IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10274号「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件

名称:「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件
審決取消請求事件
知財高裁:平成28年(行ケ)第10274号 判決日:平成29年10月11日
判決:請求棄却
特許法29条2項、126条5項
キーワード:進歩性
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/142/087142_hanrei.pdf
[概要]
本件特許に対し3件の無効審判請求がなされ、その内の第一事件(無効2011-800035号)における無効審決に対する審決取消請求(平成28年(行ケ)第10032号)の棄却判決に対する上告受理申し立てと同時に行った訂正審判の訂正不成立審決に対する審決取消訴訟において、訂正は認められたが、進歩性が否定されて請求棄却された事例。
[事件の経緯]
(1)平成22年8月20日に特許第4571183号が登録された。
(2)3件の特許無効審判請求(無効2011-800035号(第一事件)、無効2011-800048号(第二事件)、無効2011-800075号(第三事件))がなされた。
(3)第2事件については、第一次審決(1回目無効審決)および1回目の審決取消訴訟(平成24年(行ケ)第10286号)および訂正審判請求(訂正2012-390122号)による第一次審決の取消決定がなされた。その訂正請求に係る訂正内容で2回目の無効審決(訂正は認められた。)に対する2回目の審決取消訴訟(平成25年(行ケ)第10224号)が提起されたが、第2事件の無効審判請求の取下げ及び審決取消訴訟の訴えが取下げられた。
(4)第1事件及び第3事件については、原告が第2事件と同一内容の訂正請求を行なったため第一次審決以降中止されていたが第2事件の請求取下げにより再開された。特許庁は訂正を認めが特許の無効審決をしたので、原告は各審決に対し審決取消訴訟を提起したが(平成28年(行ケ)第10032号、同年(行ケ)第10033号(弊所において判例研究済))、いずれも請求棄却の判決を受けた。
(5)原告は、いずれについても上告受理申立てをし、さらに訂正審判請求(訂正2016-390051号)をしたが「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決がなされたので本件訴えを提起した。
(6)知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本件訂正発明]
【請求項1】
150°F(約66℃)を含む凝縮器温度で運転可能である自動車の空調装置における2、3、3、3-テトラフルオロプロペン(HFO-1234yf)からなる冷媒成分を含む組成物の1、1、1、2-テトラフルオロエタン(HFC-134a)の代替冷媒としての使用。
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
(1)取消事由1(相違点の看過)
『ア 本件訂正発明1と引用発明を比較すると、前者では熱媒体がHFO-1234yfに特定されているのに対し、後者ではそのような限定がないということは、原告の指摘するとおりである。
しかし、引用刊行物の実施例5には、特定熱媒体として「F3C-CF=CH2」(HFO-1234yf)を使用し、「実施例1と同様にして、ヒートポンプの運転を行ったところ、実施例1とほぼ同様の結果が得られた。」との記載がある。この記載に接した当業者は、HFO-1234yfについて、実施例1と同様の実験が行われた結果、これとほぼ同様の数値を示したものであり、沸点及び臨界温度等の物性値やヒートポンプに使用した際のCOP及び冷凍能力について具体的なデータは記載されていないものの、HFO-1234yfは、引用発明に係る式C3HmFnで示される特定熱媒体に含まれる具体的化合物として、実施例1で用いられたHFO-1243zfと同等のCOP及び冷凍能力を有し、これと同様にヒートポンプにおける熱媒体として使用され得るものであると考えるのが自然である。そうすると、引用発明における特定熱媒体は、該当する具体的化合物として本件訂正発明1と同じHFO-1234yfを予定し、これを内包することは明らかである。・・・(略)・・・。
イ 本件審決は、引用発明の特定事項として、上位概念(一般式)で示された「特定熱媒体」を認定し、文言としてHFO-1234yfを明示的に示していないけれども、上記のとおり、当該特定熱媒体の具体的な化合物としてHFO-1234yfを把握することができるのであるから、原告主張に係る相違点2-2は、実質的な相違点とは認められない。』
(2)取消事由2(相違点の判断の誤り(1):引用刊行物の記載の誤り)
『(1)原告は、刊行引用物の実施例1の化合物であるHFO-1243zfの能力は、実際にはCFC-12の能力の約70%にすぎず、引用刊行物の記載には誤りがあるなどとして、実施例1を参照する実施例5の記載にも、当業者が本件訂正発明に想到することを阻害する事情があるなどと主張する。
