審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10073号「インクカートリッジICチップ」事件

名称:「インクカートリッジICチップ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10073号 判決日:平成31年2月7日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文: http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/440/088440_hanrei.pdf

[概要]
本願発明は、発明の詳細な説明の記載及び本願出願日当時の技術常識により発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり、本願発明に係る特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号(サポート要件)に適合するものとは認められないと判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、本願(特願2013-185729)に係る発明について、拒絶査定不服審判請求を行い、同時に特許請求の範囲を補正する手続補正書を提出した。特許庁が、上記請求を不服2015-19608号事件として審理を行い、拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。

[本願発明]
【請求項1】
A インタフェースユニットと制御ユニットを含むインクカートリッジICチップであって、
B 前記インタフェースユニットがイメージング装置に電気的に接続されており、イメージング装置から送られる光制御指令の受信に用いられ、前記光制御指令は発光指令と消光指令を含み、前記発光指令はインクカートリッジICチップ上の発光ユニットを発光させるのに用いられ、
C 前記制御ユニットは、前記インタフェースユニットが光制御指令を受信したときに、インクカートリッジICチップの状態に応じて当該光制御指令を実行するかどうかを制御するのに用いられ、
D 前記インクカートリッジICチップの状態は、実行可能な状態と実行不可能な状態とを含むことを特徴とする
E インクカートリッジICチップ。

[取消事由]
サポート要件の判断の誤り

[原告の主張]
審決は、「発光指令を受信したときに、インクカートリッジICチップが実行可能な状態にある場合、発光ユニットを発光させる」ことを請求項1に発明特定事項として追加しなければ課題を解決できないとしたが、上記のとおり、請求項1には、実行可能状態で光制御指令のうち発光指令を受信したときに、発光指令の実行により発光ユニットが発光することが記載されているから、審決の上記認定は誤りである。
本願明細書の【0099】の実施例は、「制御ユニットは発光標識部が実行不可能な状態にあると判断したときに、インクカートリッジICチップをロックし、どんな消光指令でも受信又は処理しないようにする。」というものであって、請求項1記載のとおり、「実行不可能な状態」であれば「消光指令」を実行しないことになる。このように、「実行不可能な状態」における「消光指令」に対する請求項1記載の制御処理も、発明の詳細な説明にサポートされているといえる。

