審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10010号「分子のアレイから複製又は派生物を作製するための装置」事件

名称:「分子のアレイから複製又は派生物を作製するための装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10010号 判決日:平成30年4月26日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/726/087726_hanrei.pdf

[概要]
本願発明と引用発明で空間を隔てる態様が異なり、引用文献に機能の明記はないものの、機能は同等であると認定して進歩性を否定した審決を維持した事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2011-552467号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-22300号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願補正発明]
【請求項1】
DNA、・・・(略)・・・からなる群から選択される生体分子または合成的に生成された化学分子(16;32;50)のアレイの複製又は派生物を作製する方法であって、前記アレイは、分離した分子(16;32;50)サンプルの空間配置を含み、前記方法は、
サンプルごとに、他のサンプルの有効領域(24;35;54)と分離している、少なくとも一つの空間的に制限された有効領域(24;35;54’)をつくるステップであって、
前記有効領域(24;35;54)は、・・・(略)・・・空間的に制限された増幅薬領域を含むものであり、結合アダプタ(22;38;62)又は結合特性を供給されたキャリア(20;34;60)の表面と接し、空間的に塞がれたキャビティ、電場又は磁場、疎水性/親水性の領域、流体および気体間の界面、および/または、粘性の異なるレベルの液体間の界面によって形成されるものである、前記ステップ、
前記有効領域(24;35;54’)において、増幅薬によって、前記分子(16;32;50)を増幅することによって、複製(18;32;64)をつくるステップ・・・(略)・・・であり、
前記キャリア上の前記サンプルの前記複製又は派生物の空間配置が、前記アレイの前記サンプルの前記空間配置に対応するように、前記結合アダプタ又は前記結合特性(22;38;62)によって、前記キャリア(20;34;60)と、前記サンプルの前記複製又は派生物(18;32;64)を結合するステップであって、前記複製又は派生物を前記キャリアに結合する工程は、前記増幅または派生物の作製と同時に実行されること、および、
前記アレイから前記サンプルの前記複製又は派生物(18;32;64)を含んでいる前記キャリア(20;34;60)を取り除くステップ、
を含むこと、を特徴とする、方法。

[審決]
本願発明1の複数の選択肢を有する各構成要素に関し、特定の選択肢からなる発明(本願発明1’)を特定したうえで、引用例1の発明(引用発明)と対比し、以下の相違点を認定した。
(相違点1)本願発明1’は、「前記複製を前記キャリアに結合する工程は、前記増幅の作製と同時に実行されること」が特定されているのに対して、引用発明はかかる特定を有しない点
(相違点2)本願発明1’は、「サンプルごとに、他のサンプルの有効領域と分離している、少なくとも一つの空間的に制限された有効領域をつくるステップであって、前記有効領域は、他のサンプルの有効領域と分離する機能を有するものであり、前記有効領域は、空間的に制限された増幅薬領域を含むものであり、結合特性を供給されたキャリアの表面と接し、空間的に塞がれたキャビティによって形成されるものである、前記ステップ」を含むのに対して、引用発明は有効領域をつくるステップについての特定を有しない点
そして、審決において、本願発明の進歩性は否定された。

