IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10218号「情報提供方法、情報提供プログラム、および情報提供システム」事件

名称:「情報提供方法、情報提供プログラム、および情報提供システム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10218号 判決日:平成30年8月9日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:引用発明の認定、相違点の判断
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/925/087925_hanrei.pdf
[概要]
引用発明1に周知の課題があることを認識し、これに周知の解決手段の適用を試みる当業者は、同じ技術分野に属し、かかる課題を解決する手段である引用発明2を、引用発明1に適用することを動機付けられるとして、進歩性を否定した審決が維持された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2016-33952号)に係る拒絶査定不服審判(不服2017-11029号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件補正発明](「/」は原文の改行部分を示す。)
【請求項1】
通信端末から送信されたユーザの音声情報に対する回答メッセージ、あるいは前記回答メッセージを特定できない場合には問合せメッセージを前記通信端末に送信し、/現実の事業者のオペレータを模造した仮想オペレータを表示するように構成された前記通信端末において前記回答メッセージ、前記問合せメッセージを再生する際、前記回答メッセージ、前記問合せメッセージを再生しない時と比較し、前記仮想オペレータの一部が大きな動作を行うように前記仮想オペレータを表示する情報提供システム。
[取消事由]
(1) 本件補正を却下した判断の誤り(取消事由1)
ア 新規事項の追加(取消事由1-1)
イ 独立特許要件違反(本件補正発明の進歩性)(取消事由1-2)
(2) 本願発明の進歩性判断の誤り(取消事由2)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由1-2(独立特許要件違反(本件補正発明の進歩性))について
(1) 引用発明1並びに本件補正発明と引用発明1との一致点及び相違点が、前記第2の3(2)アないしウのとおりであることは、当事者間に争いがない。
(2) 引用発明2の認定
・・・(略)・・・
ウ 引用発明2
(ア) 引用例2には、前記【0038】【0058】【0064】【0065】のとおり記載されているほか、【図6】には、待機中は口を閉じ、回答時には口を開くエージェントの画像が記載されている。
そうすると、引用例2には、本件審決が引用発明2として認定したとおり、「エージェントを表示装置に表示するナビゲーション装置において、当該エージェントが話しているように表示するため、待機中と比較して、回答側センターの応答音声データをスピーカから出力させる際に、当該エージェントの口を開くように当該エージェントを表示すること。」との発明が開示されていることが認められる。
(イ) ここで、引用例2には、「エージェント」について、「架空の人物や擬人化された動物などのキャラクターである」(【0058】)、「当該エージェントが話しているように画像を表示させる視覚効果は適宜設計されれば良い」(【0065】)と開示されている。引用発明2の「エージェント」とは、キャラクタであって、具体的人物から昇華した抽象的概念を含むものである。
そして、本願出願日時点において、コンピュータ上の対話型処理システムの技術分野では、「通信端末に現実の事業者のオペレータを模造した人物を表示すること」が周知であったものである。
このような周知事項を考慮すれば、引用例2に接した当業者は、引用発明2の「エージェント」に含まれる概念の一つとして、「現実の事業者のオペレータを模造した人物」を当然に想起することができる。
(ウ) そうすると、引用発明2には、「現実の事業者のオペレータを模造した人物を表示装置に表示するナビゲーション装置において、当該模造した人物が話しているように表示するため、待機中と比較して、回答側センターの応答音声データをスピーカから出力させる際に、当該模造した人物の口を開くように当該模造した人物を表示すること。」との具体的な構成が含まれているというべきである。
エ 原告の主張について
(ア) 複数のエージェント
原告は、引用例2に開示された発明の特徴は、複数の応答システムが存在することであるから、引用発明2として、複数のエージェントが表示装置に表示される旨認定されるべきであると主張する。
