審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10213号「スロットマシン」事件

名称:「スロットマシン」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10213号 判決日:平成30年9月10日
判決:審決取消
特許法50条、53条1項、159条1項及び2項
キーワード:補正却下、手続違背
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/988/087988_hanrei.pdf

[概要]
特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合であっても、特許出願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには、同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず、拒絶理由通知をしないことが違法になる場合もあり得るとされた事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2014-224539号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-18811号)を請求したところ、特許庁(被告)が請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
A 各々が識別可能な複数種類の識別情報を変動表示可能な可変表示部を備え、
B 前記可変表示部を変動表示した後、前記可変表示部の変動表示を停止することで表示結果を導出し、該表示結果に応じて入賞が発生可能なスロットマシンにおいて、
C 有利状態に制御するための有利量を付与することを決定する有利量付与決定手段と、
D 付与された有利量を消費することによって前記有利状態に制御する有利状態制御手段と、
E 前記有利量付与決定手段により決定された有利量の付与を前記有利状態中において報知可能な特定演出を実行する特定演出実行手段と、
F 前記有利量付与決定手段により決定された有利量の付与を前記特定演出とは異なる特別演出を実行することで報知する有利量付与報知手段とを備え、
G 前記有利量付与報知手段は、前記有利量付与決定手段により有利量を付与することが前記特定演出の実行中に決定されたときには、当該特定演出の終了後に前記特別演出を実行することが可能であり、
H 有利量の付与を報知する前記特定演出の実行中に前記有利量付与決定手段により有利量を付与することが決定されたときには、当該特定演出を実行することで有利量の付与を報知し、当該特定演出の実行中に付与することが決定された有利量の付与を当該特定演出終了後に前記特別演出を実行することで報知する、スロットマシン。

[裁判所の判断]
1.取消事由1(拒絶有通知欠缺による手続違背)について
『(3) しかし、特許法50条本文は、拒絶査定をしようとするときは、出願人に対し拒絶理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し、拒絶理由を通知した場合には、同法17条の2第1項1号又は3号により出願人には上記指定期間内に補正をする機会が与えられる。これは、出願人に対し意見書の提出及び補正による拒絶理由の解消の機会を与えて、出願人の防御の機会を保障するとともに、その意見書を基にして審査官が再審査をする機会とする趣旨であると解される。そして、同法50条本文は、同法159条2項により拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)を発見した場合に準用されており、上記の出願人の防御の機会の保障という趣旨は、拒絶査定不服審判において新拒絶理由が発見された場合にも及ぶものである。
また、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により特許請求の範囲の記載についてした補正が却下された場合には、既に拒絶理由が通知された補正前の特許請求の範囲の記載(以下、「補正前クレーム」という。)により拒絶理由の有無が判断されることになるから、拒絶査定又は拒絶査定不服審判請求不成立審決に至ることが少なくないが、審査段階において同法17条の2第1項3号所定の補正(以下、「3号補正」という。)がされた場合には、従前の拒絶理由通知に示されていなかった新たな刊行物(以下、「新規引用文献」という。)に基づく独立特許要件違反を理由として、その3号補正が却下され、補正前クレームに基づいて拒絶査定がされたとしても、拒絶査定不服審判請求等において補正後の特許請求の範囲の記載(以下、「補正後クレーム」という。)に基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争い得ることに加え、審判請求時補正により、新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会がある。これに対し、新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として、審判請求時補正が却下され、補正前クレームに基づいて拒絶査定不服審判請求不成立審決がされてしまうと、審決取消訴訟において補正後クレームに基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争うことはできるものの、審査段階における3号補正の場合とは異なり、新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会が残されていない点において、出願人にはより過酷であるということができる。
