審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10139号「モニタリング装置及び方法」事件

名称:「モニタリング装置及び方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10139号 判決日:平成30年4月16日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、設計変更
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/671/087671_hanrei.pdf

[概要]
引用発明において、条件判断の順序を入れ替えることによって技術的意義に変動が生じるため、複数の条件判断の順序を入れ替えることが通常行い得る設計変更であったとしても、引用発明において、当該条件判断の順序の入れ替えに係る構成を採用することはできず、よって、引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが、単なる設計変更であるということはできないから、相違点に係る本願補正発明の構成は、容易に想到することができるものではない、と判断された事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2014-509742号)に係る拒絶査定不服審判(不服2016-4465号)の請求と同時に請求項1について補正したところ、特許庁(被告)が29条2項を理由に独立特許要件を満たさず、補正の却下決定をした上で、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願補正発明]
【請求項1】(審判請求時の本願補正発明)
レーダー送信機及びレーダー受信機を備えるレーダーセンサを用いてホスト自動車の外部の環境で1又は複数のターゲット物体をモニタリングするための装置であって、
前記装置は、前記少なくとも1のセンサを用いて、前記ホスト自動車と前記1又は複数のターゲット物体との間の所定の相対移動の検知に応答して少なくとも1のアクションを始動するように構成され、
前記装置は、前記ホスト自動車の延伸軸からの前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の距離である横方向オフセット値を判断し、前記横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの始動が行われないように、前記少なくとも1のアクションの始動を無効し、
前記装置は、前記レーダーセンサの出力に応じて前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の前記横方向オフセット値を判断するように構成された装置。

[審決]
1.相違点
本補正願発明では、ターゲット物体又は各ターゲット物体の「横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの始動が行われないように、前記少なくとも1のアクションの始動を無効にし」ているのに対し、引用発明では「幅方向において自車線中心線COLからどの程度離れているか」の値が、「自車線幅WOLより大きい場合に、制御における対象から外され」、「絞込み」により除外されたその「特定存在物」については、「自車洗浄に存在」しないと「判定」し、これにより、「v」ACC・PCS作動ルーチン」において「作動装置」の「作動が開始」することを無効にする、とは明記されていない点。
2.進歩性
本願補正発明の進歩性は否定された。

[取消事由]
1.引用発明の認定の誤り及び相違点の看過
2.容易想到性の判断の誤り
※以下、取消事由2についてのみ記載する。

[被告の主張]
1.本件周知技術を適用する動機付け
相違点に係る本願補正発明の「少なくとも1のアクションの始動を無効にし」との構成は、ホスト自動車と1又は複数のターゲット物体との間の所定の相対移動の検知に応答して少なくとも1のアクションを始動させる、すなわち少なくとも1のアクションを自動的に始動させるものの、この1のアクションを始動する信号(あるいは信号に類する事項)を無効にすることにより、1のアクションの作動が行われないようにする、との意味を有する。
そして、周知例1及び2に加え、乙1には、いずれも自動車のブレーキ等の作動を自動的に制御するに当たり、特定の条件を満たした場合は、作動装置(ブレーキ)の作動が行われないように、作動装置の始動(ブレーキを働かせる信号)を無効にすることが示されている(本件周知技術)。
また、複数の条件(①ターゲット物体とホスト自動車との相対的な接近という条件と②ターゲット物体がホスト自動車の進行経路上にあるという条件)が成立したときに特定のアクションを始動する装置を設計する場合には、一方の条件の成立したことを判断する構成と他方の条件が成立したことを判断する構成を設け、これらの構成からの信号等を適宜の手段に入力して、特定のアクションを始動する信号等を得ることになる。この適宜の手段の具体的な態様として、いずれか一方の条件が成立した信号が入力されても、他方の条件が成立した信号が入力されなければ、アクションを始動させる信号を出力させない、すなわちアクションを始動させる信号
を無効とすることは設計事項である。引用発明も周知例1及び2に記載された技術も、(車両に搭載された)装置が生成した信号によりブレーキ等アクションの開始が行われないようにする点では変わりがなく、そのための条件が引用発明のようにセンサの検出結果に基づくものか、周知例1及び2に記載のようにドライバーの操作によるものかは、引用発明に本件周知技術を適用することの容易想到性の判断に影響するものではない。
したがって、当業者が、通常行い得る設計変更のもとで、引用発明に本件周知技術を適用し、「作動装置」の「作動が開始」することを無効にするようにして、相違点に係る本願補正発明の構成を得ることは、当業者が容易になし得たことである。

