審決取消請求事件 » 平成30年(行ケ)第10080号「光学情報読取装置」事件

名称:「光学情報読取装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成30年(行ケ)第10080号 判決日:平成31年1月24日
判決:請求棄却
特許法36条6項2号
キーワード:明確性、技術常識
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/269/088269_hanrei.pdf

[概要]
「所定の周波数成分比」、「所定値」との文言が請求項で用いられているとしても、そのことをもって直ちに明確でないとはならず、基本的技術に係る技術文献としての2件の公開特許公報に基づいて認定された技術常識や本願明細書の記載に鑑みれば明確であると判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、本件特許(特許第3823487号)の請求項1に係る発明の特許について、特許無効審判を請求した。特許庁は、上記請求を無効2017-800019号事件として審理を行い、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却し、審決を維持した。

[本件発明]
【請求項1】
A 複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと、
B 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に、当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと、
C 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと、
D D1 前記光学的センサからの出力信号を増幅して、
D2 閾値に基づいて2値化し、
D3 2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、
D4 検出結果を出力するカメラ部制御装置と、
E を備える光学情報読取装置において、
F 前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、
G 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする
H 光学情報読取装置。

[取消事由]
1.取消事由1:明確性要件の判断の誤り
2.取消事由2:実施可能要件の判断の誤り
※以下、取消事由1のみ記載する。

[裁判所の判断]
1.本件出願当時の技術常識について
『 ア ・・・(略)・・・
イ 前記アの記載事項を総合すると、2次元コード読取装置の技術分野においては、本件出願当時(出願日平成9年10月27日)、①「周波数成分比」とは、2次元コードマトリックスに配置された「位置決め用シンボル」(パターン)の中心を横切る(通る)走査線における「白(明)」が連続する長さと「黒(暗)」が連続する長さの比を意味すること、②「位置決め用シンボル」は、同心状に相似形の図形が重なり合う形に形成されており、その中心をあらゆる角度で通る走査線において同じ比率が得られるため、「周波数成分比」は「所定」の比率であること、③「所定の周波数成分比」の「検出」とは、2次元コード読取装置の2次元画像検出手段から出力される画像信号(走査線信号)を2値化した後の走査線信号中から、周波数成分比検出回路によって「所定の周波数成分比」の信号の存在の有無を検出する処理を意味することは、技術常識であったものと認められる。
ウ これに対し原告は、同一出願人が出願した発明に係る2件の公開特許公報(甲5、18)のみから、本件出願当時の技術常識を認定することはできない旨主張する。
しかしながら、甲5(公開日平成8年7月12日)及び甲18(公開日平成7年10月3日)は、マトリックス型2次元コード(いわゆるQRコード)の構成及び読取装置の基本的技術に係る技術文献であるものと認められるから、甲5及び18から、前記イの本件出願当時の技術常識を認定することは妥当である。したがって、原告の上記主張は理由がない。』

2.明確性要件の適合性について
『 ア 構成Dの「所定の周波数成分比」について
(ア) ・・・(略)・・・構成Dの「所定の周波数成分比」は、カメラ部制御装置において、読み取り対象の画像を受光する光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から検出され、その検出結果が出力されるものであるが、請求項1には、「所定の周波数成分比」の値を具体的に規定した記載はない。
次に、本件明細書(甲6、8、乙2の2)には、「所定の周波数成分比」の語を定義した記載はない。一方で、本件明細書の記載事項(【0029】ないし【0031】、図4)によれば、本件明細書には、実施例として、2次元コード読取装置のCCDエリアセンサ41が撮像した2次元画像を水平方向の走査線信号として出力し、カメラ部制御装置50において、これをAGCアンプ52及び補助アンプ56によって増幅し、増幅された走査線信号は2値化回路57によって閾値に基づいて2値化され、周波数分析器58は2値化された走査線信号の内から「所定の周波数成分比」を検出し、その検出結果を画像メモリコントローラ61に出力することの開示があることが認められる。
以上の本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の文言、本件明細書の開示事項及び2次元コード読取装置の技術分野における本件出願当時の技術常識(前記(2)イ)に鑑みると、本件発明の構成Dの「所定の周波数成分比」は、上記技術常識における用語と同義であるものと認められるから、読み取り対象の画像(2次元コードマトリックス)に配置された「位置決め用シンボル」(パターン)の中心を横切る(通る)走査線における「白(明)」が連続する長さと「黒(暗)」が連続する長さの比(「位置決め用シンボル」の中心を通るあらゆる走査線における同一の比率)を意味するものと解される。
したがって、本件発明の構成Dの「所定の周波数成分比」の内容は明確である。
(イ) これに対し原告は、構成Dの「周波数成分比」との文言は一般的な用語ではなく、本件明細書にも、「周波数分析器58は、2値化された走査線信号の内から所定の周波数成分比を検出し」との記載(【0031】)があるのみで、いかなるものが「所定の周波数成分比」であるのか何ら説明がないから、構成Dの「所定の周波数成分比」の記載は、明確であるとはいえない旨主張する。
しかしながら、前記(ア)認定のとおり、本件出願当時の技術常識を踏まえると、構成Dの「所定の周波数成分比」の内容は明確であるといえるから、原告の上記主張は理由がない。

