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平成28年(行ケ)第10106号「タバコベースのニコチンエーロゾル発生システム」事件

名称:「タバコベースのニコチンエーロゾル発生システム」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10106号 判決日:平成29年4月25日
判決:請求棄却
特許法29条2項
キーワード:容易想到性、課題、動機付け
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/713/086713_hanrei.pdf
[概要]
本願発明の課題は、本願発明の優先日以前から存在していたことが認められ、新規な課題であったということはできず、引用発明1と引用発明2とは、目的、用途が同一であり、作用においても異なると評価することはできず、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがあるとされ、進歩性が否定された事例。
[事件の経緯]
原告が、特許出願(特願2012-500827号)に係る拒絶査定不服審判(不服2014-10285号)を請求したところ、特許庁(被告)が、請求不成立の拒絶審決をしたため、原告は、その取消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。
[本願発明]
【請求項1】(「/」は、原文の改行部分を示す)
被験者にニコチンを送達するための装置であって、/ハウジング、/を含み、/前記ハウジングは、/a)互いに連通した入口及び出口であって、ガス状担体が、該入口を通って前記ハウジングに入り、該ハウジングを通り、該出口を通って該ハウジングから出ることができるようになっており、装置が入口から出口までを含む入口及び出口と、/b)前記入口と連通し、ニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源又は天然物ニコチン源のいずれかを含む第1の内部区域と、/c)前記第1の内部区域と連通し、段階b)に列挙した他方の供給源を含む第2の内部区域と、/d)任意的に、前記第2の内部区域及び前記出口と連通する第3の内部区域と、/を含み、/前記天然物ニコチン源は、加熱されており、且つ、タバコと、アルカリ物質と、水とを含み、/前記アルカリ物質は、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化カリウム及び炭酸カリウムから構成された群から選択される、/ことを特徴とする装置。
[本願発明と引用発明との相違点]
a 相違点1
本願発明のニコチン源は、天然物ニコチン源であって、加熱されており、且つ、タバコと、アルカリ物質と、水とを含むものであり、前記アルカリ物質は、酸化カルシウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化カリウム及び炭酸カリウムから構成された群から選択されるのに対して、/引用発明1のニコチン源は、ニコチンソースであって、揮発性形態のニコチンを含むものの、加熱され、タバコ、アルカリ物質及び水を含む旨の限定は付されていない点。
b 相違点2 (省略)
[取消事由](筆者にて適宜抜粋)
本願発明の進歩性に係る判断の誤り
(1) 相違点1に係る容易想到性の判断の誤り
[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
1 本願発明について
『ウ 本願発明の課題解決手段及び効果
本願発明は、ニコチンの送給量を増大することに加えて、ニコチン等を複数回抽出した後であっても、安定的に、これを肺に送達するという課題の解決手段として、特許請求の範囲請求項1の構成を採用したものである。』
3 取消事由(本願発明の進歩性に係る判断の誤り)
⑴ 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて
『イ 課題・・・(略)・・・
(イ) 確かに、前記2(1)ウのとおり、引用発明1は、賦形剤又は溶媒を含めた他の添加剤を用いずに、ニコチンを、気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより、肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるための装置であって、引用例1には、ニコチン等を複数回抽出した後であっても、安定的に、これを肺に送達するという課題を解決する発明であると明記されていない。
しかし、引用例1には、薬剤化合物のエーロゾル化について、「粒径の最適化および劣化(degradation)などの種々の課題」がある旨記載があり(【0002】)、ニコチンのエーロゾル化による送達について、時間的経過で問題が生じることが前提とされている。また、引用例1には、「ニコチンソースからの望ましいニコチン送給濃度を持続すべく、時間をかけて温度が高められる。…例えば、送給増強化合物としてのピルビン酸は、望ましいニコチン濃度範囲(例えば、パフ当たり20-50マイクログラム)における多数回のパフにわたる持続的ニコチン送給を促進するため、摂氏40°まで加熱されてよい。」との記載があり(【0148】)、加熱によって、ニコチンを安定的に肺に送達することができる旨指摘されている。
また、引用例2には、「課題を解決するための手段」の項目に、「しかも、そのような揮発タバコ香味を典型的なシガレット1本の総パフ数である少なくとも6~10パフに亙って各パフ毎にほぼ均一に送給することができる。」との記載があり(【0012】)、また、「熱源の発生熱温度の最高限度を制御するのが望ましいのは、タバコ材自体のもつ香味成分…の熱劣化及び、又は過度の、早期揮発を回避したいからである。」との記載がある(【0028】)。・・・(略)・・・
そうすると、本願発明のように、ニコチンのエーロゾルを肺に送達するという技術分野において、ニコチン等を複数回抽出した後であっても、安定的に、これを肺に送達するという本願発明の課題は、本願発明の優先日以前から存在していたことが認められ、新規な課題であったということはできない。』