さらに、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)において、3号補正及び審判時請求補正が独立特許要件に違反しているときはその補正を却下しなければならない旨が定められ、同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含む。)において、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により3号補正及び審判請求時補正を却下する決定をするときは拒絶理由通知を要しない旨が定められたのは、平成5年改正によるものであるが、同改正においては、3号補正及び審判請求時補正については、既に行われた審査結果を有効に活用することができる範囲とするとの観点から、その目的を特定のものに限定することが定められ(目的要件の創設)、その一つとして限定的減縮が定められた(・・・(略)・・・)。このような改正経緯に照らすと、平成5年改正は、審判請求時補正〔限定的減縮〕においては、審査段階における先行技術調査の結果を利用することを想定していたことが明らかであり、審判請求時補正〔限定的減縮〕を却下する際に、独立特許要件の判断において、審査段階において提示されていなかった新規引用文献を主たる引用例とするなど、審査段階において全く想定されていなかった判断をすることは、平成5年改正の本来の趣旨に沿わないものということができ、そのような場合に、同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書をそのまま適用することについては、慎重な検討を要するものということができる。
加えて、平成5年改正により、同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含む。)において、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により3号補正及び審判請求時補正を却下する決定をするときは拒絶理由通知を要しない旨が定められたのは、再度拒絶理由が通知され、審理が繰り返し行われることを回避する点にあると解される。もとより、審理が繰り返し行われることを回避することにより、審査・審判全体の効率性を図ることは、重要ではあるが、新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として審判請求時補正を却下せずに、この新規引用文献に基づく拒絶理由を通知したとしても、限定的減縮である審判請求時補正による補正後クレームについて、特許法17条の2第3項~6項による制限の範囲内で補正することができるにすぎないから、審理の対象が大きく変更されることは考え難く、そのような審理の繰返しを避けるべき強い理由があるということはできない。他方、前記のとおり、新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として、審判請求時補正が却下されて、補正前クレームに基づいて拒絶査定不服審判請求不成立審決がされた場合には、新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として、審査段階における3号補正が却下されて、補正前クレームに基づいて拒絶査定がされた場合とは異なり、新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正の機会が残されていない点において、出願人にはより過酷であり、この補正の機会の有無により、最終的に特許査定を得られるか否かが左右されるという重大な結果を招く可能性もある。
なお、平成27年9月改訂の審査基準では、限定的減縮を目的とする3号補正について、補正後クレームに新規性(同法29条1項)、進歩性(同条2項)、拡大先願(同法29条の2)及び先願(同法39条)に係る拒絶理由が存在する場合で、補正前クレームに係る最後の拒絶理由通知において、上記拒絶理由に対応する拒絶理由を通知していなかったときは、その理由で補正を却下してはならず、補正後クレームに基づいて拒絶理由通知をするものとされている(甲25、乙7)。以上の諸点を考慮すると、特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合であっても、特許出願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには、同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず、しないことが違法になる場合もあり得るというべきである。・・・(略)・・・。
(4) 本件においては、前記(1)のとおり、本件拒絶査定の理由は、本件先願を理由とする拡大先願(特許法29条の2)であるのに対し、審決が本件補正を却下した理由は、刊行物1を理由とする新規性欠如(同法29条1項3号)及び進歩性欠如(同条2項)であって、適用法条も、引用文献も異なるものである。刊行物1は、本件補正を受けた前置報告書において初めて原告に示されたものであるが、刊行物1に基づく拒絶理由通知はされていないことから、原告には、刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会はなかった。
