審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10094号「液体で満たされた管内の狭窄部の特徴を描写するシステム」事件

名称:「液体で満たされた管内の狭窄部の特徴を描写するシステム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10094号 判決日:平成31年4月25日
判決:審決取消
特許法29条2項、同法36条6項2号
キーワード:進歩性、明確性
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/667/088667_hanrei.pdf

[概要]
FFRについての技術常識と請求項及び明細書の記載を合わせて考慮すると、「最大充血条件なしで」との意味が「薬剤を投与して血流が最大に増加した状態でない通常の状態」を意味し、「即時圧力測定」との用語が、FFRにて複数脈拍の圧力の平均値を用いることに対して1脈拍未満の瞬間的な圧力値を測定することを意味すると解釈し、明確でなく且つ進歩性を有さないと判断された審決が取り消された事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2013-547908号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-16781号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願発明](符号は筆者が付した。)
【請求項1】
流体で満たされた管内の狭窄部を評価するシステムであって、
最大充血条件なしで前記管に沿った様々な位置で即時圧力測定を行う第1の測定センサ(7)を有する消息子(6)と、
前記管を通して前記消息子(6)を牽引する機構(5)と、
前記第1の測定センサ(7)により各即時圧力測定が行われる前記位置に対する位置データを供給する位置測定器と、
前記即時圧力測定から、前記管に沿った様々な位置で行われた即時圧力測定の比を計算するプロセッサ(3)と
を含む、システムであり、
前記機構は電動機構である、該システム。

[審決での判断]
1.明確性について
請求項1の記載「最大充血条件なしで」「即時圧力測定を行う」は、明細書等を参酌しても明確に把握できない。
明細書等及び図面、請求項1の記載に基づけば、「最大充血条件なしで」、「即時圧力測定を行う」ことが、どのような態様を特定しているのかを想定すると、概ね以下の態様が考えられる。
①心周期における最大充血条件以外の条件下において(あえて最大充血条件を外して)即時圧力測定を行うこと(以下「態様①」という。)
②最大充血条件に限ることなく、最大充血条件を含めた心周期のうちのいずれかのタイミングにおいて即時圧力測定を行うこと(以下「態様②」という。)
③本願明細書等の段落【0003】に記載された心周期全体の平均Pa及び平均Pdを、段落【0021】に記載された流動制限の外形描写又は評価に採用すると仮定し、ここにおける遠位圧力対近位圧力の比を表すための心周期全体の平均Pa及び平均Pdといった平均値を得るために最大充血条件とは関係なく即時圧力測定を行い続けること(以下「態様③」という。)
④「最大充血条件」とは、心周期と関連しない何らかの条件であり、①~③以外の何らかの態様(以下「態様④」という。)
本願明細書等の記載を参照すると、上記①~④の複数の異なる態様が想定されてしまい、また、上記①、②及び④は、どのような値の取得を意図してそれらの即時圧力測定を行うのか全く不明である。さらに、上記③も、心周期全体の平均Pa及び平均Pdの比を流動制限の評価に採用すると仮定した場合の解釈であるとともに、請求項1において「前記即時圧力測定から、前記管に沿った様々な位置で行われた即時圧力測定の比を計算する」との記載が存在することに鑑みると、圧力の平均値同士の比ではなく、「即時圧力測定の比」を求めているようにも解釈できるから、その場合、「即時圧力測定の比」と、平均Pa及び平均Pdの比との関連が明確でない。