[被告の主張]
「制御ユニット」がインクカートリッジICチップの状態である「実行可能な状態」と「実行不可能な状態」における、「光制御指令」を実行するかどうかの応じ方、及び、「制御ユニット」がインクカートリッジICチップの状態である「実行可能状態」と「実行不可能な状態」に応じて、「光制御指令」を実行する対象が特定されていないことから、インクカートリッジICチップの実行可能な状態に、必ず、発光指令を実行させるものとはいえない。
また、本願発明1について、その記載(文言)から、当業者が技術常識を参酌すると、「インクカートリッジICチップの状態」が「実行可能な状態」であれば、「光制御指令」を受信した際に「光制御指令」を実行し(「光制御指令」が「発光指令」であれば発光ユニットを発光させ、「光制御指令」が「消光指令」であれば発光ユニットを消光させる。)、「インクカートリッジICチップの状態」が「実行不可能な状態」であれば、「光制御指令」を受信した際に「光制御指令」を実行しない(「光制御指令」が「発光指令」であれば発光ユニットを発光させず、「光制御指令」が「消光指令」であれば発光ユニットを消光させない。)という解釈の余地がある。
しかし、本願明細書の【0084】の実施例では、光制御指令として「消光指令」を受信した際には、インクカートリッジICチップの状態に応じることなく(インクカートリッジICチップの状態が「実行可能な状態」であるか「実行不可能な状態」であるかにかかわらず)、「消光指令」を実行し、発光ユニットを消光させており(手順502~503)、「インクカートリッジICチップの状態」が「実行不可能な状態」であれば、「光制御指令」として「消光指令」を受信した際に「光制御指令」を実行しない、すなわち、発光ユニットを消光させないというものではない。
加えて、本願明細書の【0095】の実施例にも、インクカートリッジICチップの状態が「実行不可能な状態」にある場合において光制御指令として「消光指令」を受信した際には、発光ユニットを消光させるという制御方法が記載されており(手順1002~1003)、本願明細書に記載された本願発明1の実施例として「光制御指令」がインクカートリッジICチップの状態が「実行不可能な状態」であっても、「光制御指令」が実行されるものが記載されているということができる。
そうすると、原告主張のとおり、本願明細書の【0084】の実施例において、インクカートリッジICチップの状態が「実行可能な状態」にある場合、光制御指令として「発光指令」を受信した際に発光ユニットを発光させるということが記載されているとしても、本願発明1において、「インクカートリッジICチップの状態」が「実行可能な状態」であれば、「光制御指令」を受信した際に「光制御指令」を実行し、「インクカートリッジICチップの状態」が「実行不可能な状態」であれば、「光制御指令」を受信した際に「光制御指令」を実行しないという解釈が当然に成り立つものではない。
以上のとおり、本願発明1においては、「インクカートリッジICチップの状態」における「実行可能な状態」という文言から、直ちに、光制御指令を受信した際に光制御指令を実行するものであると解釈できるとはいえず、同様に、「実行不可能な状態」という文言から、直ちに、光制御指令を受信した際に光制御指令を実行しないものであると解釈できるとはいえないから、「インクカートリッジICチップの状態」における「実行可能な状態」又は「実行不可能な状態」と、光制御指令を実行すること又は光制御指令を実行しないこととの対応関係が、本願発明1において特定されているということはできない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『 ウ 本願発明1は、インクカートリッジICチップに関し、前記イのようなインクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことを課題とする(【0001】、【0006】)。
(3) 前記1によると、「課題を解決するための手段」欄のインクカートリッジICチップに係る記載(【0007】~【0009】)には、本願発明1に含まれるインクカートリッジICチップの構成が記載されているが、このようなインクカートリッジICチップの構成とすることにより、前記(2)ウのインクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことができる理由については何らの記載も示唆もなく、当業者が本願出願日当時の技術常識に照らしても、上記記載のみによって、本願発明1の課題を解決できると認識できるものとは認められない。
そこで、実施例の記載を見ると、本願明細書には、具体的な実施例として、少なくともインタフェースユニットと制御ユニットを含み、インタフェースユニットは、イメージング装置に電気的に接続され、イメージング装置から送られる光制御指令の受信に用いられ、前記光制御指令は、インクカートリッジICチップ上の発光ユニットを発光させるのに用いられる発光指令を含み(本願発明1とは異なり、消光指令を含むか否かは明らかでない。)、制御ユニットは、前記インタフェースユニットが光制御指令を受信したときに、インクカートリッジICチップの状態に応じてその光制御指令を実行するかどうかを制御するのに用いられるインクカートリッジICチップにおいて、前記インクカートリッジICチップの状態は、実行可能な状態と実行不可能な状態を含み、前記制御ユニットは、前記インタフェースユニットが発光指令を受信したときに、前記インクカートリッジICチップが実行可能な状態にある場合、前記発光ユニットを発光させるのに用いられる実施例が記載されている(【0016】、【0017】)。この実施例は、発光指令を受信したときに、インクカートリッジICチップが実行可能な状態にある場合には、その発光指令を実行するものであるが、これを含む上記実施例のように構成することにより、前記(2)ウのインクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことができる理由については何らの記載も示唆もなく、当業者が本願出願日当時の技術常識に照らしても、上記実施例の記載のみによって、本願発明1の課題を解決できると認識できるものとは認められない。上記実施例記載のインクカートリッジICチップを用いても、前記(2)ア・イの従来技術と同じ機会に同じインクカートリッジのみが発光するように、発光指令が実行可能な状態において受信される構成では、本願発明1の課題が解決できないことは明らかである。
