審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10013号「乾麺およびその製造方法」事件

名称:「乾麺およびその製造方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10013号 判決日:平成30年4月27日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:進歩性判断、動機づけ、阻害事由(阻害要因)
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/723/087723_hanrei.pdf

[概要]
引用発明では既に麺の多孔質構造の課題を実現しているのであるから、同様の課題達成のため、相違点にかかる構成(麺の製法)を採用して多孔質構造を形成する動機づけがあるとはいえず、かつ当該構成を採用することは阻害事由があるとして、本件発明の進歩性を肯定した審決が維持された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第5153964号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~10に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800005号)を請求したところ、特許庁が、請求項1に係る発明についての特許を無効とし、請求項2ないし10に係る発明については請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、請求項2ないし10に係る部分の取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項2】
主原料と、前記主原料の総重量に対して0.5重量%よりも大きく6重量%未満の100%油由来の粉末油脂とを含む麺生地から形成した生麺体を90℃~150℃で発泡化および乾燥することを具備し、最終糊化度が30%~75%の糊化度を有する乾麺の製造方法。

[審決](筆者にて、適宜、抜粋)
(1) 本件発明2ないし6及び8ないし10は、(i)引用発明1A(引用例1の方法の発明)、(ii)引用発明2、(iii)引用発明3に基づいて容易に発明することができたものではない、などというものである。

[本願発明と引用発明との相違点](本判決の判断にかかる相違点のみ記載)
(1) 本願発明2と引用発明1Aとの相違点
(相違点1-1)
本件発明2は、麺生地に主原料の総重量に対して0.5重量%よりも大きく6重量%未満の100%油由来の粉末油脂を含むのに対して、引用発明1Aは、油を全く使用しないものである点。
(2) 本件発明2と引用発明2との相違点
(相違点2-2)
本件発明2は、生麺体を90℃~150℃で発泡化しているのに対して、引用発明2は、その点については明らかでない点。
(3) 本件発明2と引用発明3との相違点
(相違点3)
本件発明2は、生麺体を(蒸煮工程なしに)乾燥する「乾麺」であるのに対して、引用発明3は、生麺体を蒸煮した上で乾燥する「即席麺」である点。

[主な取消事由]
(1) 引用発明1Aに基づく進歩性判断の誤り(取消事由1)
ア 本件発明2の進歩性判断の誤り(相違点1-1の判断の誤り)
(2) 引用発明2に基づく進歩性判断の誤り(取消事由2)
ア 本件発明2の進歩性判断の誤り(相違点2-2及び2-3の判断の誤り)
(3) 引用発明3に基づく進歩性判断の誤り(取消事由3)
ア 本件発明2の進歩性判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(4) 相違点1-1に係る容易想到性
ア 本件発明2は、生麺体を高温短時間の条件で乾燥するとひび割れや過発泡が生じるため、長い時間を要する乾燥工程が不可欠であるとの従来例における問題を解決し、簡単かつ短時間で良好に調理可能な乾麺及びその製造方法を提供することを課題とすることは、前記1のとおりである。
他方、引用発明1Aは、・・・(略)・・・、乾燥工程の短縮や、復元性の高い麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で、本件発明2と課題を共通にするものである。
そして、本件発明2と引用発明1Aは、多孔質構造の麺を製造する点においても共通する。
イ 引用例2(甲4)には、麺生地に常温で固型状をなしている食品用油脂類などを添加して、多孔質構造を有する乾麺を製造するとの記載があり、多孔質化を目的として油脂を添加することが開示されている。
しかし、引用発明1Aは、既に多孔質構造を実現しているのであるから、課題達成のため、油脂を添加する方法により多孔質構造を形成する動機付けがあるとはいえない。
また、①引用発明1Aは、従来の乾燥麺である、生麺線を蒸煮後120℃~160℃の食用油で数分間処理することにより脱水乾燥する油揚げ乾燥麺は、2~3分で早く復元するが、湯のびしやすく、かなりの油を含んでいるため長期間保存すると、酸化して品質が劣化してくることを解決すべき課題の1つとしていること(前記(1)イ)、②引用発明1Aにおいては、保存面においても油を全く使用しないので酸化のおそれがなく長期保存に耐えられ、かつ工業的にも生産しやすくコスト的にも安くできあがる等の利点があるとされること(前記(1)オ)、③引用発明1Aによる乾燥麺の製造法によると、単に生麺線からの乾燥時間が著しく短縮化されるにとどまらず、乾燥麺の外観及び復元性、保存性が改良するとされること(前記(1)カ)に照らすと、引用発明1Aにおいては、乾燥麺が油を含んでいることによる酸化や劣化を課題の1つとし、その解決手段として、油を全く使用しないことにより保存性を改良することができるようにしたものと認められる。
そうすると、引用発明1Aにおいて、「麺生地に主原料の総重量に対して0.5重量%よりも大きく6重量%未満の100%油由来の粉末油脂を含む」ようにすることは、上記のとおり、油を含んでいることによる酸化や劣化を課題の1つとし、その解決手段として、「油を全く使用しない」ことにより保存性を改良することができるようにしたことに相反するから、油脂を添加することには阻害事由があるというべきである。
よって、当業者は、多孔質化の実現のために粉末油脂を麺に添加するとの技術事項を引用発明1Aに適用することは考えないから、引用発明1Aに基づき、相違点1-1に係る構成を当業者が想到することが容易とはいえない。』