2.進歩性について
(相違点1)
圧力測定及び圧力測定の比の計算において、本願発明は、最大充血条件なしで即時圧力測定を行い、前記即時圧力測定から、前記即時圧力測定の比を計算するものであるのに対して、引用発明は、遠位血圧Pdの平均値の、近位血圧Ppの平均値に対する比を求める点。
(相違点2)
本願発明は、第1の測定センサにより各即時圧力測定が行われる位置に対する位置データを供給する位置測定器を有するのに対して、引用発明は、その点が不明である点。
(相違点3)
管を通して前記消息子を牽引する機構に関して、本願発明は、前記機構は電動機構であるのに対して、引用発明は、その点が不明である点。
(相違点1について)
「最大充血条件なしで」を、「本願明細書等の段落【0003】に記載された心周期全体の平均Pa及び平均Pdを、段落【0021】に記載された流動制限の外形描写又は評価に採用すると仮定し、ここにおける遠位圧力対近位圧力の比を表すための心周期全体の平均Pa及び平均Pdといった平均値を得るために最大充血条件とは関係なく即時圧力測定を行い続けること」と解し、「即時圧力測定の比を計算する」ことは、遠位圧力対近位圧力の比を表すための平均Pa及び平均Pdといった平均値を得るために最大充血条件とは関係なく圧力測定を行うことを意味するものとすると、引用発明は、遠位血圧Pdの平均値と近位血圧Ppの平均値を求めるためにセンサで遠位血圧Pdと近位血圧Ppを求めるものであるから、上記相違点1に係る構成は、当業者が容易になし得たことである(判決文P6)。
(相違点2について)
引用文献1には、血管壁及び病変を特徴付ける血管のためのシステムにおいて、センサ24Aの計測が行われる位置に対する位置データを供給する位置測定手段を備えていることが記載されており、引用発明において、センサの測定データを利用して分析するに当たって、
病変部の絶対的な位置や、センサと病変部との位置関係を正確に知るために、引用文献3を参酌し、計測が行われる位置に対する位置データを供給する位置測定器を設け、狭窄病変部の評価を行えるようにすることは、当業者が容易に想到し得ることである(判決文P6)。
(相違点3について)
引用文献2には、医療器具において、ガイドワイヤ又はカテーテルの牽引機構を電動機構としたものが記載されていることから、引用発明において、近位部分を摺動させる機構に、引用文献2に記載された事項を適用し、電動機構を採用することは、当業者が容易に想到し得ることである。
[取消事由]
1.取消事由1(明確性の要件の判断の誤り)
2.取消事由2(進歩性欠如の判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1(明確性の要件の判断の誤り)について
『(1)前記2の各文献の記載によると、本願の出願日において、FFRについて、以下の事項が技術常識として知られていたと認められる。
ア FFRとは、最大冠拡張時に、狭窄病変が存在しない状況下で流れる血流が狭窄病変のためにどの程度障害されているかを示す指標として用いられるものであり、最大冠拡張時の心臓から遠位にある位置の血圧(以下「Pd」という。)の近位にある位置の血圧(以下「Pa」という。)に対する比(Pd/Pa)である。
イ 最大冠拡張は、パパベリンやアデノシン、ATP、ジピリダモールなどの薬剤を投与することにより冠細小動脈を最大拡張することで誘発する。
ウ PdとPaは、その平均値によって算出する。そのため、各血圧の測定は、1心周期以上の間継続して行うことになる。』(判決文P37)
『(2)「最大充血条件なしで」、「即時圧力測定」の意義
ア 前記第2で認定した本願発明の特許請求の範囲の記載及び前記1で認定した本願明細書等の記載に、前記(1)で認定したFFRについての技術常識を併せて考慮すると、本願発明の技術的意義は、以下のとおりであると認められる。すなわち、「FFRは、薬剤を投与して血流が最大に増加した状態である最大充血条件の下におけるPdの平均値のPaの平均値に対する比であるところ、本願発明は、薬剤を投与して血流を最大に増加させた状態ではない通常の状態で、一つの測定センサを使用し、同センサを血管内を移動させて、任意の位置において血圧を測定し、それらの数値の平均値を求めることなく、それらを測定した瞬間の数値を基にそれらの比を計算するというものである」と認められる。このように、本願発明においては、各位置の血圧の平均値を求めないことから、各位置の血圧の測定は、1心周期以上の間継続して行うことはなく、当該装置の性能に応じて、瞬間的なものとなる。
イ そうすると、本願発明において、「最大充血条件なしで」とは、薬剤を投与して血流を最大に増加させた状態ではないことを意味し、「即時圧力測定」とは、前記アのとおり瞬間の数値を測定すること(以下、このような方法による測定を「本件測定」ということがある。)を意味することになり、「最大充血条件なしで」及び「即時圧力測定」の意義は一義的に明確であるというべきである。』(判決文P37-38)
『ア 被告は、本願明細書等からは、「即時圧力測定」の測定時間の長さが不明である旨主張する。(ア)しかし、前記1のとおり、本願明細書等には、FFRの説明として、FFRは、Pdの平均とPaの平均の比で表されること、Pd及びPaは、少なくとも1心周期、通常は3心周期に亘って測定され、その平均値を基にFFRが計算されることが記載され(段落【0003】)、その上で、「即時測定」という用語を使用して各種の実施例が記載されていること、「即時測定」という語からは、通常、即時又は瞬時に測定するという意味が読み取れることからすると、本願明細書等においては、「即時測定」という用語を、狭窄病変の程度を示す指標として一般的に用いられているFFRにおいて行われる上記の血圧測定とは異なることを明確にし、1心周期以上の間継続して測定するものではなく、瞬間の測定(本件測定)であることを示すために用いていると理解することができる。
また、本願明細書等には、P4とP3の2地点の血圧比から、「瞬時圧力の低下を計算することができる」として、その瞬時圧力比の数式として、「R3=P4/P3」との数式が記載されている(段落【0022】、【0023】)ところ、P4、P3は「圧力(血圧)」を意味し(段落【0011】)、「平均Pa」、「平均Pd」(段落【0003】)と区別して使用されており、その平均値を意味するものではないから、上記の瞬時圧力比の計算においては、FFRと異なり、各位置の血圧の平均が測定されるのではなく、瞬間の血圧が測定されており、この点からも、本願明細書等の「即時測定」は、血圧の平均値を測定するのではなく、瞬間の血圧を測定すること(本件測定)であると理解できる』
『(イ)したがって、「即時圧力測定」とは、本件測定を意味し、その測定時間は、1心周期以上の心周期の平均値を測定するために必要な時間ではなく、瞬間的なものであることを意味することは明確である。』(判決文P38-39)