イ 構成Fの「相対的に長く設定し」について
・・・(略)・・・

ウ 構成Gの「所定値」について
(ア)・・・(略)・・・
以上の本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の文言及び本件明細書の記載に鑑みると、構成Gは、「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置すること」によって「射出瞳位置を設定」することを前提とした上で、「露光時間などの調整」により、「光学的センサの中心部においても周辺部においても読取が可能となるように」すること、すなわち、光学的センサの中心部に位置する受光素子から得られた信号を2値化するために用いられる閾値に基づいて、光学的センサの周辺部に位置する受光素子から得られた信号を2値化することが可能であるような強さの光を、周辺部に位置する受光素子が受光できるように、射出瞳位置を設定することを特定したものであることが認められる。
そうすると、構成Gの「所定値」とは、「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより、「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することによって特定される「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比」の値を意味するものと解される。
したがって、本件発明の構成Gの「所定値」の内容は明確である。
(イ) これに対し原告は、構成Gの「所定値」については、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)に規定がなく、本件明細書にも、それがいかなる値を意味するのかの手掛かりとなる記載がないため、本件明細書に接した当業者は、「所定値」がいかなる値であれば本件発明の課題が解決されるのかを理解することができないし、また、中心部に位置する受光素子からの出力信号を2値化するために用いられる「閾値」は明らかにされておらず、「所定値」の値は、特許請求の範囲の記載から一義的に定まるものではないから、構成Gの「所定値」の記載は、明確であるとはいえない旨主張する。
しかしながら、構成Gの「所定値」とは、あらかじめ一律に定められた特定の数値をいうものではなく、「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより、「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することによって特定される「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比」の値を意味するものであることは、前記(ア)認定のとおりである。
また、「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう」絞りの配置をする際に、「露光時間」の「調整」など読取りに際して所与の調整を行うことにより、「光学的センサの中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる」位置に射出瞳位置を設定することは、当業者が適宜考慮して定める設計的事項であるというべきであるから、請求項1に「所定値」の具体的な値が記載されていないからといって、構成Gの「所定値」の内容が明確でないとはいえない。
したがって、原告の上記主張は理由がない。
エ 小括
以上のとおり、構成Dの「所定の周波数成分比」、構成Fの「相対的に長く設定し」及び構成Gの「所定値」の内容はいずれも明確であり、本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるものと認められるから、本件特許は明確性要件に適合する。』

[コメント]
特許・実用新案審査基準第II部第2章第3節2.2には明確性要件違反の5類型が挙げられているが、本件は、「(5)範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合」に該当するかどうかという点が争われた事例である。一般的に、明確性に関する拒絶理由が通知される場合は、この(5)のケースが多いと思われる。本件の場合は、同一出願人が出願した発明に係る2件の公開特許公報が、マトリックス型2次元コードの構成及び読取装置の基本的技術に係る技術文献であると認定された上で、かかる2件の公開特許公報に基づいて認定された技術常識に基づいて、発明が明確であると判断された。
審査基準上においても、「審査官は、範囲を曖昧にし得る表現があるからといって、発明の範囲が直ちに不明確であると判断するのではなく、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮してその表現を含む発明特定事項の範囲を当業者が理解できるか否かを検討する。」と記載されている。単に「所定」という文言が用いられていることをもって不明確であると判断された(と思われる)ような場合には、本願明細書の内容のみならず出願時の技術常識も持ち出して意見書で反論することで、拒絶理由が解消する可能性がある。
広い権利を請求するために、「所定」という文言を用いざるを得ない場合もあるため、このような場合に発明が不明確であると審査官に判断された場合には、必要に応じて文献なども参照しながら技術常識を持ち出して主張することが有効となる可能性があるという点において参考になる。
(担当弁理士:佐伯 直人)