しかし、引用例2において、複数の応答システムが存在し、複数のエージェントが表示装置に表示される技術的事項が開示され(【0016】【0017】【0035】【0036】【0050】【0051】【0058】)、それが請求項に記載された発明の特徴であったとしても、引用例2に開示された発明として、その全てを備えた構成を引用発明2として認定しなければならないものではない。
そして、【0059】によれば、引用例2には、発明の特徴の前提として、応答システムが単数であって、単数のエージェントが表示装置に表示される技術的事項も開示されているといえる。また、複数のエージェントが表示装置に表示されることにより、ユーザがどちらのセンターが対応しているのかが一目で認識できるとしても、このことは、センターに対応するエージェントが話しているように表示されることが前提となっている(【0089】)。
したがって、引用例2に開示された発明として、複数のエージェントが表示装置に表示される旨認定する必要はないから、原告の前記主張は失当である。
・・・(略)・・・
(3) 引用発明2の適用
ア 周知の課題及び解決手段
以下の周知例1及び各文献(甲6、乙9~11)の記載によれば、コンピュータ上の対話型処理システムの技術分野では、本願出願日時点において、コンピュータによる対話型処理の「円滑化を図る」ことは周知の課題であって、通信端末にキャラクタが動いているような表示をするという解決手段を採用することも周知であったと認められる。
・・・(略)・・・
イ 動機付け
引用発明1はコンピュータ上の対話型処理を行うシステムである。また、当業者は、本願出願日時点において、コンピュータ上の対話型処理システムである引用発明1には、コンピュータによる対話型処理の「円滑化を図る」という周知の課題があることを理解し、引用発明1の通信端末に、キャラクタが動いているような表示をするとの周知の解決手段の適用を試みるということができる。
一方、引用発明2はコンピュータ上の対話型処理を行うナビゲーション装置である(引用例2【0038】【0050】【0051】)。また、引用発明2は、表示装置にエージェントを表示し、回答時に当該エージェントの口が開くというものであるから、当業者は、かかる構成を、コンピュータによる対話型処理の「円滑化を図る」という周知の課題を解決するための、周知の解決手段の一つ、すなわち通信端末にキャラクタが動いているような表示をする構成の一つであると理解する。
そうすると、引用発明1に上記周知の課題があることを認識し、これに上記周知の解決手段の適用を試みる当業者は、同じ技術分野に属し、かかる課題を解決する手段である引用発明2を、引用発明1に適用することを動機付けられるというべきである。
ウ 原告の主張について
(ア) 原告は、周知の課題として「メディアコミュニケーションの円滑化を図る」などと認定することは、課題を殊更に上位概念化するものであると主張する。
しかし、引用発明1及び2は、いずれもコンピュータ上の対話型処理システムの技術分野に関するものである。そして、このような技術分野に関する前記各文献には、「ユーザが自然に計算機へ音声入力できる雰囲気」(周知例1・97頁)、「反応のない機械に対して発話するために間が掴み辛い」(甲6【0002】)、「ユーザと電子機器とがコミュニケーションを取り易い環境を構築」(乙9【0019】)、「人間を相手にしているかのような自然なコミュニケーションを通じた情報入力」(乙10【0008】)、「より自然な対話を実現」(乙11・31頁右欄)などと、コンピュータ上の対話型処理システムにおいて、対話型処理の「円滑化を図る」必要性が複数指摘されている。
したがって、本願出願日時点において、コンピュータによる対話型処理の「円滑化を図る」ことは、周知の課題であったと認定することができ、これは課題を殊更に上位概念化するものということはできない。
(イ) 原告は、引用例1には本件補正発明の課題が記載されていないから、当業者には、引用発明1に基づき相違点に係る本件補正発明の構成に到達しようという動機付けがないと主張する。
しかし、前記のとおり、引用発明1及び2は、コンピュータ上の対話型処理システムの技術分野に関するものであって、このような技術分野では、本願出願日時点において、コンピュータによる対話型処理の「円滑化を図る」ことは周知の課題であったものである。そして、本件補正発明は、システム上で仮想オペレータとユーザが対話を行うというものであり(本件補正明細書【0001】【0046】)、コンピュータ上の対話型処理システムの技術分野に関するものであるから、本件補正発明は、引用発明1及び2と同様に、上記周知の課題を含むものである。また、そもそも、引用発明1を出発点として本件補正発明の構成に到達するか否かを検討するに当たり、引用発明1が本件補正発明の課題を必ず有していなければならないということはできない。
