審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10038号「ネマチック液晶組成物及びこれを用いた液晶表示素子」事件

名称:「ネマチック液晶組成物及びこれを用いた液晶表示素子」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10038号 判決日:平成29年7月26日
判決:審決取消
特許法29条1項3号、29条2項
キーワード:引用発明の認定、一致点・相違点の認定
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/987/086987_hanrei.pdf

[概要]
当業者は、引用発明において、化合物(1-1、2)を「5~60重量%」の範囲で含有される成分として認識し、化合物(2-1)を、「5~40重量%」の範囲で含有される別の成分として認識するのであって、これらの重量の総和が、上限と下限を加算した「10~100重量%」であることを前提とする審決の一致点の認定は誤りであると判断された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5234227号の特許権者である。
被告が、本件特許を無効とする無効審判(無効2014-800152号)を請求し、原告が訂正を請求したところ、特許庁が、当該特許を無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を認容し、審決を取り消した。
[本件訂正発明](下線は、訂正箇所)
【請求項1】
第一成分として、式(I)
【化1】

で表される化合物を含有し、その含有量が5から25%であり、第二成分として、誘電率異方性(Δε)が負でその絶対値が3よりも大きい、一般式(II-1)及び(II-2)
【化2】

(式中、R1及びR2はそれぞれ独立的に炭素原子数1から10のアルキル基、炭素原子数1から10のアルコキシル基炭素原子数2から10のアルケニル基又は炭素原子数2から10のアルケニルオキシ基を表し、環A及び環Bはそれぞれ独立的にトランス-1、4-シクロへキシレン基、1、4-フェニレン基、2-フルオロ-1、4-フェニレン基、3-フルオロ-1、4-フェニレン基、3、5-ジフルオロ-1、4-フェニレン基、2、3-ジフルオロ-1、4-フェニレン基又は1、4-シクロヘキセニレン基を表し、p及びqはそれぞれ独立的に0、1又は2を表す。)で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し、その含有量が20から80質量%であり、該第二成分として一般式(II-1A)、(II-1B)及び(II-2A)
【化3】

(R3及びR4はそれぞれ独立的に炭素原子数1から10のアルキル基又は炭素原子数2から10のアルケニル基を表し、R3及びR4中に存在する1個又は2個以上の水素原子はフッ素原子に置換されてもよい。)で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し、25℃におけるΔεが-2.0から-6.0の範囲であり、25℃における屈折率異方性(Δn)が0.08から0.13の範囲であり、20℃における粘度(η)が10から30 mPa・sの範囲であり、ネマチック相-等方性液体相転移温度(Tni)が60から120℃の範囲であることを特徴とする液晶組成物であって、
第三成分としてさらに、一般式(III-A)、(III-D)、(III-F)、(III-G)及び(III-H)
【化5】

(式中、R5は炭素原子数1から5のアルキル基又は炭素原子数2から5のアルケニル基を表し、R6は炭素原子数1から5のアルキル基又は炭素原子数2から5のアルケニル基を表すが、一般式(III-F)においてR5がメチル基かつR6がプロピル基及びR5がプロピル基かつR6がメチル基を表すことはない。)で表される化合物群から選ばれる化合物を1種又は2種以上含有し、
塩素原子で置換された液晶化合物を含有しない、
液晶組成物。

