審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10172号「抗ウイルス剤」事件

名称:「抗ウイルス剤」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10172号 判決日:平成30年9月4日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号
キーワード:サポート要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/986/087986_hanrei.pdf

[概要]
「インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物」を記載する本件各発明に関し、当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件各発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないとの判断に基づき、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するとは言えないと判断した事例。

[事件の経緯]
原告は特許第5207392号(本件特許)の特許権者である。
被告が、本件特許について特許無効審判請求(無効2015-800226号)をしたところ、特許庁が、「本件特許を無効とする」との審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件特許発明1]
【請求項1】
式(I):
【化1】(略、pdf版をご参照ください)
(式中、
RAは式:
【化3】】(略、pdf版をご参照ください)
(式中、式:-Z1-Z2-Z3-R1で示される基は、4-フルオロベンジル);
Yはヒドロキシ;
Zは酸素原子;
RC及びRDは一緒になって隣接する炭素原子と共に5員又は6員のヘテロ原子を含んでいてもよい環を形成し、該環はベンゼン環との縮合環であってもよい;RC及びRDが形成する環は、式:-Z1-Z2-Z3-R1(式中、Z1及びZ3はそれぞれ独立して単結合又は炭素数1~6の直鎖状若しくは分枝状のアルキレン;Z2は単結合、-S-、-SO-、-NHSO2-、-O-又は-NHCO-;R1は置換されていてもよいフェニル、置換されていてもよい5~8員の芳香族複素環式基、置換されていてもよい炭素数3~6のシクロアルキル又は置換されていてもよいヘテロサイクル(「置換されていてもよい」の各置換基は、それぞれ独立して、アルキル、ハロアルキル、ハロゲンおよびアルコキシから選択される))で示される基で置換されていてもよく;さらに、RC及びRDが形成する環は、式:-Z1-Z2-Z3-R1(式中、Z1、
Z2、Z3及びR1は前記と同意義である)で示される基で置換されている以外の位置で、かつ、=Zが結合している炭素原子の隣接位でアルキルにより置換されていてもよい。)で示される化合物、その製薬上許容される塩又はそれらの溶媒和物を有効成分として含有する、インテグラーゼ阻害剤である医薬組成物。

