審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10209号「レンズホルダ、レンズ駆動装置、カメラ装置及び電子機器」事件

名称:「レンズホルダ、レンズ駆動装置、カメラ装置及び電子機器」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10209号 判決日:平成30年11月22日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:周知技術の認定、阻害要因、動機付け
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/151/088151_hanrei.pdf

[概要]
審決で認定された周知技術Aと相反する技術事項もまた周知技術Bである、ゆえに周知技術Aを主引用発明に適用するには阻害要因がある、という原告の主張に対し、原告の主張の周知技術Bの根拠文献には、周知技術Aの前提とする技術に関する記載がないため、周知技術Aを主引用発明に適用する際の阻害要因とならない、という理由により容易想到性を認め、原告による審決取消請求を棄却した事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2015-224624号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-12651号)を請求するとともに、特許請求の範囲等を補正する手続補正を行ったところ、特許庁(被告)が、補正却下決定をするとともに請求不成立の拒絶審決をした。原告は、審決の取消しを求めて訴えを提起した。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願補正発明]
【請求項1】
上下方向に所定の長さを有し、外周にコイルが巻回される、ボイスコイルモータ方式のレンズ駆動装置におけるレンズホルダであって、
前記レンズホルダの外周壁から径方向で外側に向かって突出し、前記レンズホルダの外周に巻回されるコイルの下部側の高さ位置を位置決めする鍔部と、
前記レンズホルダの外周壁から径方向で外側に向かって突出する突起部と、を有し、前記突起部が前記コイルの上部側の高さ位置を位置決めし、
前記鍔部は前記突起部と対応する位置に設けた切欠き部と前記切欠き部以外の鍔部本体部分とを有し、
前記突起部と前記鍔部本体部分との前記レンズホルダの周方向における位置は、光軸方向から見たときに前記突起部は前記鍔部本体部分と重なっている部分がなく、前記コイルが巻回された際に前記コイルが前記突起部及び前記鍔部本体部分の両方に挟まれている部分が存在しない位置になっている
ことを特徴とするレンズホルダ。

[原告の主張](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1 -周知技術の認定に関する
2.取消事由2 -新規性判断に関する
3. 取消事由3 -進歩性判断の論理付けに関する

以下、取消事由1、3について記載する。
1.取消事由1(周知技術の認定)について
審決は、「引用発明のように、・・・(略)・・・場合に、前記所定の方向に移動する二つの金型だけで成型できるように、前記所定の方向から見て、前記二つの異なる位置に設けた突出部分が、重ならないように設計すること」(審決15頁6~11行。以下「周知技術A」という。)のみを「周知技術」と認定しているが、この認定は妥当性を欠く。

本願発明と同一の技術分野で、本願発明と同様のレンズ駆動装置におけるレンズ保持部材を、樹脂を用いて型により一体成型する際、「所定の方向(すなわち、高さ方向〔光軸方向〕)における二つの異なる位置に、該方向に交差して突出する部分を形成する際、前記二つの異なる位置に設けた突出部分が、前記所定の方向(すなわち、高さ方向〔光軸方向〕)から見て、重なっている設計にすること」(以下「周知技術B」という。)も、この技術分野で普通に行われていたことであり、周知技術の一つであると認められる。
したがって、本来であれば、これら両方の周知技術を踏まえて判断すべきであるにもかかわらず、審決は、周知技術Aのみを「周知技術」と認定し、これを「技術常識」としているのであるから、周知技術の認定を誤っていることは明らかである。

2.取消事由3(進歩性判断の論理付け)について
引用例の【0027】の記載に接した当業者が周知技術Aの適用を試みることについては阻害要因が存在する。
しかも、周知技術Aが存在しているにもかかわらず、甲16ないし19のいずれの出願人(当業者)も周知技術Aを採用せず、各刊行物に記載されている周知技術Bを採用し続けていたということは、その阻害要因がいかに大きかったかを物語る。
審決の論理付けは、かかる阻害要因があるにもかかわらず、周知技術Bに一切の注意を払わずに容易想到性を認めたものであって、妥当性を欠く。
また、審決は、「コイル線を整列巻きしやすい」という効果は、「容易推考してなる一体レンズホルダが奏する効果にすぎない」と認定しているが、「レンズホルダへのコイルの整列巻きを容易に行うことを可能にし、なおかつ、レンズホルダに巻回したコイルがガタつくことを抑制できるレンズホルダを提供する」という本件補正発明の目的は、引用例には記載されていない。
審決の論理付けは、このように、引用例に記載されていない、本件補正発明特有の作用・効果を、本件明細書の記載に基づいて認識した上で、引用例に記載されている先行技術の内容を「理解」しようとする「後知恵」であって、妥当性を欠く。

