審決取消請求事件 » 平成28年(行ケ)第10172号「エンジン制御装置およびECUケース」事件

名称:「エンジン制御装置およびECUケース」事件
審決取消請求事件
知的財産高等裁判所:平成28年(行ケ)第10172号 判決日:平成29年3月14日
判決:請求棄却
特許法29条1項3号、29条2項、36条6項2号
キーワード:本件発明の認定、引用発明の認定
判決文:http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/598/086598_hanrei.pdf

[概要]
特許請求の範囲に記載された用語の意義が、特許請求の範囲の記載のみならず、明細書に記載された本件発明の目的、作用効果も参酌して解釈された事例。

[事件の経緯]
被告は、特許第4794769号の特許権者である。
原告が、当該特許の請求項1ないし7に係る発明についての特許を無効とする無効審判(無効2015-800097号)を請求し、被告が訂正を請求したところ、特許庁が、請求不成立(特許維持)の審決をしたため、原告は、その取り消しを求めた。
知財高裁は、原告の請求を棄却した。

[本件発明]
【請求項1】(「/」は、原文の改行箇所)
スロットルボディと、/前記スロットルボディとは別工程において作成された、回路基板を有するECU(Electronic Control Unit)を格納するECUケースと、/前記スロットルボディと前記ECUケースとを取り付けする取り付け手段と、/を備えたエンジン制御装置において、/前記ECUケースは、外部に突出する凸部状の突出部を備え、/前記突出部は、内部に設けられた凹部を備え、/前記凹部は、前記回路基板の一方の面に取り付けられたTPS(Throttle Position Sensor)、吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む、前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納し、/前記突出部は、前記ECUケースが前記スロットルボディに取り付けられるときに、前記スロットルボディに嵌合されることを特徴とするエンジン制御装置。

[取消事由]
1.引用発明1に基づく新規性及び進歩性に係る判断の誤り
2.引用発明2に基づく進歩性に係る判断の誤り
3.明確性要件に係る判断の誤り
※以下、取消事由1についてのみ記載する。

