審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10236号「旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置」事件

名称:「旨み成分と栄養成分を保持した精白米または無洗米の製造装置」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10236号 判決日:平成29年9月21日
判決:審決取消
特許法36条6項2号
キーワード:明確性
決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/088/087088_hanrei.pdf

[概要]
請求項に記載された物の発明を実現することが当業者にとって明らかであると認めることはできず、明細書の記載や技術常識を考慮しても、当該物を特定することができないから、特許を受けようとする発明が明確であるということはできないとされた事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第5306571号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1~2に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800174号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。

[本願発明](「記載事項A」~「記載事項I」は、筆者にて追記)
【請求項1】
外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、(「記載事項A」)
前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、搗精により糊粉細胞層(4)までを除去し、該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して、該一層の、マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ、前記精白米には、全米粒の内、『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り、残された基底部である胚盤(9)』、または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が、全体の50%以上を占めるように搗精され、前記搗精により亜糊粉細胞層(5)を表面に露出させた白米を、該亜糊粉細胞層(5)が表面に現れた時の白度37前後に仕上げ、(「記載事項B」)
更に糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で白米の表面に付着する『肌ヌカ』を、無洗米機により分離除去する無洗米処理を行うことを特徴とする(「記載事項C」)
旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置であって、(「記載事項D」)
全精白行程の終末寄りから少なくとも3分の2以上の行程に摩擦式精米機を用い、(「記載事項E」)
前記摩擦式精米機の精白除糠網筒の内面をほぼ滑面状となし、(「記載事項F」)
且つ精白ロールの回転数を毎分900回以上の高速回転とすること、(「記載事項G」)及び、無洗米機を備えたことを特徴とする(「記載事項H」)
旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置。(「記載事項I」)

