審決取消請求事件 » 平成29年(行ケ)第10058号「ランフラットタイヤ」事件

名称:「ランフラットタイヤ」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10058号 判決日:平成29年12月21日
判決:審決取消
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、パラメータ発明
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/336/087336_hanrei.pdf

[概要]
審決においては、副引例には、特定のパラメータに着目することで所定の性能を向上させる技術までもが開示されるものではないとして、相違点に係る構成が当業者にとって容易に想到し得たものということはできないと判断されたことに対して、判決においては、無効審判及び審決取消訴訟で提出された20を超える証拠から、当業者が前記特定のパラメータについて当然に着目するものであるとして、主引用発明に、前記副引例の技術を適用することにより、前記相違点に係る本件発明の構成に至ることは、当業者が容易に想到し得ると判断された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4818272号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~10に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800144号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本件発明]
【請求項1(訂正後)】
カーカス層と、タイヤサイド部に位置する前記カーカス層のタイヤ幅方向内側に設けられているサイドウォール補強層とを有するランフラットタイヤであって、
前記サイドウォール補強層は、タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムストックにより形成されており、
前記サイドウォール補強層が設けられている前記タイヤサイド部の外側表面の少なくとも一部に、溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており、
前記凹凸部は、タイヤ周方向に配置してなり、
前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θは、-45°≦θ≦45°の範囲であり、
前記凹凸部は、リムのベースラインからの断面高さの10~90%の範囲に設けられており、
前記突部の高さをh、前記突部のピッチをp、前記突部の幅をwとしたときに、10.0≦p/h≦20.0、且つ、4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足するよう前記突部と前記溝底部が形成されていることを特徴とするランフラットタイヤ。

[審決]
1.相違点
(1)相違点1
省略
(2)相違点2
凹凸部の構造について、本件発明1は、「前記突部の高さをh、前記突部のピッチをp、前記突部の幅をwとしたときに、10.0≦p/h≦20.0、且つ、4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足するよう前記突部と前記溝底部が形成されている」ものであるのに対して、引用発明は、その具体的な構造は特定されていない点。

2.相違点2の容易想到性の判断
・引用発明の凹凸のパターン12の具体的な構造として、その機能、作用において共通する甲2技術の採用を試みる動機付けが存在する。
・甲2から、「p/h」が5~20と算出でき、「(p-w)/w」の範囲として、1~99.0を算出することができる。
・引用発明に甲2技術を適用することで、「p/h」の値が「5~20」で、「(p-w)/w」の値が「1~99.0」となる構造の凹凸部を配設することが想定され得るが、それは直ちに本件発明1の「10.0≦p/h≦20.0」且つ「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の関係を満足する構造の凹凸部を配設するものというものではない。
・引用発明に甲2技術を適用することで、「p/h」の値が「5~20」で、「(p-w)/w」の値が「1~99.0」となる構造の凹凸部を配設することが想定され得るとしても、それらの範囲を「10.0≦p/h≦20.0」且つ「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に設定し、熱伝達率をより向上させることまでもが当業者にとって容易になし得たということはできないし、また、他にそのように設定することが設計事項であると解すべき合理性もない。
・甲2には、「p/h」と「(p-w)/w」のパラメータに着目し、それらの数値範囲を最適化又は好適化することで、熱伝達率をより向上させる技術までもが開示されるものではないから、例え凹凸部のパラメータに関して「p/h」を5~20に、また、「(p-w)/w」を1~99.0と算出し得たとしても、かかる値をそれぞれ「10.0≦p/h≦20.0」及び「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の範囲に設定し得るものではない。

