審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10114号「有機物質由来の揮発性有機化合物の吸着」事件

名称:「有機物質由来の揮発性有機化合物の吸着」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10114号 判決日:平成31年4月18日
判決:請求棄却
特許法29条1項、2項
キーワード:新規性、進歩性、周知技術
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/621/088621_hanrei.pdf

[概要]
引用文献1には、引用発明が使用される環境の酸素濃度に関する記載はないが、本願の優先日当時の周知技術に照らすと、引用文献1に接した当業者においては、引用発明のパラジウムドープされたZSM-5について、青果物の呼吸作用を抑制するとともに、有機物質由来の揮発性有機化合物であるエチレンをより効率的に除去するために、最適な貯蔵酸素濃度(最小酸素濃度)の環境で使用することの動機づけがあるものと認められるため、本願発明は進歩性を有しないと判断した事例。

[事件の経緯]
原告は特願2015-164024号の出願人である。
原告が、本件特許出願について拒絶査定不服審判請求(不服2017-10094号)をしたところ、特許庁が、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願発明]
下記に示す請求項1に係る発明を「本願発明1」という。
[請求項1]
パラジウムドープされたZSM-5の使用であって、
有機物質由来の揮発性有機化合物(VOC)を吸着するものであり、
前記ZSM-5のSi:Alの比が、100:1以下であり、
前記パラジウムドープされたZSM-5が、1vol%、2vol%、3vol%または4vol%の酸素を含む環境で使用される、パラジウムドープされたZSM-5の使用。

[取消事由]
本願発明の新規性の判断の誤り(取消事由1)
本願発明の進歩性の判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断]
(取消事由1)
『ケ 周知技術について
前記アないしクの記載事項を総合すると、本願の優先日(平成21年7月2日)当時、①青果物を低酸素状態で保存(CA貯蔵やMA貯蔵)することによって、青果物の呼吸作用を抑制し、雑菌の繁殖による腐敗劣化を抑制することができるため、鮮度維持効果があり、また、低酸素状態において吸着剤を用いてエチレンを除去することで、青果物の輸送や貯蔵時における熟成を防止できること、②一方で、青果物の呼吸活性が最小となる貯蔵酸素濃度を下回ると、青果物の呼吸が好気呼吸から嫌気呼吸に変わり、アルコール発酵によってエタノールが蓄積され、異臭の原因となるなどの低酸素障害が発生するため、青果物には最適な貯蔵酸素濃度(最小酸素濃度)が存在すること、③青果物のCA貯蔵における最適な貯蔵酸素濃度は、青果物の種類、品種、収穫時期(熟度)、貯蔵温度等によって異なるが、通常は、2~5%(前記ア、キ及びク)であることは、周知であったものと認められる。』
『(4) 本願発明と引用発明の同一性について
ア 前記(2)ウ(ウ)認定のとおり、引用文献1には、「例5」の「気密容器」中の酸素濃度はもとより、引用発明が使用される環境の酸素濃度に関する記載はない。
また、前記(2)ウ(イ)認定のとおり、引用文献1の図4の「CO2-吸着剤なし」及び「CO2と吸着剤」のCO2濃度の経時的増加は、「気密容器」中の酸素が呼吸(好気呼吸)により消費され、二酸化炭素が増加していることを示すものといえるが、一方で、上記CO2濃度が大気中の酸素濃度の割合(20.95体積%)を超えて増加しているのは、「気密容器」中の酸素が消費し尽くされた後に嫌気呼吸を開始したことによるものと考えられるから、「例5」の「気密容器」中の酸素濃度は、前記(3)の青果物のCA貯蔵における最適な貯蔵酸素濃度の範囲(通常は2~5%)に一時的に達したとしても、これを維持しているものと認めることはできない。
以上によれば、引用文献1には、引用発明のパラジウムドープされたZSM-5が「1vol%、2vol%、3vol%または4vol%の酸素を含む環境」で使用されること(相違点に係る本願発明の構成)が開示されているものと認められないから、本願発明は引用発明(引用文献1に記載された発明)と同一の発明であるものと認めることはできない。』

