審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10063号「ソルダペースト組成物及びリフローはんだ付方法」事件

名称:「ソルダペースト組成物及びリフローはんだ付方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10063号 判決日:平成30年2月20日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:進歩性、予期し得ない効果、臨界的意義
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/487/087487_hanrei.pdf

[概要]
新規性、進歩性を肯定して無効審判請求を不成立とした審決を、予期し得ない効果の判断に誤りがあるとして取り消した事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4447798号の特許権者である。
原告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2015-800058号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明1]
無鉛系はんだ粉末、ロジン系樹脂、活性剤及び溶剤を含有するソルダペースト組成物において、分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を含有するソルダペースト組成物。

[審決]
審決は、次のとおり判断して本件各発明には進歩性があるとした。
1 本件発明1と甲1発明の相違点(「はんだ粉末」が、本件発明1では「無鉛系」であるのに対し、甲1発明でははんだ粉末の金属組成が特定されておらず、「無鉛系」であるか不明である点)は実質的な相違点である。
2 甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得る。
3 しかし、本件発明1は、当業者が予測することのできない格別の効果を奏する。

[争点]
1 甲1発明及び甲1方法発明に基づく進歩性欠如(取消事由1)
2 甲2発明及び甲2方法発明に基づく進歩性欠如(取消事由2)
3 サポート要件違反(取消事由3)
4 実施可能要件違反(取消事由4)
5 明確性要件違反(取消事由5)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 取消事由1について
『本件発明1は、高温のリフロー時においても無鉛系はんだ粉末及びフラックス膜の酸化による熱劣化を防止することをその課題の1つとする・・・(略)・・・。
そして、本件明細書記載の実施例として行われたはんだ付け状態試験は、リフローはんだ付け装置において、プリヒートが150℃、120秒の場合と、200℃、120秒の場合のそれぞれで、本加熱を240℃、30秒行った試料のはんだ付け状態について、溶融後固化したはんだに未溶融物が見られないものを5、多く見られるものを1とし、3以上を実用性があるとする5段階法により評価したものであって(【0013】)、その結果は本件発明1の効果を裏付けるものとして理解される。
他方、甲1文献には、はんだ付け性をはんだ広がり試験によって評価したことが記載されている・・・(略)・・・。このはんだ広がり試験は、試験板(所定の銅板等)の上に、0.3gのはんだペーストを載せ、適当な加熱装置を用い、はんだの液相線温度より40~50℃高い温度で加熱し、その温度に達してから約30秒間融解して試験板上に広がらせ、次いで常温に放置して冷却した後、はんだの広がり面積等を測定し、所定の式に基づき広がり率を算出するものである(乙18)。
また、甲1文献の記載によれば、・・・(略)・・・同文献記載の試験は、実際にはんだ粉末の再酸化が防止されていることを、はんだ広がり試験によって確認している・・・(略)・・・ものと理解される。
ここで、本件明細書の記載・・・(略)・・・及び弁論の全趣旨によれば、リフロープロセスにおいては、プリヒート時の熱によりはんだ粉末の表面に酸化物が生成されると、その酸化物に覆われたはんだ粉末は、ぬれ性が悪く、溶融した部分と一体化せず、また、はんだ粉末を構成する金属の酸化物は融点が1000℃に近く、はんだ粉末の融点付近の温度では溶融しないため、未溶融物を生じ、はんだ付け不良を起こすことは、本件特許出願当時の技術常識であったことが認められる。
この技術常識によれば、本件発明1、甲1発明いずれにおいても、はんだ付け性が低下する原因は加熱に伴うはんだの再酸化にあるということができるところ、・・・(略)・・・両試験は、はんだの再酸化が防止されているかどうかを確認したものである点で共通するものということができる。
(イ) 前記のとおり、甲1文献には分子内に第3ブチル基のついたフェノール骨格を含む酸化防止剤がはんだ粉末の再酸化を防止することが記載されているところ、本件発明1におけるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤は、分子内に第3ブチル基のついたフェノール骨格を含む酸化防止剤に該当するものである。このため、分子内に第3ブチル基のついたフェノール骨格を含む酸化防止剤を含みさえすれば、はんだ粉末の再酸化が防止され、はんだ付け性が向上することは、甲1文献及び技術常識から、当業者が予測し得たことといってよい。
(ウ) また、本件発明1においては、酸化防止剤の分子量が少なくとも500であるとの限定を有するが、以下のとおり、このような限定を付すことによって格別の効果が得られたことを裏付けるに足りる証拠はないから、本件発明1の効果は、甲1文献及び本件特許出願当時の技術常識から当業者にとって予測し得ない格別顕著なものであるとは認められない。
すなわち、本件明細書には、ヒンダードフェノール系酸化防止剤として、・・・(略)・・・を含む実施例1及び・・・(略)・・・を含む実施例2と、酸化防止剤を含まない比較例についてのリフロー試験を行い、実施例1及び2は、プリヒート温度が150℃の場合にもはんだ付け性は良好であるが、同温度が200℃の場合には特に優れ、その他の性能も劣るものはないと記載されている(表1、【0017】)。具体的には、表1には、プリヒート温度が200℃、120秒の場合の評価は、実施例1が5、実施例2が4であったのに対し、比較例は1とされている。この結果から、ヒンダードフェノール系酸化防止剤として、・・・(略)・・・を含む本件発明1のソルダペーストは、酸化防止剤を含まないソルダペーストとの比較においては、はんだ付け性に優れるということはできる。
