審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10047号「発光装置」事件

名称:「発光装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10047号 判決日:平成30年1月23日
判決:請求棄却
特許法36条6項1号、29条2項
キーワード:サポート要件、進歩性(相違点の判断)、審理範囲、手続違背、判決の拘束力
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/410/087410_hanrei.pdf

[概要]
前判決等で判示された内部量子効率の改善方法に関する技術常識に加えて、出願当時に類似物質で同等の性能が達成されていることを証拠に、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲であるとして、特許請求の範囲に記載の発明の性能を達成するための具体的方法が明細書に記載されていなくとも、サポート要件を充足すると判断された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4094047号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2014-800013号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、本件訂正を認めた上で、請求不成立(特許維持)の審決(以下、「前審決」という)をし、被告は、その取り消しを求めて訴えを提起し、前審決を取り消す旨の判決(平成27年(行ケ)10097号。以下、「前判決」という)が確定した。
特許庁において、上記無効審判の審理が再開され、再度請求不成立の審決をしたため、原告はその取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
赤色蛍光体と、緑色蛍光体とを含む蛍光体層と、発光素子とを備え、
前記赤色蛍光体が放つ赤色系の発光成分と、前記緑色蛍光体が放つ緑色系の発光成分と、前記発光素子が放つ発光成分とを出力光に含む発光装置であって、
前記出力光が、白色光であり、
前記赤色蛍光体は、前記発光素子が放つ光によって励起されて、Eu2+で付活され、かつ、600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体(ただし、Sr2Si4AlON7:Eu2+を除く)であり、
・・・(略)・・・
前記青色発光素子が放つ光励起下において前記赤色蛍光体は、内部量子効率が80%以上であり、
・・・(略)・・・
前記蛍光体層は,・・・を特徴とする発光装置

[前判決]
本件発明は進歩性がなく、特許無効と判断した審決に対し、本件発明と主引用発明の認定、これらの一致点及び相違点の認定、相違点1の判断に誤りはないとした上で、相違点5(本件発明の赤色蛍光体は、前記青色発光素子が放つ光励起下において内部量子効率が80%以上であるのに対し、甲3発明の赤に発光するニトリド含有顔料がそのようなものか否か不明である点)に係る構成につき、進歩性があると判断して前審決を取り消した。

[審決]
①前判決は、一般論として、本件出願の優先日前において、青色発光素子が放つ光励起下における内部量子効率が80%以上のものを製造できる可能性を技術常識に基づいて想定できることは否定していない。「赤色蛍光体は、内部量子効率が80%以上」においてサポート要件を満たしていないということはできない。
②本件特許出願は適法な分割出願と認められるから、本件発明が原出願の公開公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到できたものとはいえない。
③本件発明は、甲3発明に基づいて当業者が容易に想到できたものとはいえない。