[裁判所の判断](筆者にて適宜抜粋)
『(2) 取消事由1-1(引用発明1の認定の誤り)
ア 原告は、本件審決が、引用発明1について、ユニットハウジング46は、「内部」に設けられる凸部状の突起部を備える旨認定したのに対し、ユニットハウジング46には、下方に突出する凸部状の突起部があり、この突起部はユニットハウジング46の「外部」に突出するものであることが認定されるべきである旨主張する。
イ 本件発明における「外部」の意義について
(ア) 本件発明は、ECUケースが「外部」に突出する凸部状の突出部を備えることを発明特定事項とするものである。
特許請求の範囲の記載からは、ECUケースに備えられた凸部状の突出部は、「外部」に突出するものであって、その内部に凹部を備え、ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに、スロットルボディに嵌合されるものであることが分かる。
「外部」という用語は、一般に「物事のそと側」を意味するところ(広辞苑第6版)、本件明細書には、かかる用語の意義について格別に定義した記載は存しない。他方、本件明細書には、前記1のとおり、本件発明は、小型化及び低コスト化を実現するエンジン制御装置及びECUケースを提供することを目的とし、特許請求の範囲の請求項1及び3の構成によれば、スロットルボディとECUケースとを取り付けた際に両者間に生じる空間にECUケースの突出部を納めることができ、エンジン制御装置全体としてより小型化を図ることができるとともに、ECUケースのスロットルボディとの取付け面と反対側の面を最小限の幅で平坦にすることができるという作用効果を奏するものであることが記載されている。かかる目的、作用効果からは、突出部が突出する「外部」を、特に回路基板を有するECUとの位置関係において限定すべき理由はない。
以上によれば、突出部が突出する「外部」とは、ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに、スロットルボディとの取付け面側を意味するものと解すべきである。
(イ) 被告の主張について
被告は、特許請求の範囲では、ECUケースはその「内部」に回路基板を有するECUを格納しており、このECUが存在するECUケースの「内部」に対する文言として「外部」という文言が用いられているから、突出部がECUケースからECUを格納するケースの内部(内側)に突出するのではなく、ECUケースから外部(外側)に突出するものであることが規定されていることは明らかであって、「外部」とは、ECUケースから外部(外側)を意味するものと解すべきである旨主張する。
しかし、特許請求の範囲の「回路基板を有するECU…を格納するECUケース」との文言は、ECUケースが回路基板を有するECUを格納するものであることを規定するにとどまり、回路基板を有するECUとの位置関係において、これが位置する側を「内部」、その逆側を「外部」と規定するものであるということはできない。
・・・(略)・・・
ウ 引用発明1の認定の誤りの有無について
前記(1)のとおり、引用発明1において、ユニットハウジング46はスロットルボディ11の制御ユニット取付け部43に取り付けられるところ、【図3】及び【図4】の記載によれば、ユニットハウジング46が備える凸部状の突起部は、ユニットハウジング46がスロットルボディ11に取り付けられるときに、スロットルボディとの取付け面側に突出するものであると認められる。
したがって、引用発明1は、「外部に突出する凸部状の突出部を備える」から、本件審決が、引用発明1を「ユニットハウジング46は、内部に設けられる凸部状の突起部を備え、」と認定したのは、誤りである。』
『(3) 取消事由1-2(本件発明1の新規性及び進歩性に係る判断の誤り)
ア 相違点の認定の誤りについて
(ア) 相違点aの認定
前記(2)によれば、本件発明1と引用発明1Aとは、「設けられる凸部状の突起部」に関し、「外部に突出する凸部状の突出部を備える」点で一致する。よって、本件審決が両発明の相違点として、相違点aを認定した点は誤りである。
(イ) 相違点bの認定
a 本件発明における「格納」の意義について
⒜ 本件発明は、突出部の内部に設けられた凹部に、回路基板の一方の面に取り付けられたTPS、吸気圧力センサ及び吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む、前記回路基板の一方の面から突出した部材を「格納」することを発明特定事項とするものであるが、特許請求の範囲の記載からは、「格納」の意義が一義的に明らかであるとはいえない。
「格納」とは、一般に「しまい入れること」(広辞苑第六版)を意味するところ、本件明細書には、「格納」について格別に定義した記載は存しない。他方、本件明細書には、前記1のとおり、本件発明は、小型化及び低コスト化を実現するエンジン制御装置及びECUケースを提供することを目的とし、スロットルボディとは別工程において作成された別部材であるECUケースに、外部に突出する凸部状の突出部を設け、突出部の内部に設けられた凹部に、回路基板の一方の面に取り付けられたTPS等の少なくとも一つのセンサを含む、前記回路基板の一方の面から突出した部材を「格納」し、ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに上記突出部がスロットルボディに嵌合されるようにした構成を採用することにより、スロットルボディとECUケースとを取り付けた際に両者間に生じる空間にECUケースの「突出部」を納めることができ、エンジン制御装置全体としてより小型化を図ることができるとともに、ECUケースのスロットルボディとの取付け面と反対側の面を最小限の幅で平坦にすることができるという作用効果を奏するものであることが記載されている。
本件発明の上記課題及び作用効果に照らせば、本件発明は、スロットルボディとは別工程において作成された別部材であるECUケースに外部に突出する凸部状の突出部を形成することによって、ECUケース内に、回路基板の一方の面から突出した部材の全体を入れ納め、スロットルボディとECUケースとを取り付けた際に、両者間に生じる空間にECUケースの「突出部」を納めることをその課題解決手段とするものであることが理解できる。