[被告の主張](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1(周知技術の認定)について
審決において、周知技術Aを取り上げ、周知技術Bを取り上げなかったからといって、周知技術についての認定に誤りがあることにはならない。

2.取消事由3(進歩性判断の論理付け)について
周知技術Bは、コストに対する要求が低いときに適用が検討される技術であるといえる。
そして、周知技術Bを心得た当業者が引用例に接したならば、引用発明は、かかる周知技術Bよりも、「規制」や「正確」の程度が緩く、また、製造コストの低減や製造の容易性にも目を向けたものと理解する。
そうしてみると、引用発明のレンズホルダ10を製造する際に、周知技術Bが存在したとしても、当業者が周知技術Aを適用することに阻害要因はない。
引用発明の「突起部11b」A及び「11b」Bはいずれも切欠きを有するものであるから、引用発明におけるコイル12の光軸方向への移動が規制され、巻線範囲が正確に決定されるとは、突起部に切欠きがあっても達成される程度のものである。
コイルの移動が規制され、突起部11bによって巻線範囲が正確に決定されるのであれば、光軸方向で上下の突起部が、光軸方向で重ならない位置に形成されるか重なる位置で形成されるかにかかわらず、光軸L方向へのコイルの移動が規制され、コイルは、両突起部によって巻線範囲が正確に決定されることとなるから、原告が主張するような阻害要因はない。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.取消事由1(周知技術の認定)について
『樹脂材料を一体成型により構造物を製造する際に、金型を用いること、及び、製造コストの観点から開閉する二つの金型だけで成型できるように、構造物を構成する部材が開閉方向から見て重ならないように設計すること(周知技術A)は、本願の優先日において周知の技術であったといえる。』(他方、原告の主張する周知技術Bの認定について、以下の理由により、言及していない。)

2.取消事由3(進歩性判断の論理付け)について
『原告は、阻害要因に関する事情として、甲16ないし19のいずれの出願人(当業者)も周知技術Aを採用していないことも主張するが、そもそもこれらの文献に記載されているレンズ保持部材が樹脂による一体成型を前提としているかは定かでない(レンズ保持部材は、必ずしも樹脂による一体成型によらなければ製造できないものではない)というべきであるから、原告主張の点は、周知技術Aの適用に関して阻害要因の存在やその大きさを示す事情とはならない。』
『引用例に接した当業者は、このようにコイルの移動が規制されるのであれば、光軸方向で上下の突起部が、光軸方向で重ならない位置に形成されるか、重なる位置で形成されるかにかかわらず、光軸L方向へのコイルの移動が規制され、コイルは両突起部によって巻線範囲が正確に決定されると理解するから、審決認定の周知技術(周知技術A)の適用に阻害要因があるとは認められない。』
『審決は、当業者であれば、引用発明に周知技術Aを適用して本件相違点に係る本件補正発明の構成を具備することは容易にできたと結論付けた上で、効果の点について言及しているにすぎず、この点を容易推考であることの論理付けとして直接用いているわけではない(予想外の効果、顕著な効果が認められるわけではないことを指摘する趣旨にすぎない)と解されるから、原告の上記主張は失当である。』

[コメント]
本事件では、相反する二つの技術事項が共に周知技術であり、一方の周知技術(周知技術B)の存在が、他方の周知技術(周知技術A)の主引用発明への適用を阻害すると主張した原告に対し、裁判所は、周知技術Bの根拠とされる文献の前提が、周知技術Aの前提と一致しているか、「定かでない」として、周知技術Aの主引用発明への適用を阻害しないと判断した。そして、周知技術Bの成立については言及しなかった。
相違点にかかる構成に対し、一見して、相反する二つの周知技術がそれぞれ成立し、適用し得ると感じた場合には、該二つの技術がそれぞれ周知技術といえるか否かを考察するだけでなく、それぞれの周知技術の証拠となる文献について前提技術を含めて深く考察し、二つの技術が真に相反し、一方の周知技術の存在が他方の周知技術の主引用発明への適用を阻害するか否か、を確認する必要がある。

以上
(担当弁理士:赤尾 隼人)