IP case studies判例研究

平成28年(行ケ)第10278号「ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態」事件

名称:「ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10278号 判決日:平成30年1月15日
判決:一部認容
特許法17条の2第3項、36条6項1号、44条
キーワード:新規事項の追加、サポート要件、分割要件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/383/087383_hanrei.pdf
 
[概要]
 除くクレームで唯一の実施例が除かれた補正について、新規事項の追加に当たり、補正後のクレームが記載要件違反であるとした特許取消決定の判断が取り消された事例。
 原出願(第3出願)には「結晶多形A」として、26個のピークで特定される「結晶多形A」のみが記載されているが、その上位概念に当たる6個のピーク及び1個のピークの不存在で特定される「結晶多形A」は記載されていないとして、分割要件違反を維持した事例。
 
[事件の経緯]
 本件出願は、平成16年2月2日(優先権主張:平成15年2月12日、欧州特許庁)にした特許出願(特願2006-501997号)の一部についてした特許出願の一部についてした特許出願の一部についてした特許出願である(以下、順に「第1出願」「第2出願」「第3出願」という)。
 原告は、平成26年12月26日、本件出願の願書に添付した明細書及び特許請求の範囲について補正した(以下「本件補正」という)。原告は、本件出願について特許査定を受けたが、特許異議の申立てがされ、原告は、本件特許の明細書及び特許請求の範囲について訂正を請求した(以下「本件訂正」という)。
 特許庁は、平成28年11月18日、本件訂正を認めるとともに、請求項1ないし7、9ないし13に係る本件特許を取り消し、請求項8に係る本件特許を維持するとの別紙異議の決定(以下「本件決定」という。)をし、原告は、本件決定のうち本件特許の請求項1ないし7、9ないし13に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
 
[本件発明]
【請求項1】(本件発明1)
 A: 2θで表して、5.0±0.2°、6.8±0.2°、9.1±0.2°、13.7±0.2°、20.8±0.2°、24.2±0.2°に特徴的なピークを有し、20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない、特徴的なX線粉末回折図形を示し、
 B: FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が9~15%である(但し、10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く)、
 C: (3R、5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3、5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩(以下「ピタバスタチンカルシウム」)
 D: 結晶多形A。
 E: 但し、2θで表して、5.0±0.2°(s)、6.8±0.2°(s)、9.1±0.2°(s)、10.0±0.2°(w)、10.5±0.2°(m)、11.0±0.2°(m)、13.3±0.2°(vw)、13.7±0.2°(s)、14.0±0.2°(w)、14.7±0.2°(w)、15.9±0.2°(vw)、16.9±0.2°(w)、17.1±0.2°(vw)、18.4±0.2°(m)、19.1±0.2°(w)、20.8±0.2°(vs)、21.1±0.2°(m)、21.6±0.2°(m)、22.9±0.2°(m)、23.7±0.2°(m)、24.2±0.2°(s)、25.2±0.2°(w)、27.1±0.2°(m)、29.6±0.2°(vw)、30.2±0.2°(w)、34.0±0.2°(w)[ここで、(vs)は、非常に強い強度を意味し、(s)は、強い強度を意味し、(m)は、中間の強度を意味し、(w)は、弱い強度を意味し、(vw)は、非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形(以下「26個偏差内相対強度図形」)を示し、FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるものを除く。
参考:化学式
 
[本件決定の理由の要旨]
① 本件各発明に係る特許は、特許法17条の2第3項に規定する要件(新規事項の追加の禁止)を満たしていない本件補正をした本件出願に対してされたものであり、同法113条1号に該当する、
② 本件各発明に係る特許は、同法36条6項1号の規定(サポート要件)を満たしておらず、同法113条4号に該当する、
③ 本件各発明に係る特許は、同法36条4項1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしておらず、同法113条4号に該当する、
④ 本件出願は、第3出願の一部を新たに特許出願とするものではないから、もとの特許出願の時にしたものとはみなされず、本件発明1及び10ないし13に係る特許は、同法29条1項3号の規定に違反してされたものであり、同法113条2号に該当する、
⑤ ⅱ)なお、仮に本件出願が、もとの特許出願の時にしたものとみなされたとしても、本件発明1、3、5、7及び10ないし13は、下記ウの引用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。)及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
注:第3出願には、26個偏差内相対強度図形が記載されていたが、構成要件Aの6つのピークで特定される結晶多形は記載されていなかった。本願は後者の結晶多形をクレームして分割した。
 
[取消事由]
1 本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り(取消事由1)
2 サポート要件の判断の誤り(取消事由2)
3 実施可能要件の判断の誤り(取消事由3)
4 引用発明1又は1’に基づく新規性の判断の誤り(取消事由4)
5 引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由5)
6 引用発明3に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由6)
 