このことは、本件明細書に、各図面に加え、・・・(略)・・・、突出部の形状(その内部の凹部の形状)が、そこに納められる部材の形状によって決定されるものであることを前提とした記載があることからも裏付けられる。
以上によれば、回路基板の一方の面から突出した部材を「格納」するとは、回路基板の一方の面から突出した部材の全体を入れ納めることを意味するものと解すべきである。
⒝ 原告の主張について
原告は、【図15】の吸気温度センサ101、【図14】のTPSであるステータ110やホール素子102、磁石111、(アウター)ヨーク112、【図16】の吸気圧力センサ103は、いずれも凹部内にその一部は納まっているが、全ては納まっていないことから、本件発明における「格納」は、一部を納めることを意味するものである旨主張する。
しかし、【図15】の吸気温度センサ101、【図14】の磁石111は、凹部からスロットルボディとの取付け面側にとび出ている部分はごく僅かで、おおむねその全体が突出部に設けられた凹部内に納まっていると表現可能なものである。図面から部材のごく僅かな部分が凹部内に納まっていないように看取されることをもって、直ちに、本件発明における「格納」の意義を、一部を納めることを意味すると解すべきであるとはいえない。
・・・(略)・・・
b 本件発明1と引用発明1Aとの対比
引用例1の【図3】の記載によれば、ユニットハウジング46の突起部の間には内部に設けられた凹部があり、その凹部内に、素子基板45及びセンサ基板44が収容され、さらに、センサ基板44の一方の面に取り付けられたスロットルセンサSthの固定子40sの一部と、回転子40rの中心軸48の一部及びブースト負圧センサSpbの一部が位置しているものの、スロットルセンサSth及びブースト負圧センサSpbの大部分は、凹部内には納まっておらず、これから突出している。
したがって、引用発明1Aの「凹部は、センサ基板44の一方の面に取り付けられたスロットルセンサSthの固定子40sの一部と、回転子40rの中心軸48の一部を収納し」との構成は、本件発明1における「前記凹部は、前記回路基板の一方の面に取り付けられたTPS(Throttle Position Sensor)、吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む、前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納し」との構成に相当しない。よって、これと同旨の本件審決における相違点bの認定に誤りはない。
イ 新規性に係る判断の誤りについて
(ア) 前記アのとおり、本件発明1と引用発明1Aとは、相違点bにおいて相違する。
(イ) ところで、本件発明1は、前記ア(イ)のとおり、小型化及び低コスト化を実現するエンジン制御装置及びECUケースを提供することを目的とし、・・・(略)・・・という作用効果を奏するものである。
したがって、本件発明1において、相違点bに係る構成は、固有の作用効果を奏するものであって、単なる設計的事項にすぎないものであるということはできないから、相違点bは実質的なものである。
(ウ) 以上によれば、本件発明1と引用発明1Aとは同一でない。
よって、本件審決における本件発明1の新規性に係る判断には、結論において誤りはない。
ウ 進歩性に係る判断の誤りについて
・・・(略)・・・
(イ) 原告は、本件発明1は、甲3ないし5に記載された技術常識に基づいて引用発明1Aから容易に想到できた旨主張する。
しかし、甲3ないし5は、スロットルバルブに取り付けられるスロットルポジションセンサに関するものであり、これらの文献には、スロットルポジションセンサの構造が開示されているにすぎず(甲3【0013】~【0021】、【図1】。甲4【0009】~【0017】、【図1】。甲5【0008】~【0012】、【図1】。)、スロットルポジションセンサ等のセンサの出力信号に応じて、燃料噴射量制御等のエンジン制御スロットルバルブ等を制御するECU(電子制御ユニット)を組み入れたECUケースの構造について開示するものではない。スロット
ルポジションセンサのハウジングとECUケースとは、技術的に異なる意義を有する構成であって、甲3ないし5の記載から、プリント基板につながるホール素子や、センサの要素の一部であるロータや磁石が、スロットルポジションセンサのハウジング内に格納されていることが見て取れるとしても、かかる記載をもって、ECUケースにおいて、相違点bに係る構成、すなわち、ECUケースが備える突出部の内部に設けられた「凹部は、回路基板の一方の面に取り付けられたTPS、吸気圧力センサおよび吸気温度センサの少なくとも一つのセンサを含む、前記回路基板の一方の面から突出した部材を格納」する構成が、本件特許の出願日当時の技術常識であったということはできない。そして、他に上記構成が本件特許の出願日当時の技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば、引用発明1Aにおいて、相違点bに係る本件発明1の構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到できたものであるということはできない。
よって、本件発明1は、引用発明1Aに基づき容易に発明をすることができたものではないから、本件審決における本件発明1の進歩性に係る判断には、結論において誤りはない。』

[コメント]
特許庁は、特許請求の範囲の記載から、ECUケースはその「内部」にECUを格納し、突出部がECUケースから外部(外側)に突出するものであることが規定されていることは明らかであるとして、「外部」とは、ECUケースから外部(外側)を意味するものと解釈した。
一方、裁判所は、明細書に記載された本件発明の目的、作用効果も参酌し、突出部が突出する「外部」を、特にECUとの位置関係において限定すべき理由はなく、「外部」とは、ECUケースがスロットルボディに取り付けられるときに、スロットルボディとの取付け面側を意味するものと解釈した。
本件明細書には、「外部」の意義についての定義は記載されていなかった。本判決では、審決で認定された複数の相違点のうちの一つが一致点に変更されたのみで、新規性の判断の結論に影響はなかったが、事案によっては結論にも影響するため、用語の定義が必要な場合は、明細書において明確に定義を行なうべきである。
以上
(担当弁理士:吉田 秀幸)