[主な取消事由]
サポート要件の判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(3) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本件明細書(甲116)には、以下の各事項が、本件各発明の説明として記載されていることが認められる。なお、本件明細書は、350頁にもわたるものであるところ、そこには、原出願発明に関する説明も記載され、本件訂正においても、発明の詳細な説明の記載は訂正されていない。
ア 技術分野(【0001】)
本件各発明は、抗ウイルス剤、特にインテグラーゼ阻害剤として使用する医薬組成物に関するものである。・・・(略)・・・
ウ 発明が解決しようとする課題(【0003】)
上記の状況下、新規なインテグラーゼ阻害剤の開発が要望されていた。・・・(略)・・・
オ 実施例(【0035】)
本件明細書には、合成した化合物の製造方法及び物性データとして、A群化合物として33個の化合物及びこれらの一部が置換された化合物が、B群化合物として26個の化合物及びこれらの一部が置換された化合物が、C群化合物として16個の化合物及びこれらの一部が置換された化合物が、D群化合物として2個の化合物が、E群化合物として13個の化合物及びこれらの一部が置換された化合物が、F群化合物として1個の化合物が、G群化合物として1個の化合物及びこの一部が置換された化合物が、H群化合物として2個の化合物が、I群化合物として2個の化合物及びこの一部が置換された化合物が、J群化合物として3個の化合物及びこれらの一部が置換された化合物が、K、L、M群化合物として各1個の化合物が、それぞれ記載されている。また、本件明細書には、上記各化合物と同様に合成することができる化合物として極めて多数の化合物が記載されている。
もっとも、これらの化合物のうち、本件発明1の構造に相当する化合物は、化合物C-71(214頁)のみである。また、本件発明2及び本件発明3の構造に相当する化合物は、本件明細書に記載されていない。
カ 試験例(【0036】)
本件明細書には、別紙試験例【表1】のとおり、27個の化合物(A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物)について、酵素アッセイに基づく阻害率50%に相当する化合物濃度(IC50)が記載されている。
一方、本件明細書には、上記27個の化合物以外の化合物も、同様あるいはそれ以上のインテグラーゼ阻害作用を示したと記載されているものの、これを裏付ける薬理データは示されていない。化合物C-71について、インテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データも記載されていない。
キ 効果(【0034】【0037】)
本件各発明に係る化合物は、新規なインテグラーゼ阻害剤であり、インテグラーゼ阻害作用を有し、抗HIV薬等として有用である。
ク 機序
本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序について、本件明細書には何ら記載されていない。』
『(5) インテグラーゼ阻害剤に関する技術常識
・・・(略)・・・
そうすると、当業者は、原出願日時点において、キレート配位子となり得る構造を有する分子が、何らかの方法により、インテグラーゼ阻害作用に関与する可能性があることは認識していたものの、キレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの技術常識を有していたというべきである。』
『(6) 当業者が本件各発明の課題を解決できると認識し得るかについて
本件各発明の課題は、インテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するというものである。
しかし、本件明細書には、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは、一つも記載されておらず、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていない。
また、原出願日時点におけるインテグラーゼ阻害剤の構造に対するわずかな修飾変化によって、そのインテグラーゼ阻害作用に大きな差異が生じ得るとの前記の技術常識に照らせば、A群等試験例化合物及びB群等試験例化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データをもって、当業者が、本件各発明に係る化合物についてもインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
さらに、原出願日時点におけるキレート配位子となり得る構造を有する分子がインテグラーゼ阻害作用を有するとは限らないとの前記の技術常識に照らせば、本件各発明に係る化合物がキレート配位子となり得る構造を有することをもって、当業者が、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することはできない。
その他、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有すると当業者に認識させ得るような原出願日時点における技術常識も見当たらない。
したがって、本件各発明に係る化合物は、当業者がインテグラーゼ阻害作用を有する化合物を含有する医薬組成物を新たに提供するという本件各発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものとはいえないというべきである。』
『(7) 原告の主張について
原告は、原出願日時点の技術常識に照らせば、当業者は、本件明細書に記載された化合物には、本件キレート配位子構造等の保持すべき部位と改変が許容される部位があることを理解し、かかる理解などに基づけば、本件明細書に記載されたA群等試験例化合物及びB群等試験例化合物の薬理データから、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを認識する旨主張する。
しかし、原告の主張は採用することはできない。その理由は、以下のとおりである。
・・・(略)・・・
エ 追試結果
原告は、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することは追試により実証されていると主張する。
しかし、前記のとおり、本件明細書には、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有することを示す薬理データは記載されておらず、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序についても記載されていないことに加え、原出願日時点における技術常識に照らせば、本件明細書に記載された事項から、当業者が本件各発明に係る化合物についてインテグラーゼ阻害作用を有すると認識することもできない。本件明細書における開示が上記の程度のものであるにもかかわらず、本件各発明に係る化合物はインテグラーゼ阻害作用を有するとの技術的思想が原出願日時点における発明者の単なる憶測ではなかったということを明らかにするために、原出願日以後に行われた当該技術的思想を裏付ける実験結果を用いることはできない。
よって、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を有するとの追試結果をもって、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するということはできない。』

[コメント]
本判決では、特許査定となった原出願の分割出願のサポート要件違反が争われたが、分割後の本件各発明に係る化合物の薬理データは本件明細書に一切記載されていない。原告は追試結果を提出することにより、サポート要件違反解消を試みているが、原則として、特許出願後に実験成績証明書を提出することにより、サポート要件違反解消を試みても認められないことが多い(例えば、平成19年(行ケ)第10307号(無鉛はんだ合金事件)、平成24年(行ケ)第10299号(液体調味料の製造方法事件)など)。ただし、実験成績証明書の内容が発明の詳細な説明の記載を裏付けるものである場合、サポート要件違反が解消されるケースもあり得る(例えば、医薬発明に関するものではないが、平成23年(行ケ)第10339号(液体調味料事件)など)。それだけに、本件各発明に係る化合物がインテグラーゼ阻害作用を示すに至る機序について、本件明細書に詳細に記載できていれば、サポート要件違反が解消し得る余地があったのではないだろうか。本判決から得られる教訓として、明細書を作成する段階では、実施例が少ない場合であっても、その少なさを補うべく、少しでも作用機序などの記載充実を図ることを検討したい。
以上
(担当弁理士:山下 篤)