審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)10178号「経口投与用組成物のマーキング方法」事件

名称:「経口投与用組成物のマーキング方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)10178号 判決日:平成30年6月27日
判決:請求棄却
条文:特許法29条2項、36条6項1号、同項2号
キーワード:進歩性、サポート要件、明確性
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/846/087846_hanrei.pdf

[事案の概要]
引用発明からレーザー照射により二酸化チタンに何らかの変性を起こすことによるマーキングを行う手法が理解出来うるものの、本件特許発明における、レーザー照射により二酸化チタンの粒子が凝集して変色することまでの開示はないとして、進歩性の要件充足性を認めた審決を維持した事例。
本願発明における数値範囲は、当該数値の各上限値及び各下限値に臨界的意義があるのではなく、当該数値範囲内で所定の作用を伴うことを課題の解決原理とする発明であることから、全ての数値範囲において所定の効果を奏することについての記載が必要とされるものではないとして、サポート要件等の要件充足性を認めた審決を維持した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5339723号の特許権者である。
被告が、当該特許発明についての特許を無効とする無効審判(無効2016-800126号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本願発明]
【請求項1】
経口投与用組成物へのマーキング方法であって、
変色誘起酸化物を経口投与用組成物に分散させる工程と、
前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させるように、波長が200nm~1100nmであり、平均出力が0.1W~50Wであるレーザー光を、前記経口投与用組成物の表面に走査させる工程と、
を含み、
前記変色誘起酸化物が、酸化チタン、黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種であり、
前記走査工程が、80mm/sec~8000mm/secで実行される、
マーキング方法。

[取消事由]
1.本件発明1等の容易想到性の判断の誤り(取消事由1-1~1-4)
2.サポート要件についての判断の誤り(取消事由2)
3.明確性要件の判断の誤り(取消事由3)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2.取消事由1-1(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(3)甲2及び甲3の開示事項について
・・・(略)・・・
ウ ・・・(略)・・・
そうすると、甲2及び甲3に接した当業者は、甲2及び甲3から、レーザー照射によって、二酸化チタンを充填又は配合したポリアセタール樹脂組成物又はフルオロポリマー樹脂組成物において、二酸化チタンに何らかの変性が起こることによりマーキングを行うレーザーマーキング方法の技術を理解するものと認められる。
しかし、他方で、甲2には、レーザー照射によって酸化チタンの粒子が凝集していることやその凝集によって変色が生じることについての記載はない。また、甲3には、フルオロポリマー組成物の溶融加工時のTiO2凝集物のレベルの低下が影響していることをうかがわせる記載があるが(上記③)、他方で、レーザー照射によって二酸化チタンの粒子が凝集していることやその凝集によって変色が生じることについての記載はない。
したがって、甲2及び甲3に、レーザー光の走査により粒子を凝集させて変色する二酸化チタン(相違点1に係る本件発明1の構成)の開示があるとの原告の主張は採用することができない。』

