審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10171号「炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」事件

名称:「炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10171号 判決日:平成30年9月19日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、動機付け
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/990/087990_hanrei.pdf

[概要]
炭酸ランタン水和物(3~6水和物)を含有する医薬組成物の発明について、炭酸ランタン1水和物を開示する甲1文献に基づいて、水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定できないとして、容易想到と判断された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第3224544号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし8に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800111号)を請求した。特許庁は、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明1]
【請求項1】
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって、以下の式:
La₂(CO₃)₃・xH₂O{式中、xは、3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを、医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。

[審決]
甲1発明の炭酸ランタン1水和物を3~6水和物に置換することについての記載も示唆もない。
請求人提出の甲10及び甲11には「多形」に関する検討が多く行われていたことが記載されているが、ここでいう「多形」とは同じ化学組成を持ちながら結晶構造が異なり、別の結晶形を示す現象又はその現象を示すものをいうところ、水和水の数が異なる水和物は、互いに化学組成が異なり、甲10及び甲11にいう「多形」には含まれないから、甲10及び甲11に接した当業者が水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。

[取消事由]
1 取消事由1-1(進歩性に関する認定の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
取消事由1-1について
『(4)相違点1の容易想到性の有無について
ア 甲1には、慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤、特に生体に適応して有効な固定化剤」の発明として、「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤」が開示され、その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは、前記(2)イのとおりである。
前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照らすと、甲1に接した当業者においては、甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について、リン酸イオン除去率がより高く、溶解度、溶解速度、化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて、水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。
そして、当業者は、乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより、甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を、水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は、前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから、誤りである。
・・・(略)・・・
(5)本件発明1の顕著な効果の存否について
ア 原告は、本件審決が、本件明細書の発明の詳細な説明には、La₂(CO₃)₃・xH₂Oで表される炭酸ランタン水和物のうち、xが2.2~8.8の範囲の水和物が、xが1.3の水和物に比べて高いリン酸除去能を有していることが開示されており、当該開示は本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって甲1発明よりも高いリン酸除去能を有することを示すものといえること、La₂(CO₃)₃・xH₂Oで表される炭酸ランタン水和物において、xの値がリン酸除去能に影響を与えることは、本件出願の優先日において知られていたとはいえないことからすると、本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有する旨判断したのは誤りである旨主張する。
(ア)本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するかどうかは、当業者が甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を、水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたこと(前記(4)ア)を前提として、本件発明1の効果が、甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果であるか、又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優れたものであるかという観点から判断すべきである。
(イ)そこで検討するに、本件明細書には、pH3に調整したリン酸塩を含有する保存溶液に水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物のサンプルを添加して0.5分から10分間の時間間隔でリン酸塩結合能力(リン酸塩除去率)を測定する試験を行った結果、5分の時点でのリン酸塩除去率が、表1(別紙1)のとおり、炭酸ランタン8.8水和物(「サンプル1」)が70.5%、炭酸ランタン1.3水和物(「サンプル2」)が39.9%、炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)が96.5%、炭酸ランタン2.2水和物(「サンプル4」)が76.3%、炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)が100%であったことが記載されている。この記載は、本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)、炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)の5分の時点でのリン酸塩除去率が、96.5%又は100%であり、本件発明1に含まれない他の炭酸ランタン水和物(「サンプル1、2、4」)のリン酸塩除去率と比べて高いことを示すものである。
一方で、甲1には、「実施例11」において、炭酸ランタン1水塩[La₂(CO₃)₃・H₂O]をリン酸イオン濃度2.76mM/ℓの溶液に0.6g/ℓの割合で添加し、1N水酸化ナトリウム水溶液を加えて、該水溶液のpHを7に保ちながら、室温で2時間攪拌した後、液中のリン酸イオンの除去率を測定した実験(「リン酸イオン固定化除去実験」)の結果、リン酸イオン除去率は90%であったことが記載されている。この記載は、pH7に調整した水溶液における攪拌後2時間の時点での甲1発明の炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率が90%であることを示すものである。
まず、上記認定事実によれば、本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は、炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。
次に、本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは、水溶液のpH値、除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが、甲1には、「生体内中、特に消化器系における体液のpHは、酸性である胃液中のpH3程度から弱アルカリ性である腸管内液中のpH8程度の範囲にあるので、本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は、胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載があること(前記(2)ア(エ))に照らすと、甲1に接した当業者においては、胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや、その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは、適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。
加えて、当業者においては、甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を、水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に、炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり、それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから、pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は、当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。
したがって、本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから、これを認めた本件審決の判断は誤りである。
・・・(略)・・・
(6)小括
ア 以上のとおり、相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められるが、本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有するものとは認められない。
したがって、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は甲1及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであるから、原告主張の取消事由1-1は理由がある。
イ なお、被告は、本件発明1の実施品である炭酸ランタン4水和物の医薬品が販売名ホスレノールとして発売されており、この医薬品の日本における売上げは年間300億円を超え、慢性腎不全患者に広く役立っているから、このような極めて高い商業的成功も、本件発明1の進歩性の判断において参酌されるべきである旨主張する。
しかしながら、本件発明1の実施品が商業的成功を収めたとしても、そのことは、当業者が本件発明1を容易に発明をすることができたかどうかの判断を左右するものではないから、被告の上記主張は採用することができない。』

[コメント]
引例を基に、より優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて、水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあり、本件発明が容易想到であるとされた。
本判決では、これまでの知財高裁の結晶多形又は水和物に関する進歩性の判断と合致した内容となっている(例えば、平成28年(行ケ)第10112号、平成23年(行ケ)第10445号等)。
上記過去の判決例でも、引例からは本件発明の結晶多形等が具体的に想定できなくても、公知の方法又は周知技術による調製の試行により、発明に係る結晶を製造・検出し得たという指摘がされている。
厚生労働省が平成13年5月1日に発出した通知(甲39)に、「新原薬が吸湿性である場合、水分により分解される場合あるいは原薬が化学量論的な水和物である場合には、水分含量の試験が重要である。その判定基準については、水和や水分の吸収が原薬に及ぼす影響を考慮して、妥当なレベルに設定するとよい。」とあり、この記載も根拠の1つとなり容易想到と判断した例もある(平成28年(行ケ)10278号)。
本件は、結論としては妥当であると考えられる。一方、顕著な効果の存否に関して、判決では同質の効果と断じているが、pH3における短時間(5分)でのリン酸イオン除去は、引例のpH7における2時間程度のリン酸イオン除去と技術的課題が違うという主張の余地は検討し得た可能性はあるとの意見が弊所裁判例研究会では出された。
以上

(担当弁理士:高山 周子)