なお、刊行物1の出願人は原告自身ではあるものの、後記2のとおり、刊行物1記載の引用発明1及び引用発明2は、本願補正発明の「特定演出」又は「特別演出」の構成を欠くものと認められ、「特定演出」及び「特別演出」は本願発明の発明特定事項でもあることからすると、原告において、本件補正までに、刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をしておくべきであったものということもできず、その他、刊行物1に基づく拒絶理由通知がなくても原告の防御の機会が実質的に保障されていたと認められる特段の事情も見当たらない。
以上の本願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らすと、刊行物1に基づく拒絶理由通知がされていない審決時において、原告の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるから、審判合議体は、同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき、新拒絶理由に当たる刊行物1に基づく拒絶理由を通知すべきであったということができる。それにもかかわらず、上記拒絶理由通知をすることなく本件補正を却下した審決には、同法159条2項により準用される同法50条本文所定の手続を怠った違法があり、この違法は審決の結論に影響を及ぼすものと認められる。これに反する被告の主張を採用することはできない。
(5) 被告は、原告は、刊行物1に基づく新拒絶理由が記載されている前置報告書(甲22)に対して上申書(甲23)を提出しており、この新拒絶理由に対し意見を述べる機会があったと主張する。
しかし、原告が上申書により刊行物1に基づく新拒絶理由に対し反論したことは、前記(1)ウのとおりであるが、原告に対し刊行物1に基づく拒絶理由通知はされていないことから、原告には、刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会がなかったことに変わりはないのであって、原告の上記反論の存在を加味しても、前記(4)のとおり、刊行物1に基づく拒絶理由通知がされていない審決時において、原告の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるとの判断が左右されるものではない。』

[コメント]
159条2項は、読みづらい条文である。すなわち、同項で準用される50条本文の記載によれば、「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(=新拒絶理由)を発見した場合は、その新拒絶理由を通知して意見書を提出する機会を与えなければならない」こととなる一方で、159条2項で読み替えて準用される50条ただし書の規定によれば、いわゆる独立特許要件を満たさずに補正却下の決定をするときはこの限りでないこととなり、意見書を提出する機会が与えられないことが許容される。
しかし、条文上は、独立特許要件を満たさない場合には、意見書を提出する機会を「与えてはならない」と規定されているわけではなく、「与える」ことも「与えない」ことも許容される記載である。裁判所は、まずは条文の文言を解釈することで、独立特許要件を満たさない場合でも意見書を提出する機会を与えることができることを認定した。その上で、50条本文の出願人の防御の機会の保障という法の趣旨と、53条1項の、審理の繰り返しの回避による審査・審判の効率性という法の趣旨を認定した上で、50条本文で保護すべき利益と53条1項で保護すべき利益とを比較衡量し、後者を優先すると前者の利益が著しく損なわれるような場合においては、50条ただし書をそのまま適用する(53条1項を適用する)ことには慎重な検討が必要であり、50条本文を適用しないことが違法になる場合があり得ると判示した。
本件は、前置審査の段階で、審査官が新たな文献を挙げた上で新規性・進歩性がないと判断し、前置報告書を作成した事案である。
出願人側の立場からいっても、拒絶査定の時点で挙げられていない文献が審判段階で挙げられており、しかも、査定時には進歩性に関する理由も通知されていなかったのであるから、審判段階で拒絶理由が通知されてしかるべき事案であると思われる。ただ、今回の事案は、文献も適用条文も異なるというケースであるため、①主引例が異なるが適用条文は同じ場合(例:進歩性)、②主引例は同じで副引例が異なるが適用条文は同じ場合、にそのまま今回の判示事項による影響が及ぶかは不明である。②のケースは53条1項の規定により却下される場合が多いと思われるが、①のケースについては今回の判示内容に基づいて補正却下の違法性を争うことができるかもしれない。
なお、過去においては、補正と共に拒絶査定不服審判を請求し、前置審査を経て審尋を行ったが、審尋書に新たな刊行物2が提示されていたため出願人が補正の機会を求める回答書を提出したが、審判官が補正を却下したという事例について、『拒絶査定不服審判を請求するとともにした特許請求の範囲の減縮を内容とする本件補正につき、拒絶理由を通知することなく、審決で、従前引用された文献や周知技術とは異なる引用例2を審尋書で示しただけのままで進歩性欠如の理由として本件補正を却下したのについては、特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして適正手続違反があるとせざるを得ないものである。』と判断された事例がある(知財高判平成23年10月4日判決 平成22年(行ケ)第10298号)。
(担当弁理士:佐伯 直人)