(2)ア しかし、本件優先日当時の技術常識に照らしても、引用刊行物に記載された実施例1~3につき、使用する化合物の物性が似通っているにもかかわらず、相対能力(対R-22)において実施例1が他の実施例より優れているからといって、そのことをもって直ちに実施例1の結果の信用性を疑うべき理由とまでいうことはできない。そうすると、仮に、原告指摘のとおり、REFPROPソフトウェアによる計算値が実施例1の結果と異なるとしても、実施例1の結果の検証(及びその結果としての、誤認の判明等)に直ちにつながるものではなく、本件優先日当時、引用刊行物に接した当業者は、その記載から、HFO-1234yfは、HFO-1243zfと同様に、CFC-12を熱媒体として使用するヒートポンプと同等かそれ以上の能力を得られると認識するものと見るのが相当である。・・・(略)・・・。
イ また、原告は、引用刊行物における比較対象はR-22であってR-12ではないとするけれども、引用刊行物においては、R-12(CFC-12)とも比較しつつ説明や実験結果の記載がされており、実施例等で検討されている各化合物とCFC-12との冷媒としての能力の比較についても類推が可能といってよい。また、もともとHFC-134aはCFC-12の代替冷媒として用いられていたこと(技術常識1)を踏まえると、CFC-12との対比を介して、HFC-134aの代替冷媒としての可能性を探ることは示唆されているということができる。』
(3)取消事由3(相違点の判断の誤り(2)(予想外かつ顕著な効果の看過))
『(2)ア 能力及びCOPの点については、引用刊行物には、COPはCFC-12と同程度、冷凍効果に関してはこれよりも高めの値を示すHFO-1243zfとほぼ同様の結果をHFO-1234yfが示したことが記載されており、また、本件優先日当時、CFC-12とHFC-134aは同等の能力及びCOPを示すことが知られていたことから(甲6、7)、当業者であれば、引用刊行物の記載に基づき、HFO-1234yfの能力及びCOPはHFC-134aとほぼ同等と見なせる範囲内であることが予測可能であったと考えられる。
・・・(略)・・・
イ 低GWPについては、技術常識1に照らすと、本件優先日当時、空調装置等に用いられる冷媒についてGWPを測定することは必須となっていたことがうかがわれることから、引用発明のヒートポンプで使用されるHFO-1234yfのGWPを測定することは、当業者が通常行うことと見られる。また、ヒートポンプの具体的な用途に関わらず(すなわち、自動車の空調装置に用いるか否かにかかわらず)、HFO-1234yfのGWPは同じ値を示す。そうである以上、本件訂正発明1においてHFO-1234yfのGWPが低いことは、本件訂正発明1の進歩性を基礎付けるような特有の効果ということはできない。・・・(略)・・・。
ウ(ア) 低毒性については、確かに、本件訂正明細書等には、本件訂正発明1における化合物に関する構造式、特に式Ⅱで示される化合物、中でも特にHFO-1234yfを含む構造式によるものが低い毒性を示すことが記載されている(【0020】、【0021】)。しかし、HFO-1234yfが有する毒性に関する効果は、同じくHFO-1234yfを冷媒として使用する引用発明においても奏されることが期待されるものであるところ、本件訂正明細書等には、HFO-1234yfが、一般の冷媒に要求される程度を超え、とりわけ自動車の空調装置に用いる冷媒に適した低毒性を有し、その毒性試験の結果が顕著であることを具体的に記載した部分は見当たらない。なお、甲27~30に基づくHFO-1234yfの低毒性に関する原告の主張は、いずれも本件訂正明細書等に具体的に開示されたものではないから、ここで参酌することはできない。・・・(略)・・・。
(イ) 低燃焼性については、確かに、本件訂正明細書等には、本件訂正発明1における可燃性低減方法(【0049】、【0050】)及び鎮火方法(【0051】)に関する記載がある。
しかし、引用発明においてもHFO-1234yfの低燃焼性という効果が奏されることが期待されるところ、本件訂正明細書等には、HFO-1234yfの燃焼性に関する具体的な実験結果は示されておらず、HFO-1234yfが、一般の冷媒に要求される程度を超え、とりわけ自動車の空調装置に用いる冷媒に適した低燃焼性を有することを具体的に記載した部分は見当たらない。』
(4)取消事由4(相違点の判断の誤り(3)(不飽和化合物の阻害事由))
『(2)ア フッ素化オレフィンの反応性、安定性につき、原告は、本件優先日当時、不飽和分子タイプの反応性が懸念されていたことを示す証拠として、甲9及び10の各文献の記載に言及する。・・・(略)・・・。
しかし、現に引用刊行物にはいくつかのフッ素化オレフィン化合物について自動車の空調装置の冷媒として使用することが示唆され、実験が行われていることに鑑みると、甲9には、表2に具体的に掲載されていないもの(HFO-1234yfは掲載されていない。)を含むフッ素化オレフィン全体が冷媒として使用できないことまでは記載されていないものと考えられる。また、甲10については、炭素-炭素二重結合を有する化合物の安定性はフッ素を加えるにつれ減少すると記載されているものの、どの程度のフッ素を加えると冷媒として使用できないほど安定性が減少するかについては記載されていない。