[取消事由]
(1) 引用発明の認定の誤り
(2) 本件発明1についての一致点の認定の誤り・相違点の看過
(3) 本件発明1についての相違点に係る判断の誤り
ア 特許法29条1項の法令解釈の誤り
イ 相違点は実質的な相違点ではないとした判断の誤り
ウ 相違点は適宜なし得ることであるとした判断の誤り
(4) 本件発明2~5、7~11についての認定・判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋、下線)
3 本件発明1についての一致点の認定の誤り・相違点の看過について
『(1) 本件審決は、甲1発明1における「第一成分として式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」が、本件発明1における「第二成分として、…一般式(II-1)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」を包含すること、及び甲1発明1における「第二成分として式(2-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」が、本件発明1における「第二成分として、…一般式…(II-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」を包含することを前提として、甲1発明1において、液晶組成物の全重量に基づいて、第一成分の重量が「5重量%から60重量%」であり、第二成分の重量が「5重量%から40重量%」であることは、第一成分と第二成分の総和としての重量が「10重量%から100重量%」であることを意味するから、本件発明1と甲1発明1は、「一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し、その含有量が20から80質量%であり」との点において一致する旨認定する(別紙審決書48、49頁)。
しかしながら、①甲1発明1における「式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物」と②本件発明1における「一般式(II-1)で表される化合物」とを対比すると、②のR1及びR2は、「それぞれ独立的に炭素原子数1から10のアルキル基、炭素原子数1から10のアルコキシル基、炭素原子数2から10のアルケニル基又は炭素原子数2から10のアルケニルオキシ基」であるのに対し、①のR6及びR5は、「R5は、炭素数1から12を有する直鎖のアルキルまたは炭素数1から12を有する直鎖のアルコキシであり、R6は、炭素数1から12を有する直鎖のアルキルまたは炭素数2から12を有する直鎖のアルケニルである」ことから明らかなとおり、両者の関係は、本件審決がいうように①の化合物が②の化合物を包含するという関係にあるものではなく、①の化合物の一部と②の化合物の一部が一致するという関係にあるものにすぎない・・・(略)・・・。そして、このことは、甲1発明1における「式(2-1)で表される化合物」と、本件発明1における「一般式(II-2)で表される化合物」の関係にも同様に当てはまることである。
してみると、甲1発明1が、・・・(略)・・・本件発明1における「一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有」することと一致するということはできないのであって、この点について、本件審決が本件発明1と甲1発明1の一致点と認定したことは誤りである。
(2) また、仮に、甲1発明1における「式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」(以下「化合物(1-1、2)」という。)が、本件発明1における「一般式(II-1)で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」に対応し、甲1発明1における「式(2-1)で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物」(以下「化合物(2-1)」という。)が、本件発明1における「一般式(II-2)で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物」に対応するものであることを前提としても、・・・(略)・・・「一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し、その含有量が20から80質量%であり」との点を本件発明1と甲1発明1の一致点とすることはできないというべきである。
すなわち、甲1の[請求項1]では、式(1-1)及び式(1-2)の上位概念である「式(1)」で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物(以下「化合物(1)」という。)は「第一成分」とされ、また、式(2-1)の上位概念である「式(2)」で表される化合物の群から選択された少なくとも1つの化合物(以下「化合物(2)」という。)は「第二成分」とされており、両者は別々の成分であることが規定されている。そして、甲1の[請求項2]では、両者が別々の成分であることを前提に、液晶組成物の全重量に基づく、それぞれの含有割合が個別に規定されている。また、甲1の段落[0038]の表2(化合物の特性)の記載によれば、・・・(略)・・・やはり両者に差異がある旨が記載されているのであるから、以上のような甲1の記載に接した当業者は、甲1記載の発明において、化合物(1)と化合物(2)とは、それぞれ異なる特性を有する別成分であると認識するものといえる。
してみると、甲1発明1においては、式(1-1)及び式(1-2)で表される化合物は、「第一成分」に係る一群のものとして、また、式(2-1)で表される化合物は、「第一成分」とは別の「第二成分」に係る一群のものとして、それぞれ当業者に認識されるものといえるのであり、これを前提とすれば、当業者は、甲1発明1の液晶組成物において、化合物(1-1、2)を、液晶組成物の全重量に基づいて「5重量%から60重量%」の範囲で含有されるべき一つの成分として認識し、また、化合物(2-1)を、液晶組成物の全重量に基づいて「5重量%から40重量%」の範囲で含有されるべき別の成分として認識するのであって、これらの各成分を合わせた含有量を特定の範囲のものとすることを認識するとはいえない。
したがって、甲1の記載からは、甲1発明1における化合物(1-1、2)及び化合物(2-1)の総和としての重量が、上記「5重量%から60重量%」及び「5重量%から40重量%」の上限と下限を単純に加算した「10重量%から100重量%」であることが理解できるものではないから、このような理解が可能であることを前提として、「成分として、一般式(ⅠⅠ-1)及び(ⅠⅠ-2)…で表される化合物群から選ばれる1種又は2種以上の化合物を含有し、その含有量が20から80質量%であり」との点を本件発明1と甲1発明1の一致点であるとした本件審決の認定は誤りというべきである。』

[コメント]
甲1に記載の実施例で用いられている、本件特許発明に係る第二成分に対応する化合物(1-1、2)と化合物(2-1)の合計量は「10重量%から100重量%」に含まれる。しかし、甲1では化合物(1-1、2)と化合物(2-1)を別の構成として捉えており、化合物(1-1、2)と化合物(2-1)を一つの構成として捉えた上で規定された「10重量%から100重量%」という構成及びその技術的意義は甲1には記載されていない。そのため、甲1は、本件特許発明の技術的思想を実施し得る程度には本件特許発明の技術事項を開示していないと言える。

[参考]
・「高透明性非金属カソード」事件(知財高裁平成24年(行ケ)第10314号)
『特許法29条2項適用の前提となる同条1項3号は、「特許出願前に…頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)に鑑みれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術事項が開示されていることを要するものというべきである。』
以上
(担当弁理士:赤間 賢一郎)