(取消事由2)
『ア 引用文献1には、引用発明が使用される環境の酸素濃度に関する記載はない。
一方で、引用文献1には、引用発明は、「先行技術で開示されている方式よりも該ガスをより効率的に吸着することにより、常温で、有機商品、例えば食品を冷却または冷蔵して貯蔵寿命を延長する温度で、有機物質に由来するVOCを除去することができる」(【0006】)有機物質由来の揮発性有機化合物の除去方法を提供することを目的とするものである旨の開示がある。
そうすると、前記1(3)ケ認定の本願の優先日当時の周知技術に照らすと、引用文献1に接した当業者においては、引用発明のパラジウムドープされたZSM-5について、青果物の呼吸作用を抑制するとともに、有機物質由来の揮発性有機化合物であるエチレンをより効率的に除去するために、最適な貯蔵酸素濃度(最小酸素濃度)の環境で使用することの動機づけがあるものと認められる。
そして、青果物のCA貯蔵における最適な貯蔵酸素濃度は、通常は、2~5%であることは、本願の優先日当時周知であったこと(前記1(3)ケ)に照らすと、当業者は、引用発明が使用される環境の酸素濃度の範囲を「1vol%、2vol%、3vol%または4vol%」(相違点に係る本願発明の構成)に含まれる構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。』
『(イ)また、原告は、甲17の記載事項によれば、低酸素貯蔵環境は、単に酸素による品質劣化を抑えるのみでなく、低酸素障害による品質の劣化と隣り合わせの技術であること、バナナ、トマトについては、酸素濃度が1~5%(3%付近)において呼吸活性が最小となり、この付近の濃度において呼吸が好気呼吸から嫌気呼吸へ切り替わり、異臭、変色などの低酸素障害による劣化が生ずることを理解できることからすると、果物や野菜の品質を長持ちさせることを目的とするのであれば、低酸素障害による異臭の発生が懸念される保存条件は、当然に避けることになるから、引用発明において、相違点に係る本願発明の構成(「1vol%、2vol%、3vol%または4vol%の酸素を含む環境」で使用)とすることには阻害要因がある旨主張する。
しかしながら、引用文献1に接した当業者において、引用発明に本願の優先日当時の前記1(3)ケ認定の周知技術を適用して、最適な貯蔵酸素濃度(最小酸素濃度)の環境で使用することの動機づけがあることは、前記ア認定のとおりである。そして、甲17には、「多くの青果物では呼吸が嫌気呼吸へ変わることを避けるために、CA貯蔵やMA貯蔵の貯蔵酸素濃度は、最低1~3%が必要であるとされている。一般的に、植物細胞では酸素濃度が0.2%を下回ると、代謝が好気代謝から嫌気代謝へと変化する。」、「追熟処理バナナやトマト果実でも同様に3%O2で呼吸活性が最小となり、異臭が認められた1%O2では増加に転じるという傾向を示した(図3)。」(前記1(3)カ(ア)及び(ウ))との記載があることに照らすと、甲17の記載から、酸素濃度が「1~5%(3%付近)」の場合に直ちに好気呼吸から嫌気呼吸へ切り替わるものと理解することは困難であり、また、少なくとも3vol%または4vol%の酸素を含む環境とすることに阻害要因があるとはいえない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。』

[コメント]
本願発明の進歩性否定の際の主引例となった引用文献1は本願出願人(海外出願人)が出願した先行文献であり、本願明細書にもその内容が記載されている。このような実情を考慮すると、引用発明と本願発明1との相違点に基づき、本願発明の進歩性は認められるものと本願出願人が判断していたと推察できる。しかしながら、両者の課題が共通し、かつ相違点に関し多くの周知技術が認定されていることを考慮すると、本願出願人のかかる判断は日本の進歩性判断基準に合わないと言わざるを得ないのではないかと思われる。海外出願人が後日に改良発明を出願する場合、せめて先願が公開される前に出願することを促すなどの工夫が海外出願人の代理人には必要と思われる。

以上
(担当弁理士:山下 篤)