・・・(略)・・・
さらに、本願明細書には、正対位置検出とそれに引き続く隣接光検出とからなるインクカートリッジ位置検出について、初期状態で発光指令を実行できる状態とされているインクカートリッジICチップにおいて、①インクカートリッジの正対位置検出のために、そのインクカートリッジを発光させる発光指令を受信した場合には、発光指令を実行できる状態に応じて、その発光指令を実行して、そのインクカートリッジを発光させる(発光指令を実行できる状態のその余のインクカートリッジも発光させる。)とともに、そのインクカートリッジを発光させる発光指令を実行不可能な状態とし、②次いで受信する消光指令を実行してそのインクカートリッジを消光し(前記①で発光させたその余のインクカートリッジも消光させる。)、③以後、隣接光検出等のために、発光指令を受信した場合には、実行不可能な状態に応じて、その発光指令を実行しないように制御する実施例が記載されている(【0020】、【0024】、【0084】~【0091】)。上記実施例の記載によると、正対位置検出時に比し、隣接光検出時に一部の隣接インクカートリッジの発光をカットすることにより、正対位置検出時に受光部に届く光の量が条件を満たすようにしながら、隣接光検出時には受光部に光が届かない又はわずかな光しか届かないようにして、イメージング装置の誤報率を減らすことができ、本願発明1の課題を解決できると認識することができる。
そして、本願明細書には、「イメージング装置の種類によっては、そのインクカートリッジの数、インクカートリッジ装着方法、検出順番と検出方法等も異なるため、上記のインクカートリッジ検出に関する説明はあくまでも参考例に過ぎ」ない旨記載されているが(【0092】)、検出順番や検出方法等が異なるイメージング装置について、適切な制御手順を構築する方法についての記載や示唆はないし、上記実施例(【0020】、【0024】、【0084】~【0091】)以外に、前記(2)ウのインクカートリッジ位置の検出過程における誤報率を減らすことができ、本願発明1の課題を解決できると認識することができる実施例は見当たらない。
そうすると、本願明細書に接した当業者は、本願発明1のうち、上記実施例(【0020】、【0024】、【0084】~【0091】)に該当するものについては、本願発明1の課題を解決できると認識するが、本願発明1のうち、その余の構成のものについては、本願発明1の課題を解決できると認識することはできないと認められる。
(4) 本願発明1は、前記第2の2(1)のとおりであり、「前記制御ユニットは、前記インタフェースユニットが光制御指令を受信したときに、インクカートリッジICチップの状態に応じて当該光制御指令を実行するかどうかを制御する」について、「インクカートリッジICチップの状態」である「実行可能な状態」と「実行不可能な状態」のそれぞれに応じて、「光制御指令を実行するかどうか」をどのように制御するのかが特定されておらず、また、「インクカートリッジICチップの状態」の設定や変更についても特定されていないから、上記実施例(【0020】、【0024】、【0084】~【0091】)のものに限定されていないことは明らかである。
そうすると、本願発明1は、発明の詳細な説明の記載及び本願出願日当時の技術常識により発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えるものであり、本願発明1に係る特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号(サポート要件)に適合するものとは認められない。
・・・略・・・
(6) 原告は、本願発明1の制御ユニットは、インクカートリッジICチップが実行可能状態にある際に、発光指令を含む光制御指令を受け付けた場合、これに応じて発光ユニットを発光させる制御を実行し、実行不可能状態にある際に、発光指令を含む光制御指令を受け付けても、発光ユニットの発光を実行しないから、本願明細書の【図8a】~【図8c】、【0087】~【0090】に記載した検出を行うことができ、ひいては「誤報率を減らす」という課題を解決することができることを当業者であれば理解することができるなどと主張する。
しかし、本願発明1の特許請求の範囲の記載が本願明細書の【図8a】~【図8c】、【0087】~【0090】の実施例のものに限定されていないことは、前記(4)認定のとおりであるから、本願発明1は、サポート要件に適合しないものである。
したがって、原告の主張を採用することはできない。』
以上のように判断し、原告の請求を棄却した。

[コメント]
特許・実用新案審査基準第Ⅱ部第2章第2節2.2には、サポート要件違反の類型として「請求項において、発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合」が記載されている。
また、本判決においても、「特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である」と示されている。
明細書作成時には、請求項1に記載の発明の構成のみによって【発明が解決しようとする課題】が解決できるか否かを十分に検討しなければならない。
以上
(担当弁理士:植田 亨)