審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10212号「黒ショウガ成分含有組成物」事件

名称:「黒ショウガ成分含有組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10212号 判決日:平成30年10月11日
判決:請求棄却
特許法29条2項、36条6項1号
キーワード:進歩性、サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/049/088049_hanrei.pdf

[概要]
黒ショウガに含まれるポリフェノールの量は1%にも満たないこと等を理由に、黒ショウガにおけるポリフェノール類特有の課題が当業者に認識されていたとは認められず、構成自体が容易に推考できないとして、進歩性の要件充足性を認めた審決を維持した事例。
「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の全部を特定のコート剤で被覆する構成を有する訂正発明は、具体的なコート剤の量が記載されていなかったとしても、明細書や技術常識を踏まえると、その課題が解決できると認識するとして、サポート要件の充足性を認めた審決を維持した事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第5569848号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800007号)を請求し、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決(第一次審決)をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、第一次審決を取り消す旨の判決(前訴判決)をし、その後、前訴判決は確定した。
特許庁において、上記無効審判の審理が再開され、被告が訂正(本件訂正)を請求したところ、特許庁が、本件訂正を認めた上、本件審判請求は成り立たない、との審決(本件審決)をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件訂正発明1]
【請求項1】
黒ショウガ成分を含有する粒子を芯材として、その表面の全部を、ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤にて被覆したことを特徴とする組成物。

[取消事由]
1 進歩性に関する判断の誤り(取消事由1)
2 サポート要件に関する判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 取消事由1(進歩性に関する判断の誤り)について
(1) 本件審決は、①相違点に係る構成自体は推考容易である(置換可能であること自体は当業者が想起し得る)とした上で、②本件訂正発明の効果は当業者が予測し得ない格別顕著なものであるという理由で、本件訂正発明の進歩性を肯定した。しかし、仮に上記①の容易推考性が認められなければ、上記②の効果の顕著性について判断するまでもなく、そもそも本件訂正発明について進歩性が認められるべき筋合いのものということになるから、まず、上記①の点の判断、すなわち、相違点に係る構成自体は推考容易であるとの判断の是非について検討する。
(2) 呈味に関する技術課題からの検討
ア 本件審決は、構成が推考容易であることの理由中で、「黒ショウガにはポリフェノールが含まれ、このポリフェノールは一般的には一定程度の苦味を有する」との原告主張を前提とする限り、と説示しており、上記①の判断がかかる原告の主張を前提としていることは明らかである。
したがって、本件優先日における技術常識として、原告主張の前提事実が認められるかどうか、すなわち、本件優先日において、黒ショウガがポリフェノール類特有の(ポリフェノール類に由来する)渋みや苦みを有することを当業者が認識していたといえるか否かが問題になる。
・・・(略)・・・
エ 以上からすると、本件優先日当時、黒ショウガにポリフェノールが含まれること(甲2)や、ポリフェノールそれ自体は特異な苦みや渋みを有する物質であること(甲32)は公知であり、また、植物体の根茎が根茎特有の渋みや苦みを有すること(甲33)も公知であって、ウコンと同様に、植物体の根茎の一つである黒ショウガも根茎特有の渋みや苦みを有することは当業者が認識していたと認められる(なお、甲30、31、34、35等が示す黒ショウガの苦みや渋みも、甲33と同様に根茎特有のそれを示していると認められる。したがって、これらの証拠は、仮に参酌するとしても、技術常識として黒ショウガがポリフェノール類特有の渋みや苦みを有するということまで認められることの根拠にはならない。)。
しかしながら、他方で、前記のとおり、黒ショウガに含まれるポリフェノールの量は1%にも満たないとされていることや(乙5)、黒ショウガが長期にわたり人間に摂取され、風味に関して難点が少ないと評価されていたこと(甲1)からすると、黒ショウガが、甲3及び甲32に示されるような食品用途での利用に制限を受けるほどの量でポリフェノール類を含んでいるとは認められず、そうだとすれば、本件優先日当時、当業者が、黒ショウガに関し、ポリフェノール類特有の(ポリフェノール類に由来する)特異な苦みや渋みを有するものとまで認識していたとは認められない。
そして、このことは、甲3において、ポリフェノール類を含有する植物体として黒ショウガはもちろん、ショウガやウコンすら例示されていないことや、実施例1及び2において、市販のポリフェノール製剤の原料となっているのは、いずれも黒ショウガ(1%未満)と比べてポリフェノール含有量が格段に高い、茶やブドウ種子である(乙28及び29によれば、茶のポリフェノール含有量は10~18%程度、ブドウ種子のポリフェノール含有量は5%程度であると認められる。)ことからも裏付けられる。
オ 以上によれば、本件優先日当時、黒ショウガが、甲3発明の技術課題にあるようなポリフェノール類特有の(ポリフェノール類に由来する)渋みや苦みを有する植物体に該当すると当業者に認識されていたとは認められないから、この点をもって技術課題が共通であるとか、引用発明中の示唆があるということはできない。
・・・(略)・・・
(4) 以上のとおり、本件優先日当時、黒ショウガが、ポリフェノール類特有の渋みや苦みを有し、食品用途での利用に制限を受けるような植物体に該当すると認識されていたとの前提自体が採用できず(したがって、かかる前提に基づく原告の主張も採用できない。)、また、黒ショウガに含まれるポリフェノールについて安定性に係る技術課題が存在したとも認められない。さらに、甲3には、ナタネ油を含むコート剤の被覆という技術的手段により、当該コート剤の被覆がない場合と比較して、ポリフェノール類を効果的に体内に吸収できるという効果を奏することも記載されていない。
加えて、前記のとおり、黒ショウガに含まれるポリフェノールの量は1%未満であるから、黒ショウガを甲3発明に適用すると、油脂や多価アルコール脂肪酸エステル等が配合される結果、ポリフェノール類製剤に含まれるポリフェノール類は微量となり、甲3発明にいうポリフェノール類製剤としての用をなさない可能性も考えられる(甲3【0012】参照)。
そうすると、甲3発明の「茶ポリフェノール粒子」に代えて、甲2に記載された「黒ショウガ粉末を含有するキサンチンオキシダーゼ阻害剤であって、フラボノイドを有効成分とし、当該有効成分を経口摂取するもの」や、甲1に記載された「冷え性改善用の黒ショウガの根茎加工物、抽出物、黒ショウガ搾汁液及び/または黒ショウガ搾汁液の抽出物の乾燥粉末」を適用する動機付けがあるとはいえず、本件訂正発明1の構成を、甲3発明及び甲1ないし7に記載された技術的事項並びに本件優先日の技術常識に基づき、当業者が容易に想到し得たということはできない(本件訂正発明1の発明特定事項の全てを含む本件訂正発明2についても同様である。)。
したがって、本件訂正発明は、甲3発明との対比の観点からは、そもそも効果の顕著性について検討するまでもなく進歩性が認められるべき筋合いのものであったといえる。』

