審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10150号「手袋に対するテクスチャード加工表面被覆および製造方法」事件

名称:「手袋に対するテクスチャード加工表面被覆および製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10150号 判決日:令和元年9月18日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号
キーワード:実施可能要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/918/088918_hanrei.pdf

[概要]
本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の方法の使用を可能とする具体的な記載や実施形態の記載があることからすれば、当業者において、発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その製造方法を使用し、かつ、その製造方法により生産した手袋を使用することができるとして、実施可能要件を充足するとした審決が維持された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4762896号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~6に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800121号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件各発明]
【請求項1】
テクスチャード加工表面被覆手袋を製造する方法であって、/(i)型を凝固剤で処理すること;/(ⅱ)型を水性ラテックスエマルジョン中で浸漬被覆することによりラテックスの第一層を形成すること;/(ⅲ)該凝固剤による該ラテックスエマルジョンの不安定化によりラテックスの第一層をゲル化すること;/(ⅳ)型を水性ラテックスエマルジョン中で浸漬被覆することによりラテックスの第一層の上にラテックスの第二層を形成すること;/(v)ラテックスの第二層に離散した多面的な塩の粒子を塗布すること;/(ⅵ)塩の粒子の形状を模写する多面的な痕がラテックスの第二層に形成されるように、塩の粒子との接触時にラテックスの第二層をゲル化し、ラテックスの第二層の中の塩の粒子の形状を固定すること;/(ⅶ)ラテックスの第二層を熱硬化させる前に、ラテックスの第二層から離散した多面的な塩の粒子を溶解すること;/(ⅷ)離散粒子を溶解する工程の後、形成した層を熱硬化させ、硬化した第二層を形成すること;ならびに/(ⅸ)型から硬化したテクスチャード加工手袋を外すこと/を含み、該ラテックスが塩との接触時に即座に不安定化して湿潤ゲルを形成するものである、方法。
【請求項2】~【請求項6】
・・・(略)・・・

[取消事由]
実施可能要件の判断の誤り

[原告の主張]
本件各発明に係るテクスチャード加工表面被覆手袋の生産方法については、グリップの改良が課題とされていながら、公知の従来技術として示された手袋と比較し、グリップの改良された手袋を生産することができていないという問題がある。
これを本件明細書の記載についていえば、特許第2639415号公報(甲1)、特開2002-20913号公報(甲2)及び特開2002-249909号公報(甲7)に記載された従来技術よりも優れた作用効果を有する手袋の生産をすることができるように記載されていないということになる。
本件明細書には、発明の実施形態を具体的に説明するものとして実施例1が記載され、同実施例において製造された手袋のグリップ力を評価するために、つまみ力試験を実施し、従来の被告の自社製品等と比較したことが記載されているが(【0040】)、記載されたつまみ力試験は、摩擦係数の値を求めない点においてその方法が技術的に適切でなく、このようなつまみ力試験ではグリップ力の改良を適切に試験することはできない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないというべきであり、実施可能要件に適合しない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由(実施可能要件の判断の誤り)について
(1)特許制度は、発明を公開する代償として、一定期間にわたり発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから、明細書には、特許請求の範囲に記載された当該発明の技術的内容を一般に開示する内容を記載しなければならない。特許法36条4項1号が「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」という実施可能要件を定める趣旨は、明細書の発明の詳細な説明に、当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には、実質において発明が公開されていないことになり、発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
本件各発明のような物を生産する方法の発明についての実施とは、その方法を使用する行為及びその方法により生産した物を使用等する行為をいう(同法2条3項3号)から、物を生産する方法について上記実施可能要件を充足するためには、明細書の発明の詳細な説明において、当業者が、発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用し、かつ、その方法により生産した物を使用できる程度の記載があることを要し、また、その程度の記載のあることをもって足りるものと解される。
(2)実施可能要件の充足性
ア 本件各発明の方法は、・・・(略)・・・というものである。
そして、本件各発明の方法に用いられる「型」(【0013】)、「凝固剤」(【0014】【0026】)、「水性ラテックスエマルジョン」ないし「発泡体」に相当するもの(【0015】【0028】【0032】)、「塩」ないし「離散粒子」に相当するもの(【0010】~【0012】【0018】【0033】)、「織布」ないし「メリヤス」(【0022】)については、いずれも本件明細書に具体的にその意義(使用目的)、材料名、調合方法又は入手方法等が記載されている。
また、本件各発明の方法に係る具体的手法は、離散した塩粒子のサイズ及び塗布方法(【0010】【0012】【0018】【0033】)や、塩の粒子の溶解がラテックスの第二層の熱硬化の前に行われること(【0009】【0018】【0034】~【0036】)を含めて、いずれも本件明細書に実施例を交えて詳細に記載されている(【0009】~【0016】【0018】【0022】【0026】~【0038】)。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明には、これに接した当業者が、本件各発明の方法の使用を可能とする具体的な記載がある。
イ また、本件各発明により生産されるのは、テクスチャード加工表面被覆を有する手袋であるところ、本件明細書の発明の詳細な説明には、テクスチャード加工表面被覆は、離散粒子(塩)の逆像が多面的な痕となって残ったものであり、手袋の外側又は内側のいずれかに取り入れられることが記載されている(【0007】【0009】【0011】)。
ウ このように、本件明細書には、その具体的な実施の形態の記載もあることからすれば、当業者において、発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に基づき、その製造方法を使用し、かつ、その製造方法により生産した手袋を使用することができる程度の記載があるということができ、使用のために当業者に試行錯誤を要するものともいえない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件に適合するものと認められる。
(3)原告の主張について
ア 原告は、本件各発明に係る手袋の生産方法が、甲1、甲2及び甲7に記載された手袋の生産方法よりも優れた作用効果を有する手袋の生産をすることができるように記載されていないとし、また、本件明細書に記載されたつまみ力試験ではグリップ力の測定はできず、そこでされている従来の被告の自社製品等との比較も適切なものでないとして、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないと主張する。
イ 甲1、甲2及び甲7には、次の各記載がある。
・・・(略)・・・
ウ しかしながら、本件各発明の方法により製造される手袋が、原告の引用する手袋(甲1、甲2及び甲7)よりも優れたグリップ力を有するか否か、及び、つまみ力試験でグリップ力の測定ができるか否かは、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たしているか否かとは関係がない。
なお、証拠(甲18)によれば、原告の主張は、本件各発明が、甲1、甲2及び甲7等の従来技術よりも手袋のグリップ力を向上させることを課題とするにもかかわらず、その課題の達成が追試可能な形で示されていないという趣旨のものと理解できないわけではない。しかし、そうであれば、結局のところ、本件各発明の上記従来技術に対する進歩性を問題とするものであり、発明の公開の程度を問題とするものではないから、いずれにせよ実施可能要件の充足を争う主張としては失当というほかない。
(4)小括
以上によれば、原告の主張する取消事由は理由がない。
3 結論
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。』

[コメント]
物を生産する方法に係る発明の場合、発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足するためには、「明細書の発明の詳細な説明において、当業者が、発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用し、かつ、その方法により生産した物を使用できるように記載されていることを要する。」ことは審査基準や従前の裁判例でも示されているが、本件事件において裁判所は、さらに「また、その程度の記載のあることをもって足りるものと解される。」と判示し、より明確な判断基準を示したことは注目すべき点である。
原告が主張する、発明の課題を解決できるように製造方法が記載されていないこと、及び従来技術よりも優れた作用効果を有する物の製造方法が記載されていないことは、実施可能要件ではなく、サポート要件または進歩性の判断において考慮される事項である。
以上
(担当弁理士:福井 賢一)