そうすると、上記各文献から、HFO-1234yf等の部分的にフッ素化されたフッ素化オレフィンが、その具体的な構造に関わらず、およそ、自動車の空調装置の冷媒として使用できないほどの安定性しか有しない(好ましくない反応性を呈する)ことが示されているとは認められない。
イ 毒性について、原告は、本件優先日当時、フッ素化オレフィンに毒性の懸念もあったことを示す証拠として、甲10~12の各文献の記載に言及する。・・・(略)・・・。
しかし、HFO-1234yf、飽和のフルオロカーボン等に含まれるオレフィン不純物に該当するものか否かは不明であるし、少なくとも、完全にフッ素化された化合物ではないことは明らかである。そして、これらの文献において、このようなHFO-1234yf等のフッ素化オレフィン化合物について、その具体的な構造に関わらず毒性があることが示されているとは認められない。
このため、上記各文献にはある特定のフッ素化オレフィンについて毒性を有することが示されているものの、フッ素化オレフィン化合物全般が、その具体的な構造に関わらず、自動車の空調装置の冷媒として使用できないほどの毒性を有することが当業者の共通の認識であったとまではいえないし、HFO-1234yfという特定の化合物の毒性について具体的な懸念があったと認めることもできない。
以上より、HFO-1234yfの反応性及び毒性という点において、引用刊行物に接した当業者が、同文献に「ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性…に関しても、問題はないことが確認されている。」、「(1)従来からR-12、R-22或いはR-502を熱媒体として使用してきたヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られる。(2)熱媒体としての優れた性能のゆえに、機器設計上も有利である。」との記載があるにもかかわらず、なおHFO-1234yfの反応性及び毒性に懸念を有し、その自動車の空調装置の冷媒としての使用を断念するであろうといえるような阻害事由があるとはいえない。
また、そうである以上、温度の上昇に伴う反応速度の上昇により冷媒と他の成分との望ましくない反応が促進され得ることを考慮しても、自動車の空調装置での使用の場合、引用刊行物において使用に適する凝縮温度とされた30~60℃の温度範囲から5℃以上高い凝縮温度(自動車の空調装置において少なくとも達し得るとされる凝縮温度)となる可能性があるからといって、直ちに、自動車の空調装置に適用するに当たっての阻害要因があったということもできない。』
(5)取消事由5(相違点の判断の誤り(4)(CFC-12又はHFC-134aをHFO-1234yfで置換する動機付けの欠如))
『引用刊行物の記載から、HFO-1234yfは、COPにつきCFC-12と同程度であり、冷凍効果に関してはこれよりも高めの値を示すHFO-1243zfと同様の結果を示すことを理解し得ること、本件優先日当時、CFC-12とHFC-134aは、同等の冷凍能力及びCOPを示すことが知られていたことから、引用刊行物の記載に基づき、当業者は、HFO-1234yfにつき、HFC-134aとほぼ同等の能力及びCOPを期待し得ることを理解し得るものといってよい。そして、冷媒のドロップイン置換には従来・現行冷媒と同等の物性が要求されること(技術常識2)を知る当業者にとって、HFO-1234yfを、引用周知技術におけるCFC-12又はそのドロップイン置換物であるHFC-134aのドロップイン冷媒として使用することは、容易に想到し得ることというべきである。』
[コメント]
引用刊行物(特開平4-110388号公報)には、ヒートポンプの熱媒体として、HFO-1234yf(実施例5)およびCFC-12(R-12)(比較例1)が対比され、COPは同程度、冷凍効果は高いことが示されているが、HFC-134aおよび自動車の空調装置の冷媒に使用することは何ら記載されていない。しかしながら、技術常識として、CFC-12とHFC-134aは物性が類似しドロップイン置換可能である点と、自動車の空調装置の凝縮温度が外気温度よりも高いことが要求されており60~70℃が想定されるとしてもヒートポンプ以外に自動車の空調装置の冷媒として使用可能である点とは、容易に想到できると判断された。
なお、本件特許に係る出願明細書に、自動車の空調装置の使用で特に有利であることを示す実験データの記載があれば、顕著な効果の参酌がなされた可能性もありうる。しかし、出願明細書には冷媒を複数の用途で用いることを記載しており、特別な用途に特に重点を置くというよりも冷媒として幅広く権利化させたいという意図の記載内容であったと考える。日本では顕著な効果を参酌する審査実務が定着しているため顕著な効果を記載することが多い。一方、基礎出願国の米国では構成要素を重視する審査実務であるため効果の記載が少ないこともある。侵害訴訟における作用効果重視との兼ね合いもあるが、日本の明細書作成実務としては、比較例と明確に区別できる実験データを含む有利な効果を盛り込むことは重要である。
以上
(担当弁理士:丹野 寿典)

平成28年(行ケ)第10274号「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」事件

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