しかし、本件明細書には、ヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤として、分子量が500未満であるものを含むソルダペーストと本件発明1のソルダペーストを比較した試験は記載されていない。そうである以上、本件明細書の記載から、本件発明1は、分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を含むことにより、甲1発明に対して顕著な効果を奏するということはできない。
加えて、本件明細書には、本件発明1でヒンダードフェノール系化合物の分子量を少なくとも500とすることについて、「ヒンダードフェノール系化合物としては、特に限定されないが、…分子量500以上のものが、熱安定性が優れるという理由で、特に好ましい。」(本件明細書【0010】)というように、熱安定性に優れるとの記載はあるものの、ヒンダードフェノール系化合物の分子量が500未満である場合と比較して、リフロー特性に優れるソルダペースト組成物が得られることについては何ら記載されていない。
そうである以上、本件発明1における酸化防止剤の分子量に臨界的意義があるということはできない。
ウ 被告実験について
(ア) 被告は、被告実験において、それぞれ分子量500未満の酸化防止剤である・・・(略)・・・を含むフラックスB、Cと、それぞれ500より大きい分子量の酸化防止剤である・・・(略)・・・を含むフラックスD、Eを用いてソルダペーストを作製し、リフロー試験によって、はんだの溶融状態を評価した結果により、500より大きい分子量の酸化防止剤を含むフラックスD及びEの方が、分子量500未満の酸化防止剤を含むフラックスB及びCよりも未溶融率の低いソルダペーストを与えることが証明されている旨主張する。
(イ) しかし、以下のとおり、被告実験からは、500より大きい分子量の酸化防止剤を含むフラックスの方が、分子量500未満の酸化防止剤を含むフラックスよりも、未溶融率の低いソルダペーストを与えるということはできない。
証拠(甲110)によれば、被告実験は、次のようなものであったことが認められる。すなわち、・・・(略)・・・を用いてソルダペースト1と同様に作成したソルダペースト2、ソルダペースト1、2のフラックスAに換えて、フラックスB~Eを用いて作製したソルダペースト3~10それぞれについて、リフロー試験である実験例1~10を行った。また、実験例1~10においては、・・・(略)・・・ソルダペースト1~10をスクリーン印刷した試験基板を、各ソルダペーストに2枚ずつ用意し、予備加熱時間が120秒、予備加熱終了後はんだの溶融温度に達した後の加熱時間が30秒、ピーク温度が240℃でリフロー試験を行い、1枚の基板について3種類の直径ごとに100個設けられた個々の銅箔パッドにおけるはんだの溶融状態を光学顕微鏡で観察し、溶融又は未溶融の判定を行い、その結果から算出した溶融率によって評価した。溶融・未溶融の判定基準は、「溶融」は「はんだ表面にはんだ粉末が無く1つになる。」、「未溶融」は「はんだ粉末が一つにならない。」又は「はんだ表面にわずかだが粉末が残っている。」との基準が(表3)、また、その基準では判定がつかない場合の基準として、「溶融」は「はんだ表面にはんだ粉末が存在せず、全体が1つのドーム状になる。」又は「はんだ表面にはんだ粉末が1~3個程度分散して存在する。」、「未溶融」は「はんだ表面に光沢がなく、粉末が一つにならない。」、「はんだ表面の光沢が少なく、側面に5~6個以上の粉末が残っている。」、「はんだ表面全体にやや光沢が見られるが、表面に5~6個以上の粉末が分散して残っている。」、「はんだ表面の一部に光沢が見られるが、表面に5~6個以上の粉末が凝集している。」又は「はんだ表面のほぼ全体に光沢が見られるが、表面に5~6個以上の粉末が残っている。」との基準が示されている(表4)。被告実験における溶融・未溶融の判定基準に関する記載は、この表3及び表4の記載のみである。
しかし、この評価方法は、結果がまず溶融又は未溶融に2値化された上で未溶融率を算出するため、溶融又は未溶融の判定基準の取り方次第で、実際には残っているはんだ粉末の個数にほとんど差がないパッドでも、最初の判定次第で溶融と未溶融のいずれかに峻別されることとなり結果として未溶融と判定されるパッドの個数につき判定者の主観による変動が生じ得る方法ということができる。その上、当該判定基準は、はんだ粉末が1~3個程度では「溶融」と判定され、はんだ粉末が5個以上残っていると「未溶融」と判定されることは理解できるものの、加熱後に残っているはんだ粉末が4個の場合はそのいずれと判定されるのか不明である。こうした点を考慮すると、被告実験により示された結果は恣意的な評価を排除するために必要な明確な判定基準に基づくものであるとはいい難い。そうである以上、被告実験の結果は、フラックスD及びEを用いて作製されたソルダペーストは、フラックスB及びCを用いて作製されたソルダペーストと比較して、リフロー特性に優れるものであることを客観的に示すものということはできない。
エ 被告は、甲1文献のはんだ広がり試験においては0.3gという多量のソルダペーストが加熱され、それを還元するために十分なフラックス量があるので、最表層のはんだ粉末が溶融できずに表面の未溶融はんだが残るという課題が生じないのに対し、被告試験におけるような微小な印刷パターンでは、ソルダペーストはごく少量であるから、熱にさらされるはんだ粉末やフラックスの割合が大きく、熱による影響が大きいため当業者が甲1文献に基づいて被告試験の結果を予測することはできないと主張する。
しかし、本件明細書には微小な印刷パターンに用いた場合の効果を説明した記載はないから、この主張は本件明細書の記載に基づかないものというべきであり、当該効果をもって本件発明1の効果と見ることはできない。また、甲1文献においては、低残渣でも再酸化を防止できるフラックスの提供が課題とされ、フラックスの固形分を減らしても、酸化防止剤を添加することによってはんだの再酸化が防止できることが記載されていることからすれば、微小な印刷パターンであるために比表面積が大きくなり、加熱により再酸化されるはんだ粉に対するフラックスの割合が小さくなった場合でも、フラックスが酸化防止剤を含むことによってはんだの再酸化を防止し、ひいてははんだの未溶融の発生を防止する点で有利であることは、当業者が予測し得たことであるということもできる。
オ 以上より、本件発明1において分子量が少なくとも500であるヒンダードフェノール系化合物からなる酸化防止剤を用いたことによる効果は、甲1発明及び技術常識から当業者が予測し得ないほどの格別顕著なものということはできない。・・・(略)・・・
したがって、取消事由1は理由がある。』