[取消事由]
1.原告の意見を求めずに審決に至ったことによる手続違背(取消事由1)
2.サポート要件適合性に関する判断の誤り(取消事由2)
3.分割出願の適法性についての判断の誤り(取消事由3)
4.相違点5についての容易想到性判断の誤り(取消事由4)
※以下、取消事由2、4についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
4 取消事由2(サポート要件適合性に関する判断の誤り)について
『(1) 原告は、・・・(略)・・・本件発明の構成要素である、Eu2+で付活され、かつ、600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体で、青色発光素子が放つ励起光下において内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているかどうかを問題としていると解されることから、まず、この点について検討する。
ア 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては、・・・(略)・・・その記載や示唆がなくとも当業者が出願時(当該出願が分割出願であるときは、その最先の原出願時)の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
イ・・・(略)・・・「高い光束を放つ発光装置を得るためには、・・・(略)・・・発光素子が放つ光励起下において最も内部量子効率が低い蛍光体は、内部量子効率(絶対値)が、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上の蛍光体とする。」ことが記載されている。
ここで、本件明細書には、本件発明の構成要素の赤色蛍光体である「Eu2+で付活され、かつ、600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体」の内部量子効率に関し、・・・段落【0126】に、405nmの励起光下での内部量子効率は約60%であると記載されているほかには、・・・図13から、440~500nmの波長領域における最小の内部量子効率は500nmの励起光下での65%程度であることが読み取れるに留まる。
上記1(4)ケのとおり、本件明細書には「今後製造条件の最適化によって、1.5倍以上の内部量子効率の改善が可能である」と記載されているものの、その具体的根拠を示す記載は何ら見当たらないから、上記の各記載内容を前提とすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載又はその示唆のみを直接の基礎として、当業者が直ちに、特許請求の範囲に記載された発明がその発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。
ウ そこで、当業者が原出願時の技術常識に照らし、発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
・・・(略)・・・
(イ) 上記(ア)のとおり、平成15年10月2日に公開された甲5文献には、ニトリドアルミノシリケート系ではなく、類似のニトリドシリケート窒化物蛍光体についてではあるものの、実施例9として量子効率が86.7%のSr1.4Ca0.6Si5N8:Eu赤色蛍光体が開示されている。併せて、蛍光体の原料中に含まれる・・・不純物が、発光輝度を低下させたり、付活剤の活性を阻害する原因になり、・・・(略)・・・こうした不純物等を系外に除去する必要性が示されている。
(ウ) 平成15年12月4日に国際出願された特許についての甲51文献には、450nmの励起光下で605~650nmに発光ピークを有し、80%を超える高い量子効率を示すニトリドアルミノシリケート系赤色蛍光体Sr1.96Si3Al2N6O2:Eu0.04が開示されている。
(エ) そして、上記1(5)において認定したとおり、本件明細書には、本件発明の構成要素であるニトリドアルミノシリケート系赤色蛍光体について、原料化合物の種類及び重量、反応促進剤の有無、焼成条件等を含めた具体的な製造方法が記載されていることを勘案すると、本件明細書の記載に接した当業者は、原出願時の技術常識と認められる上記(イ)の示唆に従って製造条件や製造工程を最適化することにより、当該ニトリドアルミノシリケート系赤色蛍光体の内部量子効率を高めることが可能であると認識できるというべきである。そして、上記(ウ)において認定したとおり、原出願がされた当時の技術水準としても、ニトリドアルミノシリケート系赤色蛍光体の量子効率を80%以上とすることが実際に可能であったことからすると、特許請求の範囲に記載された発明は、当業者が原出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めるのが相当である。
エ したがって、本件特許に係る特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合するものであるから、本件審決に誤りはないというべきである。』
5 取消事由4(相違点5についての容易想到性判断の誤り)について
『・・・(略)・・・
(2) また、原告は、相違点5に係る構成につき、甲3発明と甲51文献記載の公知発明に基づいて当業者が容易に想到できたものであるから、これと異なる判断をした本件審決には誤りがあると主張する。
しかし、この主張も(1)と同様の理由により許されないものである上、審決取消訴訟においては、審判手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)ところ、本件審判手続において、甲51文献記載の公知発明について審理判断されていたと認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は、本件訴訟の審理範囲を逸脱するものであって、この点からしても許されないというべきである。』

[コメント]
前判決で認定された非ニトリドアルミノシリケート系蛍光体の不純物の除去についての文献による技術常識に加えて、本判決では、原告が取消事由4の主張で新たに提出した甲51文献を追加して当業者の課題解決可能性を裏付け、サポート要件充足を認定した。原出願特許に関して実施可能要件が争われた平成24年(行ケ)10020号事件、前判決、および審決に比べ、明細書等に具体的な実現手段の記載のない数値範囲のクレームを認めることについて慎重に判断が行われた印象を受ける。原告側から見ると、甲51文献が進歩性判断の根拠としては採用されず、サポート要件で採用されて逆手にとられた形となった。審判の時点で審理されていない公知発明の無用な主張はしないよう心がけたい。
以上
(担当弁理士:小林 隆嗣)