審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10153号「熱間プレス用めっき鋼板」事件

名称:「熱間プレス用めっき鋼板」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10153号 判決日:平成30年6月19日
判決:請求棄却
特許法29条の2、36条4項1号、36条6項1号及び2号、167条
キーワード:記載要件、拡大先願、一事不再理、前訴の蒸し返し、訴訟上の信義則
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/833/087833_hanrei.pdf

[概要]
本件無効審判の請求が先行事件の審決又は判決の確定前になされたものであり、特許法167条が定める効力が本件無効審判に及ばないとしても、これを奇貨として、先行事件におけるのと同様の主張を本件訴訟において行うことは、実質的に前訴の蒸し返しに当たり、訴訟上の信義則に反するものとして許されないというべきであるとされた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第3582504号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2013-800214号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層、亜鉛-コバルト合金めっき層、亜鉛-クロム合金めっき層、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層、スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。

[取消事由]
1 明確性要件に関する判断の誤り(取消事由1)
2 サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り(取消事由2)
3 本件発明と先願発明の同一性判断の誤り(取消事由3)
※実施可能要件については省略。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について
(1) いかなる金属の酸化皮膜かについて
・・・(略)・・・
イ そして、上記記載事項によれば、めっき処理を行った亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板において、酸化性雰囲気中で加熱を行うことによって、亜鉛の蒸発を阻止するバリア層として酸化皮膜層が形成されるが、亜鉛又は亜鉛系めっきの共通成分は亜鉛であり、亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板がいずれも均一な酸化皮膜を形成し、塗膜密着性、耐食性が良好という共通の性質を有することが理解できる。そうだとすれば、当業者であれば、当然、本件発明1の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は「亜鉛の酸化皮膜」であると理解すると認められる。』

『(2) 酸化皮膜の形成時期について
ア 原告は、本件訴訟におけるのと同様に、先行事件訴訟においても、「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期が明らかでないと主張して明確性要件を争っており、その結果、原告の主張を排斥する先行事件判決がなされ、同判決は既に確定しているものである(当裁判所に顕著な事実)。
そうすると、原告が本件訴訟において再びこの点を争うことは、実質的に前訴の蒸し返しに当たり、訴訟上の信義則に反するものとして許されないというべきである。
よって、この点に関する原告の主張も採用できない。
イ 念のため、中身について検討してみても、・・・(略)・・・本件発明の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は、熱間プレスの加熱前に、予め形成されている場合、ある程度形成されていてその後熱間プレスの加熱時に形成が進む場合、予め形成されていないが熱間プレスの加熱により形成される場合のいずれでもよいことから、その形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当である。
(3) 「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」について
・・・(略)・・・
そして、これらの記載によれば、本件発明1の「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という文言において、①「700~1000℃に加熱されて」は、熱間プレスの加熱条件であり、②「プレスされ焼き入れされる」は、成形と同時に焼き入れを行う熱間プレス成形の特徴であり、③「用」という文言の意味は、「(接尾語的に)…に使うためのものの意を表す」(広辞苑第六版)であることからすると、「熱間プレス用」は、後に続く、本件発明1の「鋼板」を修飾し、鋼板が熱間プレスに使うためのものであることを意味するものと理解できる。
してみれば、「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」は、「熱間プレス」の加熱条件及び特徴を表現するものと理解できるから、本件発明1の「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という文言は明確である。』

『3 取消事由2(サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り)について
(1) サポート要件について
・・・(略)・・・
(ウ) 上記のとおり、本件明細書の記載によれば、バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには、溶融亜鉛めっき処理のほかに、電気めっき、溶射めっき、蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよく、また、めっき方法、めっき層の組成に関係なく、加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成され、成形性の異常もなく、塗膜密着性及び耐食性も良好であるというのであるから、かかる記載に接した当業者は、本件発明1の亜鉛系めっき層は、「難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供すること」という課題も解決すると認識し得るといえる。
エ 亜鉛系めっきの組成について
・・・(略)・・・亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく、Al、Mn、Ni、Cr、Co、Mg、Sn、Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよく、さらに、めっき方法、めっき層の組成に関係なく、加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成され、成形性の異常もなく、塗膜密着性及び耐食性も良好であるというのであるから、かかる記載に接した当業者は、本件発明1の亜鉛系めっきの組成であれば「難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき、外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供すること」という課題も解決すると認識し得るといえる。』

『4 取消事由3(本件発明と先願発明の同一性判断の誤り)について
本件発明が特開2001-353548号公報(甲1・先願明細書)に記載された発明(先願発明)と同一であって拡大先願(特許法29条の2)の規定に違反するとの主張(無効理由)は、原告が既に先行事件で主張し、先行事件審決及び先行訴訟判決で退けられた主張である(当裁判所に顕著な事実)。
そうすると、本件無効審判の請求が先行事件審決(先行事件判決)の確定前になされたものであり、特許法167条が定める効力が本件無効審判に及ばないとしても、これを奇貨として、先行事件におけるのと同様の主張を(本件審決の取消事由として)本件訴訟において行うことは、実質的に前訴の蒸し返しに当たり、訴訟上の信義則に反するものとして許されないというべきである。
また、仮にその主張内容を検討するとしても、本件発明1と先願発明との一致点及び相違点は、前記第2の3(2)イ、ウのとおりであるところ、両発明はマグネシウムを含有するか否かにおいてそもそも成分が異なるものである。この点、先願明細書・・・(略)・・・には、「亜鉛又は亜鉛ベース合金」として、亜鉛をベースとして含む合金一般を広く意味する記載があるが、先願明細書において、「亜鉛ベース合金」として具体的に記載されているのは、実施例2(【0036】)の「50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り、任意に少量のケイ素を含有する」合金のみであって、本件発明1の発明特定事項である「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき」が記載されている又は記載されているに等しいということはできない。』

[コメント]
原告の記載要件違反及び拡大先願規定違反のいずれの取消事由も苦し紛れの感を否めず、裁判所の判断は概ね妥当であると考える。
ただ、特許請求の範囲の記載が一部不明確である(又は違和感がある)ために、原告が今回のような主張を展開したともいえるのではないか。すなわち、「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」との記載につき、裁判所は、『「熱間プレス用」は、後に続く、本件発明1の「鋼板」を修飾し、鋼板が熱間プレスに使うためのものであることを意味するものと理解できる。』としている。当該記載を自然に読めば、「鋼板が熱間プレスに(これから)使うためのものである」(括弧書きは筆者による)と解釈することもでき、そうすると、本件発明1に係る「熱間プレス用鋼板」として(酸化皮膜の形成時期が熱間プレスの直前でもよい点に鑑みると)酸化皮膜が形成されていないものも含み得ることになり、本件発明1の「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」との規定との齟齬が生じる事態に陥る。この場合、熱間プレス直前の状態となってみて初めて酸化皮膜が形成されることになるが、例えば侵害特定の場面では特許権者としてはどの時点でどのように追及すればよいのかという困難さが伴うとも予想される。物の発明として酸化皮膜が必須であるのならば、「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされた熱間プレス鋼板」という特定はできなかったのであろうか。
一事不再理効について、裁判所は、先行事件の審決ないし判決が確定する前に新たな無効審判を請求し、本件事件で実質的に先行事件と同じ主張を繰り返すことは、前訴の蒸し返しであり訴訟上の信義則に反するとして許されないと判断した。167条を形式的に判断するのではなく原告主張を退けた点は、迅速な訴訟指揮が求められる昨今の状況において至極妥当であるといえる。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)