審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10087号「物品の表面装飾構造及びその加工方法」事件

名称:「物品の表面装飾構造及びその加工方法」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10087号 判決日:平成29年1月17日
判決:請求棄却
特許法123条、167条、178条
キーワード:審判において審理判断された公知事実、審決と異なる主張
判決文:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/435/086435_hanrei.pdf

[概要]
審決取消訴訟において、無効審判請求における従たる引用例を主たる引用例とし、主たる引用例を従たる引用例とする新たな無効理由の主張を審理判断することは、それらが審判において審理された公知事実であり、当事者双方が訴訟において審理判断することに合意し、かつ当事者の主張立証が尽くされている場合、紛争の一回的解決の観点から許されるとした事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4465408号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし8に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800092号)を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
(文中の「/」は、原文の改行箇所を示す)
【請求項1】透光性を有する透明または半透明のプラスチック材料で構成した基材(1)の表裏に位置する表面において、少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層(2)が形成されている一方、/この金属被膜層(2)の少なくとも一部にはレーザー光が照射されることにより設けられた剥離部(21)が表裏面で対称形状に設けられており、この剥離部(21)において前記基材(1)の表面が露出して、当該基材(1)の外観と残存した金属被膜層(2)の金属光沢との相異により装飾模様(P)が形成されており、/基材(1)および金属被膜層(2)がそれぞれ表出した状態で、これらの表面が透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層(3)によって被覆されて、前記金属光沢による装飾模様(P)の表面が保護されていることを特徴とする物品の表面装飾構造。

[取消事由]
(1) 明確性要件の判断の誤り(取消事由1)
(2) サポート要件の判断の誤り(取消事由2)
(3) 実施可能要件の判断の誤り(取消事由3)
(4) 本件特許発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由4)
ア 引用例1を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤り
イ 引用例3を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤り
ウ 引用例2を主たる引用例とする容易想到性
※以下、取消事由4のウについてのみ記載する。

[原告の主張]
(3)引用例2を主たる引用例とする容易想到性について
本件訴訟において、無効審判請求における従たる引用例である引用例2を主たる引用例とし、無効審判請求における主たる引用例である引用例1又は同3を従たる引用例とする無効理由を新たに主張することは許される。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
「ア 引用例2を主たる引用例とする主張の可否について
特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては、審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。
しかし、審判において審理された公知事実に関する限り、審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること、あるいは、複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては、その組合せにつき審決と異なる主張をすることは、それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから、取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。
前記のとおり、本件審決は、①引用発明1を主たる引用例として引用発明2を組み合わせること及び②引用発明3を主たる引用例として引用発明1又は2を組み合わせることにより、本件特許発明を容易に想到することはできない旨判断し、その前提として、引用発明2についても認定しているものである。原告は、上記①及び②について本件審決の認定判断を違法であると主張することに加えて、予備的に、引用発明2を主たる引用例として引用発明1又は3を組み合わせることにより本件特許発明を容易に想到することができた旨の主張をするところ、被告らにおいても、当該主張について、本件訴訟において審理判断することを認めている。
引用発明1ないし3は、本件審判において特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された公知事実であり、当事者双方が、本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし、本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について、本件訴訟において審理判断することを認め、特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず、その点についての当事者の主張立証が尽くされている本件においては、原告の前記主張について審理判断することは、紛争の一回的解決の観点からも、許されると解するのが相当である。
なお、本判決が原告の前記主張について判断した結果、請求不成立審決が確定する場合は、特許法167条により、当事者である原告において、再度引用発明2を主たる引用例とし、引用発明1又は3を組み合わせることにより容易に想到することができた旨の新たな無効審判請求をすることは、許されないことになるし、本件審決が取り消される場合は、再開された審判においてその拘束力が及ぶことになる。」

(参考)最高裁判決(最高裁昭和42年(行ツ)第28号)
「右に述べたような、法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその判断の違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、右訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。
・・・(略)・・・
審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。」
[コメント]
裁判所は、①引用発明1ないし3が、本件審判において文献公知発明として審理された公知事実であり、②当事者双方が、本件訴訟における審理判断及び特許庁における審理判断の非経由に合意し、③当事者の主張立証が尽くされている場合、原告の審決と異なる主張について審理判断することは、紛争の一回的解決の観点からも、許されると解するのが相当であるとした。限定的な条件下であるものの審決と異なる主張が許されたのは、当事者の手続保障を考慮した上での、紛争の早期解決を目指す裁判所の意図の表れであろう。
裁判所が言及する最高裁大法廷判決(メリヤス編機事件)では、「抗告審判の手続において審理判断されなかつた公知事実」に基づく無効原因の主張が制限されるのに対し、本事件では「本件審判において特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された公知事実」であったことが、判断の分かれた大きな理由の一つと考えられる。ただし、最高裁大法廷判決では、専ら新規性の観点での公知事実の取り扱いについて論じている。この点からすると、本事件でも新規性違反を無効理由とする限度では違和感なく裁判所の判断を受け入れられるものの、容易想到性の判断という新たな論理構成が求められる場面にまでも無効原因の拡張が許されるとするのには、僅かながら疑問の余地が挟まれるのではないかと感ずる。
以上
(担当弁理士:藤井 康輔)