『ウ 目的
前記イ(イ)のとおり、引用発明1に係る装置は、ニコチンソースから蒸発したニコチンを、エーロゾルとして肺へ送給するに当たり、気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより、ニコチン送達量を増大するよう調整するものである。
一方、前記2(2)ウ、エによれば、引用発明2は、タバコ材からの香味成分を肺へ送給するに当たり、電気化学的相互作用による熱源を使用することによって、タバコ材からの香味成分の揮発を容易にするとともに、過度にならないよう調整するものである。
したがって、引用発明1も引用発明2も、蒸発(揮発)したニコチンを、肺へ送給するに当たり、好ましい送給量を実現できるよう調整するという同一の目的を有するものである。』
『エ 用途
引用例1には、「ここで開示されている方法および装置は、喫煙の中止、危害の低減および/または代用を目的としたニコチンの治療的な送給に有用である。これに加え、ここで開示されている装置および方法は、タバコをベースとした製品の代わりの代替的な一般ニコチン送給システムとしても有用である。」との記載があり(【0257】)、引用発明1に係る装置は、タバコをベースとした製品の代わりとなることは明らかである。・・・(略)・・・
一方、引用発明2も、タバコ材又はその他の物質を燃焼させることなく、また、燃焼生成物を発生することなく、喫煙者にシガレット又はパイプタバコ喫煙の喜びの多くを与えることができる喫煙物品を提供するものである(【0011】【0016】)。
そうすると、引用発明1も、引用発明2も、タバコ代替品として用いられる装置に関するものであるということができる。』
『オ 作用
・・・(略)・・・引用発明1における「ニコチンソース」は、「化合物」を前提とするものであって、多種多様な成分が含まれ、しかも、その由来により成分の異なる天然物ニコチン源を、そのまま用いることを意識したものではないというべきである。
しかし、・・・(略)・・・天然物ニコチン源を加熱することによって、タバコ代替品において十分な量の揮発性形態のニコチンを得ることは周知技術であると認められる。・・・(略)・・・したがって、引用発明1の装置において、ニコチン源として、化合物を前提とする「ニコチンソース」に代えて、加熱した天然物ニコチン源を用いることによって、タバコ代替品として十分な量の揮発性形態のニコチンを得られなくなるということはない。
また、前記2⑴イ、ウのとおり、引用発明1は、ガス状担体を送給増強化合物ソースと連通させた後、「ニコチンソース」と連通させるという構成を採用することによって、「ニコチンソース」からのニコチンの蒸発を促し、肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるための装置であって、揮発性形態のニコチンを発生させる「ニコチンソース」そのものに着目したものではない。引用例1には、天然物ニコチン源から得られる揮発性形態のニコチンを用いることについて殊更除外する旨の記載もない。そして、引用例1においては、揮発性形態のニコチンを肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるために、送給増強化合物の候補についてスクリーニングが行われているところ(【0151】~【0217】)、このようなスクリーニングの際に、それぞれの送給増強化合物の候補が有する効果を比較するために、条件を統一する必要があることから、引用発明1においては、多種多様な成分が含まれ、由来により成分も異なる天然物ニコチン源ではなく、化合物を前提とする「ニコチンソース」が用いられているにすぎないものと認められる。
そうすると、ニコチン源として、引用発明1が、天然物ニコチン源ではない化合物を用い、引用発明2が、天然物ニコチン源(タバコ材)を用いるという相違があったとしても、当該相違は、送給増強化合物ソースによって、ニコチンの蒸発を促すという引用発明1の作用の点からは、重要なものということはできない。
したがって、ニコチン源の相違という点をもって、引用発明1と引用発明2が、エーロゾル化したニコチンを送達する作用において異なると評価することはできない。』
『カ 引用発明1に引用発明2を適用する動機付け
以上のとおり、引用発明1も、引用発明2も、蒸発(揮発)したニコチンを、肺へ送給するに当たり、好ましい送給量を実現できるよう調整するという同一の目的を有するものであり、また、タバコ代替品として用いられる装置に関するものであって同一の用途を有するものである。そして、引用発明1と引用発明2とは、ニコチン源の相違という点をもって作用が異なると評価することもできない。
よって、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けはあるというべきである。』
[コメント]
原告は、課題が新規であることから、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがないことを主張したが、裁判所は、引用例1の明細書の記載を根拠に、課題が新規ではないと認定した。たしかに、課題が新規であれば、引用発明1に引用発明2を適用する動機付けを否定しやすい。つまり、本願発明の課題が新たなものであるならば、少なくとも本願発明と同じ課題が引用例1と引用例2との間に存在しないことになり、本願発明の進歩性を否定するためには、本願発明の課題とは異なる引用例1と引用例2とを組み合わせる他の動機付けが必要となる。そして、他の動機付けが見つけられなければ、進歩性は肯定されることとなる。
本事案に関しては、引用例1は、原告を出願人とする文献であり、記載内容が本件明細書と重複している箇所がある。例えば、本願明細書には、「薬剤化合物のエーロゾル化」に関して、「粒径の最適化および劣化などの種々の課題」がある旨の記載があるが、全く同じ記載が引用例1にもある。また、引用例1には、「ニコチン送給濃度を持続すべく」との記載があり、本願発明の課題と共通するような記載もある。従って、課題が新規であるとの主張には無理があったのではないかと考える。
以上
(担当弁理士:奥田 茂樹)

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