[取消事由]
1.本件各発明のサポート要件違反(取消事由1)
2.引用発明及び甲2技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由2)
3.引用発明及び甲3技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由3)
4.引用発明及び甲4技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由4)
5.本件発明5ないし10の進歩性判断の誤り(取消事由5)
※以下、取消事由2についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1.相違点2に係る容易想到性の判断について
『(ア) 甲2技術の凹部が有するパラメータへの着目
a 甲2技術は、凹部の形成により、広い放熱面積を形成するとともに、乱流を発生させ、その結果温度低下作用を果たすというものである。
b そして、甲20・・・(略)・・・。甲38・・・(略)・・・。甲16・・・(略)・・・。甲18・・・(略)・・・。
したがって、本件特許の優先日当時、当業者であれば、タイヤ表面の凹凸部によって発生する乱流により、流体の再付着点部分の放熱効果の向上に至るという機序について、当然に認識していたというべきである。
c また、甲22・・・(略)・・・。甲28の1・・・(略)・・・。その他、甲29・・・(略)・・・、甲30・・・(略)・・・、甲31・・・(略)・・・、甲32・・・(略)・・・、甲33・・・(略)・・・、甲34・・・(略)・・・、甲35・・・(略)・・・、甲36・・・(略)・・・、甲37・・・(略)・・・、甲38・・・(略)・・・、甲39・・・(略)・・・、甲40・・・(略)・・・、甲41・・・(略)・・・、甲42・・・(略)・・・、甲43・・・(略)・・・、甲44・・・(略)・・・、甲45・・・(略)・・・、甲46・・・(略)・・・、甲47・・・(略)・・・、甲48・・・(略)・・・においても、放熱効果の観点から、突部のピッチと高さに着目して流体の流れが分析されている。
さらに、乱流による放熱効果の向上は、流体の再付着する部分、すなわち溝部の熱伝達率の向上によるものである。また、甲36(65頁)には、乱流を発生させる構造に関連して、溝部の幅と突部の幅の比から導き出される粗さ密度に着目する記載がある。そうすると、放熱効果の観点から、熱伝達率が向上する部分である溝部の幅を、突部の幅に比してどのような割合で設けるかは当然に着目されるものである。
d このように、本件特許の優先日当時、当業者は、乱流による放熱効果の観点から、タイヤ表面の凹凸部における、突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について、当然に着目するものである。そして、甲2技術は、凹部の形成により、乱流を発生させ、温度低下作用を果たすものであるから、当業者は、甲2技術の凹部における、突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係に着目するというべきである。』
※甲28の1、29~48は、無効審判では提出されず、審決取消訴訟で提出されている。

『(ア) 被告は、引用例2は、放熱効果を向上させるための凹部のピッチと凹部の深さ及び直径Dとの関係について全く開示しないと主張する。
しかし、引用例2には、多数の凹部によって生じる乱流によって温度低下作用が果たされる旨記載があり(【0007】【0014】)、また、引用例2はそのような凹部について、ピッチ(p)、深さ(d)及び直径(D)のサイズの範囲が具体的に記載されている(【0009】【0010】【0012】)。そして、前記(3)ウ(ア)のとおり、本件特許の優先日当時、当業者は、乱流による放熱効果の観点から、タイヤ表面の凹凸部における、突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について、当然に着目するものである。したがって、当業者は、引用例2に記載された凹部のピッチと凹部の深さ及び直径Dについて、放熱効果を向上させるという観点からその関係を理解するというべきである。
(イ) 被告は、引用例2は、凹部のピッチに関する記載はなく、凹部を一定のピッチで配置することを開示するものでもないと主張する。
しかし、引用例2の実施例において、凹部20は、【図5】⒝のとおり、一辺の長さが20mmの範囲内に4個分布される旨記載されている(【0012】)。そして、【図5】⒝において、凹部20は均等に配置されているから、引用例2には、凹部を一定の10mmのピッチで配置することが開示されているというべきである。』

『エ 小括
以上のとおり、引用発明に甲2技術を適用した場合、その凹凸部の構造は、「5≦p/h≦20、かつ、1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する」ことになり、これは、相違点2に係る本件発明1の構成を包含する。そして、パラメータp/hを、「10.0≦p/h≦20.0」の数値範囲に、かつ、パラメータ(p-w)/wを、「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に、それぞれ特定することは、数値を好適化したものにすぎず、当業者が適宜調整する設計事項である。
そうすると、引用発明に甲2技術を適用することにより、相違点2に係る本件発明1の構成に至ることは、当業者が容易に想到し得たものというべきである。』

[コメント]
審決においては、甲2には、パラメータ(「p/h」と「(p-w)/w」)に着目することで、熱伝達率をより向上させる技術までもが開示されるものではないとして、相違点2に係る構成が当業者にとって容易に想到し得たものということはできないと判断された。
一方、判決においては、無効審判及び審決取消訴訟で提出された20を超える証拠から、当業者が当該パラメータについて当然に着目するものであるとして、引用発明に、甲2の技術を適用することにより、相違点2に係る本件発明の構成に至ることは、当業者が容易に想到し得ると判断された。
出願時の周知技術や技術常識等を立証する際に、妥協することなく、多くの証拠を提出する必要があることを再認識された事例である。
ところで、判決において、「出願時に当業者が当該パラメータに着目する」と判断する根拠として挙げられた文献のうち、4つの文献は、無効審判で提出されたものである。もし、審決取消訴訟で証拠を追加しなかった場合、審決と同様に、「出願時に当業者が当該パラメータに着目する」とは判断されなかったか否か、気になるところである。
以上
(担当弁理士:鶴亀 史泰)