したがって、引用例1には本件補正明細書に記載された本件補正発明の課題と同じ課題が記載されていないから動機付けを欠く、との原告の主張は採用することができない。
(4) 引用発明2を適用した引用発明1の構成
ア 前記(2)ウ(ウ)のとおり、引用発明2には、「現実の事業者のオペレータを模造した人物を表示装置に表示するナビゲーション装置において、当該模造した人物が話しているように表示するため、待機中と比較して、回答側センターの応答音声データをスピーカから出力させる際に、当該模造した人物の口を開くように当該模造した人物を表示すること。」との具体的な構成が含まれている。
イ 一方、本件補正発明の構成は、通信端末において、回答メッセージ等を再生する際、これを再生しない時と比較し、仮想オペレータの「一部が大きな動作を行うように」仮想オペレータを表示するというものである。そして、仮想オペレータの一部の大きな動作がどのようなものであるかについて、本件補正明細書において何ら特定されていない。
また、仮想オペレータの一部の大きな動作について、本件補正明細書【0071】には、「仮想オペレータの口や目を動かすようにしてもよい。あるいは手を動かすなど、説明を行うジェスチャーをするようにしてもよい。すなわち、メッセージが再生されていない時と比較し、仮想オペレータの一部がより大きな動作を行うようにプログラムを構成してもよい。」と記載されている。したがって、待機中と比較して模造された人物が「口を開く」との構成は、本件補正発明における「一部」の「大きな動作」に含まれるものである。
さらに、仮想オペレータの一部が大きな動作をすることによって得られる効果について、本件補正明細書【0072】には、「音声合成技術を活用して仮想オペレータと対話するため、ユーザは無機質な対話を強制されることなく、自然な対話を行うことができる」と記載されている。もっとも、「自然な対話」の程度については何ら特定されておらず、回答時に模造された人物が「口を開」けば、回答時においても待機中と同様に口を閉じている場合と比較して、円滑なコミュニケーションが図られているような印象を与えることができる。したがって、回答時に模造された人物が「口を開く」との引用発明2の構成によって、「自然な対話を行う」という本件補正発明の効果を奏することができる。
ウ したがって、引用発明2における前記具体的な構成を引用発明1に適用すれば、本件補正発明の構成に至るというべきである。
・・・(略)・・・
(5) 顕著な効果
原告は、通信端末に、現実の事業者のオペレータを模造した人物を表示することにより、より親密なユーザ・事業者関係を構築するなどの効果を奏することになると主張する。
しかし、コンピュータ上の対話型処理システムにおいて、回答メッセージ等を再生する際、通信端末に、エージェントを表示することにより得られる効果と、現実の事業者のオペレータを模造した人物を表示することにより得られる効果との間に、より親密なユーザ・事業者関係を構築するなどの観点から、顕著な相違があることを認めるに足りる証拠はない。本件補正発明が顕著な効果を奏するということはできない。
(6) 小括
したがって、本件補正発明は、引用発明1並びに引用発明2及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許出願の際独立して特許を受けることができないというべきである。本件補正を却下した本件審決の判断に誤りはない。
よって、取消事由1は理由がない。』
[コメント]
原告は、引用例1には本件補正発明の課題が記載されていないから、当業者には、引用発明1に基づき相違点に係る本件補正発明の構成に到達しようという動機付けがないと主張した。しかしながら、裁判所は、『引用発明1を出発点として本件補正発明の構成に到達するか否かを検討するに当たり、引用発明1が本件補正発明の課題を必ず有していなければならないということはできない。』と指摘している。本件では、引用発明1(主引用発明)と引用発明2(副引用発明)には、コンピュータによる対話型処理の「円滑化を図る」という周知の課題があり、両者の間で課題は共通していると言えるため、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがあるとの裁判所の判断は妥当かと思われる。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)

平成29年(行ケ)第10218号「情報提供方法、情報提供プログラム、および情報提供システム」事件

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