IP case studies判例研究

平成30年(行ケ)10036号「IL-17産生の阻害」事件

名称:「IL-17産生の阻害」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)10036号 判決日:平成31年3月19日
判決:請求棄却
特許法29条1項、2項
キーワード:新規性、進歩性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/564/088564_hanrei.pdf
[概要]
引用発明との相違点に係る、「IL-17産生を阻害するための」との用途について、その下流の炎症性疾患(例えば乾癬)に用いられる点では一致しており公知であっても、IL-17濃度の上昇が見られる患者群に対して選択的に利用される点で、新規性がありかつ容易想到でもないとされた審決が維持された事例。
[事件の経緯]
被告は、特許第5705483号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし10に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2017-800007号)を請求した。特許庁は、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件発明1]
【請求項1】
T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するためのインビボ処理方法において使用するための、インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニストを含む組成物。
[審決]
審決では、本件発明は、T細胞を処理するための組成物の用途が「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ためであると特定されているのに対し、甲5発明にはそのような特定がない点で相違する、とする一方で、下記のように新規性及び進歩性を判断し、本件特許を維持した。
『(ウ) 相違点の検討
a 本件特許発明1は、T細胞を処理するための組成物の用途が「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ことである旨を規定したものであるが、この用途は、前記ア(ウ)aのとおり、従来から知られていたTh1誘導やTh2誘導によるT細胞刺激とは異なる、IL-23によるT細胞の処理により引き起こされる、別異のサイトカインであるIL-17の産生を阻害するものである。これに対し、甲5発明は、甲5の記載(・・・(略)・・・)から明らかなとおり、従来から知られていたTh1誘導によるT細胞刺激の阻害を対象とするものと認められる。このように、両発明の用途は明確に異なり、相違点5は、実質的にも相違する。』
『ウ 甲5に基づく進歩性欠如について
甲5には、抗IL-23抗体によりT細胞によるIL-17の産生の阻害が可能であることについて記載も示唆もないから、甲5発明を「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ために用いる動機付けはないし、それが可能であることを当業者が想到し得たとも認められない。そして、本件特許発明1は、IL-23アンタゴニストによりT細胞によるIL-17の産生を阻害するという、甲5の記載から予測困難な効果を発揮するものである。したがって、本件特許発明1は、甲5発明から容易に発明をすることができたものではない。』
[取消事由]
取消事由 1(甲5に基づく新規性判断の誤り)
取消事由 2(甲5に基づく進歩性判断の誤り)
[原告の主張]
取消事由 1(甲5に基づく新規性判断の誤り)
『甲5には、抗体が実際に乾癬患者に投与され、病巣の消失という効果が得られたことが記載されているから、甲5記載の抗体含有組成物の用途は、乾癬等の疾患の治療である。「T細胞の処理」は、この抗体含有組成物の使用により乾癬の病巣消失に至るまでの作用機序であり、これを抗体含有組成物の用途としたことは誤りである。・・・(略)・・・甲5X発明に係る抗体含有組成物の用途は、「T細胞の処理による乾癬治療」であるが、乾癬患者について格別の限定又は選別をすることなく、「T細胞の処理による乾癬治療」を実施すると、以下のとおり、当然に、「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」も生じるから、甲5X発明の「T細胞の処理による乾癬治療」と本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」とは、用途として同一であり、甲5X発明と本件特許発明1との間に相違点はない。』
取消事由 2(甲5に基づく進歩性判断の誤り)
『甲5には、IL-17濃度の上昇が発現した者を格別排除することなく乾癬患者に抗体含有組成物を使用することが開示され、それによる病巣消失の効果までもが既に開示されており、その効果は、選択するステップを経るか否かによって、変わることはない。加えて、本件特許出願後の文献ではあるが、甲49、50は、甲5の「J695」抗体による乾癬患者の治療に際し、IL-17の産生阻害が確認されたとしていることも考慮すると、少なくとも乾癬に関して、本件特許発明に係る組成物は、甲5により開示されていたか、少なくとも甲5X発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたというべきである。』
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
取消事由 1(甲5に基づく新規性判断の誤り)について
『 (3) 本件特許発明1との対比
ア 甲5発明の「p40サブユニットを中和することができる抗体」は、本件特許発明1の「インターロイキン-23(IL-23)のアンタゴニスト」に相当する(本件明細書【0012】。)また、甲5発明の「哺乳動物被検体に投与される」は、本件特許発明1の「インビボ処理方法において使用する」に相当する。
イ 本件特許発明1と甲5発明とは、審決認定のとおり、相違点5(本件特許発明1は、T細胞を処理するための組成物の用途が「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ためであると特定されているのに対し、甲5発明にはそのような特定がない点)で相違する。
(4)相違点の検討
ア 甲5発明には、T細胞を処理するための組成物の用途が、「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ためであるとの特定がないが、前記(2)アのとおり、甲5発明の「T細胞を処理する」とは、IL-12によるT細胞の処理、すなわちTh1誘導によるT細胞刺激を阻害することを指すものであって、甲5には、記載も示唆もされていない「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害する」ことを指すものではないことは明らかである。・・・(略)・・・これらの記載によると、本件特許発明1における「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途は、IL-23によるT細胞の処理によってT細胞におけるIL-17の産生が増加するという知見に基づき、IL-23によるT細胞の処理により引き起こされるIL-17の産生を阻害することを用途とするものであり、上記知見は、従来から知られていたTh1誘導やTh2誘導によるT細胞刺激とは異なるものであると認められる。したがって、本件特許発明1における「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途は、従来から知られていたTh1誘導によるT細胞刺激とは異なる、IL-23によるT細胞の処理により引き起こされるIL-17の産生を阻害することを用途とするものであるから、甲5発明の「T細胞を処理するため」とは明確に異なるものであり、相違点5は、実質的な相違点であると認められる。