『4 取消事由2(サポート要件に関する判断の誤り)について
原告は、①前訴判決は、コート剤による被覆の量や程度が不十分である場合においても本件発明の課題を解決できることが示されているとはいえないとして、本件発明がサポート要件に適合しないと判断しているところ、「黒ショウガ成分を含有する粒子」の表面の全部を僅かな量のコート剤で被覆する態様もコート剤による被覆の量が不十分である場合の一態様であることは自明であるから、たとえ前訴判決にこの態様についての記載がなかったとしても、サポート要件違反を認めた前訴判決の拘束力が及ぶ、②仮に前訴判決の拘束力が及ばないとしても、本件明細書には、「黒ショウガ成分を含有する粒子」を「ナタネ油あるいはパーム油を含むコート剤」で被覆したことによって黒ショウガ成分に含まれるポリフェノール類の体内吸収性が高まる結果をもたらすはずである当該「コート剤」の量が記載されていないから、本件訂正発明はサポート要件に適合していない、などと主張する。
しかしながら、上記①の点について、黒ショウガ成分を含有する粒子が、その表面の全部についてコート剤で被覆されている場合は、表面の一部がコート剤で被覆されている場合と異なり、相当程度の被覆量でコート剤が用いられることは当業者が理解するところである(例えば、乙35の別紙1、2で示される油脂でコーティングされた健康食品では、全体量の17~22%、別紙8の健康食品では7~13%で油脂が用いられている。)から、そもそも、表面の全部をコート剤で被覆する態様は、コート剤の被覆の量や程度が不十分である場合には該当しない。したがって、「表面の全部を僅かな量のコート剤で被覆する態様」なるものを想定して、本件訂正発明にも前訴判決の拘束力が及ぶとする原告の主張は、その前提自体が失当である。
上記②の点についても、表面の全部がコート剤で被覆された黒ショウガ粒子が、本件発明(本件訂正発明)の課題を解決できることは、実施例1及び2、比較例1の結果から明らかであるといえる。
すなわち、本件明細書の実施例(【0044】~【0054】、表1及び図1)には、実施例1として、パーム油でコートした黒ショウガの根茎の乾燥粉末(黒ショウガ原末)をコーン油と混合して150mg/mLとし、懸濁することにより調製した被験物質(実施例1被験物質)、実施例2として、黒ショウガ原末をナタネ油でコートした以外は、実施例1と同様にして調製した被験物質(実施例2被験物質)、及び比較例1として、黒ショウガ原末をコートすることなくコーン油と混合して150mg/mLとし、懸濁することにより調製した被験物質(比較例1被験物質)を、それぞれ、6週齢のSD雄性ラットに、10mL/kgとなるように、ゾンデで強制経口投与し、投与の1、4、8時間後(コントロールはブランクとして投与1時間後のみ)に採血して、血中の総ポリフェノール量を測定したところ、実施例1被験物質及び実施例2験物質を摂取した群の血中ポリフェノール量は、いずれも比較例1被験物質を摂取させたものに比べて高い値を示したことが記載されている。
コート剤の被覆量についても、油脂の含有量に応じて適宜調整することができ、特に制限されることはないが、黒ショウガ成分を含有する粒子100重量部に対し、1~50重量部とすることが好ましい旨が、本件明細書に記載されている(【0033】)。そして、粒子の表面の全部がコート剤で被覆されている場合は、表面の一部がコート剤で被覆されている場合と異なり、相当程度の被覆量でコート剤が用いられることは前記のとおりであり、この点は技術常識であるといえる。
これらの本件明細書の記載や技術常識を踏まえると、当業者は、たとえ本件明細書に具体的な「コート剤」の量が記載されていなかったとしても、本件訂正発明はその課題が解決できると認識するものと認められる。
以上によれば、サポート要件違反の無効理由を認めなかった本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。』

