審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10072号「ポリアルキルシルセスキオキサン粒子」事件

名称:「ポリアルキルシルセスキオキサン粒子」事件
特許取消決定取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10072号 判決日:平成29年12月21日
判決:決定取消
特許法29条1項3号、29条2項
キーワード:新規性、進歩性、引用発明の認定、実施例
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/353/087353_hanrei.pdf

[概要]
決定では、引用文献に記載の実施例を追試した実験成績証明書に基づいて、本件発明が開示されていると判断した引用発明の認定を行ったが、判決では、当該実施例において材料に関してさらに引用している他の特許文献の実施例については、その材料を製造する方法を再現したものとは認められないとして、新規性、進歩性を否定した決定を取り消した事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5739965号の特許権者である。
本件特許の請求項1乃至4に係る発明について特許異議の申立て(異議2015-700324号)があったところ、特許庁は特許を取り消すとの決定をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、決定を取り消した。

[本件発明]
【請求項1】
シラノール基を1.3%以下の量で有する球状粒子であり、水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間攪拌後において、粒子が分散しない程度の撥水性を備えることを特徴とするポリアルキルシルセスキオキサン粒子。

[取消事由]
取消事由1:引用発明の認定の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
3 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
『イ 以上より、甲5文献記載の発明は、ポリメチルシルセスキオキサンの製造方法に関するものであり(前記ア②)、塩素原子の含有量が少なく、アルカリ土類金属やアルカリ金属を含有せず、自由流動性の優れた粉末状のポリメチルシルセスキオキサンの製造方法を提供することを目的とし(前記ア③)、アンモニアまたはアミン類を、原料であるメチルトリアルコキシシラン中に残存する塩素原子の中和剤、並びに、メチルトリアルコキシシランの加水分解及び縮合反応の触媒として用いるという製造方法を採用したものである(前記ア④)と認められる。
(2) 引用発明の粉末のシラノール基量及び撥水性を甲4実験に基づき認定した点について
ア 甲1文献の実施例1において用いたポリメチルシルセスキオキサン粉末は、「甲5文献記載の方法により得た平均粒子径5μm」のものである。決定は、甲4実験は、甲1文献の実施例1を追試したものであり、甲4実験のポリメチルシルセスキオキサン粒子は、シラノール基量が0.08%であること、及び、撥水性の程度が「水及び10%(v/v)メタノール水溶液に対して300rpmで1分間攪拌後において、粒子が分散しない程度」であることを示していると認定した上で、引用発明のポリメチルシルセスキオキサン粒子のシラノール基量及び撥水性を認定した。
しかし、甲1文献の実施例1にいう、甲5文献記載の方法によることが、甲5文献の実施例1によることで足りるとしても、以下のとおり、甲4実験は甲1文献の実施例1を再現したものとは認められない。
イ 甲5文献の実施例1を含む甲1文献の実施例1の方法と、甲4実験とを比較すると、少なくとも、①攪拌条件、及び、②原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量において、甲4実験は、甲1文献の実施例1の方法を再現したとは認められない。
(ア) 攪拌条件について
真球状ポリメチルシルセスキオキサンの粒子径をコントロールするために、反応温度、攪拌速度、触媒量などの反応条件を選定すること(乙2 489頁左欄6行~11行)、ポリアルキルシルセスキオキサン粒子の製造方法として、オルガノトリアルコキシシランを有機酸条件下で加水分解し、水/アルコール溶液、アルカリ性水溶液を添加した後、静止状態で縮合する方法において、弱攪拌又は攪拌せずに縮合反応させることによって、低濃度触媒量でも凝集物を生成しない粒子を得ることができるが、粒径が1μm以上の粒子を製造するのに不適切であることが本件発明の従来技術であったこと(本件明細書【0006】)からすると、ポリメチルシルセスキオキサン粒子の製造においては、攪拌条件により、粒子径の異なるものが得られるものといえる。
甲5文献の実施例1には、攪拌速度は記載されておらず、甲4実験においても、攪拌速度が明らかにされていない。したがって、実験条件から、得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子の平均粒径を推測することはできない。加えて、甲4実験においては、甲5文献の実施例1で追試して得られたとするポリメチルシルセスキオキサン粒子の粒径は計測されていない。したがって、甲4実験において甲5文献の実施例1を追試して得られたとするポリメチルシルセスキオキサン粒子の平均粒子径が、甲1文献の実施例1で用いられたポリメチルシルセスキオキサン粉末と同じ5μmのものであると認めることはできない。
(イ) 原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量について
甲5文献記載の発明は、前記(1)イのとおり、塩素原子の含有量が少ないポリメチルシルセスキオキサンの製造方法を提供するものであり、塩素原子を中和するためにアンモニア又はアミン類を用いるものである。そして、アンモニア及びアミン類の使用量は、アルコキシシラン又はその部分加水分解縮合物中に存在する塩素原子を中和するのに十分な量に触媒量を加えた量であるが、除去等の点で必要最小限にとどめるべきであり、アンモニア及びアミン類の使用量が少なすぎると、アルコキシシラン類の加水分解、さらには縮合反応が進行せず、目的物が得られない(前記(1)ア④)。実施例1~5及び比較例1~3においては、原料に含まれる塩素原子濃度並びに使用したアンモニア水溶液の量及びアンモニア濃度が記載されている(前記(1)ア⑤⑥)。以上の点からすると、塩素原子の中和に必要な量でありかつ除去等の点で最小限である量のアンモニア及びアミン類を使用するために、塩素原子の量とアンモニア及びアミン類の量を確認する必要があり、そのために、甲5文献の実施例1においては、用いたメチルトリメトキシシランのメチルトリクロロシランの含有量が塩素原子換算で5ppmであることを示したものと理解される。
ところが、甲4実験で甲5文献の実施例1の追試のために原料として用いたメチルトリメトキシシランの塩素原子含有量は計測されていない。したがって、甲4実験で用いられたメチルトリメトキシシランに含有される塩素原子含有量と甲5文献の実施例1で用いられたメチルトリメトキシシランに含有される塩素原子含有量とが同一であると認めることはできない。そうすると、甲4実験において、甲5文献の実施例1と同様にアルコキシシラン類の加水分解、縮合反応が進行したと認めることはできず、その結果、得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子が、甲5文献の実施例1で得られたものと同一と認めることはできない。
ウ 以上より、甲4実験で用いたポリメチルシルセスキオキサン粒子は、甲1文献の実施例1で用いられたものと同一とはいえないから、甲4実験で得られたポリメチルシルセスキオキサン粒子のシラノール基量及び撥水性を、甲1文献の実施例1のそれと同視して、引用発明の内容と認定することはできない。
エ 被告の主張に対する判断
(ア) 被告は、甲1文献の実施例1と甲4実験とでは、主要な実験条件に差異がなく、記載が省略されている実験条件は発明の実施に関係しないか、関係性が低い事項であるから、技術常識で補って実験を行うことができるから、甲4実験において甲1文献の実施例1(甲5文献の実施例1を含む。)では不明である条件を技術常識の範囲で補い、これらの条件が甲4証明書に記載されていないことを理由に、甲4実験が甲1文献の実施例1を正確に再現するものではないとはいえない、と主張する。
しかし、前記ア及びイのとおり、攪拌条件はポリメチルシルセスキオキサン粒子の粒子径に関係し、原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量は、目的物を得るためのアルコキシシラン類の加水分解や縮合反応に関係するから、甲1文献の実施例1の実施に対して関係性が低いとはいえず、これらを特定することなく甲4実験が甲1文献の実施例1を再現したものと認めることはできない。
(イ)被告は、甲4実験において、甲5文献に即してポリメチルシルセスキオキサンを製造しているから、甲4実験で用いたポリメチルシルセスキオキサン粉末は、平均粒子径5μm程度となっている、と主張する。
しかし、前記アのとおり、攪拌条件がポリメチルシルセスキオキサン粒子の粒径に関係し、甲4実験が甲5文献の実施例1と同じ攪拌条件を用いたものと認めることはできないから、甲4実験で用いたポリメチルシルセスキオキサン粒子の平均粒子径が5μm程度と認めることはできない。
(ウ) 被告は、甲4実験で表面処理されたポリメチルシルセスキオキサン粒子の体積平均粒径は5.7μmであり、表面処理されたポリメチルシルセスキオキサン粒子の表面処理に伴う粒子径の増加はそれほど大きくないから、表面処理前の平均粒子径は5μm程度である、と主張する。
しかし、表面処理に伴う粒径の増加の程度が被告主張の程度であることを示す証拠はない。
(エ) 被告は、甲5文献の「アルコキシ化反応によって得られたメチルトリアルコキシシランまたはその部分加水分解縮合物中に副生する塩化水素または未反応のメチルクロロシランとして存在する塩素原子の量は、特に限定されるものではない。」との記載を理由に、原料のメチルトリメトキシシラン中のメチルトリクロロシランの含有量は本質的な事項ではない、と主張する。
しかし、仮に、塩素原子の量を幅をもって限定する必要がないとしても、前記イのとおり、甲5文献記載の発明においては、原料のメチルトリメトキシシラン中の塩素原子は、アンモニア又はアミン類で中和すべきものであり、塩素原子の中和に必要なアンモニア又はアミン類の使用量を確定するためには、塩素原子の量を特定する必要がある。したがって、原料のメチルトリメトキシシラン中のメチルトリクロロシランの含有量は本質的な事項ではないとはいえない。
(3) したがって、その余の点を判断するまでもなく、決定の引用発明の認定は誤っている。取消事由1には、理由がある。』

