審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10120号等「空気入りタイヤ」事件

名称:「空気入りタイヤ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10120号(甲事件)、第10119号(乙事件) 判決日:平成30年4月4日
判決:請求棄却(甲事件)、審決取消(乙事件)
特許法29条2項
キーワード:副引用発明の認定、阻害要因
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/640/087640_hanrei.pdf

[概要]
副引例から、ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し、さらに、特定の技術的事項のみを抜き出して、副引例に当該技術が開示されていると認めることはできないとされ、その上で、当業者において、リブパターンであることに技術的意義を有するタイヤである主引用発明において、ブロックパターンであることを前提とする副引例の当該技術を適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ、阻害要因があるというべきであるとして、本件発明の進歩性を否定した審決を取り消した事例。

[事件の経緯]
1.乙事件
乙事件原告は、特許第5435175号の特許権者である。
乙事件被告が、当該特許の請求項1~7に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800139号)を請求し、乙事件原告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求項1及び3に係る発明についての特許を無効とし、請求項4~7に係る発明についての審判請求は成り立たないとする審決をした(請求項2は訂正にて削除)ため、乙事件原告は、審決中、本件特許の請求項1及び3に係る部分の取り消しを求めた。
知財高裁は、乙事件原告の請求を認容し、審決を取り消した。
2.甲事件
なお、甲事件原告(乙事件被告)も、審決中、本件特許の請求項4~7に係る部分の取り消しを求めたが、知財高裁は、甲事件原告の請求を棄却した。
※以下、乙事件についてのみ記載する。

[本件発明1]
【請求項1(訂正後)】
トレッド部に溝が設けられている空気入りタイヤであって、
前記空気入りタイヤの総幅SWと外径ODとの比であるSW/ODが、
SW/OD ≦ 0.3
を満たし、
ISO4000-1:2001に準拠する規定リム幅と前記空気入りタイヤの内径に適合したリム径とを有するリムに前記空気入りタイヤをリム組みし、230kPaで内圧を充填し、かつ前記空気入りタイヤの負荷能力の80%に相当する荷重をかけて平面に接地させたときの接地面の領域を接地領域とした場合、
前記トレッド部の接地領域において、接地面積に対する溝面積比率をGRとし、接地幅をWとし、タイヤ赤道面を中心として接地幅Wの50%の幅を有する領域をセンター領域ACとし、前記センター領域ACでの溝面積比率をGCRとし、前記センター領域ACよりもタイヤ幅方向外側の接地領域をショルダー領域ASとし、前記ショルダー領域ASでの溝面積比率をGSRとした場合に、
前記トレッド部の接地領域は、
10[%] ≦ GR ≦ 25[%]
0 < GSR/GCR ≦0.6
を満たして形成されており、
前記センター領域ACにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備えるとともに、前記周方向溝に挟まれタイヤ周方向に連なる陸部を少なくとも1つ備えることを特徴とする、
空気入りタイヤ。

[審決]
審決において、以下のような判断が行われた。
1.相違点
(1)相違点1
本件発明1において、「ISO4000-1:2001に準拠する規定リム幅と前記空気入りタイヤの内径に適合したリム径とを有するリムに前記空気入りタイヤをリム組みし、230kPaで内圧を充填し、かつ前記空気入りタイヤの負荷能力の80%に相当する荷重をかけて平面に接地させたときの接地面の領域を接地領域とした場合、\前記トレッド部の接地領域において、接地面積に対する溝面積比率をGRとし、接地幅をWとし、タイヤ赤道面を中心として接地幅Wの50%の幅を有する領域をセンター領域ACとし、前記センター領域ACでの溝面積比率をGCRとし、前記センター領域ACよりもタイヤ幅方向外側の接地領域をショルダー領域ASとし、前記ショルダー領域ASでの溝面積比率をGSRとした場合に、\前記トレッド部の接地領域は、\10[%]≦GR≦25[%]\0<GSR/GCR≦0.6\を満たして形成されている」のに対し、引用発明においてはそのような特定がなされていない点。
(2)相違点2
省略

2.甲4技術(甲4記載の技術的事項)
タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部に(おける)トレッド踏面幅Tの50%以内の領域Wの全溝面積比率を「センター部の溝面積比率」、残りの領域の全溝面積比率を「残りの領域の溝面積比率」とすると、
0.25≦(残りの領域の溝面積比率)/(センター部の溝面積比率)≦0.50

3.容易想到性の判断
本件発明1が、引用発明、甲4技術、設計事項及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明することができるとして、本件発明1の進歩性を否定した。

[取消事由]
1.本件発明1の進歩性に係る判断の誤り(取消事由1)
2.本件発明3の進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)
※以下、取消事由1についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.本件発明1と引用発明との対比
本件発明1と引用発明との相違点は、審決の通りであることは、当事者間に争いがない。

