~7のいずれか1種以上の鎖状カーボネート」を含む非水系溶媒に電解質として用いる場合において好ましい濃度範囲であることを理解できる。
  (ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願の優先日当時の技術常識から、当業者は、試験例Bに用いられた基本電解液(「エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との混合物(体積比30:70)に乾燥したLiPFを1mol/Lの割合となるように溶解して」調整した「基本電解液」)以外の組成及び混合割合の本件訂正発明4に含まれる基本電解液を用いた場合であっても、試験例Bに示されたように、フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として含有しない非水系電解液に対して、「初期放電容量」を改善できるものと理解し、本件訂正発明4の課題を解決できると認識できるものと認められる。
・・・(略)・・・
 ウ フルオロスルホン酸リチウムの含有量の下限値について
 前記アのとおり、本件明細書には、本件訂正発明4に含まれる「フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量が0.0005mol/L以上2.98×10-3(0.00298)mol/L未満」の電解液については、実施例の記載がない。
 しかるところ、本件明細書には、試験例Bの結果を示した表2において、・・・(略)・・・フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として添加した非水系電解液は、これらをいずれも添加剤として含有しない非水系電解液に対して、初期放電容量が改善できるものと理解できる。
 そして、本件訂正発明4に含まれる「フルオロスルホン酸リチウムのモル含有量の下限値0.0005mol/Lは、実施例7のフルオロスルホン酸リチウムの含有量2.98×10-3mol/L(0.00298mol/L)の約6分の1程度であり、実施例7よりも顕著に少ないとまではいえないことに照らすと、当業者は、フルオロスルホン酸リチウムの含有量が0.0005mol/Lの電解液を用いた場合であっても、フルオロスルホン酸リチウムと硫酸イオンとを添加剤として含有しない非水系電解液に対して、「初期放電容量」が改善し、本件訂正発明4の課題を解決できると認識できるものと認められる。
・・・(略)・・・
(3) 小括
 以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願の優先日当時の技術常識に基づいて、当業者が、本件訂正発明4の発明特定事項の全体にわたり、本件訂正発明4の課題を解決できると認識できると認められるから、本件訂正発明4は発明の詳細な説明に記載したものであることが認められる。』

[コメント]
 決定が、本件明細書に記載の実施例から読み取れる数値範囲及び課題(効果)に拘泥して本件訂正発明の課題解決性を認定したのに対し、裁判所は、課題及び数値範囲について発明の詳細な説明や出願時の技術常識からより幅広く認定して本件訂正発明のサポート要件充足性を認めた。発明が技術思想という広がりを有する概念である以上、その範囲が実施例に具体化された数値のみに限定されないことは発明の詳細な説明から明らかであるので、数値範囲及び課題を幅広く認定した裁判所の判断は首肯し得る。中でも、本件訂正発明の課題を従来技術の問題点との対比と捉えずに単に明細書に記載の特性のいずれかの向上又は改善とした点、LiPFの含有量の幅を先行文献の開示から認定した点、及びフルオロスルホン酸リチウムの含有量の下限値を実施例の値の6分の1程度でるから顕著に少ないとまではいえないと認めた点が興味深い。特許庁の認定は、権利化前段階でも時折見られるものであり、裁判所の判断は拒絶対応の参考になると考える。

以上
(担当弁理士:藤井 康輔)