[コメント]
決定では、特許異議申立書に添付した証拠(引用文献に記載の実施例を追試した実験成績証明書)から、本件発明が引用文献に開示されている引用発明(実施例)と一致することを認定した。実験成績証明書では、引用発明(実施例)で用いている材料(他の特許文献を引用)についての詳細な検討はなされていなかった。
一方、判決では、引用発明(実施例)において用いられている材料についても詳細に検討がなされた。そして、当該材料は、引用されている他の特許文献の実施例に基づき、当該材料の製造に係る、①攪拌条件、及び、②原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量が、最終的に本件発明の発明特定事項に影響を及ぼすことを認定した上で、実験成績証明書において、①攪拌条件、及び、②原料メチルトリメトキシシランの塩素含有量が示されていなかったことから、実験成績証明書によっても、引用発明を認定できないとされた。本事例の場合には、実験成績証明書によっても本件発明のパラメータを満足する蓋然性はあるとも思えたがこの点の検討はなされていない。
実施例の追試による実験成績証明書によって、引用発明を認定することの難しさが分かる。パラメータを発明特定事項とする特許発明と対比する引用発明としては、特許文献の実施例を追試した実験成績証明書を提出することが多々あるが、特許文献の実施例では、特許発明に係るパラメータに影響を及ぼす要因(製造条件等)が十分に開示されていない場合がある。
このような開示のない要因については、客観的にパラメータに影響を及ぼす要因(製造条件等)を認定できる資料、または開示のない要因は、パラメータに影響を及ぼす要因(製造条件等)ではないことを示す種々の証拠(実験成績証明書等)の提出も要検討である。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)