2.相違点の容易想到性
よって、当業者は、引用発明に、本件周知技術を適用することにより、相違点に係る本願補正発明の構成を容易に想到できたものである。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(イ)条件判断の順序の入替えについて
本願補正発明では、ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動するように構成された後に、自車線上にある存在物を特定し、アクションの始動を無効にするという構成が採用されている。したがって、引用発明を、相違点に係る本願補正発明の構成に至らしめるためには、少なくとも、まず、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を行い、続いて、特定のACC制御やPCS制御を開始するために自車両の速度等の条件判断を行うという引用発明の条件判断の順序を入れ替える必要がある。
しかし、引用発明では、S1及びS2において、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断される。この条件は、ACC制御、PCS制御の対象となる前方存在物を特定するためのものである(引用例【0091】)。そして、引用発明は、これにより、多数の特定存在物の中から、自車線上にある存在物を特定し、ACC制御、PCS制御の対象となる存在物を絞り込み、ACC制御、PCS制御のための処理負担を軽減することができる。一方、ACC制御、PCS制御の対象となる存在物を絞り込まずに、ACC制御、PCS制御のための処理を行うと、その処理負担が大きくなる。このように、引用発明において、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を、ACC制御、PCS制御のための処理の前に行うか、後に行うかによって、その技術的意義に変動が生じる。
したがって、複数の条件が成立したときに特定のアクションを始動する装置において、複数の条件の成立判断の順序を入れ替えることが通常行い得る設計変更であったとしても、引用発明において、まず、特定のACC制御やPCS制御を開始するために自車両の速度等の条件判断を行い、続いて、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を行うという構成を採用することはできない。
よって、引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが、単なる設計変更であるということはできないから、相違点に係る本願補正発明の構成は、容易に想到することができるものではない。
(ウ)本件周知技術の適用
a 引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが単なる設計変更であったとしても、条件判断の順序を入れ替えた引用発明は、まず、自車両の速度等の条件判断がされ、続いて、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され、その後、特定のACC制御やPCS制御が開始され、又は開始されないものになる。そして、これに本件周知技術を適用できたとしても、本件周知技術を適用した引用発明は、まず、自車両の速度等の条件判断がされ、続いて、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され、その後、特定のACC制御やPCS制御が開始され、又は開始されないものになり、加えて、特定の条件を満たした場合には、当該ACC制御やPCS制御の始動が無効になるにとどまる。
ここで、本件周知技術を適用した引用発明は、特定の条件を満たした場合に、PCS制御等の始動を無効にするものである。そして、本件周知技術を適用した引用発明においては、PCS制御等の開始に当たり、既に、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断されているから、自車線上の存在物であるか否かという条件を、再度、PCS制御等の始動を無効にするに当たり判断される条件とすることはない。
これに対し、相違点に係る本願補正発明の構成は、「横方向オフセット値に基づいて」、すなわち、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断に基づいて、少なくとも1のアクションの始動を無効にするものである。
したがって、引用発明に本件周知技術を適用しても、相違点に係る本願補正発明の構成には至らないというべきである。
b なお、本件周知技術を適用した引用発明は、自車両の速度等の条件判断と、それに続く、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断をもって、PCS制御等を開始するものである。PCS制御等の開始を、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断よりも前に行うことについて、引用例には記載も示唆もされておらず、このことが周知慣用技術であることを示す証拠もない。
したがって、引用発明に本件周知技術を適用しても、その発明は相違点に係る本願補正発明の構成には至らないところ、さらに、PCS制御等の開始を、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断よりも前に行うことにより、当該発明を、相違点に係る本願補正発明の構成に至らしめることができるものではない。
c そもそも、本願補正発明では、ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動するように構成された後に、自車線上にある存在物を特定し、アクションの始動を無効にするという構成が採用されている。本願補正発明は、ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動するという既存の構成に、当該構成を変更することなく、単に、自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を付加することによって、アクションの始動を無効にするというものであり、引用発明とは技術的思想を異にするものである。
(エ) 以上のとおり、引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが単なる設計変更ということはできず、また、引用発明に本件周知技術を適用しても、相違点に係る本願補正発明の構成には至らないというべきであるから、相違点に係る本願補正発明の構成は、引用発明に基づき、容易に想到できたものとはいえない。』

以上のように、審決の判断には誤りがあるとして、原告の請求が認容された。

[コメント]
本願補正発明が、引用発明に対して、当業者であれば通常行い得るような設計変更(条件判断の順序の入れ替え)を行うことによって、到達する発明であったとしても、引用発明において、本願補正発明に対応するような設計変更を行うことによって、技術的意義に変動が生じる場合には、引用発明において当該設計変更に係る構成を採用することはできず、その結果、相違点に係る本願補正発明の構成は容易に想到することができるものではない、と判断された。
この判断は、システムに関する発明やソフトウェアに関する発明において、相違点に係る構成が条件判断の順序の入れ替えによる単なる設計変更であると判断された場合に、相違点に係る構成が容易に想到できないと主張する際に有効となるかもしれない。

以上
(担当弁理士:植田 亨)