審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10093号「極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板によって製造する方法」事件

名称:「極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板によって製造する方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10093号 判決日:令和元年9月19日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/926/088926_hanrei.pdf

[概要]
 熱処理前の上位概念としての「亜鉛ベース合金」の被膜に、下位概念である「亜鉛ベースの金属間化合物」であるものを含む本件発明は、当業者は本件明細書の記載と本件出願時の技術常識に基づき、本件発明に係る課題を解決することが理解することができるため、サポート要件を満たすとした審決を維持した事例。

[事件の経緯]
 被告は、特許第3663145号の特許権者である。
 原告が、当該特許の請求項1~8に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800184号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決(「第二次審決」)をしたため、原告は、その取り消しを求めたが、知財高裁は、原告の請求を棄却(「先行判決」)した。
 原告は、上記の第二次審決および先行判決において審理判断されていない事項に関し、改めて当該特許の請求項1~8に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800064号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
 知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件訂正発明](下線は訂正箇所)
【請求項1】
 熱処理用鋼板の表面及び内部の鋼を確実に保護する、亜鉛または亜鉛ベース合金で被覆された圧延熱処理用鋼板の帯材を型打ちすることによって成形された部品を製造する方法であって、
 熱処理用鋼板を裁断して熱処理用鋼板ブランクを得る段階と、
 熱処理用鋼板ブランクを熱間型打ちして部品を得る段階と、
 型打ち前に、腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する、亜鉛-鉄ベース合金化合物および亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物からなる群から選択される合金化合物を熱処理により熱処理用鋼板ブランクの表面に生じさせる段階と、ここで該熱処理は熱処理用鋼板ブランクに800℃~1200℃の高温を2~10分間作用させるものであり、
 型打ちされた部品を臨界焼入れ速度を上回る速度でさらに冷却する段階と、
 型打ち処理に必要であった熱処理用鋼板の余剰部分を裁断によって除去する段階と、
を含んで成る方法。

[取消事由]
 サポート要件についての認定判断の誤り(取消事由1)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
 『3 取消事由1(サポート要件についての認定判断の誤り)について
 (1) 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、サポート要件の存在については、特許権者(被告)がその証明責任を負うものである。
 そして、前記のとおり、本件では熱処理前の「亜鉛ベース合金」が「亜鉛ベースの金属間化合物」である場合にもサポート要件が充足されているかどうかが争点となっているところ、以下、この争点について、上記のような証明責任が果たされているかどうかについて判断する
 (2) ア 前記1のとおり、本件明細書には、亜鉛又は亜鉛合金で被覆した鋼板を熱処理又は熱間成形を行うために温度を上昇させたときに、被膜が鋼板の鋼と合金化した層を形成し、この瞬間から被膜の金属の溶融が生じない機械的強度を持つようになるという新たな知見が得られたことに基づき、熱間成形や熱処理の前に、鋼板を亜鉛又は亜鉛ベース合金で被覆し、その後熱処理を行うことにより、腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保しかつ潤滑機能を確保する、亜鉛-鉄ベース合金化合物又は亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物を生じさせ、これによって、熱処理中または熱間成形中の鋼の腐食防止、脱炭防止、高温での潤滑機能の確保等の効果を奏することが記載され、実施例1として、鋼板を亜鉛で被膜したものを950℃で熱処理して、亜鉛-鉄合金の被膜を鋼板の表面に生じさせたところ、同被膜が優れた腐食防止効果を有することが確認された旨が記載され、さらに、実施例2として、50-55%のアルミニウム、45-50%の亜鉛及び任意に少量のケイ素を含有する被膜を熱処理したところ、極めて優れた腐食防止効果を有する亜鉛-アルミニウム-鉄合金の被膜が得られたことが記載されている。
 これらの記載及び弁論の全趣旨を総合すると、当業者は、本件明細書の記載から、鋼板上に被覆された亜鉛又は「亜鉛ベース合金」の固溶体である亜鉛-アルミニウム合金を熱処理して、亜鉛-鉄ベース合金化合物(金属間化合物)又は亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせ、高い機械的強度を持つ鋼板を製造することができることを認識することができるものと認められる。また、当業者は、本件発明の合金化合物において、亜鉛が共通する主要な成分であるから、本件発明の課題解決には亜鉛が重要な役割を果たしていると認識するものと認められる。
 イ 前記2で認定したとおり、亜鉛と鉄が金属間化合物を形成するものであること、熱処理後の「亜鉛-鉄ベース合金化合物」に亜鉛-鉄金属間化合物が含まれること及び熱処理により鋼板から鉄の拡散が進んで金属間化合物について複数の相が生じ得る、すなわち、異なる金属間化合物に変化し得ることが、本件出願時の技術常識であったことからすると、本件明細書の記載に接した当業者は、熱処理前の被膜が実施例1とは異なり、亜鉛-鉄金属間化合物であったとしても、実施例1の記載及び上記技術常識を基礎にして、熱処理前の亜鉛-鉄の金属間化合物の組成、熱処理の温度や時間等を適宜調節して、熱処理後に異なる亜鉛-鉄ベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせ、高い機械的特性を持つ鋼板を製造することができると認識することができると認められる。
 ウ また、鋼板上に被覆された熱処理前の「亜鉛ベース合金」が金属間化合物で、それを熱処理して亜鉛-鉄-アルミニウムベースの金属間化合物を生じさせる場合についても、①固溶体である亜鉛-アルミニウム合金の被膜を熱処理して、極めて優れた腐食防止効果を有する亜鉛-鉄-アルミニウム合金の被膜を生じさせる実施例2が本件明細書に記載されていること、②前記2(1)のとおり、亜鉛-鉄-アルミニウムの金属間化合物の存在が、本件出願時、当業者に知られていた上、熱処理により鋼板から鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物が生じるという本件出願時に知られていた基本的なメカニズムは、出発点が亜鉛-アルミニウムの固溶体である場合と、亜鉛-鉄-アルミニウムの金属間化合物である場合で、異なることを示す根拠となる事情は認められず、基本的には異ならないと考えられることからすると、熱処理前の「亜鉛ベース合金」が、実施例2に開示された亜鉛―アルミニウムの固溶体からなる合金のみならず、亜鉛-鉄-アルミニウムの金属間化合物であっても、熱処理前の同金属化合物の組成、熱処理の温度や時間等を適宜調節して、亜鉛-鉄-アルミニウムベースの合金化合物(金属間化合物)を生じさせ、高い機械的特性を持つ鋼板を製造できると認識することができると認められる。
 エ 次に、その他の熱処理前の「亜鉛ベース合金」についても検討する。「亜鉛ベース合金」には、前記2(2)で認定したとおり、多種多様な金属間化合物が該当し得る一方で、本件明細書には、熱処理前の「亜鉛ベース合金」が、それらの「亜鉛ベースの金属間化合物」である場合についての明示的な記載はない。
 しかし、前記2(1)のとおり、本件出願時、本件発明にいう熱処理後に生じる3元系以上の亜鉛-鉄ベース又は亜鉛-鉄-アルミニウムベースの金属間化合物に該当するものとして、証拠上認定できるものは、①亜鉛-ニッケル-鉄、②亜鉛-鉄-アルミニウム、③亜鉛-鉄-アルミニウム-ニッケルの3種類のみである。
 ・・・(略)・・・そうすると、本件明細書の記載に接した当業者は、前記の鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物が生じるという技術常識も踏まえて、熱処理前の「亜鉛ベース合金」が、亜鉛-ニッケルの金属間化合物やそれに更にアルミニウムや鉄を含む金属間化合物であっても、それらの組成、熱処理の温度や時間を適宜調節して、亜鉛-鉄ベースの合金化合物又は亜鉛-アルミニウム-鉄ベースの合金化合物を生じさせ、高い機械的特性を持つ鋼板を製造できると認識することができると認められる。
 ・・・(略)・・・
 オ 以上からすると、当業者は、本件明細書の記載と本件出願時の技術常識とに基づいて、本件明細書の実施例2で開示された亜鉛重量50%-アルミニウム重量50%の合金以外の「亜鉛ベース合金」として、亜鉛-鉄金属間化合物、亜鉛-鉄-アルミニウム金属化合物、亜鉛-ニッケル金属間化合物及びそれにアルミニウムや鉄が加わった金属間化合物等を想起し、これらからなる鋼板上の被覆を熱処理することによって亜鉛-鉄ベース合金化合物(金属間化合物)又は亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物(金属間化合物)を生じさせて本件発明に係る課題を解決できることを理解することができ、そのことを被告は証明したと認めることができる。』

