審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10205号「加工飲食品及び容器詰飲料」事件

名称:「加工飲食品及び容器詰飲料」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10205号 判決日:平成29年6月14日
判決:請求棄却
特許法36条4項1号、特許法36条6項2号
キーワード:実施可能要件、明確性要件、明細書の記載、測定条件
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/835/086835_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲に記載の「不溶性固形分の割合」の測定方法について、実施例では問題なく測定できているものの、明細書中に例外的に記載した「篩上の残存物」がある場合については測定方法を実施することができない場合があるとして、実施可能要件を充足しないとする決定が維持された事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第5694588の特許権者である。
本件特許について、特許異議の申立て(異議2015-700019号事件として審理)がされ、取消理由の通知をされたため、原告は、訂正請求を請求したところ、特許庁は訂正を認めたうえで、特許を取り消したため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】
野菜または果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であって、
6.5メッシュの篩を通過し、かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり、
16メッシュの篩を通過し、かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下であることを特徴とする加工飲食品。

[決定の理由の要点]
(1)実施可能要件(特許法36条4項1号)について
本件明細書の段落【0038】の「サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は、たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり、その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。」との記載によれば、不溶性固形分の測定に当たり、「なお粘度を有している」か否かの判断基準が必要となる。また、「適宜水洗」する程度についても、何らかの手順等の特定が必要となる。
しかしながら、本件明細書においては、何をもって粘度を有していると判断し、水洗が必要であるとするのか、その基準が開示されていない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明の「不溶性固形分の割合」の測定方法を当業者が適切に再現することができない。
(2) 明確性要件(特許法36条6項2号)について
本件特許の請求項1に記載された「不溶性固形分の割合」は、上記(1)のとおり、その測定方法が当業者に適切に再現することができないものとなっているため、結局、「不溶性固形分の割合」としてどのようなものが特定されているのか明らかでない。

[取消事由]
取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)
取消事由2(明確性要件に関する判断の誤り)

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
2 取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)について
『(1) 本件明細書の記載
・・・(略)・・・
【0038】
篩上の残存物は、基本的には不溶性固形分であるが、サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は、たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり、その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。
・・・(略)・・・』

『(2)検討
明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する(特許法36条4項1号)。本件発明は、「加工飲食品」という物の発明であるところ、物の発明における発明の「実施」とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号)、物の発明について実施をすることができるとは、その物を生産することができ、かつ、その物を使用することができることであると解される。
したがって、本件において、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、本件発明に係る加工飲食品を生産し、使用することができるのであれば、特許法36条4項1号に規定する要件を満たすということができるところ、本件発明に係る加工飲食品は、不溶性固形分の割合が本件条件(6.5メッシュの篩を通過し、かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり、16メッシュの篩を通過し、かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である)を満たす加工飲食品であるから、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、このような加工飲食品を生産することができるか否かが問題となる。
・・・(略)・・・
そして、本件明細書の「より一層、粗ごしした野菜感、果実感、または濃厚な食感を呈する。」(段落【0009】)、「加工飲食品は、ペースト状の食品、又は飲料の形態を有する。」(段落【0030】)との記載によれば、本件発明に係る加工飲食品は一定程度の粘度を有するものと認められるから、段落【0036】に記載された本件測定方法によると、実際に、各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合も想定されるところである。
・・・(略)・・・
しかしながら、本件測定方法によって不溶性固形分を測定した際に、篩上に残存しているものについて、メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かを判別する方法は、本件明細書には開示されておらず、また、当業者であっても、本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に照らし、特定の方法によって判別することが理解できるともいえない(篩上に残存しているものが、メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分を含むものであるのか否かについて、一般的な判別方法があるわけではなく、証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、測定に使用される篩は、目開きが16メッシュ(1.00㎜)又は35メッシュ(0.425mm)のものと認められるから、篩上に残った微小な不溶性固形分について、単に目視しただけでは明らかではないといわざるを得ない。)。
そうすると、当業者であっても、本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて、その後の水洗の要否を判断することができないことになる。
したがって、本件発明の態様として想定される、「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)も含めて、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて、本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができると認めることはできない。』