『(4) 相違点2-2に係る容易想到性
ア 引用発明2は、・・・(略)・・・復元性の高い麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で、本件発明2と課題を共通にするものである。
イ ①引用例1(甲1)には、麺線が120℃~250℃に加熱された気流に急激に接触すると、麺線内部の水分が瞬間的に加熱されて外部へ放出され、麺線内部に均一微細な多孔質体からなる麺線組織が形成されるとの記載、②特公昭48-5027号公報(甲2)には、生麺が約60~120℃低湿度の熱風に暴露されたときに、生麺内部の水分が急激に加熱されて気泡となって外部に放出され、麺体が強靱かつ多孔質に近い状態となるとの記載(3欄39~44行)、③特開昭52-128251号公報(甲3)には、生麺に120~300℃の高温熱風を2.5~10m/secの流速で供給し、10~60秒の間高温熱風に連続的又は断続的にさらして膨化させるとの記載(1頁右欄12行~2頁右上欄7行)があり、いずれも、生麺体を高温熱風乾燥して多孔質化することを開示している。よって、かかる技術事項(甲1~3技術事項)は、本件優先日当時、周知技術であったことが認められる。
しかしながら、引用例2には、①従来、麺の復元時間を改善するために、膨化剤等を加えその気泡により多孔質化して復元性を改善する試みもあったところ、該気泡が麺組織を破壊するため滑らかで弾力性のある食味の麺をつくることができなかったこと(前記(1)ウ)、②引用発明2による麺の多孔質は従来からある膨化処理によるものではないこと(前記(1)オ)、③麺の表面及び内部に無数に点在する固型状の食品用乳化剤や油脂が、蒸煮工程における蒸気温度により溶融、液化し、麺の表面及び内部に無数の微小孔を生じ、乾燥工程後もこれが残り多孔質の麺となり、この方法によって得た麺にお湯を注ぐと多孔質のため復元性は極めて早いこと(前記(1)オ)、④引用発明2に相当する実施例3の乾麺は、「めんのほぐれ具合」、「復元性」、「スープとの調和性」、「めんの食味」及び「総合評価」のいずれもが、「非常によい」と評価されていること(別紙引用例2図表目録の表)が記載されている。
これらの記載によれば、引用発明2は、乾燥工程において、実施例1、2に開示された蒸煮工程と同様に熱を加えることによって、麺線の表面及び内部に無数に点在する固型状の食品用乳化剤や油脂が溶融、液化し、麺線の表面及び内部に無数の微小孔を生じ、乾燥工程後もこれが残ることにより乾麺を多孔質化するものである。
したがって、引用発明2については、既に多孔質化を実現しているのであるから、課題達成のため、生麺体を高温熱風乾燥する方法により多孔質化を実現する甲1~3技術事項を適用する動機付けはない。
また、従来の気泡や膨化により乾麺を多孔質化することによっては、滑らかで弾力性のある食味の麺を作るとの課題を達成できなかったのが、引用発明2の製造方法により製造される乾麺については、「復元性」などが「非常によい」と評価されていることからすると、引用発明2においては、気泡や膨化とは異なる多孔質化技術を利用することに、格別な技術的意義があるといえる。そうすると、引用発明2において、乾麺を多孔質化する手段として気泡や膨化によることは、引用発明2の課題解決に反することになるから、当業者は、多孔質化の手段として、気泡や膨化によることは考えないものというべきである。
引用例1及び甲2文献に記載の多孔質化は、生麺体の水分が急激に気化して気泡となることを利用するものであり、甲3文献に記載の多孔質化は、生麺体の膨化を利用するものであるから、甲1~3技術事項を引用発明2に適用することには阻害事由がある。
よって、当業者は、引用発明2に甲1~3技術事項を組み合わせて用いることは考えないから、引用発明2に基づき、相違点2-2に係る構成を当業者が想到することが容易とはいえない。』