[コメント]
 一般的に、明細書のメカニズム的な記載や因果関係の記載が、サポート要件の充足の有無に影響を与える。一方、本件明細書には、このような記載がないため、裁判所は、「熱処理により鋼板から鉄の拡散が進んで異なる金属間化合物が生じるという本件出願時に知られていた基本的なメカニズムは、出発点が亜鉛-アルミニウムの固溶体である場合と、亜鉛-鉄-アルミニウムの金属間化合物である場合で、異なることを示す根拠となる事情は認められず基本的には異ならないと考えられること」として、メカニズム(機序)を導いている。しかし、メカニズムが同じであることを示すような証拠がない以上、判断が逆になる場合もあり得たのはないだろうか。この点において、本事件では、サポート要件を緩やかに判断しているように感じる。
 また、本件発明の認定では、本件発明の課題が「従来技術の問題点を解決することができる、極めて高い機械的特性値をもつ鋼板を製造する方法を提供すること」としているのに対し、サポート要件の判断では、本件発明の課題が「高い機械特性値をもつ鋼板を製造すること」であるとして、課題がより広く(抽象的に)認定されているようであるため、サポート要件が肯定されやすい事情があるかと思われる。
 他方、本件発明(請求項1)では、「腐食に対する保護及び鋼の脱炭に対する保護を確保し且つ潤滑機能を確保する」との記載にて、本件発明の課題の一部(効果の一部)をクレームアップしているといえる。しかしながら、本件発明(請求項1)では、腐食に対する保護、脱炭に対する保護、および潤滑機能の確保の程度(基準)は何ら特定されておらず、本件明細書の記載を基づいても、一義的に導くことができないように思われ、立場によって解釈の余地があろう。
 よって、サポート要件の充足性を否定する立場からは、本件発明にかかる腐食に対する保護、脱炭に対する保護、および潤滑機能の確保の程度(基準)に言及したうえで、さらに、上記のようにメカニズムの認定がやや曖昧ともいえなくもないことから、熱処理前の「亜鉛ベース金属間化合物」の被膜を用いた場合においても、(高い)蓋然性をもって、上記のクレームアップした本件発明の課題の一部(効果の一部)にかかる発明特定事項を満たすとまでいえない等、の主張も可能であったのではなかろうか。

以上

(担当弁理士:片岡 慎吾)