[コメント]
本件発明の効果について、審決では「甲1発明において、「はんだ粉末」を無鉛系はんだ粉末に置き換えたときに、150℃でプリヒートを行う場合のみならず、200℃という高温のプリヒートを行った場合においても、無鉛系はんだ粉末及びフラックス膜の熱劣化を防止することができ、はんだ付性の特性が低下しないという効果を奏することについて、たとえ当業者であっても実験をせずに予測することは困難であり、また、そのような効果を奏することが予測可能であったとする根拠も示されていない。」と判断された。一方、本判決では、『甲1文献記載のはんだ広がり試験は、プリヒートを行うものではなく、また、共晶はんだも対象とされているためそれほど高い温度に加熱する必要はない点において、本件明細書におけるはんだ付け性試験とは異なるとしても、両試験は、はんだの再酸化が防止されているかどうかを確認したものである点で共通するものということができる。』と判断された。高温加熱をした場合の効果を重要視するかどうかの違いが効果を予期できるかどうかの判断の違いに繋がったといえる。
また、被告実験の判断基準は『恣意的な評価を排除するために必要な明確な判定基準に基づくものであるとはいい難い。』と判断された。目視での観察による評価や官能評価ではその客観性や明確性等について問題になることがある。目視での観察による評価や官能評価の評価基準の検討は慎重にすべきである。
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)