IP case studies判例研究

平成29年(行ケ)第10003号「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」事件

名称:「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成29年(行ケ)第10003号 判決日:平成29年11月21日
判決:審決取消
条文:特許法29条2項
キーワード:進歩性、格別顕著な効果、拘束力
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/244/087244_hanrei.pdf
[概要]
本件発明の効果は、当業者において、引用発明から容易に想到する本件発明の構成を前提として、予測し難い顕著なものであるということはできず、本件審決における本件発明の効果に係る判断には誤りがあるとして、進歩性を否定し、審決を取り消した事例。
[事件の経緯]
原告が、本件特許(特許第3068858号)に係る無効審判(無効2011-800018号)を請求したところ、請求は成り立たないとの本件審決(第2次審決)が下されたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[事件の概略]
◆無効審判請求(原告)→訂正請求(被告)→無効審決(第1次審決)(特許庁)→訴訟提起(平成24年(行ケ)第10145号)(被告)→訂正審判請求(被告)→第1次審決取消(知財高裁)
◆無効審判再開(特許庁)→訂正請求(被告)→有効審決(第2次審決)(特許庁)→訴訟提起(平成25年(行ケ)第10058号)(原告)→第2次審決取消(前訴判決)(知財高裁)→上告不受理の決定→確定
◆無効審判再開(特許庁)→訂正請求(本件訂正)(被告)→有効審決(本件審決)(特許庁)→訴訟提起(平成29年(行ケ)第10003号)(原告)
[本願発明](筆者にて括弧内を加筆)
【請求項1】
ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な、点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって、治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6、11-ジヒドロジベンズ[b、e]オキセピン-2-酢酸(以下、「化合物A」)またはその薬学的に受容可能な塩を含有する、ヒト結膜肥満細胞安定化剤。
[主な取消事由]
取消事由1(引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
3 取消事由1(引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)について
『(3)本件審決の判断
本件審決は、確定した前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)により、相違点1及び相違点2については、いずれも引用例1及び引用例2に接した当業者が容易に想到することができたものであるとされ、相違点3については、単なる設計事項にすぎないとしつつ、化合物Aは「ヒト結膜肥満細胞」に対して優れた安定化効果(高いヒスタミン放出阻害率)を有すること、また、AL-4943A(化合物Aのシス異性体)は最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲が非常に広いことは、いずれも引用例1、引用例3及び本件特許の優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であり、進歩性を判断するにあたり、引用発明1と比較した有利な効果として参酌すべきものであるとして、本件各発明は当業者が容易に発明できたものとはいえないと判断したものである。』
『(4)本件各発明の効果について
ア 発明の容易想到性は、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものである。そして、当該発明の効果を考慮するに当たっては、その効果が明細書に記載されていること、又は、その効果は明細書に記載されていないが、明細書又は図面の記載から当業者がその効果を推論できることが必要である。・・・(略)・・・
イ これらの記載によれば、本件明細書に接した当業者は、本件明細書に記載された実験(結膜肥満細胞を培養した細胞集団に薬剤を投じて同細胞からのヒスタミン遊離抑制率を測定する実験)において、化合物A(シス異性体)のヒト結膜組織肥満細胞からのヒスタミン放出の阻害率は、300μMで29.6%、600μMで47.5%、1000μMで66.7%、2000μMで92.6%を記録し、30μMから2000μMまでの濃度範囲内において濃度の増加とともに上昇し、1000μMでは66.7%という高いヒスタミン放出阻害効果を示し、その2倍の濃度である2000μMでも同92.6%という高率を維持していたこと・・・(略)・・・
他方、本件明細書には、2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害率を測定した実験結果等、2000μMを超える濃度においても化合物Aが広い範囲で高いヒスタミン放出阻害効果を有することについて説明した記載や、これを示唆する記載は存在せず、本件特許の優先日当時の技術水準に鑑みても、本件明細書の記載から、当業者において上記効果を推論できたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件発明1の顕著な効果の有無を判断する際に、2000μMを超える濃度における化合物Aのヒスタミン放出阻害効果を本件発明1の効果として参酌することはできない。・・・(略)・・・
ウ 本件発明1の効果について
確定した前訴判決によれば、引用例1及び引用例2に接した当業者は、引用例1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(化合物Aのシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる際に、KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し、ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められ、この点は当事者間に争いがない。そうすると、化合物Aがヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有すること自体は、当業者にとって予測し難い顕著なものであるということはできない。・・・(略)・・・
したがって、本件発明1の効果は、当業者において、引用発明1及び引用発明2から容易に想到する本件発明1の構成を前提として、予測し難い顕著なものであるということはできず、本件審決における本件発明1の効果に係る判断には誤りがある。』
『4 結論
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件審決を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
なお、本件審判の審理について付言する。
特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは、審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理、審決をするが、再度の審理、審決には、行政事件訴訟法33条1項の規定により、取消判決の拘束力が及ぶ。そして、この拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから、審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって、再度の審判手続において、審判官は、取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと、あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また、特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとの理由により、容易に発明することができたとはいえないとする審決の認定判断を誤りであるとしてこれが取り消されて確定した場合には、再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果、審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないと認定判断することは許されない(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
前訴判決は、「取消事由3(甲1を主引例とする進歩性の判断の誤り)」と題する項目において・・・(略)・・・引用例1を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由がないとした第2次審決を取り消したものである。特に、第2次審決及び前訴判決が審理の対象とした第2次訂正後の発明1は、本件審決が審理の対象とした本件発明1と同一であり、引用例も同一であるにもかかわらず、本件審決は、本件発明1は引用例1及び引用例2に基づき当業者が容易に発明できたものとはいえないとして、本件各発明の進歩性を認めたものである。
発明の容易想到性については、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けや阻害要因の有無のほか、当該発明における予測し難い顕著な効果の有無等も考慮して判断されるべきものであり、当事者は、第2次審判及びその審決取消訴訟において、特定の引用例に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証も、これを否定する事実の主張立証も、行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後、再び開始された本件審判手続に至って、当事者に、前訴と同一の引用例である引用例1及び引用例2から、前訴と同一で訂正されていない本件発明1を、当業者が容易に発明することができなかったとの主張立証を許すことは、特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず、訴訟経済に反するもので、行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし、問題があったといわざるを得ない。』
[コメント]
本判決では、当事者、特に被告(特許権者側)が、前訴判決が確定する前の段階で進歩性に関して主張立証を尽くさず、その後再開された無効審判において、主張立証を行い、特許庁が進歩性を認定している。更に、特許庁は、前訴判決が確定したにもかかわらず、同一特許に対して、同一引用例に基づき、進歩性を認定しており、確定した判決の拘束力を蔑ろにし、許されないものといえる。被告(特許権者側)として、判決が確定する前の段階で、主要な争点だけでなく、進歩性の判断に有利に働くと思われる主張をできる限り尽くすことが重要と考える。
以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)

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