『(3)原告らの主張について
ア ・・・(略)・・・。
しかしながら、前記認定のとおり、目開きが16メッシュ(1.00㎜)又は35メッシュ(0.425㎜)の篩上に残った微小な不溶性固形分について、水洗の対象とすべき、「なお粘度を有している場合」であって、「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に残存する場合」に該当するか否かを目視で容易に判別することはできない。
したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
イ ・・・(略)・・・。
しかしながら、仮に、原告らの主張するように、「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)が例外的な場合であったとしても、本件発明の対象である加工飲食品には限定がなく、本件明細書上、上記のような粘度を有する場合が想定されるのであるから、水洗をすることによって各篩上の不溶性固形分の重量を正しく測定することが必要となるのであり、そうである以上、水洗の要否を判断するために、サンプルが「なお粘度を有している場合」であって、「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に残存する場合」に該当するか否かを判別することを要する(もっとも、本件明細書には、その判別方法が開示されておらず、当業者であっても、その後の水洗の要否を判断することができないのは前記認定のとおりであり、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められない。)。
したがって、原告らの上記主張は採用することができない。
ウ ・・・(略)・・・。
しかしながら、本件測定方法によっても、サンプルが「なお粘度を有している場合」であって、「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に残存する場合」には、適宜、水洗を行い、更に不溶性固形分の重量を実際に測定することで、本件発明に係る加工飲食品が製造されたか否かを確認することになり、その結果、本件条件を満たし、本件発明の技術的範囲を充足することもあり得るのであるから、原告らの想定する事例について、直ちに、本件発明の技術的範囲外のものということはできない(なお、仮に、本件明細書の段落【0038】の記載が本件発明の実施に無関係のものと考えるのであれば、少なくとも訂正請求の手続において削除すべきものと解される。)。
したがって、本件明細書の段落【0038】の記載がそもそも本件発明の実施とは無関係であるとの原告らの上記主張は採用することができない。
エ ・・・(略)・・・。
しかしながら、前記認定のとおり、本件発明に係る加工飲食品が一定程度の粘度を有する場合も想定され、また、本件発明の不溶性固形分が希釈サンプルの水中に十分に分散した状態になることが技術常識から明らかであるともいえない(本件明細書の段落【0038】の記載は、加工飲食品100グラムに水200グラムを添加して希釈した場合においても、「なお粘度を有している場合」を前提としている。)。
そうすると、各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合(段落【0038】)も含めて、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められないのは前記認定のとおりである。 』

[コメント]
本裁判例では、特許請求の範囲に記載の「不溶性固形分の割合」に係る測定方法について、実施可能要件を充足しないことが認定されているが、本件特許の明細書中の実施例が問題となっているのではなく、当該測定方法の実施に際して、明細書中に記載した「篩上の残存物」がある場合の例外的についての注釈的な記載について、測定方法を実施することができない場合が指摘されている。
具体的には、「篩上の残存物」について「なお粘度を有している場合」について、当業者がその実施をすることができないとの判断が示されている。明細書の作成に際しては、このような例外的な測定方法が存在することが分かっている場合には、その例外的な測定方法についても実施可能要件を満足できる記載になっていることへの配慮を忘れなきように心掛けたい。
一方で、判決文には「仮に、本件明細書の段落【0038】の記載が本件発明の実施に無関係のものと考えるのであれば、少なくとも訂正請求の手続において削除すべきものと解される」との指摘もある。本件明細書の段落【0038】を削除した場合には、例外的な場合を除いて、実施可能要件を満足するとの解釈が成立するのであろうか。このような解釈によれば、測定方法の記載に関して、例外的な測定方法について十分に説明できる場合にはその例外的な測定方法を明細書中に記載しておけばよいが、例外的な測定方法を十分に説明できないことが想定される場合には敢えて明細書には記載しないような明細書の記載手法(例外的な測定方法が争われた場合には司法判断に委ねる方法)もあり得るかもしれない。
以上
(担当弁理士:光吉 利之)