[取消事由]
1.相違点1の容易想到性についての判断の誤り
2.相違点2の容易想到性についての判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『3 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 審決における本願発明1’と引用発明との一致点及び相違点の認定については、当事者間に争いがない。
(2) 本願発明におけるDNAの増幅工程とキャリアへの結合工程とが「同時に」行われることの技術的意義について
ア 原告は、相違点1の容易想到性についての判断の前提として、本願発明1においては、増幅されたDNAをキャリアに結合する工程とDNAを増幅する工程とを同時に行うのに対し、引用発明においては、最初にDNAを増幅する工程、次にその複製されたDNAをキャリア(転写基板)に転写(結合)する工程、と2つの工程を連続して行っており、この点で大きく異なると主張する。
イ ところで、原告は、本願発明1において、本願明細書記載の図1a~1d及びその説明箇所である段落【0060】~【0065】に示されている態様も、増幅されたDNAをキャリアに結合する工程とDNAの増幅とが同時に行われる実施形態であると主張する。
・・・(略)・・・
この原告の主張を前提とすると、本願発明及び本願明細書においては、少なくとも、PCR反応によるDNA複製物18の生成と、それに続くキャリア20への結合が並行して一つの工程(DNAの増幅開始からキャリアへの結合までの一連の工程)として行われる態様を、「同時に」という用語で表現していると解される。
ウ これに対し、被告は・・・(略)・・・引用例1の請求項2に記載されている、母体となる基板と転写基板とが結合した状態でPCRによる増幅を行う態様は、DNAの増幅工程及びキャリアへの結合工程の2つの工程が「同時に」実行されるものであると主張する。
エ そうすると、本願発明及び本願明細書において、DNAの増幅反応とキャリアへの結合が「同時に」行われるとは、両工程が並行して一つの工程として実行されていることと解すべきであることについて、実質的に当事者間に争いがないし、その解釈は、本願明細書の記載に照らしても合理的というべきである。
(3) 引用発明における増幅されたDNAを基板へ結合させる機序について
・・・(略)・・・
(ア) 原告が主張するとおり、引用例1には、増幅されたDNAをキャリアへ結合させることに関し、・・・(略)・・・その具体的な機序については何ら記載がない。
・・・(略)・・・本願の優先日当時、PCR反応によって増幅したDNAを、基板等の担体に固定させてDNAマイクロアレイを作成する技術として、DNA断片の荷電を利用し、正の電荷を有するように表面処理した固相担体表面に静電結合させることは、周知の技術であったと認められる。
・・・(略)・・・
(イ) 原告の主張について
原告は、・・・(略)・・・静電表面の存在下でPCR反応が阻害されることは技術常識であると主張する。
しかし、・・・(略)・・・増幅されたDNAがキャリアへ結合することが完全に妨げられてしまうほどに、プライマーによる被覆が生じるとか、反応混合物中のプライマーが枯渇してしまうと認めるに足りる具体的な証拠はない。そうすると、・・・(略)・・・キャリアに結合するDNAの量が少なくなったとしても、具体的用途、解析対象等によってはDNAマイクロアレイとして利用可能な程度のDNA結合量が得られることは否定できないというべきである。
かえって、特開2005-195465号公報(乙5)には、プライマーを基板上に静電的に固定化し、増幅対象DNAの相補的なDNAを伸長するという構成が開示されている(【請求項1】及び【請求項12】)ことからすると、当業者において、静電表面の存在が、直ちにPCR反応を阻害する要因になると理解されていたということはできない。
(ウ) 以上によれば、当業者は、引用例1における母体となる基板と転写基板とが結合した状態でPCR法による増幅が行われる態様において、増幅されたDNAを転写基板へ結合させる機序に関し、・・・(略)・・・DNA断片の荷電を利用した静電結合によりこれを実現できると理解すると認められる。
(4) 検討
・・・(略)・・・
イ そうすると、引用発明において、母体となる基板と転写基板の結合状態においてPCRを行うことにより、増幅されたDNAをキャリアに結合する工程が増幅と「同時に」実行される態様とすることは、当業者が容易に想到できるというべきである。また、・・・(略)・・・増幅されたDNAなどの複製物と基板との結合において、引用例1からは予測できない優れた効果があるということもできない。
ウ したがって、審決の相違点1についての判断に誤りがあるとはいえないから、原告主張の取消事由1は理由がない。』
『4 取消事由2(相違点2の容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 原告は、相違点2に関し、引用例1には、空間的に制限された有効領域について開示も示唆もされていないし、また、引用例1における「セル」は、スポンジのような多孔質基材で形成されており、セル分離用の隔壁は、セル相互の間に位置するセルから独立した構造であって、PCR実行時にのみ設けられる消耗品であるから(請求項5、段落【0017】)、本願発明における空間的に制限された有効領域とは異なるものであると主張する。
(2) ・・・(略)・・・ここで、引用発明は、「各セル間にセル分離用の隔壁を設け、当該基板(判決注:母体となる基板)上であらかじめ用意された複数のDNAをPCR法により増幅」し、「増幅されたDNAを各セルの相互位置を保持したまま直接接触により他の基板へ転写する」ものである。このセル分離用の隔壁は、各セルに含まれるDNAが混ざり合わないようにするためのものであることは明らかであるところ、これらの記載に接した当業者であれば、引用例1の請求項2記載の「母体となる基板と転写基板の結合状態においてPCRを行う」態様においては、母体となる基板、セル分離用の隔壁、及びキャリア(転写基板)の三者で囲まれた閉鎖空間、すなわち、「他のサンプルと分離する機能を有する」「有効領域」が形成されることを理解できる。
そして、母体となる基板、セル分離用の隔壁、及びキャリアの三者で囲まれた上記閉鎖空間はまさに「空間的に塞がれたキャビティ」と同等の機能を有するものであるから、引用発明において、「結合特性を供給されたキャリアの表面と接し、空間的に塞がれたキャビティによって形成される」「有効領域」を設けることによって本願発明1’とすることは当業者が容易に想到できるものである。また、引用例1において上記閉鎖空間を形成することによって、各セルに含まれる複数のDNAが互いに混ざり合うことなく複製されるとの効果についても当業者が容易に予測できる。
したがって、審決における相違点2についての判断に誤りはなく、原告の取消事由2についての主張は理由がない。』

[コメント]
本判決において、相違点1の「同時に」の意味についての判断及び、相違点2の「有効領域」について引用発明の隔壁が一時的なものであっても、本願発明と同じ機能を有する同様の構成が示されていることから、有効領域を設けることは当業者が容易に想到できるとした判断は、いずれも妥当と考える。
相違点1の静電表面の存在がDNA増幅を阻害する要因になるか否かについては、乙5文献は実施例がなく、実際に静電表面をもちいた場合に本願の効果を奏するかどうかは不明であるが、当業者が本願発明1’と同じ構成をとることの阻害要因とならない根拠としては有効と判断されている。
審査及び審判段階でも、原告(出願人)は従来技術に対して有効領域のDNAの隔離形態や密封性が違うことを主張しているが、有効領域を適切に設けることは当業者が適宜なし得ることとされている。本願発明の特徴は、DNAシーケンス解析したサンプルを増幅してアレイ基板に転写することで、新規DNAの配列の決定から、DNAの再配置をしないで複製・アレイ化までを行うことができる点にある。DNAシーケンスとアレイ製造を組み合わせる点を特定せず、マイクロアレイ単独の作製方法について権利化を行おうとしても、アレイの先行技術が多いこともあり、進歩性を見出すのは難があったものと思われる。
以上
(担当弁理士:小林 隆嗣)