[コメント]
前訴判決では、訂正前の請求項1において、黒ショウガ成分を含有する粒子の表面の「一部」をコート剤にて被覆する態様も明確に規定しており、表面の僅かな部分という極端な状態であっても、本件明細書の記載及び技術常識から、本件発明の課題を解決できることが認識できなければサポート要件に適合しないと判断された。
本件訂正発明1では、黒ショウガ成分を含有する粒子の表面の「一部」については削除し、該表面の「全部」をコート剤にて被覆する構成となった。原告は、表面の全部を僅かな量のコート剤で被覆する態様や、効果をもたらすための「コート剤」の量が明細書に記載されていないことを問題視して、サポート要件の非充足を争ったが、油脂コーティングに関する技術常識を示す証拠や、これらの証拠と、明細書の記載との整合性から、たとえ本件明細書に具体的な「コート剤」の量が記載されていなかったとしても、本件訂正発明はその課題が解決できると認識し、サポート要件を満たすと判断された。
一方、進歩性に関しては、構成自体の容易推考性が論点となった。甲3発明は、高濃度のポリフェノールを含有する製剤(茶ポリフェノール粒子等)において、ナタネ油を含むコート剤にて被覆する技術であり、黒ショウガ中にもポリフェノールが含まれるため、甲3発明と課題が共通し、甲3発明において茶ポリフェノール粒子を黒ショウガに置換することは容易であると、原告は主張していた。
しかしながら、黒ショウガに含まれるポリフェノールの量は1%にも満たないことや、長期摂取の事実等から、食品用途での利用に制限を受けるほどの量でポリフェノール類を含んでいるとは認められず、ポリフェノール類特有の課題が当業者に認識されていたとは認められなかった。
黒ショウガにおけるポリフェノール類特有の課題を示す証拠について、原告は、ウェブページに基づく主張も行っていたが、各ウェブページの作成日や公開日が明記されておらず、各記載が本件優先日より前からウェブサイト上で公開されていたこと、すなわち、各記載内容が本件優先日より前から公知であったことを裏付ける的確な証拠がないから、本件優先日当時の技術常識を示すものとは認められないと裁判所は判断した。
ウェブページの作成日や公開日については、近年の知財訴訟でも問題となっている。例えば、平成28年(行ケ)第10092号(分散組成物及びスキンケア用化粧料事件)では、証拠とされたウェブページの日付について、Wayback Machineによる日付の認定を主張している。ウェブページを含め、証拠の作成日や公開日が確定できるかどうかを判断したうえ、訴訟準備を進めていくことが重要である。
以上
(担当弁理士:春名 真徳)