『3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)原告の主張について
・・・(略)・・・
しかしながら、上記①の点については、前記(1)イの①ないし⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載を総合すると、本件発明1においては、請求項1記載の波長(200nm~1100nm)、平均出力(0.1W~50W)及び走査工程の走査速度(80mm/sec~8000mm/sec)の各上限値及び各下限値に臨界的意義があるのではなく、本件発明1は、上記の各数値範囲内で波長、平均出力及び走査速度を適宜設定したレーザー光で、酸化チタン、黄色三二酸化鉄及び三二酸化鉄からなる群から選択される少なくとも1種の変色誘起酸化物を分散させた経口投与用組成物の表面を走査することにより、変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させてマーキングを行うことを課題の解決原理とする発明であるものと認められるから、原告が主張するような全ての数値範囲において「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」という所定の効果を奏することについての記載が必要とされるものではない。また、表1のレーザー装置及び照射条件かつ走査速度1000mm/secで、レーザー照射前後の酸化チタンの粒子の状態を透過型電子顕微鏡(TEM)により観測した結果、レーザー照射後に酸化チタンの粒子が凝集していることが確認されたことの記載があることは、前記(1)イの②のとおりである。さらに、原告が指摘する甲10の9頁に記載された酸化チタンの写真は、どのような状態の酸化チタンを撮影したものであるかなど撮影の対象物の詳細が特定されていないことに照らすと、酸化チタンの粒子の凝集状態をTEM写真で確認できないことの根拠にはなるものではないし、甲10の9頁の「実際の粒子の凝集状態を示すものではない」との記載は、単に写真の内容を説明しているものであり、TEMを用いて撮影された写真では酸化チタンの凝集を判断できないことを説明したものとはいえない。加えて、甲3には、「TiO2顔料」に関し、「このような凝集物は裸眼で見ることができず、溶融加工組成物の断面を高光学倍率で観察すると、そのいくつかは観察可能であるが、大部分は、電子顕微鏡の倍率下でのみ検出可能である。」(訳文5頁3行~5行)との記載があり、高光学倍率の電子顕微鏡であれば凝集の観察ができることが示されていること(前記1(3)イ(ウ)))、実施例11においては、TEMを用いて「TiO2の凝集」を確認したことの記載があること(前記1(3)イ(カ))に鑑みると、TEM写真から酸化チタンが凝集しているかどうかを判別することができないことが技術常識であるということはできない。
次に、上記②の点については、前記(1)イの⑥の本件明細書の発明の詳細な説明の記載(【0025】)に照らすと、「単位面積当たりのエネルギー」が「390~21000mJ/cm2」の数値範囲でマーキングを実行することにより、変色誘起酸化物を凝集させることに起因した変色を生じさせることができることを理解することができる。したがって、原告の上記主張(取消事由2)は理由がない。』

『4 取消事由3(明確性要件の判断の誤り)について
・・・(略)・・・
(2)原告の主張について
原告は、本件審決は、本件発明1及び11(請求項1及び11)は、レーザー光の走査工程におけるエネルギー密度、レーザー光の繰り返し率、レーザースポット径、経口投与用組成物の種類、変色誘起酸化物の分散の濃度及び状態などの条件はマーキングする際の任意の条件であって、これらを特定しないことで発明が不明確になるというものではないから、請求項1ないし22の記載は、明確性要件に違反するものではない旨判断したが、上記条件を「マーキングする際の任意の条件」とすれば、変色誘起酸化物が受けるエネルギー量を特定することができず、その結果、請求項1記載の波長、平均出力及び走査工程の走査速度の数値範囲においても、「前記変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色」する場合としない場合が生じることとなり、本件発明1の外縁を定義することができないから、本件審決の上記判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、請求項1ないし22の記載から本件発明1ないし22の内容を明確に把握することができることは、前記(1)認定のとおりであり、本件審決が指摘する上記条件が、「マーキングする際の任意の条件」として位置づけられ、発明特定事項として規定されていないからといって、発明の外縁が不明確になるものとは認められないから、原告の上記主張(取消事由3)は理由がない。』

[コメント]
本事件では、進歩性、サポート要件、および明確性の要件具備を認めた審決が維持されている。心証としては、権利者側に非常に有利な認定であったようにみえる。
進歩性の判断において、副引用発明では「レーザー照射によって」「二酸化チタンに何らかの変性が起こることによりマーキングを行うレーザーマーキング方法の技術の開示がある」とまでは認められたものの、本発明における「レーザー光を」「走査させ」「二酸化チタン」等の「変色誘起酸化物の粒子を凝集させて変色させる」ことについては記載がないとされた。副引用発明の場合に上記凝集が起きていたのかは定かではないが、本件特許は方法クレームであったこともあり、このように具体的なメカニズムの知見が新たに得られた際にそれを上手くクレームの構成に落とし込むことで特許発明になりうる場合もある。
また、サポート要件の判断において、数値範囲に臨界的意義がある発明ではなく、各数値範囲内でレーザー光を走査することにより「粒子を凝集させて変色させる」ことを課題の解決原理とする発明であることから、全ての数値範囲において「粒子を凝集させて変色させる」という効果を奏することの記載が必要とされるものではないとされている。当該認定においては、実施例中の数値だけでなく、実施形態としての多数の例示記載があったことも参酌されており、この観点からも、重要な構成の例示は可能な範囲で充実させておくことの意義が再確認される。
以上
(担当弁理士:東田 進弘)