審決取消請求事件 » 平成27年(行ケ)第10190号「油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法」事件

名称:「油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成27年(行ケ)第10190号 判決日:平成29年2月22日
判決:請求一部認容
特許法29条2項
キーワード:進歩性、課題解決に不可欠な構成、阻害要因
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/533/086533_hanrei.pdf

[概要]
引用発明の課題解決に不可欠な構成に代えて、周知技術である構成を採用することは、あえて当該課題を解決できない他の構成に置換することを意味するものであって、当業者がそのような置換を行うべき動機付けはなく、かえって阻害要因があるとして、相違点についての判断に誤りがあるとした事例。

[事件の経緯]
原告は、特許第3905538号の特許権者である。
被告が、本件特許を無効とする無効審判を請求したところ、当該特許の一部について無効とする審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を一部認容した。

[本件発明]
【請求項1】
環境汚染物質を含有する、食用であるかまたは化粧品中に用いるための海産油中の環境汚染物質の量を低減させるための方法であって:
該環境汚染物質が臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択され、
- 揮発性作業流体を外部から該海産油に添加する過程であって、該揮発性作業流体が、脂肪酸エステル、脂肪酸アミドおよび遊離脂肪酸のうちの少なくとも1つを含む過程;
および
- 該海産油が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程であって、該ストリッピング処理過程が150~270℃の間の温度で実行され、食用であるかまたは化粧品中に用いるための該海産油中に存在するある量の環境汚染物質が、該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含むことを特徴とする方法。

[取消事由]
取消事由1:本件訂正発明1について、相違点の認定の誤り
取消事由2:本件訂正発明1について、相違点についての判断の誤り

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
<取消事由1(本件訂正発明1について、相違点の認定の誤り)>
『(1)「相違点2の認定の誤り」について
原告は、本件訂正発明1で精製対象となる「海産油」は、主としてトリグリセリド形態の脂肪酸を含むものであるのに対し、甲1発明1において分子蒸留の対象となるのは、魚油をエステル交換に付して化学的に変化させた混合物(トリグリセリド形態の脂肪酸の大部分が、モノグリセリド、ジグリセリド、エステルなどに変換されたもの)であって、本件訂正発明1に係る「海産油」には相当しないものであるから、この点を看過してされた本件審決の相違点2の認定は誤りである旨主張する。
しかし、原告の上記主張は、本件訂正発明1における「海産油」が、「主としてトリグリセリド形態の脂肪酸を含むもの」に限定されることを前提とするものであるところ、本件訂正明細書の「海産油」に関する記載をみても、そのように限定して解釈すべきことを根拠づける記載は認められない。例えば、本件訂正明細書の段落【0026】には、「海産油は、トリグリセリドの形態で少なくとも飽和および不飽和脂肪酸を含有し、魚または海洋哺乳類から得られる。」との記載があるが、この記載は、海産油が、トリグリセリドの形態の飽和及び不飽和脂肪酸を含有すること並びに魚または海洋哺乳類から得られることを述べる記載にすぎず、精製対象となる「海産油」について、その組成が「主としてトリグリセリド形態の脂肪酸」でなければならない旨を述べるものとはいえない(なお、原告は、甲1公報に「EPAおよびDHAは、多くはそのトリグリセリドとして海産油中に現出する。」との記載があることをその主張の根拠とするが、当該記載も、「海産油」が必ず「主としてトリグリセリド形態の脂肪酸」でなければならないことまで述べるものとはいえない。)。
かえって、本件訂正明細書の段落【0057】には、「本明細書中で用いる場合、油および脂肪という用語は、トリグリセリドおよびリン脂質形態のうちの少なくとも1つでの脂肪酸を意味する。一般に、該ストリッピング工程における出発原料が海産油である場合、該油は魚またはその他の海洋性供給源からの、そしてトリグリセリドの形態で脂肪酸、例えば多価不飽和脂肪酸を含有するそのまままたは部分的に処理された油のいずれかであってもよい。」、「さらに、該脂肪または油は、上記のようにストリッピング工程における出発原料を構成する前に、1つまたはいくつかの過程において前処理されてもよい。」との記載があり、本件訂正発明1で精製対象となる「海産油」について、トリグリセリドの形態で脂肪酸を含有する「そのまま」の油のみならず、「部分的に処理された油」あるいは「前処置された」油でもよいことが明示されているところ、これら部分的に処理又は前処理された油には、当該処理の内容次第によっては、その組成が「主としてトリグリセリドの形態の脂肪酸」ではないものも含まれるものといえる。
以上のような本件訂正明細書の記載からすれば、本件訂正発明1で精製対象となる「海産油」は、魚または海洋哺乳類から得られた、トリグリセリドの形態で脂肪酸を含有する「そのまま」の油に限られるものではなく、これを「部分的に処理」したもの、例えば、甲1発明1のように、魚油をエステル交換に付して化学的に変化させた混合物をも含むものと解するのが相当である。
してみると、本件訂正発明1に係る「海産油」を上記のとおり限定して解釈することを前提として、本件審決の相違点2の認定に誤りがあるとする原告の主張には理由がない。
・・・(略)・・・
(3)以上によれば、原告主張の取消事由1は理由がない。』