『(4) 相違点3に係る容易想到性
ア 引用発明3は、・・・(略)・・・、ひび割れや過発泡を解決するために乾燥工程を短縮し、良好に調理可能な麺の製造を可能とする製造方法を提供する点で、本件発明2と課題を共通にするものである。
イ 引用例1(甲1)、特開昭59-173060号(甲23)、特開昭58-81749号(甲24)には、生麺及び蒸し麺のいずれに対しても高温熱風乾燥を施すことが開示されており、生麺及び蒸し麺に高温熱風乾燥を行うとの技術事項は、本件優先日当時、周知技術であったことが認められる。
しかしながら、引用例3には、主原料と、粒子径0.15mm以上の粉末粒状の油脂とを少なくとも含む麺原料と、水を混捏して得た混合物から麺線を作成し、該麺線を蒸煮し、次いで、熱風により膨化乾燥するとの構成を有する即席麺の製造方法を提供するものであること(【0022】)、麺線の蒸煮工程により、麺線内部の粉末粒状油脂が溶けることで麺線内部及び麺線表面に(適度なサイズの)穴が形成され、それに続く熱風による膨化乾燥工程により、麺線内部の水分をスムーズに蒸発させて、麺線を乾燥することができるため、麺線の急激な発泡を防止することが可能となり、その結果、麺線の割れ防止と、湯戻し後の良好な食感の両立(更には、生産性及び経済性の両立)が可能となると推定され、その結果、麺線の太さにかかわらず、従来の高温熱風乾燥の問題点であった「麺線の割れ」を効果的に防止しつつ、湯戻し後の食感を良好にすることができるとの効果が奏されること(【0023】)の記載がある。他方で、引用例3には、蒸煮工程を経ずに、熱風乾燥過程において油脂を溶解させることの記載はない。
そうすると、引用発明3については、麺線内部及び麺線表面に(適度なサイズの)穴が形成され、既に多孔質化を実現しているのであるから、課題達成のため、生麺及び蒸し麺に高温熱風乾燥を行う周知技術を適用する動機付けはない。
かえって、引用発明3においては、粉末粒状の油脂が添加された麺線に対し、蒸煮した上で熱風による膨化乾燥を行うとの工程により、所望の効果を実現することができるのであるから、課題達成のためには、熱風乾燥前に既に穴が開いている必要がある。したがって、引用発明3においては、麺線を蒸煮してから熱風により膨化乾燥するとの工程によることに、格別な技術的意義がある。そうすると、蒸煮工程を経ずに熱風による膨化乾燥を行うことは、その課題解決に反することになるから、蒸煮工程を経ないで高温熱風乾燥を行うことには、阻害事由がある。
・・・(略)・・・
よって、相違点3に係る本件発明2の構成は、当業者が容易に想到し得るものではないから、本件発明2は、引用発明3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。』

[コメント]
裁判所は、本件発明の進歩性の判断に際し、引用発明では既に麺の多孔質構造を実現しているのであるから、課題達成のため、相違点にかかる麺の製法(周知技術等)を採用して多孔質構造を形成する動機づけがあるとはいえず、かつ引用発明の技術的意義等を参酌すれば当該構成を採用することは阻害事由があるとした。
本判決のように、引用発明では、本件発明の課題と共通する課題が既に解決されているため、課題解決のために、相違点に係る構成を適用する動機付けがないとし、むしろ、その構成を採用することは阻害事由があるため、本件発明の進歩性が肯定されるとのロジックは、「掴線器」事件(平成28年(行ケ)第10103号、本事件と同裁判長)での判示とよく似ている。
他方、上記の阻害事由が認定できない場合は、当業者は、主引用発明において、問題の解決をより完全なものに近付けるために、同じく当該問題の解決を課題とする副引用発明の適用を試みるものということができるとして、相違点にかかる構成が容易である(「タイヤ」事件(平成27年(行ケ)第10114号、同上裁判長)と判断され得ることに留意すべきである。

以上
(担当弁理士:片岡 慎吾)