審決取消請求事件 » 平成31年(行ケ)第10027号「椅子式マッサージ機」事件

名称:「椅子式マッサージ機」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成31年(行ケ)第10027号 判決日:令和元年12月25日
判決:審決取消
特許法36条4項1号
キーワード:実施可能要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/132/089132_hanrei.pdf

[概要]
構造の発明において、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない、とされた事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5162718号の特許権者である。
被告が、当該特許に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2018-800007号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
A 座部と前記座部の後側でリクライニング可能に連結された背凭れ部を有する椅子本体と、前記背凭れ部の左右の側壁部と、該椅子本体の両側部に設けた肘掛部と、を有する椅子式マッサージ機において、
B 前記左右の側壁部は、前記座部に着座した施療者の肩または上腕側方となる位置に配設しており、前記左右の側壁部の内側面には夫々左右方向に重合した膨縮袋を備えて、これら重合した膨縮袋の基端部を前記側壁部に取り付けるように構成しており、
C 前記肘掛部は、施療者の前腕部を載置しうるための底面部、及び外側立上り壁により形成され、前腕部の長手方向において前記外側立上り壁に複数個配設された膨縮袋で前記底面部に載置した施療者の前腕部にマッサージを施すための前腕部施療機構を備えており、
D 前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部と、前記肘掛部の下部に設けられ、前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる回動部とを設け、
E 前記肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように構成されて、
F 前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら、肩または上腕から前腕に亘って側壁部及び外側立上り壁側から空圧施療を行う事を特徴とする椅子式マッサージ機。

[審決]
本件明細書の【図4】は、背凭れ部が座部に対して回動し、背凭れ部に連結された肘掛部が回動するという事項(段落【0054】、【0055】)を概略的に図示したものであり、そのための「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」については当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度のことである。
したがって、実施可能要件を満たす。

[取消事由]
取消事由1:補正要件についての判断の誤り(構成要件D)
取消事由2:補正要件についての判断の誤り(構成要件F)
取消事由3:実施可能要件についての判断の誤り
取消事由4:サポート要件についての判断の誤り
取消事由5:明確性要件についての判断の誤り
取消事由6:進歩性欠如に関する判断の誤り①
取消事由7:進歩性欠如に関する判断の誤り②
※以下、取消事由3についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について
事案に鑑み、取消事由3について判断する。
(1) 実施可能要件について
特許法36条4項1号は、発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないことを規定するものであり、同号の要件を充足するためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。
(2) 本件明細書の記載
ア 本件明細書には、①本件発明のマッサージ機は、施療者の臀部または大腿部が当接する座部11a、及び施療者の背部が当接する背凭れ部12aを有する椅子本体10aと、該椅子本体10aの両側部に肘掛部14aを有する椅子式マッサージ機1aであり、前記背凭れ部12aは、座部11aの後側にリクライニング可能に連結されていること(段落【0022】)、②肘掛部14aは、椅子本体10aに対して前後方向に移動可能に設けられ、背凭れ部12aのリクライニング角度に応じた所定の移動量を保持しながら背凭れ部12aのリクライニング動作に連動して前記肘掛部14aが椅子本体10aに対して前後方向に移動するようにされていること(段落【0054】)、③肘掛部14aの下部に前後方向に回動するための回動部141aを設けること(段落【0055】)、④肘掛部14aの後部で回動可能に背凭れ部12aの側部と連結する連結部142aを設けること(段落【0055】)が記載されている。
また、【図4】は、背凭れ部12aが座部に対してリクライニングすると、背凭れ部12aに連結された肘掛部14aが前後方向に回動することを概略的に図示している(段落【0054】、【0055】)。
イ 上記アによれば、本件明細書には、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを、「肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように」(構成要件E)連結する連結手段については連結部142aによる回動関係が、[2]肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段については回動部141aによる回動関係が開示されているが、[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段の具体的な構成は記載されていない。また、本件明細書には、「背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保」つように(構成要件F)、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを、「肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように」連結する連結手段(構成要件D、E)、[2]背凭れ部のリクライニング動作の際に上記の連結手段を介して肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段(構成要件D)及び[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段(構成要件D)の具体的な組み合わせの記載はない。
ウ 審決は、本件明細書の【図4】は、背凭れ部が座部に対して回動し、背凭れ部に連結された肘掛部が回動するという事項(段落【0054】、【0055】)を概略的に図示したものであり、そのための「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」については当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度のことであると認定する。
しかし、上記イのとおり、本件においては、構成要件D~Fを充足するような、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部を連結する連結手段、[2]肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段及び[3]背凭れ部を座部に対し連結する連結手段の具体的な組み合わせが問題になっており、したがって、これらの各手段は何の制約もなく部材を連結又は回動させれば足りるのではなく、それぞれの手段が協調して構成要件D~Fに示された機能を実現する必要がある。そうすると、このような機能を実現するための手段の選択には、技術的創意が必要であり、単に適宜の手段を選択すれば足りるというわけにはいかないのであるから、明細書の記載が実施可能要件を満たしているといえるためには、必要な機能を実現するための具体的構成を示すか、少なくとも当業者が技術常識に基づき具体的構成に至ることができるような示唆を与える必要があると解されるところ、本件明細書には、このような具体的構成の記載も示唆もない。
エ 被告は、本件明細書の記載から当業者が実施し得る本件発明1の具体的な構成として、別紙被告主張図面目録記載のとおり動作するマッサージ機の具体的構成(以下「被告主張構成」という。)を主張する。
被告主張構成は、[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを本件明細書の【図4】同様の回動手段により連結し、[2]肘掛部の下部の椅子本体に設けられた回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部に挿入され、[3]座部の後端に軸心を設けて背凭れ部を回動させる回動手段を設けた構成であり、リクライニング前は、肘掛部の下部に設けられた回動部から延びる円柱状部材が肘掛部内に存在する空洞部の奥まで達しており(【被告参考図①-2】)、これをリクライニングすると、背凭れ部のリクライニング動作に連動して肘掛部全体がリクライニングする方向に傾くに従って、肘掛部全体が円柱状部材から上記空洞部に沿って遠ざかるように移動する(【被告参考図②】から【被告参考図③】)というものである。
しかし、本件明細書には被告主張構成の記載や示唆はないから、被告主張構成が直ちに実施可能要件適合性を裏付けるものではない上に、当業者が、上記ア及びイのとおりの本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、被告主張構成を採用し得たというべき技術常識ないし周知技術に関する的確な証拠もない。
オ 以上によれば、本件明細書には、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできず、この点は、本件発明1を引用する本件発明2についても同様である。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。』

[コメント]
構造の発明において、実施可能要件を満たさないと判断された。
請求項1に係る発明の構成は、本件明細書には明示されておらず、また、被告が主張する請求項1に係る発明の具体的な構成も、本件明細書から技術的創意が必要といえるような構成と考えられるため、裁判所の判断は、妥当である。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)