審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10216号「脂質含有組成物およびその使用方法」事件

名称:「脂質含有組成物およびその使用方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10216号 判決日:平成29年10月13日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号
キーワード:実施可能要件
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/144/087144_hanrei.pdf

[概要]
医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要があると判断された事例。

[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2011-506377号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-8788号)を請求して補正したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって、前記配合物は、ある用量の ω-6脂肪酸および ω-3脂肪酸を含み、ω-6対 ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は、総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は、40g以下である、脂質含有配合物。

【請求項20】
対象における医学的状態の予防および/または治療における使用のための、請求項1~19のいずれか一項以上に記載の配合物。

【請求項25】
前記医学的状態が、更年期、加齢、筋骨格障害、気分変動、認知機能低下、神経障害、精神障害、甲状腺障害、過体重、肥満、糖尿病、内分泌障害、消化器系障害、生殖障害、肺障害、腎疾患、眼障害、皮膚障害、睡眠障害、歯科疾患、癌、自己免疫疾患、感染症、炎症性疾患、高コレステロール血症、脂質異常症、または心血管疾患から選択される、請求項20~24のいずれか一項以上に記載の配合物。

[主な取消事由]
実施可能要件についての判断の誤り(取消事由2)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
1 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について
『(1) 特許法36条4項1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ、ここでいう「実施」とは、物の発明においては、当該発明に係る物の生産、使用等をいうものであるから、実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が当該発明に係る物を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。
そして、本願発明のような医薬の用途発明においては、一般に、物質名や成分組成等が示されることのみによっては、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため、医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには、明細書の発明の詳細な説明が、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らし、医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
これを本願発明についてみると、本願発明は、前記1(2)のとおり、ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において、両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし、これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから、本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには、前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に、本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり、したがって、本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには、本願明細書の発明の詳細な説明が、本願出願当時の技術常識に照らし、本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。』
『イ 以上によれば、本願出願前の上記各文献には、・・・(略)・・・が記載されているものといえる。そして、このような記載内容は、本願明細書の背景技術に係る・・・(略)・・・との記載(段落【0006】)とも符合するものである。
してみると、ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取に関しては、ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため、ω-6脂肪酸の摂取を減らし、ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが、本願出願当時の技術常識であったものと認められる。
(3) しかるところ、本願発明は、本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療における使用のための配合物として、ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含み、①両者の含有比率につき、ω-6対ω-3の比が4:1以上であること、②両者の含有量につき、(ⅰ)ω-3脂肪酸が総脂質の0.1~20重量%であるか、又は、(ⅱ)ω-6脂肪酸の用量が40g以下であることを特徴とする脂質含有配合物を提供するものであるところ、このような比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物の使用が、本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を生じさせるということは、本願出願当時における上記(2)イのような技術常識からは考え難い事態ということができる(本願発明に係る配合物には、例えば、ω-6脂肪酸の含有量が40gで、ω-3脂肪酸の含有量が0.1gである配合物(ω-6対ω-3の比が400:1であり、ω-6脂肪酸の用量が40gである配合物)も含まれることとなるが、上記技術常識からすれば、このようにω-3脂肪酸がごくわずかしか含まれず、大部分がω-6脂肪酸からなる配合物が、ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害の観点から望ましくないものであることは明らかといえる。)。
したがって、それにもかかわらず、本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること、すなわち、本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには、本願明細書の発明の詳細な説明に、このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なものといえる。
(4)そこで、本願明細書の発明の詳細な説明に、上記要請を満たし得る記載があるか否かにつき検討することとするが、本件審決は、本願発明に係る各医学的状態のうち、内分泌障害、腎疾患及び癌の3疾患(以下「本件3疾患」という場合がある。)を捉え、本願明細書の発明の詳細な説明には、これらに係る実施例の記載がなく、これらを予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載は認められないとして、本願は実施可能要件を満たさない旨判断し、これに対し、原告は、その判断に誤りがある旨を主張するので、以下では、多岐にわたる本願発明に係る各医学的状態のうち、本件3疾患に着目して、上記要請を満たし得る記載があるか否かを検討することとする。』
『 原告は、上記記載事項(ア)及び(イ)には、本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載がある旨を主張するので、以下検討する。
(ア) まず、上記記載事項(ア)(本願明細書の段落【0006】及び【0007】)には、「ω-3脂肪酸の補給を用いた医学的状態の予防および/または治療において、ω-6脂肪酸の摂取を減らすことが推奨されている」ことなど、上記(2)イの技術常識に沿った記載があるにすぎないから、このような記載から、当業者が、当該技術常識に反する理解、すなわち、本願発明に係る配合物(すなわち、ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において、ω-6対ω-3の比を4:1以上としたもの)が何らかの医学的状態の予防および/または治療に有用であるとの理解をなし得ないことは明らかである。
(イ) また、上記記載事項(イ)(本願明細書の実施例6~段落【0063】)には、表13として、本件3疾患を含む14の医学的状態が列挙され、その予防および/または治療のために対象に投与される脂質配合物の「総脂肪の範囲(g)」、「ω-6の範囲(g)」、「ω-3の範囲(g)」、「ω-6:ω-3の範囲」等が記載されるが、例えば、「ω-6:ω-3の範囲」は、いずれの医学的状態についても「1:1~45:1」とされ、本願発明に係る配合物におけるω-6対ω-3の比である「4:1以上」と符合するものではないし、そもそもここでは、これらの範囲に係る脂質配合物を各医学的状態の対象に投与した実証結果等が具体的に示されているものではないから、このような記載のみから、本願発明に係る配合物を使用することによって上記各医学的状態の予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解し得るものではない。』
『(エ) 以上によれば、上記記載事項(ア)及び(イ)には、当業者が、本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない。』

[コメント]
本判決で判示された内容は、「ウイルス感染症およびその他の内科疾患を治療するための化合物」事件(平成27(行ケ)10021)で判示された内容を踏襲するものである。請求項25に記載の発明の効果は出願当時の技術常識に反するものであることから実施可能要件の判断において当該技術常識を参酌するのは難しく、裏付けは明細書中でなされている必要がある。
なお、本判決ではサポート要件については判断していないが、実施可能要件の判断内容から請求項25に記載の発明が『その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもの(「偏光フィルム」事件(平成17年(行ケ)第10042号))』であるとは言い難いことから、サポート要件も満たさない可能性が高いと考えられる。
(担当弁理士:赤間 賢一郎)
以上