[原告の主張]
(取消事由4~5)
 X線粉末回析法によって結晶多形Aを特定するためには、回折図形における26個のピークの、全てが必要になるものではない。当業者であれば、第3出願当初明細書等に、6個のピークを有し、1個のピークを有しないという構成要件Aにより特定される結晶多形Aが記載されていると理解できる。
 なぜなら、同じ結晶多形Aでも、①測定条件や結晶の状態によって、相対強度の弱いピークは測定できないこともあり、また、②相対強度は相当に変動するため、ピーク間の相対強度の順位が入れ替わることもある。そして、【表1】の中で、比較的相対強度の強い、vs及びsの6個のピーク(構成要件Aの6個のピーク)が確認できれば、それは結晶多形Aであると確認できるのというのが、当業者の技術常識であったからである。
 よって、本件出願は、第3出願の一部を新たに特許出願とするものであって、分割要件を充足するから、もとの特許出願の時にしたものとみなされ、その出願日は第1出願の優先日である平成15年2月12日になる。
 
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
(取消事由1)
『本件出願当初明細書等【0009】は、「結晶多形Aの一つの具体的形態」として、2θで表して、構成要件Eで特定されるのと同様の26個無偏差相対強度図形を示す結晶多形を例示しており、この結晶多形は、構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。そうすると、本件出願当初明細書等【0009】の記載は、構成要件Eで特定される結晶多形は、結晶多形Aの具体的な態様の一つである旨説明するものである。』
『本願出願当初明細書等【0047】には、【0047】に記載された製造方法によって、結晶多形Aが得られること、当該結晶多形AのX線粉末回析図形は、構成要件Eと同様の26個無偏差相対強度図形を示したことが記載されている。本件出願当初明細書等【0047】の記載は、特定の製造方法によって生成された結晶多形AのX線粉末回析図形を説明するにとどまり、構成要件Eで特定される結晶多形のみが結晶多形Aである旨説明するものではない。』
『本件出願当初明細書等の記載を総合すれば、構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく、本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも、導くことができるから、本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから、構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものを、本件出願当初明細書等の全ての記載を総合することにより導くことができるというべきである。したがって、本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に、構成要件Eを追加する本件補正は、新たな技術的事項を導入するものではなく、本件出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。』
(取消事由2)
『本件発明1の課題は、構成要件AないしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を提供するものということができる。』
『当業者は、本件明細書の記載から、26個偏差内相対強度図形を示し(構成要件Aに相当)、FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が約10%(構成要件Bに近似)であるピタバスタチンカルシウム(構成要件Cに相当)の結晶多形(構成要件Dに相当)を製造できると認識することができる。そして、【0047】に記載された製造方法の乾燥条件を変更することで、含水量が約10%の上記結晶多形ではなく、10.5%(w/w)を下回る結晶多形や、10.7%(w/w)を上回る結晶多形を製造できることを、当業者は、技術常識に照らして認識することができる。また、粉末X線回折法において、各ピークの相対強度の変動幅が比較的大きく、このため、相対強度が比較的小さいピークについては明確には測定できない場合もあり得ることは、本件出願当時の当業者の技術常識である(甲16、45)。したがって、当業者は、X線粉末回析図形について、【0047】に記載された製造方法によっても、構成要件Eの26個偏差内相対強度図形を示すとは限らないことを、技術常識に照らして認識することができる。したがって、本件明細書の記載及び技術常識に照らし、当業者は、構成要件AないしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を製造できると認識することができる。』
(取消事由4~5)
『第3出願当初明細書等には、結晶多形Aとして、26個無偏差相対強度図形、別紙【図1】又はそれに若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形しか記載されていないというべきである。本件発明1は、2θで表して、5.0±0.2°、6.8±0.2°、9.1±0.2°、13.7±0.2°、20.8±0.2°、24.2±0.2°に特徴的なピークを有し、20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない、特徴的なX線粉末回折図形を示すこと等により特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形であるところ、第3出願当初明細書等には、結晶多形Aとして、このような結晶多形は記載されておらず、結晶多形Aと名付けられた結晶多形以外の結晶多形としても、このような結晶多形が記載されているということはできない。したがって、本件発明1は、第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあるということはできず、前記分割の要件③は満たさない。』
 
[コメント]
 特許庁の取消決定では、除くクレームで唯一の実施例が除かれた補正について、補正後の「結晶多形A」は、実体のない「結晶多形A」が残ることになり、結晶多形Aの技術的意義が変わるため、新規事項の追加に当たると判断した。これに対して、裁判所は、この判断の適否に触れずに、本件出願当初明細書等の記載を総合すれば、構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく、本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aも、導くことができると判断して、構成要件Eで特定される結晶多形Aを除く補正が適法であると判断した。
 しかし、裁判所は、分割要件については、第3出願当初明細書等には、【請求項1】で特定される結晶多形Aが記載されていないと認定して、分割要件違反であると判断している。
 本判決では、新たな技術事項を導入するものでない場合、除くクレームとする補正が新規事項の追加にならないという従来の判決を踏襲しており、除くクレームにより、実施例の記載がなくなったとしても、新たな技術事項を導入するものでない場合には、新規事項の追加にはならない旨を説示している。
 また、分割出願についても、新規事項の追加の有無の観点から判断する従来の判決を踏襲した、今回の判決であると解されるが、基準となる明細書が、補正要件では本願の当初明細書であり、分割要件では原出願の当初明細書であるため、両者の判断が異なる結果となっている。
以上
(担当弁理士:梶崎 弘一)

平成28年(行ケ)第10278号「ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶質形態」事件

PDFは
こちら

Contactお問合せ

メールでのお問合せ

お電話でのお問合せ