[主な取消事由]
明確性要件の存否

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『2 取消事由(明確性要件の存否)について
(1) 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。』
『(3) 以上の記載事項A~Iについての検討を総合すると、本件発明1の無洗米の製造装置は、少なくとも、摩擦式精米機(記載事項F)と無洗米機(記載事項C)をその構成の一部とするものであり、その摩擦式精米機は、全精白構成の終末寄りから少なくとも3分の2以上の工程に用いられているものである(記載事項E)上、精白除糠網筒(記載事項F)と精白ロール(記載事項G)をその構成の一部とするものであり、その精白除糠網筒の内面は、ほぼ滑面状であって(記載事項F)、精白ロールの回転数は毎分900回以上の高速回転とするものである(記載事項G)と認められる。
したがって、上記の無洗米の製造装置の構造又は特性は、記載事項A~Iから理解することができる。
しかしながら、請求項1の無洗米の製造装置の特定は、上記の装置の構造又は特性にとどまるものではなく、精米機により、亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ、米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し、白度37前後に仕上がるように搗精し(記載事項B)、白米の表面に付着する肌ヌカを無洗米機により分離除去する無洗米処理を行う(記載事項C)ものであり、旨味成分と栄養成分を保持した無洗米を製造するもの(記載事項D、I)である。
このうち、亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ、米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し、白度37前後に仕上がるように搗精する(記載事項B)ことについては、本件明細書の発明の詳細な説明において、本件発明に係る無洗米の製造装置のミニチュア機で、白度37前後の各白度に搗精した精米を、洗米するか、公知の無洗米機によって通常の無洗化処理を行い、炊飯器によって炊飯し、その黄色度を黄色度計で計り、黄色度11~18の内の好みの供試米の白度に合わせて搗精を終わらせる時を調整して、本格搗精をすることにより行うこと(【0035】)、このようにして仕上がった精白米は、亜糊粉細胞層が米粒表面をほとんど覆っていて、かつ、全米粒のうち、表面が除去された胚芽と胚盤が残った米粒の合計数が、少なくとも50%以上を占めていること(【0036】)が記載されており、結局のところ、ミニチュア機で実際に搗精を行うことにより、本格搗精を終わらせる時を調整することにより実現されるものであることが記載されている。したがって、本件明細書には、本件発明1の無洗米の製造装置につき、その特定の構造又は特性のみによって、玄米を前記のような精白米に精米することができることは記載されておらず、その運転条件を調整することにより、そのような精米ができるものとされている。そして、その運転条件は、本件明細書において、毎分900回以上の高速回転で精白ロールを回転させること以外の特定はなく、実際に上記のような精米ができる精白ロールの回転数や、精米機に供給される玄米の供給速度、精米機の運転時間などの運転条件の特定はなく、本件出願時の技術常識からして、これが明らかであると認めることもできない。
ところで、・・・(略)・・・本件明細書の発明の詳細な説明には、米粒に亜糊粉細胞層(5)と胚芽(8)及び胚盤(9)を残し、それより外側の部分を除去することをもって、米粒に「旨み成分と栄養成分を保持」させることができる旨が記載されており(【0017】~【0023】)、玄米をこのような精白米に精米する方法については、「従来から、飯米用の精米手段は摩擦式精米機にて行うことが常識とされている」が、その搗精方法では、必然的に、米粒から亜糊粉細胞層(5)や胚芽(8)及び胚盤(9)も除去されてしまうこと(【0024】、【0025】)が記載されている。また、本件明細書の発明の詳細な説明には、「摩擦式精米機では米粒に高圧がかかり、胚芽は根こそぎ脱落する」から、胚芽を残存させるには、研削式精米機による精米が不可欠とされていた(【0029】)ところ、研削式精米機により精米すると、むらが生じ、高白度になると、亜糊粉細胞層(5)の内側の澱粉細胞層(6)も削ぎ落とされている個所もあれば、糊粉細胞層(4)だけでなく、それより表層の糠層が残ったままの部分もあるという状態になること(【0027】)が記載されている。
そうすると、精米機により、亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ、米粒の50%以上において胚盤又は表面を削り取られた胚芽を残し、白度37前後に仕上がるように搗精することは、従来の技術では容易ではなかったことがうかがわれ、上記のとおり、本件明細書に具体的な記載がない場合に、これを実現することが当業者にとって明らかであると認めることはできない。
本件発明1は、無洗米の製造装置の発明であるが、このような物の発明にあっては、特許請求の範囲において、当該物の構造又は特性を明記して、直接物を特定することが原則であるところ(最高裁判所平成27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号904頁参照)、上記のとおり、本件発明1は、物の構造又は特性から当該物を特定することができず、本件明細書の記載や技術常識を考慮しても、当該物を特定することができないから、特許を受けようとする発明が明確であるということはできない。』
『イ 被告は、発明特定事項として、作用、機能、性質、特性、方法、用途その他の様々な表現方式を用いることができるので、仮に特許請求の範囲に精米方法の製造方法、装置の使用方法や無洗米化方法の記載があるからといって当然に発明特定事項の記載が不明確になるものではない旨主張する。
確かに、発明特定事項として、様々な表現方式を用いることは許容されるが、特許法36条6項2号の明確性要件を欠く場合、特許を受けることはできないとされることに変わりはない。』

[コメント]
本判決では、請求項1の「記載事項B」に記載された精白米、を製造できる装置を実現することが当業者にとって明らかではないから、発明は明確であるということはできない、とされた。
審査基準には、「4.1 機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載がある場合」の「4.1.1 発明が不明確となる類型」として、「(2) 出願時の技術常識を考慮すると、機能、特性等によって記載された発明特定事項が技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、当業者が請求項の記載から発明を明確に把握できない場合」が記載されている。請求項1の「記載事項B」の記載は、製造される精白米を特定することにより、製造装置を特定している一方、その製造される精白米の実現方法が明らかでない。そうすると、本発明は、審査基準のこの類型に該当すると考えられ、本判決は、この審査基準に沿った判示であり、妥当と考える。装置の構成で、先行技術と構成上の差異が言えるのであれば、「記載事項B」は必要のない限定であったといえる。一方、「記載事項B」が先行技術と構成上の差異となる部分であれば、明細書中に、「記載事項B」を実施可能とする記載が必要になるだろう。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)