・・・(略)・・・
ウ 原告は、甲5X発明に係る抗体含有組成物の用途は、「T細胞の処理による乾癬治療」であるが、乾癬患者について格別の限定又は選別をすることなく、「T細胞の処理による乾癬治療」を実施すると、当然に、「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」も生じるから、甲5X発明の「T細胞の処理による乾癬治療」と本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン17(IL-17)産生阻害」とは、用途として同一であり、甲5X発明と本件特許発明1との間に相違点はないなどと主張する。この主張を、甲5発明について、甲5に記載されている用途も考慮して本件特許発明1の新規性を判断すべき旨の主張と解したとしても、次のとおり理由がない。
(ア) 前記アのとおり、本件特許発明1は、・・・(略)・・・「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」について「T細胞によるIL-17産生を阻害するための(インビボ処理方法において使用するための)という用途の限定を付したものであると認められるところ、慢性関節リウマチの患者であってもIL-17濃度の上昇がみられなかった者がいるように(甲17〔審判乙1〕)すべての炎症性疾患においてIL-17濃度が上昇するものではないし、特定の炎症性疾患においてもすべての患者のIL-17濃度が上昇するものではないと認められるから、本件特許発明1の組成物を医薬品として利用する場合には、特にIL-17を標的として、その濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものということができる。
(イ) 他方、前記(1)のとおり、甲5には、IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることは、記載も示唆もされていないから、甲5発明が、「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」を、T細胞によるIL-17産生を阻害するために、IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用するものではないことは、明らかである。このことは、甲5発明の「IL-23のアンタゴニストを含む組成物」を乾癬治療のために使用することができるという甲5に記載されている用途を考慮しても、左右されるものではない。
(ウ) そうすると、本件特許発明1の「T細胞によるインターロイキン-17(IL-17)産生を阻害するため」という用途と、甲5発明の「T細胞を処理するため」という用途とは、明確に異なるものということができる。そして、このことは、本件優先日当時、IL-17の発現レベルを測定することが可能であったことによって左右されるものではない。・・・(略)・・・
オ 以上のとおり、本件特許発明1は、甲5発明ではない。・・・(略)・・・よって、取消事由1は、理由がない。』
取消事由 2(甲5に基づく進歩性判断の誤り)
『(1)前記2(1)オによると、甲5には、甲5発明の「p40サブユニットを中和することができる抗体」が、「p35/p40分子」であるIL-12と、「p19/p40分子」であるIL-23の両方を中和することが予想される旨が記載されている。また、本件明細書には、本件優先日前の文献を引用して、IL-17は、リウマチ様関節炎を含む様々な炎症性疾患に関係しており、それらの疾患においてIL-17の濃度の著しい上昇が見られること、乾癬においてIL-17の濃度が著しく上昇することが認められ、IL-17は乾癬に関係していると文献に記載されている旨が記載されており・・・(略)・・・本件優先日当時、乾癬等の炎症性疾患とIL-17との関連性が報告されていたことが認められる。しかし、前記2(4)アのとおり、甲5には、IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることは、記載も示唆もされておらず、甲1、3を含む本件で提出されたその余の証拠によっても、本件優先日当時、当業者において、IL-23のアンタゴニストによりT細胞によるIL-17産生の阻害が可能であることを認識していたとは認められないから、甲5に接した当業者において、甲5発明の「p40サブユニットを中和することができる抗体」(IL-23のアンタゴニスト)を、T細胞によるIL-17産生を阻害するために、IL-17濃度の上昇が見られる患者に対して選択的に利用する動機付けがあったとは認められない。・・・(略)・・・
(3)以上によると、本件特許発明1は、甲5発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。』
[コメント]
本件発明以前から、細胞性免疫に関与する1型ヘルパーT(Th1)細胞と、液性免疫に関与するTh2細胞があることが知られていたところ、本件は、これとは異なる新たな炎症等に関わるメカニズムが存在することを発見し、この発見に基づいてなされた発明に関する。
請求項に係る医薬発明の医薬用途が、引用発明の医薬用途を新たに発見した作用機序で表現したに過ぎないものであり、両医薬用途が実質的に区別できないときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定され、また、引用発明の医薬用途が請求項に係る医薬発明の医薬用途の下位概念で表現されているときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される(特許・実用新案審査ハンドブック付属書B第3章医薬発明2.2.2新規性の判断手法)。原告の主張は、本件発明は、メカニズムの発見にすぎず、引用文献と本件発明とは、医薬用途として実質的に区別できない、という点に基づいた新規性欠如の主張であったが、審決でも判決でもこの主張は退けられている。
本件は、一見すると、審査基準で明確に新規性が否定されている、「メカニズムの発見にすぎず」という事例に該当するようにも見受けられる。一方、従来は1つの医薬用途と理解されたのが、後に異なるメカニズムが複数存在し、その異なるメカニズムに起因する異なる患者群が存在していることが判明する場合はある。このような際には、より狭い用途で新規性があると解釈され得るという点は参考になる判決である。
以上
(担当弁理士:高山 周子)

平成30年(行ケ)10036号「IL-17産生の阻害」事件

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