2.甲4について
『 したがって、甲4には、「センター領域を含めた全ての領域が溝により複数のブロックに区画されたブロックパターンについて、①全溝面積比率を25%とし、かつ、前記領域(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部におけるトレッド踏面幅Tの50%以内の領域)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍となし、②前記ストレート溝と前記副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、③前記ブロックの各辺と前記カーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比LG/CG=2.5とする。」との技術的事項、すなわち、甲4技術Aが記載されていると認められる。』
『 本件審決は、甲4に甲4技術が記載されていると認定した。
しかし、前記アのとおり、甲4には、特許請求の範囲にも、発明の詳細な説明にも、一貫して、ブロックパターンであることを前提とした課題や解決手段が記載されている。また、前記イのとおり、甲4には、前記イ①ないし③の技術的事項、すなわち、溝面積比率、独立カーフ、タイヤ幅方向全投影長さとタイヤ周方向全投影長さの比に関する甲4技術Aが記載されている。
そこで、これらの記載に鑑みると、上記イ①ないし③の技術的事項は、甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり、これらの構成全てを備えることにより、耐摩耗性能を向上せしめるとともに、乾燥路走行性能、湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという、甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。
したがって、甲4技術Aから、ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し、さらに、溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して、甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。よって、本件審決における甲4記載の技術的事項の認定には、上記の点において問題がある。』

3.相違点の容易想到性
『 引用例には、引用発明について、①転がり抵抗を低減できるタイヤの提供を目的とすること(【0005】)、②外径ODを大きくすることにより、転がり抵抗を低下させることができること(【0042】)、③溝面積比率を25%以下とすることにより、タイヤの幅SWを狭くしたことによる横力の弱さを補い、操縦安定性を確保できること(【0009】【0043】)、④周方向溝10A、10B、10Cのうちトレッド幅方向の外側に形成されたものほど溝幅が大きいため、周方向への排水性が高められること(【0045】)、⑤周方向陸部20A及び20Bがタイヤ周方向に連なる陸部を備えること、すなわち、リブパターンとすることにより、トレッドへの前後入力に対する剛性が高められ、駆動力及び制動力を向上させることができること(【0047】)が記載されている。
一方、引用例には、タイヤの接地領域について、タイヤ赤道面を中心として接地幅の50%の幅を有する領域をセンター領域として、同領域よりもタイヤ幅方向外側の接地領域と区別することや、センター領域とその他の領域における各溝面積の比率、センター領域の溝面積比率をその他の領域の溝面積比率より高めることにより、タイヤ全体の溝面積比率が比較的低いことによる排水性の低下を抑制し、操縦安定性を向上させることを示す記載はなく、これらのことを示唆する記載もない。
また、甲4には、タイヤのセンター領域の溝面積比率を残りの領域の溝面積比率の3倍とすることなどを含む甲4技術Aが記載されているが、同技術は、乗用車用空気入りラジアルタイヤがブロックパターンを有することを前提とするものであって、ストレート溝と副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し、ブロックの各辺とカーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比を「LG/CG=2.5」とするという構成を併せ備えるものである。
そうすると、当業者において、タイヤ周方向に連なる陸部を備えること、すなわちリブパターンであることに技術的意義を有するタイヤである引用発明において、必然的に周方向に連なる陸部を備えないブロックパターンであることを前提とする甲4技術Aを適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ、阻害要因があるというべきである。』

4.小括
『 以上のとおり、本件発明1は、引用発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。』

[コメント]
副引例に開示されている技術を認定する際に、ブロックパターン(溝により複数のブロックに区画されたトレッドパターン)を前提とした技術であることを捨象し、さらに、特定の技術的事項のみを抜き出して、副引例に開示されていると認めることはできない、と判断された。
そして、当業者において、ブロックパターンとは異なるリブパターン(レッド溝がタイヤの円周方向に配列されたトレッドパターン)であることに技術的意義を有するタイヤである引用発明において、ブロックパターンであることを前提とする副引例の技術を適用する動機付けがあるとはいえず、むしろ、阻害要因がある、と判断された。即ち、主引用発明の前提となるトレッドパターンと、副引用発明の前提となるトレッドパターンとが異なるため、主引用発明に、副引用発明を適用する阻害要因がある、と判断された。
審決のように、主引用発明に副引用発明を適用することで発明の進歩性を否定する際に、主引用発明、副引用発明が技術思想として認定されず、個別の構成のみで認定されることがよくある。したがって、主引用発明を認定する場合だけでなく、副引用発明を認定する場合でも、技術思想として、構成を認定する必要がある。そうすることで、本判決のように、主引用発明に副引用発明を適用する阻害要因が発生する可能性がある。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)