<取消事由2(本件訂正発明1について、相違点についての判断の誤り)>
『エ 以上のような甲1公報の記載に基づく理解によれば、甲1公報に記載された発明は、海産油等の油組成物からEPAやDHAを回収する方法について、従来技術である、尿素錯化反応と分子蒸留とを組み合わせた方法やリパーゼの基質選択性を利用してEPA及びDHAに富むモノグリセリドを製造する方法における問題、すなわち、①原料海産油由来のEPA及びDHAの回収率が低いこと、②多くの環境汚染物質が除去されないこと及び③EPAやDHAを精製することが困難であることを解決することを課題とし、これらの解決のために、海産油中で、飽和および単不飽和脂肪酸のエステル交換を優先的に触媒するに活性なリパーゼを利用し、かつ、リパーゼで触媒されるエステル交換を実質的に無水の反応条件下で実施し、その後分子蒸留を行うことにより、所望でない飽和および単不飽和脂肪酸を実質的に有しないグリセリドの残余画分を得ると同時に、比較的揮発性である殺虫剤及びPCB類等の環境汚染物質を蒸留物(エステル画分)中に濃縮させてグリセリド画分から除去するものであるということができる。
オ そこで、以上の理解を踏まえて、本件審決の相違点2についての判断の当否につき検討するに、本件審決は、甲1発明1において、エステル交換によって脂肪酸エステルを含む油組成物を生成することと、本件訂正発明1において、揮発性作業流体を混合物に添加することとは、環境汚染物質を除去するために分子蒸留に付すべき脂肪酸エステルを含む油組成物を生成するという操作目的の点で技術的に軌を一にすることを理由として、甲1発明1における「リパーゼを用いた選択的エステル交換を行って脂肪酸エステルを含む油組成物を生成する」構成を、周知技術である「揮発性作業流体を油組成物に外部から添加する」構成に置換することの容易想到性を認める判断をする。
しかしながら、上記エで述べたとおり、甲1公報に記載された発明は、上記エ①ないし③の各課題を解決することを目的とする発明であると理解されるところ、このうち、上記エ①及び③の課題の解決のためには、「リパーゼを用いた選択的エステル交換を行って脂肪酸エステルを含む油組成物を生成」し、その上で分子蒸留を行うことにより、所望でない飽和および単不飽和脂肪酸を実質的に有しないグリセリドの残余画分を得ることが不可欠であり、この工程を、「揮発性作業流体を油組成物に外部から添加」した上で分子蒸留を行う工程に置換したのでは、上記発明における上記エ②の課題は解決できたとしても、これとともに解決すべきものとされる上記エ①及び③の課題の解決はできないことになる。
してみると、甲1公報に記載された発明において、「リパーゼを用いた選択的エステル交換を行って脂肪酸エステルを含む油組成物を生成する」構成に代えて、周知技術である「揮発性作業流体を油組成物に外部から添加する」構成を採用することは、当該発明の課題解決に不可欠な構成を、あえて当該課題を解決できない他の構成に置換することを意味するものであって、当業者がそのような置換を行うべき動機付けはなく、かえって阻害要因があるものというべきである。』
『(2) したがって、相違点2に係る本件訂正発明1の構成についての容易想到性を認めた本件審決の判断は誤りである。・・・(略)・・・本件訂正発明1について、甲1発明1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものとする本件審決の判断は誤りであるといえるから、原告主張の取消事由2には理由がある(なお、原告主張の取消事由2に理由がある以上、取消事由3については、判断の必要がない。)。』

[コメント]
審査基準には、「副引用発明を主引用発明に適用することを阻害する事情があることは、論理付けを妨げる要因(阻害要因)として、進歩性が肯定される方向に働く要素となる。」と記載され、阻害要因の例としては、副引用発明が、「(i)主引用発明に適用されると、主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明、(ii)主引用発明に適用されると、主引用発明が機能しなくなる副引用発明、(iii)主引用発明がその適用を排斥しており、採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明、(iv)副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され、主引用発明が達成しようとする課題に関して、作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており、当業者が通常は適用を考えない副引用発明」が挙げられている。
本件においては、上記審査基準に照らしてみると、甲1発明に適用されると甲1発明の課題を解決できなくなる周知技術を組み合せる(置換する)ことには動機付けはなく、かえって阻害要因となると判断しており、結論は妥当と考える。
以上
(担当弁理士:西﨑 嘉一)