2.取消事由2(進歩性欠如の判断の誤り)について
『(ア)相違点1
血管内の二つの位置の血圧の比の計算において、本願発明は、一つの測定センサによって、瞬間的に各位置の血圧の測定を行い、同測定によって得られた各血圧の比を計算するのに対して、引用発明は、一つ又は複数の測定センサによって、継続して遠位血圧Pdと近位血圧Ppの測定を行い、各血圧の平均値を測定し、同測定によって得られたPdの平均値のPpの平均値に対する比を計算する点。』(判決文P42)
『(3)相違点1の容易想到性について検討する。
ア 前記(2)イ(ア)のとおり、引用発明は、Pdの平均値とPpの平均値の比を計算するものであるところ、本願発明は、各位置における瞬間の血圧を測定し、その比を計算するものである。しかるところ、当業者において、引用文献3に記載された事項から、引用発明の構成について、血管の各位置の瞬間の血圧を測定し、その比を計算するという構成を具備するものとすることを容易に想到できるというべき事情は認められない。
イ 被告は、引用文献3の段落【0073】の「システム1200は、時間平均やその他の信号処理を用いてFFR計算の数学的な変形(例えば、平均、最大、最小、等)を生成できる。」、段落【0096】の「FFR=Pp/Pdであり、PpとPdは平均値、又は他の統計学的表現又は数値表現であってよい」との記載からすると、引用文献3には、引用発明に加えて、Pd及びPpの瞬間的な圧力(収縮期血圧及び拡張期血圧)を求めることが記載されており、FFR計算のPpとPdがPpとPdの最大値(収縮期血圧)又は最小値(拡張期血圧)でもよいことが示唆されているといえるから、Pdの平均値とPpの平均値に代えて、即時圧力測定されたPd及びPpの内の最大値(収縮期血圧)又は最小値(拡張期血圧)を採用することは、引用文献3の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たと主張する。
しかし、被告が指摘する引用文献3の上記各段落のPd及びPpの最大値又は最小値を測定するには、血圧が最大又は最小となるタイミングを特定するために、1心周期以上継続して血圧を測定し続ける必要があるから、この場合の血圧測定は、1心周期以上継続した測定であり、瞬間的な測定ということはできない。したがって、被告の上記主張は理由がない。
ウ 以上によると、その余の点について判断するまでもなく、引用発明及び引用文献3に記載された事項から、本願発明を容易に発明できたとはいえない。』(判決文P43)

[コメント]
明細書を見ると、課題欄に従来のFFRが説明され、FFRの問題点が言及されるわけでもなく、本願課題が抽象化された状態で記載されている。実施形態では、平均とは記載されていないがただ単に圧力と記載されている。圧力の平均値を用いずに瞬間の圧力値同士の比を算出することに対する効果の記載もないように思われる。審決においても出願人の説明に対する合議体の意見の記載がない。このような状況から推測すると、審査・審判段階では、本願発明の特徴及びその効果が理解されず、拒絶すべき審決がなされたと考えられる。
判決文において原告が効果を主張しているが、裁判所の判断では言及がない。FFRの技術常識を考慮して構成の相違を認定し容易想到性が判断されているが、妥当と考えられる。
以上
(担当弁理士:坪内 哲也)